2017年2月19日 (日)

習志野の新しい風~ジェントルピンクの新京成電車競作~

出ました! 標記の記事が。

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おじさんたちの青春! として臨んだ競作の紹介記事。

今回はとれいん編集部の格別のご配慮を賜り、表紙をめくった最初のページに掲載された上記の写真。 とても気に入っています。

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一部の模型店で発売されましたが、一般書店発売は21日だったでしょうか。 少しでも同好者各位への刺激になれば幸いです。

是非、一度ご覧ください。 そしてご購入頂けましたらなお嬉しく思います。

ps.とれいん誌のfb広告にもっと良い画像が掲載されていました。https://www.facebook.com/etrain.jp/?fref=ts以下引用させて頂きます。

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2017年2月 4日 (土)

ヨコハマ鉄道模型フェスタ2017

これまで何回か行ってみたランドマークホールで開催されるイベント。 OER3001氏の価値観としては「わざわざ出かける価値なし」の範疇に入るものですが、ちょうど渋谷での会合がある金曜日、渋谷まで東横線全線に久しぶりに乗ることを目的として、立ち寄ることとしました。

往路の経路に選択したのはこれ「快速・南武線」。 この表示、なんか笑えます。 本当は南武線の「快速・川崎行」なのに。 

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メイン会場の各種レイアウト、誰だかトークショーみたいなことしていたけれど・・・全く興味なく、さっと素通り。 

で、企業出展コーナーから独断と偏見に基づき目についたものは・・・

① 東急新7000系(カツミ) 個人的に機会あれば作ってみようかとも思っていた題材が製品化される。 塗装が大変な題材だと思っていたら、この模型も銀は4色塗り分けているのだそうな。 完成品は買わない主義なのでどうでも良いが。

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② 東武2000系の製作過程見本(カツミ) 懐かしい時代の車両、塗り替えたセイジクリームなんかよりずっと良い。18メートル3扉の均整とれた車体で、冷房なんか無かった時代のルーバー屋根が綺麗で好きだ。

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③ 営団丸ノ内線(カツミ) 300形、400形、500形、900形の各種を受注生産するらしい。 展示見本は綺麗なものだったが、完成品は要らない。

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④ 阪急5300系(カツミ) 既に店舗に並べられているものだが、アルミ鎧戸を付けた姿には引かれます。 でも要らない。

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⑤ クモハ40、41、クハ55(KATO) 改良再発売されたものでコストパフォーマンスも高く、買っても良さそうな製品なのだが、この展示には疑問を抱く。 なんで屋根上のステップを付けていないのだろう。 

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PS13パンタグラフはなかなかの完成度なのに、避雷器はこれ? ドアの形状からすればもう一時代前の避雷器にできるようにして欲しかったが・・・、やっぱり要らない。

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⑥ サロ153-900台(TOMIX) たった2両しか製造されなかったステンレス製サロ153。これを見たくて何度か東京駅に行ったことを思い出す。 手持ちの153系に入れても良さそうな代物だが・・・。

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⑦ 159系修学旅行電車(TOMIX) 155系で京都・奈良への修学旅行を経験している身には懐かしい存在で、なかなかの出来だが・・・やっぱり要らない。

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⑧ 静岡鉄道A3000形(TOMYTECおよびグリーンマックス) 本来全く興味のないNゲージ製品ではあるが、既に16番でペーパー自作している身にとっては見逃せない存在。 第1編成のブルーに塗られた見本が動力装置を装備して走っていた。 両社4~5月発売とあるので、グランシップでの販売を狙っていること明らか。 

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という訳で、金曜日の退社時刻前ということもあって、混んでいない企業ブースはゆっくり見られました。 

で、ゲットしたのは日車夢工房であきたこまちグラス。 在庫一掃で300円に値引きしていたのが訳です。 この後に横浜IMONを覘き、東横線全線乗車で渋谷での会合参加。 やっぱりわざわざ出かける価値は低いイベントでした。

2017年2月 3日 (金)

ED58編成初走行

某模型店2階のレイアウトをお借りしての例会、早速完成したばかりのED58牽くフリー客車の編成を走らせて来ました。 半世紀前の鉄道模型社製品を再生、前照灯をLEDに交換した以外は原則として当時の仕様のままなので、電流を食う5極モーターもそのままです。

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前照灯を輝かせて、思いのほか軽やかに走り出しましたが、ここのレイアウトには40‰程の勾配がありますので、登坂力の無い車両は難儀します。

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最初は、このペーパー客車4両しか牽引していないのに、その勾配を駆け上がることができませんでしたが、最高電圧をかけて周回を繰り返していたら、なんとか快調に走るようになりました。

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10系客車を短縮した4両編成、デッキのドアをアルミ様にしたのが目立ちます。

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走行する姿を見ていたら、スイス・レーティッシュ鉄道あたりの赤い客車を連想します。 フリーなら、赤く塗装しても良かったかも知れませんね。

2017年2月 1日 (水)

後部赤色円盤

タイトルの「後部赤色円盤」って聞いて何のことかすぐ分かる方は、比較的年齢を重ねた方ではないでしょうか。 国鉄の時代、列車の最後尾には必ず付いていたものです。

完成したフリー客車に、その円盤が無かったので急遽付けることにしました。

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材料は金属ワッシャ、赤く塗っただけのもの。

本来は、最後部にならない時には上半分を下方に折り返すことで車体と同色になる標識ですが、模型ではそれは無理なので諦めます。

尾灯(テールライト)が設置されているのになぜ円盤を付けていたのか、調べてみたらどうも明治時代からの名残りのようでした。

最後尾車両まで制動管が通ってない列車が途中分離した場合でも、列車最後尾であることを明示するためだそうで、日中では尾灯の点灯が判別できないための措置だったとか。

それもATSの完備とともに廃止されていますが、貨物列車で今は赤色反射円盤が使われていますね。

2017年1月30日 (月)

これ何でしょう?

その昔、フィルム・現像代を気にしながらも、外出の際にはカメラを持って行くことが少なくなかったですが、コンパクトデジタルカメラの性能が良くなった今日、持ち歩いては何気ない光景にレンズを向けています。

1月26日の外出時、ホームで待っているときに収めた1枚。 整理していて妙な発見をしてしまったこの233系、千代田線からの急行唐木田行です。

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正面窓の左下だけを拡大すると・・・下の画像の赤枠部分にご注目ください、 「OER」と!

Oer

いったいどうしたことでしょう? ご存知の方いらっしゃったらご教示くださりませんか。

2017年1月26日 (木)

6000系の記録

東京メトロ千代田線の車両更新が進み、6000系もいよいよ少なくなりました。

この日の急行我孫子行は、ちょうど6000系でした。 乗客も少なかったので思い出になるかと思い斯様な記録を。

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乗り合わせたのは6032F。 運転席後部に小さな窓が設けられたバージョンなので、前方を見ることができます。 右側は非常口があるので残念ながら・・・。

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地下鉄線内では後部窓に遮光カーテンが下されてしまいますので、乗り入れ区間の地上線でなければ斯様な光景は見られません。 

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それまでいかにも地下鉄車両という感じで天地の狭い側窓だったのが、一段下降となってさらにスマートになった感じがして気に入っていました。

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乗務員室仕切りはこんな感じ。 登場時にはサンフランシスコのBART似の近代的デザインと思ったものの、やっぱり前方が見えない電車と言うのはイマイチです。

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新百合ヶ丘では、ロマンスカーМSEが発車した後の5番線に入線です。

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6番ホームに到着する快速急行新宿行が、先に発車して行きます。 乗務員はここで交代、代々木上原に向います。

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見慣れたこの光景も、思い出となってしまうのですね。

2017年1月22日 (日)

2017新作1号:フリー客車編成

「しるねこの微妙な生活/浮気心あれば水心!? 知流猫ブログ」http://blogs.yahoo.co.jp/h53001126の‘しるねこ’さんにお会いするたびに、夢あふれるフリースタイル作品に刺激され、我が家に眠っていた鉄道模型社のED58を再生したのを期に、牽かせるものが欲しくなって製作してきた客車編成が完成し、試運転となりました。

折角ですから木製道床レールで、昭和30年代を思い浮かべての試運転です。

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客車はナハ10系をショーティーにした‘ホハ10系’、ホハ10とホハフ10其々2両の4両編成としました。 こちらがホハ10。

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そしてこちらがホハフ10。

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先に製作した新京成800Nの余りのペーパー(0.5tアイボリー紙)での製作です。 いくら昭和30年代を思うにしても、灯具(尾灯のみ)はLEDで点灯化しています。

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ホハフ車掌室下部にダイオードなどをユニット化した基盤を収め、車体下部の補強角材に設けた0.1t銅版から作った接点にリード線をハンダ付け。

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床板(アガチス材の端材から)には同じ銅板で接点を設けます。

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これを重ねるようにして床板を嵌め、2㎜ビスで床板を止めます。

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そうすることで床板と車体の分離はコードレスにできます。 真鍮板ではなく絶縁性の材料である木やペーパーでの床板だからこそ、簡単な方法が採れます。 この方法は先の新京成N800形でも同様です。

尾灯もパーツは使わず、ハトメにエポキシでレンズを表現し、クリアレッドのエナメル塗料を塗ったもの。 どこまでも簡単に昭和らしくという狙いです。

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因みに車体表記類にインレタは使わず、全て手書きとしました。 これも昭和、昭和です。 ただED58のナンバーだけは、エンドウの機関車用金属インレタを使用しました。

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ナンバーを入れてあげたら顔が締まってきた感じです。 電圧を上げると、5極モーターとインサイドギアの重厚な音を上げ、LED前照灯を光らせて走り出しました。

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最後部の赤い尾灯も効果的でした。

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かくして2017年の最初の作品が完成です。 広い運転会場でビュンビュン走らせるのが楽しみです。

2017年1月13日 (金)

事業用車の色いろ-小田急編

半世紀に渡りお付き合い頂いているモハメイドペーパーさまのブログ「モハメイドペーパーの 何が出てくるか?」、2017年1月12日に掲載された「東武鉄道、事業用車の色いろいろ」http://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-bff7.htmlを興味深く拝見しました。

そこに、こちらも半世紀に渡りお付き合い頂き、ブログ「ぼっちぼちの旅日記」主催のぼっちぼちさまからのコメントが! 「OER3001さん、小田急さんはどんな色を使っているんでしょうかね?」と。

だからこれを掲載しなければならなくなりました。

時は昨年2016年10月15日、海老名で開催された小田急ファミリー鉄道展での展示から。 先ずはこちら、レールスイーパー(だったかな?)から。

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スイスからの輸入で、制御操作盤の表示もドイツ語。 一部に国際規格にもなっているピクトグラム表示もありますが・・・、

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現場で理解しやすいように全て翻訳された日本語表記が印字されたシールが貼られています。

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独和辞典片手に翻訳されたスタッフは大変だったと思います。 続いてはバラストを突き固める機械、何と呼ぶか忘れました。 こちらもスイスからの輸入。

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次はこれ、軌道モーターカーです。 これだけは国産で松山製。

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バラストダンプと言いましたかな? 所謂ホキを不要にしたやつです。 荷台を左右に傾け、バラストを散布できる優れもの。 前後方向にもダンプできるものですが、その機能は停止していると聞きました。

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これらは全てご覧の通り、東武鉄道とは異なりコーポレートカラーのロイヤルブルーに統一されています。 古いものの中にはまだ黄色いのも残っているかも知れませんね。

これらの隣では、千代田線を介して相互直通運転に使用される3社(小田急、東京メトロ、JR東日本)の車両が並べられていました。

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折角のファミリー鉄道展ですから、保線機会をじっくり観察するのも良いものです。 さて2017年のファミリー鉄道展ではどんな展示をするでしょうか。 メトロ綾瀬車庫と同じような展示にはしないで頂きたいものです。

2017年1月11日 (水)

天賞堂製台車

今でもそうですが、半世紀前の「Tenshodo」ブランドは崇高なものでした。

中学生の身で銀座と言う都会に行くだけでも高嶺の花。 都電が行き交う街の中には‘異人さん’多分進駐軍の軍人さんやその家族も多く見られました。

晴海通りにある「Tenshodo」は2階建て。 1階は多分宝石店だったのでしょうが、中学生の身には記憶がありません。 ただ階段を上がると・・・、

HOゲージの大きなレイアウトがあり、アメリカ型の機関車が走っていました。 その前に展開される売り場のガラスケースには、とてもとても手がでない高価な製品が並んでいましたが、マツモト模型のペーパー製ダブルルーフ客車が車体だけで売られていたのが印象的です。 当然、台車などのパーツも揃っていました。

「Tenshodo」が日本型を発売するようになったのは確か1962(昭和37)年、DF50でした。 それ以前には何形式かの貨車は発売されていましたが、動力車としてはDF50が初。 当時5,000円以上の商品には物品税が掛けられていたこともあり、DF50は4,990円での発売でした。

東京オリンピック開催の1964(昭和39)年、10系軽量客車が発売され、そのパーツのいくつかも分売されました。 その中、TR-53、オシ17用のシュリーレン型台車を購入しています。

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斯様な深絞りプラスチックにペーパー台紙のパッケージ。 1両分を求めると鋏で切り離してくれます。 オシ17を作るなら1両で充分なのに、3両分を買っています。

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それは、当時シュリーレン台車としてはカツミから、近鉄ビスタカーのKD-26しか発売されておらず、それは空気ばね。 枕ばねがコイルのタイプはTR-53しかありませんでした。

3両分6台車を求めていたのは、小田急3000型SE車を製作した時に使う計画があったからです。 8車体連節では9台車、短縮改造された5車体SSE車では6台車、恐らく短縮されたSSE車を作ろうと思っていたみたいです。

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結局、3000形SE車、SSE車は未だ着手しておらず、SE車の真鍮キットと必要な台車を購入してあるので、上記のTR-53は不用品となっていました。 

勿体ないので使い道を考えていた所・・・、近々利用することになりそうです。 パッケージも貴重な記録として、ここにご紹介させて頂きました。

2017年1月 9日 (月)

2017 膨らむ夢

2017年、酉年ということで羽ばたきが期待されますが・・・

OER3001氏も羽ばたこうと画策しています。 

1月3日の拙ブログにて、今年の目標は22両完成と書いてしまいましたが、計画に無かった物を入手してしまいました。

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台車、市販されないロストワックスでの特製品を入手してしまいました。

中学生の頃から憧れていた‘師匠’が作られた原型から、有志数名が共同制作という代物ですが、まさかもう入手することができるなんて、まったく想定外でした。

小学生の頃、毎月のお小遣いでパーツを買い集めていたことを思い出します。 当時Oゲージ台車は1個ずつ買えた筈で、1両分の台車を揃えるには2か月必要でしたから。

この台車を見ていると夢がどんどん膨らんできます。 さてどう料理するか。

2017年1月 3日 (火)

2017年製作初め

今年の計画では22両の完成目標となっていますが、先ずは‘ちょっと寄り道’感のフリー客車4両の製作を再開しました。

床板の端材を所定幅にして、角をヤスってRを付けたものに、半世紀近い過去に買い求めていた糸フューズをグルグル巻きつけ・・・

カッターでご覧のように切り離します。

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これは軽量客車側窓上部の水切りになります。

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このようにボンドで接着したらラッカーサーフェサーを流して隙間を埋めます。

この作業、久しぶりにやっていますが数が多くて嫌になります。 淡々と進めるほかはありません。

2017年1月 1日 (日)

賀正 2017

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自宅の小さな箱根登山線レイアウトでの一コマです。

2羽の鶏が見下ろす1000形は、1984年完成のペーパー自作です。 1t厚真鍮板の床板で、2両其々にパワートラックを装備して、急勾配に対応しています。

2016年12月31日 (土)

TOKYO 1964

タイトルの「TOKYO 1964」、52年前の東京オリンピックが開催された年です。

この頃、ハーフサイズのCanon Demiを買ってもらっていた中学生のOER3001氏は、現像・焼き付けさえ安くなかった写真を撮りに、たびたび近所に出掛けていました。

2016年の大晦日に掲載する写真、ここが何処だか判りますか?

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代々木上原~東北沢間です。

カメラを構えて立っていた場所は、東京コンクリート(だと思います)への砂利輸送のために設けられていた引き込み線の東端。 当時は線路脇から入っても誰にも規制されませんでした。

代々木上原駅を出た2100形4両編成が、井の頭通りの踏切を越えて、東北沢までの勾配を上ります。 踏切で待つのは京王帝都バス、後部が丸くなった車体は‘いすゞ’でしょうか‘民生ヂーゼル’でしょうか?

いまこの場所は、東京メトロ千代田線への乗り入れで高架線となった代々木上原駅の西端あたりです。 新宿方面に高い建築物は無く、甲州街道脇にあったガスタンクが見えていた記憶があります。

さて、来年はどんな思い出を創りましょうか。 皆さま良いお年をお迎えください。

2016年12月29日 (木)

忘年会にて

いよいよ2016年も残すところ2日。

モハメイドペーパーさまhttp://jorctk.cocolog-nifty.com/のように、2016年を振り返るわけではありませんが、先日駿河台の小さなレストランで開催された仲間たちとの忘年会では、各自の今年の新作を持ちよりました。

メインテーマは新京成電鉄。 6両編成全車両を持ち寄りましたが、会場の制約から2両ずつ並べて反省会です。 左からN800形(OER3001氏作)、8000形(JK氏作)、8800形(KW氏作)、8900形(SO氏作)。 勿論全車ペーパー自作であることは言うまでもありません。

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そこに・・・

この会合にお招きした新京成電鉄社員氏が、自作されたN800形を持って来られました。

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16番ゲージとNゲージで、N800形が並びました。

とても丁寧に綺麗に作られた作品でした。

2016年12月24日 (土)

特急「えのしま」代走

クリスマスに50年前のクリスマスシーズンの記録を。

小田急新宿駅3番ホームで発車待ちの特急「えのしま」、最後部は2457です。 ホームの柱には「全館小田急クリスマスセール」と。 1966(昭和41)年12月の撮影ですが、おそらく12日ではないかと思います。 「あずさ」を撮った次のコマですから。

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何らかの理由で、本来3000形SE車であるべきところに代走となったものと思われます。

細部が判らない写真ですが、当時のハーフサイズカメラと未熟な腕ではどうしようもありません。 それでも貴重な記録です。

2016年12月22日 (木)

50年前の運転会

50年前は「あずさ」運転開始だけではありません。

「あずさ」を捉えた20枚撮りカラーフィルムには、ハーフサイズで43コマが収められていましたが、その中には運転会の模様も。 1966(昭和41)年5月の交通博物館での運転会です。 どうも20枚撮りのカラーフィルムは大切に大切に、半年くらいキャノンデミに入れられていたようです。

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当時はゴールデンウィークに、屋外の弁慶号他の展示スペース2階(別館)に、交通博物館側でレイアウトの台を仮設してくださり、いくつかのクラブがそれぞれ組み立て式レイアウトをもって公開運転をしていました。

鉄道友の会に入会したOER3001氏は、完成させたばかりのペーパー自作・小田急2600形NHE車5連を持ち込んで参加していたようです。 隣の京浜急行はY.Fさんの作品、1000形のようですが本人曰く950形というフリーだそうです。 運転会後、銀座の模型店に勤めることになる友人の手に渡ったようです。

レイアウトは木製道床レールを繋いだようなもので、電動ポイントもまばらながら、台上に敷かれた色模造紙にはポスターカラーで道路などが描かれていたり、グリーンに着書したスポンジを並べるなどしてそれらしく装っています。 手前の伊勢丹の紙袋は頂けませんね。

小田急と京急の電車以外は蒸機牽引客車編成ばかり。 時代を感じる1コマが見つかりました。

2016年12月18日 (日)

気軽なペーパー工作

ED58に牽かせる客車を作り始めました。

何年ぶりかでフリースタイルを。 ナハ10をモデルに短縮化、ホハ10とでもしておきましょうか。

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良く見てください、車体の裏には新型電車の顔が!

先に完成させた新京成電鉄N800形をプリントしたペーパーの余りを有効利用しています。 実は、印刷時の設定が「用紙に合わせる」となっていたので、若干小さめ、そうですね強いて言えば1/87位で印刷されていた使いようがなかった型紙の有効利用です。

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用紙はアイボリー紙で0.5 t  と厚くて硬いタイプ。 外板1枚でも充分な強度がありそうです。 

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フリースタイル客車ですからあまり手をかけるつもりはありません。 在庫パーツの活用で、気楽にチョコチョコっと製作を楽しもうと思います。

2016年12月17日 (土)

続 : 特急あずさ 50周年

発掘しました、当日のカラー写真を

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高額のカラーフィルムで現像・プリントも高かった時代、35㎜フィルムを半分にして倍の枚数が撮れるというハーフサイズカメラ「CANON Demi」で撮りました。

20枚撮りフィルムで40枚撮れるというのは魅力がありましたが・・・、良く考えてみれば現像代が節約できるだけで、同時プリントなど頼むものならプリント代は倍額という勘定。 だからプリントしていませんでした。

今になってフィルムスキャンできたので得られた画像ということになります。

2016年12月16日 (金)

雪中の16番ゲージ

50年前の「あずさ」の写真をスキャンして、その当時の思い出が蘇って来ました。

ときは1967(昭和42)年2月11日、東京に積雪がありました。 我が家の小さな庭先に敷設していたレールにも。

喜んでDD13を出し、2軸貨車4両を牽かせてみました。

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レールを磨いていなかったので走りは良くなかった。 レールを磨くと線路上の僅かな雪も無くなってしまうのが悲しくて。 

若き日の思い出です。

2016年12月12日 (月)

特急あずさ 50周年

本日12月12日、2度目のブログアップです。

中央線特急「あずさ」が誕生したのは1966(昭和41)年の本日12月12日。 OER3001氏には忘れることができない思い出です。

それは高校1年生の2学期末試験期間でしたが、試験の帰りに新宿駅へ直行。 「あずさ」の上り一番列車は既に到着していました。 編成の車両番号は控えていませんでしたが、「とき」で活躍していたクハ161からのクハ181が先頭です。

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高校生はバリッと制服を着て、何とも良き時代。 国鉄も順法闘争など無く、乗務員さんたちもおおらかで親切でした。 運転室に入らせてくれたのです。

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正面に飾られた装飾も、フロントウインドウから確認できます。 見学に来たファンたちを、線路に降ろしてもくださりました。 みんな線路に降りて、この車両をカメラに収めています。

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この時とばかり、一度はやってみたかった運転室からの後方確認も体験できました。 クハ181の屋根上は斯様な状況でした。 後方の陸橋は甲州街道、ここは今、バスタ新宿の位置です。

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いよいよ線路に降りて編成写真を撮ります。 既に撮影を終えた高校生たちが、クハ181スカートのステップを利用してプラットホームに上がって行きます。

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その後にゆっくり斯様な写真を撮ることができました。 

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カメラはCanonの・・・、何と言ったか忘れましたが一眼レフではないカメラ。 今日のようなデジタルではなく、KONIPAN SS 20枚撮りでの撮影。 本日初めてフィルムスキャンを試してみた次第でした。

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