お願い

拙ブログをご覧頂いている皆さまにお願いがあります。20170708_0010_20

最近、拙ブログへの海外からの卑猥な書き込みが増大しています。

そのため、やむを得ずコメント書き込みに際して、認証システムを採用させて頂きます。 

お手数をお掛け致しますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

2019年3月23日 (土)

「京王帝都電車回顧」に関連して

ココログのリニューアルに伴い、新しい管理ページの利用に不慣れでこれまでのように思うように行きません。 同じココログ利用のモハメイドペーパーさまも同様のようで、OER3001氏だけのことではなさそうで安心しました。
・・・そこで、投稿テストを兼ねて京王帝都続きを。
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渋谷方は1700形です。 中間には1300形を入れています。
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それに1700形と1400形を背中合わせにした2両を連結した4両編成。 ヘッドライトが2灯化された姿は気に入らないので1灯の姿。 はたしてこんな時代があったのかどうか若干の不安はありますがこれで良しとしました。

2019年3月22日 (金)

京王帝都電車回顧に刺激されて・・・

当ブログで利用しているココログが、3月19日にメンテナンスのため管理ページにアクセスできないとの知らせを受けていましたが、翌日になってもアクセスできない状態が続きました。
モハメードペーパーさまは「投稿テスト」をなさっていました。http://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-a018.html
今、リニューアルされたシステムで投稿を試みていますが、はたして思い通り発信できるかどうか心配です。
ところで「京王帝都電車回顧」第1巻に刺激を受け、手持ちの井の頭線電車を。
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まだリニューアルされた管理ページを上手く使えません。
思いと異なるレイアウトになってしまいそうです。

2019年3月15日 (金)

京王帝都電鉄

小田急ファンを自認する小生にとって、複雑な思いがある井の頭線。 同線はそもそも小田急の前身、小田原急行の兄弟会社だった帝都電鉄が開通させた路線故、戦後は京王と一緒になったから京王帝都電鉄。 

そんな歴史のせいで、これまで乗換駅の下北沢は改札無しの乗り換えが可能だったのに・・・。

遂にその改札ができることとなってしまい、文字通り京王井の頭線となってしまいます。

そんな時期に漸く、発売となります。

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火付け役のつもりでしたが、気づけば編集に係って足掛け7年の歳月。 開業時からステンレス3000系登場前までの車両と沿線風景の写真集です。

店頭で見かけましたら是非ご覧ください。

2019年3月 9日 (土)

3線分岐器

ここのところ何かと多忙で、なかなか模型に取り組む時間が取れません。 傍らではある事情からフィルムのデータ化を進めていてます。 そんな中からこんな画像を。

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模型の線路配置では大いに役立つ3線分岐器を間近に観察できる機会がありました。 ここは叡山電鉄修学院車庫。 2001年の秋、叡山電鉄関係者とのご縁から訪問させて頂くことができました。

限られた土地を有効に活用する線路配置がなされています。 また珍しいレールも発見。 クロッシング部分から右方向のレールは40㎏/mのものでしょうか。 それに比べて左側は細い37か30㎏/mのものが使用され、特殊な接続が行われています。

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お陰様で構内をゆっくり観察でき、構内に佇む720形や

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本線を行く810形、

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さらには奥に仕舞われた600形

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など、落ち着いて観察、撮影することができました。

この翌日は大阪での仕事、出張を有効活用しての、実に良い思い出です。

2019年3月 1日 (金)

代々木八幡駅近況:2019.2.26

各駅停車10両化に伴うプラットホーム延伸目的で、大規模な改良工事を進めていた代々木八幡駅。 2017年12月6日の当欄http://vse50001.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/2017126-9097.html以来、その工事進捗を取り上げていませんでしたが、つい先日、所用序でに訪れてみました。 モハメイドペーパーさんも同様のレポートされて居られますのでhttp://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-3003.html、近々またご報告があるかも知れません。

先ずはいつものように新宿方の踏切から迫りくる快速急行を。 45km/h制限のカーブに差し掛かります。

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そして進入する構内、海側(左)に仮設ホーム、島式の新設ホームには既にホームドア、柵も設置されています。

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上りホームも同様です。

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島式ホームも先端部分の幅は広くありません。

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山側の道を小田原方に移動している時、斯様なクルマとすれ違いました。 「測量中」だそうですが、これは間違いなくGoogleのストリートビューですな。 最新情報に更新されるとOER3001氏の姿が出るのでしょうか。

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山手通りの橋梁上から全景を見れば、ホームドアも設置され、新しい橋上駅舎も見渡せます。 プラットホームに建つ養生されたままの大きな丸い管は、若しかして橋上駅から山手通りに抜ける陸橋を架けるための脚なのかな。 この部分にホーム屋根が無いのもそのためかと。

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山手通り陸橋下の踏切(代々木八幡1号)から眺めたプラットホームです。 脚が衰えた高齢者には、渡りきるのに少々長い踏切ですが、上下線個別に作動する遮断機にはしないのでしょうか。 上下個別作動遮断機になれば、鉄道ファンにも嬉しいのですが。

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海側にある改札口横の横断通路を上がってみます。

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駅舎もほぼ完成、手前のグリーンのポットの位置には、近々自動改札機が設置されるのでしょう。 天井から自然光が注ぐ明るい駅になるようです。

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こちらは下りホーム。 エレベータもエスカレーターも既に設置完了済みです。

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しかし、ホームドアは開扉時の扉収納部分が開いたままのようですが、最終的にはカバーされるのかな?

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下り列車が到着しました。

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新ホームの営業は3月16日から。 立派な駅に生まれ変わるようですが、気づいてみればホーム上屋が新宿方には無い! まさかこのままではないでしょうね、小田急さん。

この駅界隈でも随分撮影して来ましたが、景色も変わりますね。

2019年2月27日 (水)

京阪ワールド

小田急ファンでありながら、関西では京阪に魅力を感じていたわが身、テレビカー3000系をペーパー自作しています。 製作したのは1974年、今ほどパーツも無かった時代でした。

クーラーはシリコンゴムの型にポリエステル樹脂を流して作ったもの。 この原型は親友のKW氏が京王井の頭線3000系に用いるために制作したものでした。 TVアンテナは真鍮線ハンダ付けで自作。 パンタグラフPT-48も自作せざるを得ませんでした。

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1991年の暮れ、親友SO氏がペーパー自作の京阪を抱えて遊びに来てくれた時、並べて記念撮影させて頂きました。

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時間を見て昔のフィルムをスキャンニングしているのですが、残念ながら斯様に変色しているものも少なくありません。 何かで使用する時にはカラー補正しなければなりませんね。

2019年2月20日 (水)

50年前のこと

それは1969(昭和44)年2月2月16日でした。 結構な降雪があった日の凍てついた夜、防寒具で身を包み、三脚とカメラを持って出かけたのは経堂検車区。

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次々に入庫して来る特急車。 本線を挟んだ右端には既に3000形SSE。 右の3100形NSEは車内清掃中。 その左にもNSE、そして左端はヘッドライトを灯したSSEが。

考えてみれば良くぞこんな所まで入れてくれた時代、感謝感謝です。

2019年2月15日 (金)

雪かき

寒い日々が続きます。 寒いとは言え 昨年などはかなりの降雪だったのに、今年の東京には雪が積もりません。 そこで・・・、ラッセル車を引っ張り出してきて、ちょっと遊んでみました。

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ラッセル車と言えば蒸気機関車が押す光景が一般的ですが、電気鉄道だった新潟交通ではモワ51がその任についていましたね。 今はもう見られない光景、模型で楽しんでいます。

2019年2月 8日 (金)

お買いもの電車走る

多摩川畔の模型店2階のレンタル運転場で開催されるシニアの運転会、今回の荷は真鍮製6両編成と少々重たいのですが、お買いもの電車で参加しました。

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車輪クリーニングと注油は済ませておいたものの、ロングラン運転をしていなかったため、車輪の回転音が響き、DV18モーターとインサイドギア2台の駆動は、登坂力に弱かったたため、先ずはサハが増結される前の5両編成で。

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平坦線路では快走してくれましたが少々走行音が喧しく、調整が必要のようです。

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それでも走らせているうちに馴染んで来たようで、テールライトのバックシーンもなかなかです。

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最後はサハを加えた6両編成にして周回しました。

実車は先頭車(762φ)と中間車(910φ)で異なる車輪径を、模型では9.5φと11.5φとしたため、ホイルベース26㎜では11.5φ車輪のMPギアは市販されておらず、やむなくインサイドギア駆動としているのですが、やっぱり走行性能面からすればMP化したいですね。 

車輪径11.5φ、ホイルベース26㎜のMPギア販売を強く望むところです。

2019年2月 6日 (水)

銀座天賞堂

天賞堂が、銀座のビルを建て替えるとのことです。

第一次オメガセントラルと言われたレイアウトに目が釘付けになり、第二次オメガセントラル、そしてレイアウトが無くなってしまった店舗と通った歴史。 建て替え後の模型売り場はいったいどうなるのでしょう?

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整理していて出てきた包装紙は多分1970年代のもの、篠原のポイント用道床を包んでいました。 ユニオンパシフィック、サンタフェ、グレートノーザン・・・など、華やかだった時代の米国鉄道ブランドマークが描かれていました。

この後は濃紺地に天賞堂16番製品の151系やED42、EF30などの側面イラストが並んだ包装紙となり、さらに現在の「Tenshodo」ロゴが並ぶブルーのものに代った記憶があります。

新店舗になるころ、どんな包装紙になるのでしょうね。

2019年2月 4日 (月)

保存車体 その3

保存車体シリーズ、調子に乗って‘その3’です。 今度はプラスチックモデルの小田急SE車、1960年頃だったと思います。

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メーカーは記憶していませんが、オリエンタル模型では無かった筈。 赤、グレー、モニター屋根それぞれがパーツとなっているのを組み立てるだけの構造です。 実際に16番線路を走らせることはできませんが、台車と車輪、簡単な床下機器、客席も付いていました。

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連節構造ではないものの、飾って楽しめるプラスチックモデルで、今になって計測するとほぼスケール通りの素晴らしいものです。

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台車形状も、床面高さも、実車のイメージを良く捉えているではないですか。

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だから何とかして連結して走らせたいと、2車体は手に入れました。 そしてあれこれ動力化などにチャレンジしていた形跡もありますが、結局満足するものに至らず。

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そうしたらクラスメイトが作っていた1車体を寄贈してくれ、3車体が揃ってしまいました。

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「OER3001氏」を名乗る身にとってはまさに原点となる車両のモデル。 これも立派な宝物ですからやっぱり処分することはできません。

2019年2月 1日 (金)

保存車体 その2

クロ151の保存車体を取り出してみたら、さらに時を遡るものがあったことを思い出しました。

クハ26とでもいうべきか、ビジネス特急「こだま」の先頭車。 1958年頃だったと思います。 材質は朴なのか、薄板に窓抜きされたキット、OゲージとHOゲージの2種類が売られていました。 セメダインで組み立て、ヤスリ掛けして整え、自分で色を塗るものでした。

ここでご紹介するのは、多分OER3001氏が「鉄道模型を作る」と言う行為に初めて取り組んだ、小学2年生の時の作品だったかと思います。 作品とは言え、自分でできたのは薄板を接着したところまでだったようです。 父が大幅に手伝ってくれ、ヤスリがけ、色塗りは父の手によるものです。

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キットは側板に窓穴が開けられているのみで、あとは所定寸法にカットされた木片を接着するようなもの。 従って、扉や運転室などは描いて表現しなければなりません。 父が細い筆で描いてくれた「こだま」愛称板が素晴らしいです。

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運転室の窓、JNRのマークなど、小学2年生にはとてもとても無理ですが、父の腕には子どもながらに感心していたことを思い出します。

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後方から見た姿、運転台後方小窓、乗務員扉の描き方が凄いです。 側窓の断面には銀色が塗られています。

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加えてクーラーの表現までも。

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これらは「マスキング」など全くない、フリーハンドで描いていました。 連結面に描かれた貫通路の形状は、どこか小田急SE車のような。 
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塗り分けも、雨樋部分の細い赤も、前照灯部分の細い3本線も、全て細い筆の作業。 色はエスクマ印(島田塗料)のマメラッカーでした。 ブリキを曲げただけの玩具のようなカプラーが付いています。

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当時は祖父が経営する事業を手伝っていたのか、それが上手く回らなくなり会社員に転職した頃なのか、子ども時代の記憶では不確かですが、手先が器用で尊敬できる父でした。

父との共同作業の作品、いや遺品かもしれませんが、大事な大事な60年前の思い出。 どうしても処分することはできない宝物です。

2019年1月27日 (日)

保存車体

鉄道模型の世界に入って半世紀、3線式OゲージのEB58を買ってもらった時から数えれば62年? あるいは16番ゲージでペーパー自作電車を作ってから数えれば57年。 いずれにしても60年余りの期間。 その間に入手あるいは自作した車両の中には、捨てられない思い出のものもあり、未だ大切に保管しています。

その中で、ある友人が懐かしいプラ模型を入手したという情報に接し、そう言えば同時代のものがあったことを思い出して取り出したのがこれ、2両のクロ151。

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既に下回りのパーツは取り外し、他の車両に転用してしまいましたが、車体は大事に保管していました。 今となってはメーカーは記憶ありませんが、当時は2社から商品化されていた筈で、その内少し高いもののフォルムが良かったこれを購入。 手前の車体は右側面の妻板側小窓を埋めたり、愛称版を点灯式にしようと試みたうえで塗装までしていましたが、奥の車体はほぼそのまま。 両車ともヘッドライトには米粒球を仕込んでいます。 そして車内には大きなセレン整流器が。

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小学6年生の時に購入した筈です。 クラスメイトに天賞堂の151系を持っていたのが居て、羨ましかったのを覚えていますが、彼は今どうしているのだろう? 残念ながら今では音信不能です。

この2両を背中合わせにして、2M1Tで走らせた筈ですが、当時はインサイドギアのウォームギアかみ合わせ調整が上手く出来ずに苦労しました。

取っておいても何の価値も無さそうなものながら、大切な思い出の宝物なのです。

2019年1月24日 (木)

模型編:お買いもの電車の思い出

ここの所続いた「お買いもの電車」でしたが、今度は模型編で一区切り。 成城学園前から喜多見にかけての下り勾配を駆け下りて来るシーンはこんな感じでした。

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クハ2861を先頭に、模型では既にサハ2761を加えた6両固定編成。 ただ6両編成の全景を捉えるには残念ながら無理があります。

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仕方ないので新宿方クハ2661先頭の姿は成城学園前西方の陸橋から見下ろしたイメージで。

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タニカワの高級技能者用と称したキットを組んだものですが、オデコのカーブが全く違い、これを修正するのに一番苦労したものです。 実車同様に先頭車と中間車の車輪径の違いを再現するため、先頭車には9.5φ、中間車には11.5φを使っています。

通常10.5φの車輪径を変更することは簡単に思えるでしょうが、軸距26㎜11.5φのMPギアは販売されていませんので、やむを得ずインサイドギアを使用しています。

2019年1月22日 (火)

お買いもの電車の思い出

小田急が1967(昭和42)年に走らせた特別塗装電車を取り上げたところ、古くからの友人諸氏からのコメントが寄せられましたので、続報とも言える写真をご紹介します。 ただ残念ですが今回はモノクロ写真です。

先ずは5両固定編成時代の2600形NHE。貫通扉にクロスした小旗が掲げられています。ブルーの濃淡で、「祝・小田急百貨店全館完成」と描かれていたようです。

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この塗装は、モハメイドペーパーさんの回想が寄せられていましたが、4000形1編成にも施されました。 4001Fでした。 こちらの写真は小旗とともに、小田急百貨店のマークに「お歳暮特別号」と描かれた運行板を掲げています。

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小旗は小田急百貨店全館完成から暫く、全ての列車に掲示されました。 こちらは1800形の4両編成。

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そしてこれ、1300形3連の配送電車にも。 この当時1300形はデニではなくデハ。 小旗のお陰で、運板の「新聞」は貫通扉部分ではなく、列車種別の場所に追いやられてしまいました。

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全ての列車に小旗掲示するなどして、新宿の百貨店全館完成を沿線に報せ、集客に努めていたのです。

2019年1月21日 (月)

お買いもの電車

1月17日の「半世紀前の小田急線」に、お買いもの電車塗装の2600形NHE車を掲載したら、年配の同士たちからのコメントが寄せられましたことに気を良くして続報を。

1968(昭和43)年の夏、6月には小田急百貨店の運板は付けられていませんでした。 今では地下になってしまった成城学園前駅で、2600形NHE車の快速準急が並びます。

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同じ年の11月、サハ2650を2両目に連結して6両固定編成になって、「フルーツ号」の運板を掲げた快速準急・小田原行として、成城学園前から喜多見への下り勾配を駆け下りて行きました。

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この撮影場所、今では喜多見電車基地への高架橋下辺りです。 半世紀は車両も線路も大きく変えたものです。

お買いもの電車として登場したカラーですが、その後は各種のイベント運板を掲げて活躍したのが思い出されます。

2019年1月17日 (木)

半世紀前の小田急線

新年も早や15日を過ぎ、節分も間近になりました。 ここのところ模型製作はちょっとお休みして、ある事情から昔撮った写真のデジタル化を進めていました。 そうしたら・・・、

製作中の2100形のカラー写真が! 51年前の1968年1月の撮影、各駅停車経堂行の姿です。 製作中の2100形は、この姿で完成させる予定だったので丁度良しでした。

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同じフィルムには、お買いもの電車カラーの2600形NHE5両編成も。 こちらは準急相模大野行。 どちらも今は見られなくなった運用です。

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それにしてもここ、カメラを構えている所は東北沢のホッパー引き込み線の車止め位置。 まぎれもない鉄道用地ですが、特に注意を受けることも、警笛鳴らされることも無かった良き時代でした。 今では考えられないことです。 その証拠に次の画像を!

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信号取扱所の係員が、通過するお買いもの電車カラーNHEの快速準急小田原行を見守っています。 当然、カメラを構えていた若者の姿に気づいていらしたのにです。 それとも、温かい気持ちで見逃してくれていたのでしょうか。

2019年1月12日 (土)

初撮り2019

2019年の初撮りは、初雪が舞う寒い中でした。 暗い中なので思うような収穫は得られませんでしたが、それでもそこそこの収穫でした。

目的の一つはこれ。 この日のN75運用は普段は見られない30000形EXEの4両。 スーパーはこねです。

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寒さのせいか、同業者居らずでした。 これを撮ってからここ経堂から移動し、あれこれ考えて梅ヶ丘に向います。 およそ2時間半後、テクノインスペクター・クヤ31が、1000形の4両編成に連結されて、下北沢地下線から地上に上がって来ました。

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垂れ込めた雲で暗い中、クヤの検測用パンタを照射するライトの眩しかったこと。 クヤも昨年秋に定期検査済みなので、綺麗な下回りでした。

おまけはこれ。 1000形の急行新宿行と4000形の千代田線直通準急が、全く同じ速度で並走して来ました。

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ここまでピタリと頭を揃えた並走、はなかなか見る機会も少ないものだけに、思わず興奮しました。

天気が悪く寒かったですが、同業者も居らずに満足できた初撮りとなりました。

2019年1月 8日 (火)

急遽追加の新テーマ

モハメイドペーパーさまの「初工作」玉電60形http://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-f8cf.htmlに刺激され、OER3001氏も所蔵していた玉電150形を制作することにしました。 

三が日が開けた一日は、取組中の題材からちょっと離れてこれでまた息抜き。

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車体と妻板をイモヅケし、ロストワックスのオデコを乗せる構造は、なかなかやりづらいものでしたが取りあえずここまでは一日作業でした。 ちっとも息抜きにはなりませんでしたが、気分転換はできました。

さてさて、仕掛車両が18両になってしまいましたが、その全てが2019年に完成させられるかどうか。 趣味ですから気の向くままに取り組んでいきたいと思います。

2019年1月 6日 (日)

オデコ続報

そして、パテ埋めしたオデコを磨きます。

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4両のオデコ、多少の差は生じていますが、特に問題は無さそうです。
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次の工程に移行できそうです。

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