お願い

拙ブログをご覧頂いている皆さまにお願いがあります。20170708_0010_20

最近、拙ブログへの海外からの卑猥な書き込みが増大しています。

そのため、やむを得ずコメント書き込みに際して、認証システムを採用させて頂きます。 

お手数をお掛け致しますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

2019年9月13日 (金)

外出時のスナップ

カメラ機能を備えた携帯電話やスマートフォンの常時携帯が当たり前になった今、わざわざコンパクトカメラを所持して出掛ける人は少なくなったでしょうね。 OER3001氏は携帯電話を持つ前から、外出時にはコンパクトカメラを携帯していました。 それは今でも変わらず、カメラがデジタルに変わっただけです。

昨日も所用で出掛けましたが、電車を利用する時には序でに電車を撮りたくなります。 

明大前のプラットホームで所定の乗車位置に並んでいる時に、到着する電車を狙いました。

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それに乗って終点の吉祥寺、改札口に向かう途中で振り向いて。 ちょっとアングルを変えてカメラを下に向け、車止めを入れて撮ってみました。 こうしてみると、電車の停車位置は車止めまでかなり余裕があります。 模型ではなかなかこの余裕が作れないですよね。

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目的地は三鷹。 乗っていた中央快速電車は特急退避のために待避線に停車しました。 それなら! ということで最後尾に急ぎ、迫ってくるE353系を。

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約束時間まで余裕があったので緩行線ホームに回り、折よく233系快速と231系緩行線の同時発車を狙ってみました。 新型235系投入で山手線から追われた231系が、黄色い帯に化粧直しして活躍していますが、気づけば元祖231系に会う機会も減ったようです。

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フィルム時代にはフィルム代、現像代の制約もあって、こんな“序で撮り”はなかなかできませんでしたが、デジタル時代は“ ランニングコスト” を期にしないですみます。 こうした撮影がいつか、貴重な記録になることもあるでしょうね。 スマホのカメラ機能もたいしたものになりましたが、動いている被写体を捉えるにはコンパクトデジタルカメラが手放せません。

 

2019年9月 7日 (土)

半世紀前のプラモデル復活!

小学生だった1961(昭和36)年頃だったと記憶していますが、プラモデルのチキ5000が売られていました。 確かこの頃のお小遣いは1か月500円だったと思いますので、その範囲で買うことができる200円程度の商品だったのではないでしょうか。

数箇所の接着も外れ、哀れな姿でジャンク箱に眠っていたものを、哀れになって再生してみました。

先ずは外れていた箇所を補修し、一部はパテ埋めなど修正。 AdachiのTR63台車を奮発し、それが付けられるようにボルスター周りを加工。 カプラーもKATOのが付けられるようにポケットを加工しました。 黒色プラスチックだった台枠はとび色に塗装。 淡緑色プラスチックのままだったコンテナもタミヤカラーで塗装し、JNRマークに彩色しました。 

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所詮プラモデルなので、細かいことはやりません。 チキ5000とされていても「チキ5000もどき」と理解します。 従ってインレタなどは使わず、半世紀前の雰囲気そのままに手書きで、形式呼称変更後の コキ5000と入れました。 5000形コンテナのモールドなどは雰囲気があります。

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EH10もどきにのEB10を背中合わせに繋げれば「たから号」ですが、残念ながらこの1両だけでは・・・。

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他の2軸貨車に混結し、EF15の貨物列車を走らせるときにでも登場させることとしましょう。

気合を入れて製作中の3題の合間に、ちょっとした息抜きをしてみた次第です。

 

2019年9月 1日 (日)

「電車バー」訪問!

8月最後の週末、高校の鉄研後輩であるI上氏が自宅に開設した「電車バー」に、後輩氏たちと訪問させて頂きました。 山梨産スパークリングワインをオーナーI上氏にプレゼントです。

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先ずはオーナー夫人にも加わって頂いて記念撮影です。 左方にDD51、右方にワインボトル、キッチンを備えた環境は贅沢そのものです。

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スパークリングワインで乾杯~! 宴の始まりです。 奥に展開されるのがこの部屋のメインステージ。 スタイロフォームにKATOのレールを並べただけとは言いながら、そこにはドラマがありました。 オーナー氏曰く、手前が函館駅、奥が小樽駅だそうで、機回し線もあって機関車の付け替えも可能だと力説します。

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オーナー夫人が心を込めて作ってくださったお料理も並びました。 スパークリングワインの後はビールも進みます。 

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飲んでは食べて、語っては飲んでと、至福の時間が流れました。 この時点で先程のオーナーの力説はどこかに飛んで行ってしまいました(笑)。  DD51牽引の客車列車が走ります。 これカンタムシステムで音出しているのです。

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後輩F井氏は京王5100系を持って来られました。

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オーナー氏はキハ82系「おおとり」を奥に待機させていました。

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さらに出て来た! 流線型蒸機、ヌルアイン“01”、綺麗な製品です。 リリプット製品らしいです。

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次々に車両を乗せかえ、運転を楽しみます。 後輩S根氏はエンドウ製キハ58系を走らせます。 この時点、勿論アルコールメーターはそれなりですので全て“酒気帯び運転”ですが。

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OER3001氏は東武1700形ロマンスカーを走らせます。

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かなりアルコールも進んだ頃、オーナー氏の言う“にせニセコ”が登場です。 カンタムサウンドのC62 3号機が牽くのが北海道仕様ではない客車群。 従って本来のニセコではなく“にせニセコ” なのだそうです。

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汽笛とドラフト音は、ビールにとても良い肴であることを再確認。 蒸機が走っても「電車バー」らしいですが、お陰でココを後にしたのはかなり遅くなってしまいました。

I上さん、F井さん、S根さん、楽しいひと時をありがとうございました。 I上さん、後片付けもせずにすみませんでした。 斯様なひと時を一緒に楽しめる仲間に出会えた幸せをかみしめている次第です。

2019年8月26日 (月)

お寺の運転会

恒例の白河市における寺子屋運転会、昨年は所用で参加できませんでしたが、今年は晴れて参加させて頂きました。 例年同様にJR新白河駅長にもご来場いただき、住職、関係者など5名でテープカットです。

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本堂に拡げられた組立てレイアウト上を、東北新幹線車両などが快走する中、早速地元新聞記者の取材が入りました。 何故か東京からのKuさんが対応します。

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その結果は翌日の朝刊に掲載されました。(画像はKY氏のfbより引用)

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前庭ではいつもの5インチゲージを運転しますが、今年はEF500もどきのロコが登場しました。

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Kuさん、機関士帽をかぶり入念に試運転。 というよりだいぶ楽しんでいる様子です。

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家族連れにはホスピタリティーをもっての「お・も・て・な・し」です。

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本堂のレイアウトにはOER3001氏の小田急4000形が並びました。

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HB車の主要機器を利用して誕生した初代4000形と、最新型の4000形が顔を合わせました。

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タイムリーにこの姿を披露したかったのですが、それに気づいてくれた人は・・・涙。

止むを得ませんね、小田急沿線ではなく福島県なのですから。

 

2019年8月22日 (木)

玉電80形も街を行く!

JAM「第20回 国際鉄道模型コンベンション」 では、 80形も“街の中”で走らせて頂きました。

H氏製作の「商店街」、夕暮れの「御犬町商店街」前を2両編成で通り過ぎます。

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D氏製作「かつて目にした街の光景」を走ります。 横浜市電がチンチン音を鳴らして走っていた、戦前と戦後の建築が入り混じった旧市街をイメージしたようですが・・・、三宿~三軒茶屋あたりはこんな感じでした。

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実は80形の走行シーン、あとは手ブレが酷くて掲載不可能。 残念ながらこの2カットだけでした(涙)。

 

 

2019年8月19日 (月)

玉電150形、街を行く!

「第20回 国際鉄道模型コンベンション」 は、多くの方々に出会うことができ、懐かしい方とのお話もでき、様々な刺激を頂くことができた素晴らしいイベントでした。 ‘鉄犬モハモハ主義コンペ’に加えて頂くことで参加させて頂いたお陰で、150形を“街の中”で走らせて頂くこともできました。

「でや!出屋敷や!」(U氏作)のカーブで。 本来は阪神イメージのモジュールなのですが。

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線路が建物に近いけど、三軒茶屋にこんな感じの場所あったかな? 「商店街」(H氏作)です。

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街を観察すると、「御犬町商店街」でした。 左の暖簾は・・・?、「たぬき」の電飾看板まで!

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ここは・・・桜新町あたりを快走! 「半分、玉電」(A氏作)です。

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こんなイメージの場所は玉電には無かったかも知れませんが、二子玉川へ駆け下りる辺りにあっても良かったようなイメージの「阿倉川のSカーブ」(M氏作)での一コマです。

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勝手に撮影に利用させて頂いたモジュールの製作者の皆さま、‘鉄犬モハモハ主義コンペ’ ご参加の皆さま、 そして何よりこの仲間に加えて頂いたわんわんさま、大変ありがとうございました。

 

 

2019年8月16日 (金)

第20回 JAM開催

 
JAMこと国際鉄道模型コンベンション、20回になるのですね。 その20回目に、OER3001氏は‘鉄犬モハモハ主義コンペ’に加えて頂くことでの参加となりました。 具体的には「玉広電」テーマへの玉電を製作しての展示参加です。 今回新たに製作した150形に加え、半世紀前に製作した80形も参加です。

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写真右後方にはモハメイドペーパーさまの0番ゲージ60形が、製作途上の姿で展示されています。

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展示位置は撮影後に修正していますので、OPEN時には若干の変更があります。

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これらが走るモジュールがまた素晴らしいのです。 モジュール製作には参加しませんでしたが、是非乗り入れさせて頂こうと思っています。 A氏製作の二子玉川園駅、駅前の人々がなんとも素晴らしいと思います。

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O氏はローカルな私鉄駅を製作しての参加です。

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こちらはY氏製作の用賀駅再現。 

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踏切からはこんな感じでプラットホームが望めます。

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電車の中からはこんな感じでしょうか。 実に実感的です。

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さらにA氏は桜新町の昔を再現しました。

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このモジュールも、細かい部分に目が行きます。  左のビル屋上でレディが日光浴していますが・・・、ん? 良く見れば胸が!20190815_0030_20

玉電は商店の目前を走っていましたが、その商店や電柱がまた素晴らしいではないですか。

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手前の串焼店に目を向ければ、店内の客がまるで生きているように。

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あまりに凄いので、OER3001氏の150形も並べて頂き1カット。

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16日(金)、17日(土)、18日(日)の3日間、東京ビッグサイトは熱く盛り上がること間違いありません。 ご来場の際には是非お声掛けください。

 

2019年8月14日 (水)

同い年生まれの車両-4

あれこれいろいろ平行製作を進めている中で、同い年生まれの車両近況です。

雨樋を付けて、ペーパー片を重ねてパンタ台も付けました。 瞬間接着剤を浸み込ませているため、まだ白いままです。 後で1.2㎜のタップを切ります。

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その次は屋根に多数の穴開けです。 最初は0.7φをピンバイスで。

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そこを今度は2.0φに拡大します。

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次に一箇所毎に、ヤスリで角穴に加工します。

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この車両には片側ガーランドベンチレーターがずらりと並ぶのです。 10個入りで500円+消費税のIMON製パーツを使います。

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その穴に、こうして1個づつ嵌め込んで接着します。 デハは片側に10個並ぶので1両で20個、IMON製パーツ2袋が必要なので税込1,080円となります。

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2列のベンチレーターの間にはランボード。 制作費を削減するためペーパー製、t0.5程度のアイボリー紙を2.5㎜幅を切り出し、適当な間隔でペーパー片の脚を付けました。

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3両編成のベンチレーター必要数は62個、IMON製品は7袋が必要となり税込3,780円。 高価なパンタグラフを調達する予定はありませんが、もしそうなら屋根上だけで10,000円を超えるパーツ代とは!

なかなか厳しいものがありますね。

 

2019年8月11日 (日)

ブルーサンダー登場

湘南海岸を目前にした神奈川県立辻堂海浜公園の一角、交通展示館内の鉄道ジオラマに、ブルーサンダーことEH200形電気機関車が牽くタンク貨物列車が登場しました。

中央駅3番線に停車しています。 隣の4番線には小田急ロマンスカー7000形LSEも。 その後ろに見える新幹線E5は、昨年から登場したものです。

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このたび昨年のE5新幹線導入に続き、同所からご依頼を頂き、長期可動に耐える諸改造を加えて納入させて頂きました。 ジオラマ奥で、700系新幹線とブルーサンダーが交差しようとしています。

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左方のトンネルを駆け抜けて来ました。

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所蔵しつつも走る機会のなかったタンク列車は、EH200の導入で見事に復活。 この機関車、小さな子どもたちにも人気があったのですね。 「ブルーサンダーだ!」と叫ぶ子を目の当たりにして嬉しく思いました。 元気に走り回り、来館した子ども達の目を輝かせてくれることを祈ります。

 

 

2019年8月 9日 (金)

相鉄も

「野毛鉄道フェスタ」では相鉄も登場させなければなりません。

とは言え、ヨコハマネイビーブルーの新鋭12000系や20000系は無く、1969(昭和44)年ペーパー自作の6000系です。

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タンク貨車の鮮やかな塗色とはマッチしませんが、タンク貨車の隣と言うのは相鉄らしさかとも。

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横浜方にはアルミ試作車の6021。 当時は4両編成でした。

今では殆ど10両編成なので、模型製作にも資金とエネルギーが多大に必要となって来てしまいました。

 

2019年8月 7日 (水)

青ガエルも

横浜市内、それも桜木町駅から近くの地で開催される「野毛鉄道フェスタ」ですから、東横線のスターも登場させなければなりません。 今でこそ東横線は、みなとみらい線に直通し、この地を通りませんが、1932(昭和7)年の渋谷~桜木町全通以来、東横線の終着駅でもあり始発駅でもあったわけですから。 そう言えば今の東横線には始発駅も終着駅もありません。 渋谷は東京メトロ副都心線との直通運転における中間駅になってしまいましたから。

その東横線のスターは、紛れもなく「青ガエル」こと5000系でしょう。 1985(昭和60)年、谷川製真鍮キットを組んでの製作です。

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丁度、旧友K藤氏も同じものを持って来られましたので、並べて記念撮影です。

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OER3001氏作が右側、「急行」と「桜木町←→渋谷」の運行板を下げています。

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同じ製品を組んでも、作者による違いが出て面白いものです。 

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マッハ調色塗料を使った手前、奥の塗料はグリーンマックスだとか。

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それにしても高度成長期の昭和30年代は、各社に登場する新型車両が眩しく感じる時代でした。 それが今では・・・、どこも側面見れば同じ、違いはラッピングの差異だけと嘆くのはOER3001氏だけではないと思いますが。

 

2019年8月 5日 (月)

京急で遊ぶ

  毎年8月第1週末に開催されるようになって久しい「野毛鉄道フェスタ」。 なんと、OER3001氏は小田急を1両も出さずに参加となりました。 OER3001氏は初代1000形の第1編成車での参加です。

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留置線からの本線の手前で一旦停止します。 本線には貫通式となった1000形が待機しています。

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反対側の本線に最新バージョン新1000形のイエロートレインが入って来ました。

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本線に出た1000形は、DV18Cモーターの14:2ウォーム減速インサイドギアのお陰で、気持ち良く疾走します。

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停車させて4連を撮影しました、特急品川行き。

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今度はM川氏製作の貫通バージョンと連結します。

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留置線に戻ると隣にはO保氏製作の500形、さらにその隣はS爺氏の新1000形。

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3線の留置線は京急で埋め、JR車は少々離れた留置線と、留置場所にも心配り。

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同じ16.5㎜軌間の良い所でもありますが、せめてもの演出でした。

 

2019年8月 1日 (木)

暑い、8月だ!

例年よりおよそ1か月遅い梅雨明けとか、いきなりの猛暑到来です。 外出時にはコンデジ携帯が習慣。 電車待ちしている序でに撮った画像を見ると、暑さで陽炎が。

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この画像見るだけで、暑さが伝わって来ます。

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これでは暑中見舞いにはなりませんね(笑)。

 

2019年7月27日 (土)

空気制動装置のパーツ

近年の新型車両では、床下に見える空気配管はかなり減少しましたが、それでも詳細な再現にはかなりの労力を必要とします。 今までそれらは思い切って省略してきたのが実情でしたが、今回は大幅に簡略化しつつ、以下のようなものを作ってみました。

3φの真鍮丸棒をテーブルドリルに咥え、ヤスリを当てて適当に削りました。 ピンバイスで0.6φの穴を貫通させます。

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再びテーブルドリルに咥えて、適当な長さで糸鋸を当てて切断しました。 これを2組作り、貫通した0.6φ穴に真鍮線を通します。

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これを適当に曲げて、床下に固定したところで、出来上がったパーツを下に向けてハンダで固定。 

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空気制動装置関連の弁らしく表現できたでしょうか。

色々な題材を平行製作していますが、小田急ものだとつい、斯様なパーツにも手間をかけてしまいます。

 

2019年7月25日 (木)

奇を衒う

都心方面に出向くとき、最近は東京メトロフリーきっぷを活用することが多くなりました。

昨日も仕事に出掛けた折、フリーきっぷを有効活用し、四ツ谷駅で丸の内線を撮りました。 先ずは先のダイヤ改正で登場した「方南町行き」を。 モハメイドペーパーの何が出て来るか?」に詳しく紹介されているアレです。

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反対からやって来た「池袋行き」とは正面デザインに僅かな相違があります。 帯部分に斜めにストライプが入れられているのは、初代丸の内線車両から採用された「サインカーブ」が描かれたリニューアル車です。

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今度の新型2000系では、ホームドア設置が進んだ影響で、腰板部はホームから見えなくなると、「サインカーブ」を幕板に入れました。 「丸の内線」と言うことから「丸」を随所に入れたデザインとのことです。

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正面も無理やり丸みを帯びたデザインにし、車端部の優先席部の側窓が「丸」。 

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優先席サインはシンボルとしている「サインカーブ」の中に配置していますが、何故側窓横の赤い部分に配置しないのでしょうか。 サインの明示性が損なわれています。

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奇を衒ったとしか思えない新型車両デザイン、どうも好きになれません。

2019年7月19日 (金)

Super Express 3000

少しづづ、細かいことを進めています。 今日は先頭車両1両の乗務員扉周り、水切りと靴摺を。

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全体を見ると目立たないですが、これも自己満足ということで。

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納期が決められていない題材、しかもまさにOER3001氏を名のる作者としては気が抜けない車両ですから、気が済むまで取り組みたいと思っています。

 

2019年7月15日 (月)

Super Express 3000

長年の熟成から目覚め、漸く手を付けている「Super Express 3000」ですが、もともとのキット仕様を変更しての製作なので、いろいろな部分で手間を要しています。 

コアレスモーターLN-12を装備した先頭車両の床板は、台車センターピン高さの上になるため、低床の床下機器は取り付けも新たな仕様に変更する必要があります。 斯様な床下機器取り付け板を製作しました。

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これを、モーターを挟んだ左右にビス止めです。 ウエイトの幅も若干詰める必要が生じてしまいました。

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1957年の実車カタログが大いに役立ちます。

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小さいですが、8両編成全車両の床下機器配置があります。 キットがいかにいい加減であったか、一旦取り付けた機器を外して再取り付けせざるを得ないところも数多く発生しています。 車両中央部の空気駄目など、初めからパーツは省略されていました。

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模型製作はやっぱり、他人の設計は適度に活かすとも、信用してはいけません。 自分で納得するまで、試行錯誤を繰り返すのが常道だと、あらためて思う次第です。 その意味ではやっぱり、ペーパー自作はサイコーかと。

2019年7月 9日 (火)

悔しい~!

都心へ出かけるときは、なるべく東京メトロフリーきっぷを常用しています。 本来の用事以外にちょっとした寄り道をすることも楽しいのです。

先日は大規模な改良工事が進む渋谷に向いました。 乗車した銀座線がレトロバージョンだったので、渋谷駅での折り返しを撮ろうと、降車ホームの端で待っていました。 先ずは通常車両で試し撮り。

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こんな感じならまあまあだなと思ってレトロ編成を待っているとその時! なんてこと、ホーム先端から階段を上って作業員が・・・。

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真面目に仕事しているのだから文句も言えないけれど、なんと不運なことか。 仕方がないのでは乗車ホームに停車した側面をカメラの収めました。

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中間車の東京地下鉄道マークも。

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後追いを収めたら、これが流れてしまって・・・。

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悲しい残念な収穫となってしまいました。

 

 

2019年7月 6日 (土)

たまには関西私鉄も

開催日がイレギュラーとなった7月の第1木曜日、多摩川畔の模型店2階の運転場に、近鉄特急を持ち込みました。

スナックカー12000系、パンタを先頭にも増設した姿で、12200系と4連を組みました。 近鉄特急も近年は塗装も変わってしまいましたが、この時代の近鉄特急は風格が漂っていて好きでした。

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反対側はクハ12300。 いずれもOER3001氏が初めて取り組んだ真鍮キットでした。

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36、7年前となる1982~83年の作品。 今週、前照灯にチップLEDを仕組んで登場させました。

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が、残念ながらトラクションモーターの出力と一部の台車追従性に課題があり、早々と退散することとなってしまいました。 早速、改良に取り組むことといたしましょう。

 

2019年7月 4日 (木)

京王帝都も走らせて来ました!

小田急4000形10連のあとは、京王帝都オンパレードとしました。 ヤードに‘t’(スモールt)と呼ばれていた戦前の小型車を電装解除したサハを挟んだ2010系の4連の横には、特急の運板を掲げた新鋭5000系の6連。

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2010系編成は側窓に保護棒がある時代、即ち甲州街道の専用軌道を走っていた時代の姿。 一方5000系は登場したての1号編成。 OER3001氏の小学生~中学生にかけての懐かしい思い出です。

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5000系の屋根は、淡緑色のイボつきビニールでしたが、当時は京王線の屋根上を観察できる場所がロクに無かったのです。 ほとんどの駅はまだ構内踏切を渡っていた時代です。 跨線橋なんて整備されていなかったのです。

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2010系の中間サハはダブルルーフ、勿論屋根布貼りでしたから、新造のデハ2010とは不釣り合い。 こんなのが走っていた時代、京王ライナーが高速で飛ばす今日からは想像できませんね。

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2010系が築堤上の本線に現れました。

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続いて5000系も、快調に走り回ります。

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5000系が入庫すると、横には井の頭線が。 先頭はデハ1400です。 実物では線路幅の異なる井の頭線と並ぶことはありませんでしたが、一部の車両は後に改軌して京王線に転属していました。 

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デハ1400を先頭に、デハ1700+サハ1300+デハ1700の4連が築堤を行きます。

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京王帝都オンパレードの最後は、井の頭線の荷電デニ101。 近作なのでチップLEDによる前照灯が輝いています。

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と、そんなわけで、OER3001氏がちょっとだけKTR5001に変身したような時間が流れました。 

 

 

 

«10連走らせて来ました!

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