お願い

拙ブログをご覧頂いている皆さまにお願いがあります。20170708_0010_20

最近、拙ブログへの海外からの卑猥な書き込みが増大しています。

そのため、やむを得ずコメント書き込みに際して、認証システムを採用させて頂きます。 

お手数をお掛け致しますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

2019年7月19日 (金)

Super Express 3000

少しづづ、細かいことを進めています。 今日は先頭車両1両の乗務員扉周り、水切りと靴摺を。

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全体を見ると目立たないですが、これも自己満足ということで。

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納期が決められていない題材、しかもまさにOER3001氏を名のる作者としては気が抜けない車両ですから、気が済むまで取り組みたいと思っています。

 

2019年7月15日 (月)

Super Express 3000

長年の熟成から目覚め、漸く手を付けている「Super Express 3000」ですが、もともとのキット仕様を変更しての製作なので、いろいろな部分で手間を要しています。 

コアレスモーターLN-12を装備した先頭車両の床板は、台車センターピン高さの上になるため、低床の床下機器は取り付けも新たな仕様に変更する必要があります。 斯様な床下機器取り付け板を製作しました。

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これを、モーターを挟んだ左右にビス止めです。 ウエイトの幅も若干詰める必要が生じてしまいました。

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1957年の実車カタログが大いに役立ちます。

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小さいですが、8両編成全車両の床下機器配置があります。 キットがいかにいい加減であったか、一旦取り付けた機器を外して再取り付けせざるを得ないところも数多く発生しています。 車両中央部の空気駄目など、初めからパーツは省略されていました。

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模型製作はやっぱり、他人の設計は適度に活かすとも、信用してはいけません。 自分で納得するまで、試行錯誤を繰り返すのが常道だと、あらためて思う次第です。 その意味ではやっぱり、ペーパー自作はサイコーかと。

2019年7月 9日 (火)

悔しい~!

都心へ出かけるときは、なるべく東京メトロフリーきっぷを常用しています。 本来の用事以外にちょっとした寄り道をすることも楽しいのです。

先日は大規模な改良工事が進む渋谷に向いました。 乗車した銀座線がレトロバージョンだったので、渋谷駅での折り返しを撮ろうと、降車ホームの端で待っていました。 先ずは通常車両で試し撮り。

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こんな感じならまあまあだなと思ってレトロ編成を待っているとその時! なんてこと、ホーム先端から階段を上って作業員が・・・。

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真面目に仕事しているのだから文句も言えないけれど、なんと不運なことか。 仕方がないのでは乗車ホームに停車した側面をカメラの収めました。

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中間車の東京地下鉄道マークも。

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後追いを収めたら、これが流れてしまって・・・。

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悲しい残念な収穫となってしまいました。

 

 

2019年7月 6日 (土)

たまには関西私鉄も

開催日がイレギュラーとなった7月の第1木曜日、多摩川畔の模型店2階の運転場に、近鉄特急を持ち込みました。

スナックカー12000系、パンタを先頭にも増設した姿で、12200系と4連を組みました。 近鉄特急も近年は塗装も変わってしまいましたが、この時代の近鉄特急は風格が漂っていて好きでした。

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反対側はクハ12300。 いずれもOER3001氏が初めて取り組んだ真鍮キットでした。

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36、7年前となる1982~83年の作品。 今週、前照灯にチップLEDを仕組んで登場させました。

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が、残念ながらトラクションモーターの出力と一部の台車追従性に課題があり、早々と退散することとなってしまいました。 早速、改良に取り組むことといたしましょう。

 

2019年7月 4日 (木)

京王帝都も走らせて来ました!

小田急4000形10連のあとは、京王帝都オンパレードとしました。 ヤードに‘t’(スモールt)と呼ばれていた戦前の小型車を電装解除したサハを挟んだ2010系の4連の横には、特急の運板を掲げた新鋭5000系の6連。

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2010系編成は側窓に保護棒がある時代、即ち甲州街道の専用軌道を走っていた時代の姿。 一方5000系は登場したての1号編成。 OER3001氏の小学生~中学生にかけての懐かしい思い出です。

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5000系の屋根は、淡緑色のイボつきビニールでしたが、当時は京王線の屋根上を観察できる場所がロクに無かったのです。 ほとんどの駅はまだ構内踏切を渡っていた時代です。 跨線橋なんて整備されていなかったのです。

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2010系の中間サハはダブルルーフ、勿論屋根布貼りでしたから、新造のデハ2010とは不釣り合い。 こんなのが走っていた時代、京王ライナーが高速で飛ばす今日からは想像できませんね。

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2010系が築堤上の本線に現れました。

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続いて5000系も、快調に走り回ります。

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5000系が入庫すると、横には井の頭線が。 先頭はデハ1400です。 実物では線路幅の異なる井の頭線と並ぶことはありませんでしたが、一部の車両は後に改軌して京王線に転属していました。 

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デハ1400を先頭に、デハ1700+サハ1300+デハ1700の4連が築堤を行きます。

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京王帝都オンパレードの最後は、井の頭線の荷電デニ101。 近作なのでチップLEDによる前照灯が輝いています。

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と、そんなわけで、OER3001氏がちょっとだけKTR5001に変身したような時間が流れました。 

 

 

 

2019年7月 1日 (月)

10連走らせて来ました!

2019年も早や後半6カ月に突入です。 ということで、前半最後の土日に、4000形10両編成を走らせて来ました。20190629_0008_20

福島県いわき市、農協施設の会議室を借用しての地元クラブの運転会に、1泊での参加です。

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いわき市在住者の他に、仙台、東京、横浜、千葉などからも参加しました。

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国鉄電車ファンのW田氏が製作したものを、1970年代にOER3001氏が譲受。 それをF島氏に譲ったという高架複線のレイアウト、かれこれ半世紀ものです。 F島氏の手で一部配線変更と大幅なヤード増設などが実施され、今日に至っています。

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その線路を気持ち良く飛ばしました。

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代々木上原から地下鉄千代田線を経て常磐線に直通する車両なのですから、直流だ交流だなどと言わず、地元クラブの方がたと楽しく‘交流’することができました。

 

2019年6月26日 (水)

同い年生まれの車両-3

 
暫く製作中断と宣言しながら、ちょっとだけ進めてしまいました。 オデコをバルサ材から整形、ラッカープライマー浸み込ませてからパテ塗ってサーフェサー吹いて、ここまで到達しました。

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後部連結面はこんな感じ。

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一気に床板も付けました。 動力車にする方は‘床板’ならぬ‘床紙’、そうペーパーです。 およそ0.5㎜厚のアイボリー紙を2枚貼り合せ、ご覧のようにラッカープライマーを浸み込ませて硬化しています。

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ところが、サハに台車を付けて見たところ何と腰高! 今さら床板止めの角材位置を修正することなど不可能なので、ご覧のように床板を薄く削ることにしました。20160626_0004_20

こんな感じになりました。 床面高1,100㎜と低い車両なので・・・。

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目線を下げて確認、こんなところでしょう。

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3両ハコになったところで暫し中断です。

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いろいろと平行製作するのも良いものです。 材料が用意できたところで、気が向いたものに移ります。

 

2019年6月20日 (木)

同い年生まれの車両-2

そして、窓枠、側扉となる内貼りを貼った後、窓抜きを完了しました。

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たったの2両なので、即組立てに。 屋根肩部分の裏面にスジ入れした後に、定規で挟んで曲げます。 先頭部は今回オデコはペーパールーフとせず、バルサ材の削り出しにします。 正面屋根へのR開始が弓形になっているからです。 車体腰の補強材には、先の小田急4000形同様、3×5を使用しました。

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とにかくこれで、3両がハコになりました。

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で、中断していた2テーマの材料が調達できましたので、今度は暫くこれの製作は中断することといたします。 オデコのバルサ材削り出しはいつでも気軽にできそうなので、合間を見て進めることにしましょう。

 

 

2019年6月18日 (火)

同い年生まれの車両

OER3001氏が誕生した1950(昭和25)年と言えば、先の戦争終結から僅か5年、我が国はまだ戦禍から立ち上がり切れていなかった時代だったかと思います。 荒廃した鉄道の復興も、資金不足から思うように行かなかったようですから、この年に新造された車両もそう多くないようです。 

そんな時代に誕生した電車を製作したくなりました。 丁度製作中のSE車も2100形も、材料やパーツの調達が必要となり、暫く製作が止まることとなってしまったので、多量在庫で黄ばんだアイボリー紙に向いました。 

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CADではなく、三角定規とシャープペンシルで所定寸法を罫書きます。 最初は側扉、側窓上部のR部に丸刃彫刻とを入れます。

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中間車体は既に半年ほど前に組み立てられていますので、今回は先頭車両です。

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R部を抜いたら、縦方向にカッターを入れます。

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その後に横方向、とは言っても用紙を縦にしてカッターは縦に入れます。 すると、切り抜かれた窓片がどんどんたまります。 あっという間に2両外板窓抜き完了!

この後は内貼りを貼ってから窓枠を抜くことにします。

 

 

2019年6月15日 (土)

凄いポイント

何年も乗り慣れていた筈の路線ながら、あらためて気づいたことがあります。 ここは京王線・笹塚駅。 上り新宿行特急が通過しようとしています。

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カメラを左に向ければ、都営新宿線からの折り返し線2線を挟んで、下り本線を高尾山口行き各停が発車して行きました。

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都営新宿線の車両も、気づけばいつの間にかこの新しいバージョンが主流になりましたね。 10-560Fと10-610Fが並んでいます。

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しかし今回の話題は車両ではなく、この折り返し線そのものです。

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都営新宿線からの京王新線が、新宿からの京王線の上下線間に割って入って来て、以西への直通列車用渡り線を挟んでそのまま折り返し線となっているのですが・・・。 

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その渡り線用ポイントを良く見れば、三線分岐のような仕様で、配線スペースを節約しています。 軌道時代から発展してきた京王線だけに、こんな工夫をしていたのかとも思ってしまう傑作ではないでしょうか。 模型でもこの方法が採れればだいぶ長さを節約できますね。

 

 

2019年6月 9日 (日)

井の頭線走る!@シニアの運転会

先日のシニアの運転会、今回のテーマは井の頭線としました。 OER3001氏にとって井の頭線は、京王井の頭線というより帝都電鉄、または帝都線という小田急ファミリーだという思い。 第一目的は竣功間もないデニ101を広い会場で走らせることです。

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たった1両の荷電だけに身軽です。

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橋梁を渡り快走します。

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チップLEDで点灯化した前照灯が効果的でした。

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荷電のデニ101だけでは寂しいので、1400形、1300形、1700形で構成する4両編成も持ち込みました。 こちらは手前が1400形。 1400形こそ、帝都電鉄が開業時に揃えた100形が源流です。

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こちらは1700形。 戦後の新造車両です。

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どちらも気持ち良く快走してくれたお陰で、楽しいひと時となりました。 そして最後はこれ。

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同好諸氏との一献もまたサイコーでした。

 

 

2019年6月 7日 (金)

黙祷

小田急線登戸、そこはJR南武線と接続する多摩川縁の郊外。 上りの新宿行急行が多摩川を渡って都内に入って行きました。

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JR南武線の駅は小田急の高架線下に位置します。

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ホームは2面3線で、中線は上り快速の退避と、一部折り返し電車が使用します。 左が川崎行の快速、右が退避している川崎行各停。

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下りの立川行が登戸駅を後にします。

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反対側を向けば、川崎行上り電車がやって来ました。 このカメラ構えた線路脇の小路は、カリタス小学生の通学路だそうで、シニアカーに乗った人が居る辺りを右折して、スクールバス停に向かうことになっていたのだそうです。

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5月28日の朝、2人の命が奪われ、18人の小学生が切り付けられたという 悲惨な事件が起きた場所には、今日も花や飲み物などが供えられていました。 良く見れば、地面の血痕は消えきれていません。 

出掛ける用があり、登戸で乗り換える機会に素通りする気にはなれず、そっと手を合わせて来ました。

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何度も報道で見た、51歳の犯人が自傷した現場のスクールバス停です。

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バス停のポールに、手作りのメッセージが添えられていました。

「生徒の皆さん、私も泣いています。 でも頑張って生きていこう!!」

チコちゃんに似た絵とともに添えられたメッセージに、心が少し温かくなりました。

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学校は子供たちに配慮して、スクールバス停を変更したらしいので、ここにはもうスクールバスは来ないのでしょう。

元農水事務次官の長男殺傷事件など、多々複雑な背景が推察されますが、こんなことが二度と起こらないことを切に願うばかりです。

 

 

2019年6月 4日 (火)

ロマンスカーへの拘り

 0.8t真鍮板から8㎜幅の板を切り出し、所定の位置に2.0φ、3.1φ、5.2φの穴を開け、斯様なものを製作していますが、なかなか手間がかかる作業です。

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こんなパーツ、わざわざ作らなくても・・・、と思われるでしょうが、いろいろ事情があって作らざるを得なくなった次第です。 そもそもこれは、昨年11月21日に掲載した「パーツの加工」に端を発します。

台車が台枠内に深く潜り込む程の低い床面高さによって、低重心で高速運転を実現したSE車。 先日の海老名での展示の際にあらためて良く観察して来たもので、カツミ製品など完成品では床が高く気に入りません。

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模型にすればこんな感じです。 ところが先頭はこれで良いのですが、連節部分では枕梁高さ、ボルスター高さなどの調整がなかなかうまく行きません。 

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実車はこんな感じ。 動力台車のKD17では、台車枠上部のブレーキシリンダーは完全に車体裾部の内側に収まっています。

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先頭車と2両目の連節部は手作りしたため、ほどほどいい感じになっていると思います。

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仮組みした2両目と3両目の連節部分は付随台車のKD18ですが、キット付属のパーツを使うと高さはまあまあながら、実は絶縁に課題があります。 (右の車体は片方が仮置き状態のため水平になっていません。)

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そのため、冒頭に紹介したパーツを自作する羽目になってしまいました。 ボギー車ならこんな手間は不要なのですが、そもそもキットの原設計通りに組み立てず、動力方式と台車メーカーの変更や音源搭載などのため、かなりの手間がかかっています。

 

 

2019年5月31日 (金)

SE車の雄姿を刻む

永らく海老名の収納庫内に保管されていたSE車3000形が、屋外で最新鋭70000形GSEと並べて公開されると聞き、後悔しないように5月最終の土曜日に行って来ました。 7月のような暑さの中、10時の開場前30分から列に並びましたが、これだけの人、ヒト、人。 なかなか思うように近づけません。

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何とか粘ってやっとここまで。 GSEのバーミリオンが、SEのそれを継承していることが良く解ります。

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もう少し左に寄って撮りたかったのですが、、、ここに到達するまで30分ほどを要しました。

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堂々とした正面、製造当時のモニター屋根は、もう少し幅広だったのですが、SSEに改造されたときにクーラー設置に伴い変更されています。

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YS-11を思わせる風貌に、60年前の高速に懸ける熱意を感じます。

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OER3001氏にとっては、GSEとの並びより、SEをじっくり観察できることが魅力です。 低重心化のために思い切って下げた床。

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ブレーキシリンダーを揺れ枕上部に設置した動力台車KD17.

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当時は車輪径840φですが、その車輪よりも台枠は低い位置なのです。 

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こちらは当初の8両編成時代に3台車あった付随台車KD18、揺れ枕上部にブレーキシリンダーは無く、ディスクブレーキが初めて採用されています。

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車輪径は動力車同様の840φでした。 保存車はSSEに改造されたものの復元なので、全て860φになっています。

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会場の制約から、海側からだけの観察しかできませんでしたが、できる限り記録した次第です。

今回の公開2日目深夜、相模大野工場に回送されました。 ロマンスカーミュージアム展示に備えて、残念ながら中間車2両が解体されるようです。 OER3001氏としては、早急にSE車模型を完成させなければいけませんね。

 

 

2019年5月27日 (月)

箱根登山電車100年展

横浜の原鉄道模型博物館で始まった「箱根登山電車100年展」、ご縁あってそのオープニングにご招待頂きました。 今回の企画展に合わせて、あらたにモハ103+モハ107の1番ゲージ模型も製作されました。 実車がこの夏に引退することで、100年前にできた「チキ1形」生き残りの車両が消滅することに因んで作ったとのことです。

メインの1番ゲージジオラマ「いちばんテツモパーク」の電車ホームに停車しています。

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プラットホームには、原信太郎氏が製作したとされるチキ1形も停車しています。 この線路には、市電様の架線が張られているのが残念な所ですが我慢します。

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その前に用意された久寿玉、開通式で紐を牽くのは府川光男箱根登山鉄道社長と原健人副館長です。

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久寿玉が割れると、駅を発車しました。 府川光男箱根登山鉄道社長が視線を注いでいます。

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しっかり室内まで作り込まれた模型だけに、思わず目が釘。 動きも重量感があって素晴らしいです。 軌道が路面軌道であるところが残念ですけど。

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1往復して戻ってきたモハ103+モハ107の隣に停車しているのがチキ1形。

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普段は入口近くの第一展示室のケースに収められているので、こうしてジオラマで、しかも103+107との並びを見られるのは、この企画展示期間だけとのことです。

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お陰で第一展示室のケースは「只今、いちばんテツモパークを走行中」と。

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箱根登山鉄道とのコラボレーション企画展示、7月8日(月)までです。 足を運んでみる価値大ですよ。

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2019年5月25日 (土)

いかせんべい

心温まる素晴らしいお土産をいただきました。 それが何と、三陸鉄道の車両を形ちどったパッケージに入ったいかせんべいです。 

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このパッケージを開けてみると、現れたのはさらに小型の三鉄車両。

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なかなか良く現車が捉えられています。

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並べてみるとまた楽しい。

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良く見れば、左の車両には「36-701」と。

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そして右の車両には「36-Z1」とあるではないですか。 モデルとされた実車通りです。

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これら2両は、クウェート政府が東日本大震災の際に原油を支援として日本政府に提供、それを換金して日本赤十字社を通し被災3県(福島、宮城、岩手)に配分された支援のお金を岩手では一部を三陸鉄道の車両購入に充てることになったことから新製できた車両とのことです。(三陸鉄道HP

中を開けてみると、コブクロには烏賊をかたちどった2枚のいかせんべい。

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烏賊の香りが漂い、しっかりした硬さで楽しめました。

三陸鉄道、被災地復興に少なからず貢献できる、心温まるお土産でした。

 

2019年5月23日 (木)

グランシップトレインフェスタ2019(6) 伊豆箱根鉄道7000系

大勢の方にご来場頂くイベントなので、静岡県内の列車も走らせなくてはいけません。 今回もJR東海やJR貨物に加え、静岡鉄道、遠州鉄道、伊豆急行、伊豆箱根鉄道などの民営鉄道車両を走らせましたが、その中から伊豆箱根鉄道7000系電車を。 2004年にペーパー自作したもので、足回りはDV18モーターと14:2ウォームギアとインサイドギア駆動なのでスピードは充分です。

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したしるねこさんhttp://shiruneko.blog79.fc2.com/ 製作の工場モジュールを快走します。

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と、ここまでは例年通りなのですが、今年はもう1編成の7000系が加わりました。 なんと、コンテツさんhttp://ef6324.blog49.fc2.com/ が製作したのはラッピング電車「Over the Rainbow 号」です。 OER3001氏らの世代にはさっぱり理解できないのですが、これを作ってしまう情熱は凄いです。

さっぱり理解できないので、いったいどういうモノなのかWikipediaで調べてみましたら次のようなことでした。

静岡県沼津市内浦にある、女子高校の「浦の星女学院(うらのほしじょがくいん)」。この学校は全校生徒が100人にも満たず、来年度の入学希望者は0人。それにより、統廃合の危機に瀕していた。そんな中、学校を盛り上げるために9人の生徒が立ち上がり、スクールアイドルを結成することになった。

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ということで、その浦の星女学院まで作ってしまうコンテツさんの熱の入れように驚愕でした。

 

2019年5月21日 (火)

グランシップトレインフェスタ2019(5) 雑誌社の取材

グランシップトレインフェスタには毎年、鉄道模型雑誌3誌(鉄道模型趣味、とれいん、RM MODELS)のスタッフが取材に訪れます。 私たちのブースにも各社がお越しになりました。 

今回はその模様から。 しるねこさんhttp://shiruneko.blog79.fc2.com/
製作のモジュールに目を付けられたのは編集者とカメラマンお二人で来られたK出版社さま。

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昭和の風景にマッチする列車を手前にということから、ヤードに待機していた列車の中から「とき」の181系と183系1000番台車を出し、ご要望の位置に停車させました。

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マメラマン氏が覗くカメラには別の画像が見えますが・・・。

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あれこれ検討の結果、この位置で本番となったようです。

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きっと、こんな画像が撮れた筈です。

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OER3001氏は念のため、別のアングルからちょっと望遠で撮っておきました。 商店街ゲート横の屋台がイイですよね。

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きっと6月発売号に掲載されることと思います。 しるねこさん、良かったですね。

 

2019年5月19日 (日)

グランシップトレインフェスタ2019(4) 小田急4000形快走!

静岡でのイベントとは言え、OER3001氏としては当然小田急も走らせます。 今回は、昨年完成させたペーパー自作の4000形の10両編成を。

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架線柱のあるモジュール走行でのシャッターチャンスは難しい! でも躍動感がありますね。

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こちらは架線柱ギリギリで免れました。

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コンクリート橋を駆け抜けて、桜が咲き誇るモジュールに差し掛かりました。

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広~い会場では10両編成くらいでないと目に止まりにくいです。 快調に走ってくれましたが、残念ながら地元の子ども達には、どこの電車だか理解できなかったでしょうね。

 

 

 

2019年5月17日 (金)

グランシップトレインフェスタ2019(3) 玉電デビュー!

今回は新たに、工房5丁目さまhttp://blog-koubou5chome.cocolog-nifty.com/blogkoubou5chome/とコンテツさまhttp://ef6324.blog49.fc2.com/ による
小型電車用のモジュールがデビューしましたので、早速そこをお借りして玉電を走らせて頂くことに致しました。 引き込み線に150形2両が待機します。

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近付いてみると、先程とは停車位置に違いがありました。

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構内に2両が入って来ました。 左は下高井戸、右は渋谷の行先表示です。

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反対側へ回ってみました。

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下高井戸行は前照灯を点けました。

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通勤、通学時間帯になったようで、150形は連結して2両編成になりました。 

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田植え前の水を入れた田圃、昔の砧あたりは田圃だったのが懐かしい風景です。

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電車が構内に入って来ました。

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プラットホームには高校生が電車の到着を待っています。

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あの~、到着した電車は「連結2人乗り」なので、中央の扉からは乗れませんよ。 前後の扉にお回りください。

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高校生たちを乗せて、電車は走り出しました。

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今は世田谷線となって、スマートな300形が行き交う路線ですが、OER3001氏にとっては青春の思い出があります。 好きだった娘が毎日これに乗って通学していたのですから。

工房5丁目さま、コンテツさま、このモジュールを走らせて頂きありがとうございました。 続編を作りたくなってきました。

 

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