お願い

拙ブログをご覧頂いている皆さまにお願いがあります。20170708_0010_20

最近、拙ブログへの海外からの卑猥な書き込みが増大しています。

そのため、やむを得ずコメント書き込みに際して、認証システムを採用させて頂きます。 

お手数をお掛け致しますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

2018年4月20日 (金)

‘グランシップトレインフェスタ2018’に備えて

気付けば‘グランシップトレインフェスタ2018’も間近になって来ました。

そこで、公開運転での‘営業’用に、既存車両に追加工事を実施しました。 A3000形の増備で引退が開始された1000形、連結部に見えるケーブルにご注目あれ。

20180417_0009_20

PINプラグと言うのでしょうか、このパーツ。 40列ほど並んだパーツから2列分だけカットして使用します。 双方の車両を電気的に接続、計8軸から集電するようにしました。 指で双方からグイッと押し込み(画像は途中の状態)、そのあとドローバーを連結することになります。

20180417_0008_20

そして1608チップLEDをセットした前照灯は、ちらつきも無く点灯化できました。

20180417_0012_20

広い会場内での公開運転となれば、やっぱりライトが点灯していることが存在感を高めることになるかと。

A3000形とともに、2日間の‘営業運転’に備えます。

2018年4月17日 (火)

新幹線!

えっ、何ですって??

OER3001氏が新幹線など、有り得なかった話ですが、それが・・・。 ある事情でこんなことする羽目になってしましました。

20180417_0001_20

KATOのE5系を分解しています。 流石に素晴らしい設計です。

20180417_0002_20

こうして台枠部分に車体を嵌めて。

20180417_0003_20

連結部の発想が素晴らしいです。 幌そのものが連結器なのですね。 別パーツの車体間ダンパーも一緒にセットされています。

20180417_0005_20

こちらは動力車。トラクションモーター方式なので構造はいたって簡単でした。

20180417_0006_20

フライホイールが付いた小型モーターが台車上に装荷されていますので、1両当たり2個モーターとなります。

20180417_0007_20

さ~て、これを加工しなければなりません。

2018年4月10日 (火)

何気なく撮ったら・・・何と!

日曜日の昼下がり、知人宅に招かれて下車した成城学園前。 待ち合わせ時間まで余裕があったので(敢えて余裕を創った)。いつものようにコルティ成城のデッキに立って暫し撮影を。

20180407_0006_31_20


撮った時には気づかなかった1コマですが、PCに取り込んでアップしてみたら何と!

Kuya31up


クヤ31の検測列車ではないですか!  これはラッキーでした。 しかもダイヤ改正後の千代田線からの乗り入れ車、JR233系が緩行線を走る横を。

コンデジは常時携帯すべしです。

2018年4月 5日 (木)

相鉄ED11+12 運転会デビュー

ディスプレーモデルを入手して動力化した相模鉄道の電気機関車ED11、12の2両、シニアの運転会でデビューしました。

Img_0051_20

折角の重連、全軸駆動ですから重量貨物も牽かせたく、こてはし鉄道さまから借り入れたタキ3000(米タン)6両にご協力いただきました。

Img_0046_20

最後尾は相鉄のトフ401、ペーパー自作とのことです。

Img_0057_20

米軍基地への燃料輸送に活躍したED10形ですが、それだけではありません。 相模川で採掘した砂利輸送にも活躍していました。 ここはOER3001氏の保有するトムの出番です。

Img_0064_20

最後尾は小田急トフ104、真鍮自作で友人MFさんが作ってくださったものに台車を取り付け塗装して砂利を積んで。

Img_0066_20

登り勾配も苦にすることなく、快調に走り回りました。 普段は出番のないトフですが、小田急と相鉄(こてはし鉄道さま)を並べたくなりました。

Img_0070_20

昭和30年代には、厚木あたりで斯様なトフの並びが見られたかも知れません。

2018年4月 4日 (水)

走り出したホンモノの‘或る列車’

1906(明治39)年、九州鉄道がブリル社(米国)に発注した列車。納入時は既に我が国の鉄道が国有化されていたために活躍の機会を奪われ、全国に離散してしまった5両の客車。歴史を知る比較的年配の鉄道ファンにはあまりに有名なハナシですが・・・。

もしも実際に営業に就けていたら・・・という姿は模型ならではということになります。 

今般、鉄道模型の神様と言われた(?)かどうかはわかりませんが、OER3001氏も生前にお話ししたことがある原信太郎氏生誕99年の4月4日、横浜「原鉄道模型博物館」の1番ゲージレイアウト上に蘇りました。 原信太郎氏がご自身の夢を膨らませて製作した模型列車、その出発式にご案内頂きましたので参加して来ました。

出発式を前に、まだ薄暗い早朝から、‘或る列車’が出発準備をしていました。

20180404_0006_20

やがて明るくなって、車両を観察することができるようになりました。 先頭の機関車は銅色が輝くSL101形電気機関車。 原氏19歳の時の作品だそうですが、今回の運転に備えて足回りは大幅に改装したそうです。

20180404_0002_20_2

電機なのにSL? と思いましたが何と、シャングリラレールの意だということでしたが、それならSRじゃなかったの? と言いたくなりますが・・・。 6軸の‘F’電機の車体は勿論銅版製です。 次位は郵便車だそうです。

20180404_0003_20

寝台車、食堂車、1等車が繋がりますが、何と言っても見どころは最後尾の展望車ですね。

20180404_0004_20

どの車両にもステンドグラスが嵌められた窓があり、豪華な雰囲気が漂ってくる編成美。

20180404_0005_20

いよいよ発車式が近付いて来ました。

20180404_0001_20

会場内に用意された久寿玉が開かれると・・・静かに発車しました。

20180404_0008_20

夜景の中での明かりが見事です。

20180404_0017_5

どの客車も、室内から漏れる明かりがムードを盛り上げていますが、下手なカメラマンではその真髄をお伝えしきれないのが残念です。

20180404_0019_20

因みに会場でこてはし鉄道社長さまにもお目にかかることができました。 久寿玉も含め、見事なレポートをされておられますのでご参照ください。https://blog.goo.ne.jp/kotehasitetudou

2018年3月30日 (金)

春爛漫 2018

サクラとロマンスカーの共演、モハメイドペーパーさまのレポートhttp://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-0da9.htmlに刺激され、現地に行ってまいりました。 3月29日、既に一部の木からは花弁が舞い始めています。

先ずは下りVSEの後追い。悲惨な犯行現場の向かい側公園から狙います。

20180329_1006_20_2


海側の道路を少々下ったところ、サクラの木の間から上りMSEの6連を捉えました。

20180329_1015n20_2


さらに進んで坂を下ったところで、線路下を潜るトンネルを通り、山側に出て相武台前方向に戻ります。 本来はこの側で、こちら側にカメラを向けたいのですが・・・、その場所に院は立ち入れなくなってしまいました。 従ってどうしても半逆光になってしまうのは仕方ありません。

20180329_1026n20_2


相武台前駅方向に戻って陸橋の上から順光で下りVSEを狙います。 些か露出オーバー気味になってしまったのは御愛嬌。

20180329_1032n20


上り線山側に張られたケーブルが邪魔なのは諦めて、ここで暫く撮りました。 MSEのブルーとサクラ色との対比が面白いです。

20180329_1041n20


ここで構えること約1時間、お目当てのGSEが戻って来ました。 これで同じアングルで白、青、赤と3色の新型ロマンスカーを収穫

20180329_1050n20


この左手の‘犯行現場’前を避けて、右側・海側の小路を歩いて、駅へ戻りました。

2018年3月26日 (月)

春爛漫

早くもサクラが咲きました!

こんなに早く咲いてしまったら・・・、各地で計画しているサクラ祭り開催時には、残念ですが散っていることでしょうね。

走り出した70000形GSEのカラーとサクラの共演も美しいとは思いますが、間もなく引退するであろう7000形LSEのカラーとの共演は捨てがたいものです。 37年前の1981年4月5日の撮影です。

19810405_091304_15


でも展望席のロマンスカーは、やっぱりコレでしょ。

19790401_07040_15


3100形NSEですよ。 何年経っても美しいものは美しい。 39年前の1979年4月1日でした。 

およそ40年後の今では、線路を跨ぐ歩道橋も立派になり、木々も成長しました。 そして残念なことに、この場所に立ち入ることはできなくなりました。

2018年3月25日 (日)

1600形の思い出

多分、最後に撮った1600形の写真がこれ。 多分と表現しているのは、整理が追いつかず確認ができていないので・・・。

小田原向きのデハ1604ですが、デハ1911と思われる車両とMcMcで連結されています。

19691018_0004_50


台車はKS-33L。 車輪径は910φなので16番ゲージでは11.5φを使うべきです。

19691018_0006_50


もともとの連結相手、新宿向きのクハ1654と‘にらめっこ’で連結されています。 この後方はクハ1961と思われます。

19691018_0008_50


クハ1654の台車はコロ軸受改造のTR-11、車輪径は860φなので10.5φです。

19691018_0005_50

1969(昭和44)年にMcTc6本が廃車されて残った4本は、ATS搭載工事を省略するため、ATS搭載済みの1900形McTcの間に挟まれて、最後の活躍をしていました。

McMc-TcTcという面白い編成、先頭のTcの乗り心地はどうだったでしょうね。 残念ながら乗車していませんでした。

2018年3月19日 (月)

1600形公開運転会にて

複々線完成でのダイヤ改正を迎えた3月17日から、2日間に渡って開催されたビナウォーク(海老名)で開催された公開運転会。協力されているSO模型クラブのOさまからお声掛け頂き、2日目の18日に参加させて頂きました。

OER3001氏が持ち込んだ車両の中で、今回は昨年製作した1600形の姿を。 小田原向きのデハ1602、ちょうど点線引きで表現したシル、ヘッダーのリベットが目立つ光線で捉えられました。

20180318_0018_20_2

2両目(左)のクハ1652の台車はコロ軸受となったTR11ですが、3両目クハ1651は試作空気ばね台車MD-5Aです。

20180318_0010_20

2+2の4連は、1960年代後半における標準的な姿でした。

20180318_0006_20_3

隣に「週末引きこもり?てついろモデラー」https://blog.goo.ne.jp/tetu_ec583のてつさん製作の1900形が並んでくれました。 1900形はATS、列車無線を装備して新塗装となった姿なので、ATSを搭載することなく廃車された1600形との斯様な並びは、実際にはありませんでした。

20180318_0021_20_2

あまりにお見事な出来の1900形は、大いに刺激になりましたので、多方向から撮影しておきます。 新宿方のデハ1601と、隣のデハ1903も。 

20180318_0023_20

あっ、1903の山側にジャンパ栓無かったけ?

ごめん、てつさん。 良く見たらちゃんと付けられていました。 ただジャンパケーブルが見えなかっただけでした。

運転会で友人の作品と並べられるのは、大きな楽しみのひとつです。 またよろしくお願いします。

2018年3月 7日 (水)

準特急

この列車種別は、今では京王線にもありますが、かつては小田急にあったものです。 しかも小田急には「準特急」に加えて「特別準急」までが。

「準特急」は、「特別急行」ロマンスカーと同様ながら、ロマンスカーではないセミクロスシート車両で運行した「特別急行」を補完する列車。 

「特別準急」は、御殿場線乗り入れの気動車で、当時のほぼロマンスカー並みの停車駅数、即ち新宿を出たら国鉄・松田駅まで小田急線内は無停車という列車。

その「準特急」のサボも、とある事情から保管させて頂くことになりました。

20180303_0004_20


アルミ板なので軽量、これを車両中央部窓下のサボ受けに差し込みます。 実物の再現は不可能なのでここからは模型で。 こんな感じでした。 このサボ、左が新宿なので、山側に差し込みます。 裏面は新宿が右になっていて海側に使用します。

20180307_0002_20

2320形や、ロマンスカー格下げ後の2300形が、「準特急」に充当されました。

20180307_0008_20

この模型ではヘッドマークは「高原号」ですが、夏期の江の島行では「ちどり」もありました。

20180307_0007_20


OER3001氏としては、頭にパンタグラフを上げた上り方向の方が好きでした。

20180307_0003_20

懐かしい、1959「(昭和34)年から1963(昭和38)年までのたった4年間のことだったと記憶しています。 ロマンスカーに3100形NSEが登場すると、「準特急」は使命が終わり、2300形と2320形は3扉化されてしまい、小田急からセミクロスシート車が消滅してしまいました。

2018年3月 3日 (土)

3月3日はひな祭り

ということで、これを。

ロマンスカー3100形NSEの電照式ヘッドマーク「おとめ」。 「乙女」ではなく「おとめ」です。 ご縁があって、大切に保管させて頂くことになりました。 因みに当ブログのプロフィール画像の3000形SEには「乙女」が付いています。

20180303_0002_20


1963(昭和38)年のNSE登場直前には、新宿発車順に「あしのこ」・「明星」・「あしがら」・「さがみ」・「大観」・「仙石」・「はつはな」・「湯坂」・「明神」・「はこね」・「乙女」・「神山」・「姥子」・「金時」・「早雲」・「夕月」という16種類が付けられていたものが、NSE登場後の特急増発に、「あしがら」・「あしのこ」・「はこね」・「きんとき」・「おとめ」の5種類に整理され、「第1〇〇」・「第2△△」となりました。

その後何回か、ダイヤ改正で列車名も新設、廃止、整理されて、17日からの新ダイヤでは、「スーパーはこね」・「はこね」・「メトロはこね」・「さがみ」・「ふじさん」・「えのしま」・「メトロえのしま」・「モーニングウェイ」・「メトロモーニングウェイ」・「ホームウェイ」・「メトロホームウェイ」となるようです。

2018年2月25日 (日)

サブカメラで捉えたGSE

外出時にはほぼ、コンパクトデジタルカメラを見に付けて出掛けることにしています。 今回はそのコンデジで捉えた習熟運転のVSE。

黒川駅下りホームから、はるひ野駅を通過して来る姿をほぼ目いっぱいのズームで黒川隧道越しに捉えてみました。

20180206_1010_20


同じ日帰路のついでに、降車した小田急多摩センター駅下りホーム後方から、唐木田からやって来る姿を。

20180206_1019_20


仕事で藤沢方面に向かった日、乗り換えの新百合ヶ丘駅ホームで、多摩線から3番ホームに入線する試運転列車を。

20180215_0005_20


日常の買い物の序でに、小田急多摩センター駅を発車する姿を。

20180219_0002_20


最後は諏訪隧道から飛び出してきた姿を。 ここは序でではなく一眼を持って行った撮影スポットの「電車見橋」から。 金網でガードされた橋では、一眼のレンズは大きくて網目から出せません。 コンデジだからこそ、その金網の間からレンズを向けられます。

20180220_1001_20_2


お陰様で何回も、多摩線内で習熟運転を繰り返してくれた70000形VSEを撮ることができました。 習熟運転も終了し、今は各種の試乗会が行われています。 3月17日のダイヤ改正から営業開始ですが、中間車サハがタイヤフラットを生じているのに、車輪削正はしないのか気になります。

2018年2月21日 (水)

京王対小田急 同時発車を狙う

東京都は稲城市、多摩市、八王子市、町田市の4市にまたがる面積約約2,900ヘクタールの多摩ニュータウン。1971年に第1期入居が開始されたが、都心へのアクセスとして鉄道が開通するのは1974年6月、小田急多摩線が新百合ヶ丘から小田急永山までを開業しました。

続いて同年10月、京王相模原線が、それまでの京王よみうりランドから延伸、京王多摩センターまでを開業、半年後の1975年4月、小田急多摩センターが開業します。

以来、京王、小田急の2社が都心へのアクセスを担う一方、2000年には多摩都市モノレールが多摩センターに延伸され、立川方面へのアクセス可能になりました。

さてさて、京王相模原線、小田急多摩線の開業以来、京王は橋本まで延伸し、小田急は唐木田まで1駅延伸を経て40年余りの歴史の中で、今春のダイヤ改正ほど熱気に包まれたことはありませんでした。

小田急が下北沢駅前後の工事完了による、代々木上原~登戸間の複々線化で、大幅なスピードアップが図られることから、およそ1か月前倒しで明日、2月22日から京王が新ダイヤとなります。

すると・・・、これまで日中の7、27、29分に、京王の準特急と、小田急の急行の同時発車があったのが見られなくなってしまうことから、何度か並走を捉えに行きました。

最終日の今日21日、ちょうど薄曇りという天気で逆光も防げることから、永山~多摩センター間の来た豊ヶ丘公園周辺に出掛けました。 先ずはこれ、豊ヶ丘第一緑地からです。 メトロ車の急行我孫子行が先にやって来て、京王の準特急ははるかに遅れています。

20180221_0004_20


並びを収めることはできませんでした。

20180221_0005_20


京王の正面には「ダイヤ改正2018.2.22」のヘッドマーク。 隣の線路への戦いぶりが現れています。

20180221_0007_20


京王の新型5000系が橋本に向って云ったのを確認し、その戻りがJR233系と並走することを期待して、場所を線路向こうに移し、北豊ヶ丘公園内から狙うことにしました。 今度は小田急(JR者)が一歩遅い!

20180221_0028_20


ズームを引いて、両車の接近に期待しましたが、差は詰まりませんでした。

20180221_0029__20


この後、何回か挑戦しましたが、なかなか上手く合いませんでした。

数日前には「電車見橋」から狙ってみましたが、なかなか満足なものは得られず仕舞い。 

20180218_0005_20


それでも小さな記録を残せたことで良しとしましょう。

2018年2月18日 (日)

非常用梯子

作らざるを得なくてこんなものまで作っていました。 最近のステンレス車両床下に備えられている、ホームセンターで入手できそうな梯子。 正確な図面など無いので、いや、図面があったってその通りに作れないので、写真から適当に。

20180217_0001_20_2


網目板と角線の組み合わせ、ステップなどは奥行2.5㎜、幅4㎜、小さなパーツなのでなかなか平行にハンダ付けするのが上手く行きません。 裏側は恥ずかしい限りですが、6個が必要です。

20180217_0002_20


床板へはチャンネルと組み合わせたL字型取り付け部でビス止めします。

20180217_0003_20

この梯子は銀色に塗装して、灰色に塗装後した床下にビス止めの予定です。

2018年2月14日 (水)

できました! 2両のED

1,000円で買ってしまった相鉄EDのディスプレイモデル。 なにやかやと合間を見て動力化してきたのが、ようやく完成しました。

車体は1,000円、それにパンタグラフはTOMIXのPS13:1,120円×4、台車は日光モデルDT13:1,700円×2、動力化にはWB31を4台奮発して全軸駆動:2,700円×4、カプラーは安価なKATOのEF65用:360円、それに手持ちのチップLEDなどの点灯化パーツ一式、合わせて19,040円+消費税1,523円。 安いようで決して安くない。

あっ、床板にした0.8t真鍮帯板250円+消費税20円を忘れました。

20180214_0002_20

ライト配線はモールドのヘッドライトを2.6φのドリルでグリグリした穴に、1608のウォームホワイトのチップLEDをセット、レンズはエポキシです。

20180214_0003_20

ED11はED12と重連で使用されたことが多いので、重連時の中間になるヘッドライトは点灯化しませんでした。

20180214_0005_20

4両在籍したED10形の中で、ED12だけ逆向きなので、床下機器配置も屋根上のアンテナ位置もそっくり逆になっていたようです。

20180214_0006_20

上のED12と、下のED11を連結すると、左が横浜、右が海老名となり、横浜方のパンタグラフは下げます。 

20180214_0007_20

厚木で国鉄からの貨物を受け取り、横浜方面に上って行く列車では、先頭のパンタグラフが畳まれています。

20180214_0010_20

各車2台装備したWB31は、相互に結線していますので全軸集電です。 古い木製道床レールでの試運転でも、集電効果が証明されました。

20180214_0012_20

牽かせるタキを用意したくなっていますが、ディスプレーモデルを1,000円で買ってしまったことから始まった相鉄電機。 あまり本気になると財布が持ちませんね。

2018年2月12日 (月)

追憶の横浜・京都 トロリーポール電車展

標記の特別企画展示が開催されています。 http://www.hara-mrm.com/event/event1801_01.html 開催初日のオープニングイベントにご招待頂き、会場の「原鉄道模型博物館」を訪れました。

オープニングイベントは開場前に行われますので、久しぶりにラッシュアワーの電車に乗って、9時前に横浜駅に到着。 横浜三井ビルまでは徒歩5分ほど。 1階ホールではイベント準備が進められています。

20180209_0004_20

ホール右手壁面には大きく伸ばした横浜市電の雄姿が。 

20180209_0034_20_2

そして手前から奥にかけて、1904年に横浜電気鉄道により開業し、1972年に廃止された80年あまりの市電の歴史が、10枚のパネルで紹介されています。 悲惨な大戦下の記録もあり、見入ってしまう内容でした。

20180209_0035_20horu_2

いよいよ針谷館長代理の進行で、オープニングイベントが始まりました。 先ずは原館長から本特別企画展の企画から展示に至る過程のご紹介。 今回の展示は京都市交通局、京福電気鉄道、叡山電鉄、横浜市電保存館、そして神奈川新聞社の協力があって実現したとのことでした。

20180209_0025_20_3

次に京福電気鉄道常務取締役の水田潤二さまからのご挨拶。

20180209_0027_20_2

続いては横浜市電保存館を運営する横浜市交通局協力会理事長の山﨑幹夫さまからのご挨拶。

20180209_0028_20_2

いよいよ、お三人の手による入鋏式で開幕です。

20180209_0029_20_2

博物館内の特別展示室、ポールを解説した大型パネルからこの展示が始まります。

20180209_0031_20_2

このパネルの右には、「ちんちん電車」のシンボルとも言える、車掌が発車時に鳴らす「鈴」(?)と、運転士が鳴らす鐘(フートゴング)が設置されていて、それぞれ来場者が鳴らすことができます。

20180209_0032_20_2 20180209_0033_20_3

ガラスケースの中にはホイールやスライダーシュー、トロリー線など、懐かしい様々な部品も展示されています。

20180209_0009_201_2 20180209_0011_20g2_3

トロリーには、スライダー(奥)とホイール(手前)の2種がありました。

20180209_0010_20_3

これを架線に当てて電気を得て、電車が走ります。 ということをOゲージの模型で解説しているのは針谷館長代理。 模型を走らせているのはな、なんと、モハメイドペーパーさまではありませんか!

20180209_0018_20_2

真鍮線の架線を張ったエンドレスを、ホイール式のポールから集電した電車が快走します。

20180209_0019_20_2

あらためて、電車が走る仕組みとその歴史を理解できる、中身の濃い展示会だと思います。 会期は4月2日(月)までですので、足を運ばれては如何でしょう。

2018年2月11日 (日)

70000形GSE習熟運転を狙う-2

今回は不愉快なマナーから。

20180206_0026_20


なんですか、この若いやつら!

先に居た最左の方の右に、プラットホームの黄色い点字ブロック外に乗り出して、もちろんOER3001氏が構えるカメラ前でこの姿勢。 後方からは回送電車が迫っていたので当然警報を鳴らされて。

こんな奴らが居る場所に一緒に居るのは嫌です。 この後、この日は移動します。

で、後日再度同じ場所へ。 今度は誰も居ません。 OER3001氏の後ろには礼儀ある同好者1名、気持ち良く撮ることができました。

20180207_0007_20


因みに後日、模型を持って出かけた日、ちょっと途中下車してコンデジで1カット。

20180208_0010_20


あたりまえのことですが、この趣味を持つ人は、良きマナーの紳士であって欲しいものです。

2018年2月 9日 (金)

たまには外国形も

偶数月に開催されるシニアの運転会、今回は滅多に走らせることの無い外国形を持っての参加となりました。 

2度ほど訪れてすっかり気に入ってしまったDB、当時は西ドイツ国鉄でした。 オランダ・アムステルダムからスイス・ジュネーブまで、TEEラインゴルトに乗ったのは良き思い出。 帰国後もその思い出を留めるため、遂に購入してしまったROCOインターナショナル(オーストリア)の完成品です。

鉄橋に差し掛かる列車を望遠で仕留めて見ます。 E103形電気機関車、魅力的でした。

20180208_0062_20


快調に走り回ります。

20180208_0058_20


プラットホームも通過! 

20180208_0064_20
鉄橋を過ぎカーブに差し掛かります。

20180208_0067_20

走って走って快調に走って、最後はSBBの列車の横に停車しました。

20180208_0049_20sbbdb

SBBは仲間のJK(女子高生ではありませぬ)氏の所有、これを期に、仲間の間でヨーロッパものの熱が再燃するかもしれません。

2018年2月 5日 (月)

70000形GSE習熟運転を狙う

2月に入り、新型ロマンスカー70000形GSEの習熟運転が続けられています。 下北沢付近の複々線化工事の完成で大幅なスピードアップが図れる小田急と、運賃を値下げして座席指定列車を走らせる京王の熾烈な戦いを目前に、多摩線内で日中行われる習熟運転は、地元の人々の目に留まる機会も多く、宣伝効果抜群です。

OER3001氏としては黙って見ている訳には行かず、たびたびその姿を捉えに出掛けています。

先ずはこの冬2度目の降雪だった平日、2月2日の朝、小田急永山駅で撮りました。 この日はホーム先端に先客1名。 その彼氏を避けるため、少しホーム中ほどに寄って捉えました。

20180202_0019_20


ほぼ同じ場所で、新百合ヶ丘で折り返して来るのを狙います。 ホーム進入時にあのミュージックホーンを鳴らすのです。

20180202_0046b_20


翌2月3日は土休日ダイヤです。 はるひ野~小田急永山間、多摩東公園の「電車見橋」から狙います。 橋の公園側(山側)にはシニアが1名いらっしゃいました。

20180203_0007b_20


「電車見橋」から永山方向に移動し、永山隧道手前で唐木田に向かう姿を狙います。下り列車は半逆光で撮りづらい。

20180203_0023_20


車体カラーが微妙なアカのため、曇天下ではなかなか映えず、晴天時に撮りたいと思っていた矢先、2月5日の朝は陽射しが期待できましたので、五月台~栗平間の順光で撮影です。

20180205_0019_20


戻りの下りは、これまた半逆光の唐木田駅手前で。 ここには2名が構えていました。

20180205_0047b_20


まだまだ続けられる習熟運転、機会を見つけてまだまだ撮っておきたく思います。 線路端でお会いすることがありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

2018年2月 1日 (木)

ラッキーな出会い

2月1日、降雪予報もあって冷たい雨が降り始めた中、やむを得ない用事でで外出せざるをえませんでした。 しかし、電車に乗る時はコンデジをバッグに、いや今日はポケットに忍ばせていました。

備えあれば・・・です。 ホームで電車の到着を待っていたら反対側ホームの表示が「通過」とあるではないですか! そう、もしかして今日から開始されたGSEの習熟運転か?

アタリです。 雨の中をやって来ました。

20180201_0001_20


小雨の中、真新しい車体が滑り込んで来ました。 これまでの試運転でいろいろ試験したのでしょう。 中間車両の一部、タイヤフラットが生じていました。 営業開始までに車輪削正の時間はあるでしょうか。

20180201_0002_20


ホームで一旦停止。 試運転ではなく習熟運転だから、制動操作も必要ということなのでしょうか。

20180201_0005_20


停止後はまた直ぐに、静かに発車して行きました。

20180201_0007_20


習熟運転は3週間ほど続くようですから、天気の良い日にまた撮りたいと思います。

«2両のED 続報

フォト
2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ