2017年3月24日 (金)

特急ひびき

東海道新幹線開業前の東海道線は華やかな時代、151系特急電車の「こだま」、「つばめ」、「富士」や、20系ブルートレイン「あさかぜ」、「はやぶさ」、「さくら」、「みずほ」などが花形列車でした。

昼間特急列車の需要が高まり、151系に加えて車内設備が特急列車並みだった157系も特急運用を担うようになり、「ひびき」として加わっていました。

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その雄姿を東京駅12番線で捉えることができました。 発車準備中で側扉が開いたままですが、光線状態の良い写真が撮れました。

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しかしこの写真、撮影は東海道新幹線開業から3年後1967年3月のある日。 実は・・・

伊豆急下田および修善寺行きの急行「伊豆」の運用に就いていたときの撮影です。 折り返しの間合いに、運転士さんにお願いしてみたら、「伊豆」のヘッドマークを「ひびき」に変えてくださったのです。 

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嬉しくて嬉しくて、この12番線で正面を撮った後、走って体面の10番線ホームに回って撮ったのが最初の写真。 高校生のお願いに優しく応じてくださった大人の運転士さんに感謝です。

心温まる良い時代でした。

2017年3月23日 (木)

50年前の今日

時々時間を都合して、これまで撮りためた趣味の記録をデータ化していますが、ちょうど50年前の記録が出て来たのでご紹介しましょう。

1967(昭和42)年3月23日の新宿駅3番線、DD13の2連が停車しています。 DD1315と読めます。

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そしてこちらはDD1382と読めます。 両方とも前照灯1灯の初期型ですが、手摺形状に違いがあります。

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この2両、飯田町からの中央線夜行急行客車を牽引して来ました。 牽引されてきた客車は4番線で乗客を迎えています。 最後尾にはオロハネ10が付いていました。

懐かしい光景です。

2017年3月22日 (水)

急行ニセコ

OER3001氏が初めて蒸機の画像を拙ブログに掲載!と、一部の友人方から驚きの声を頂きました。 これもまた愉しです。 気を良くしてそれでは!

急行「ていねニセコ」です。←この当時既に「ていね」ではなく「ニセコ」に変わっていたとの指摘を友人から頂きましたので訂正させて頂きます。

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嬉しいことにC62はエンゼルマークの2号機がアタマ、3号機との重連で、物凄い爆音を立てて疾走して行きました。

1969(昭和44)年3月1日の記録です。

2017年3月21日 (火)

48年前の今日

1969(昭和44)年の3月21日、若きOER3001氏は蒸機の活躍を目に焼き付けるべく北海道を訪ねていました。

生憎の吹雪でも、青函連絡船で北海道入りした長旅。 目的地を変更するわけには行きません。 初めて対面したスワローエンゼルの雄姿に圧倒されたことを思い出します。 三脚に固定したカメラのシャッタースピードを遅くして撮りました。

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これがあの写真で見たスワローかと、興奮したことを思い出します。

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凄い迫力でした。

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SLの意味も知らずにエスエルという輩が多い現在を悲しく思います。 電車ファンとは言え基本的には鉄道が好きな身、蒸機と呼んで欲しいですね。

2017年3月14日 (火)

代々木八幡駅近況

小田急線の新宿発着各駅停車は、8両編成が基本です。 それを来春の代々木上原~登戸の複々線化完成に合わせて実施するダイヤ改正から、10両編成とするためのホーム延長工事が進んでいました。

最後の工事となったのが新宿から3駅目の代々木八幡。 R200の急曲線部に設けられたホームは、前後に踏切を抱えた事情もあって、延長工事は難儀です。

新宿から4駅目の代々木上原を出た上り列車は、相互直通運転の東京メトロ千代田線を上下線の間にはさみ高架から地平に下ります。

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ここから新宿方を望むと、千代田線が地下に入って行くのがわかります。

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向こうに見える歩道橋に移動します。 代々木上原方を望むと先程の歩道橋が見えます。 1000形の急行が制動をかけながら向って来ました。

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この先がR200、制限速度45km区間です。 千代田線隧道上部が、平たいコンクリートで覆われています。 線路上部には山手通りの陸橋が架かります。 

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代々木八幡駅へ近づきます。 山手通り陸橋下に移設された八幡1号踏切から、移設前の同踏切を通過する急行を狙います。

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こちらが旧八幡1号踏切、遮断機が下りているのではなく、柵が設けられました。

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従来の駅事務室は既に取り壊されていますが、構内跨線橋の閉鎖に伴い、改札口が上下線別になりました。 この写真はこれまでの改札口の場所ですが、上りは左方の跨線橋を渡るか、先程の踏切で回らなければなりません。

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先程の山手通り陸橋を代々木八幡駅側から望みます。そもそもこの陸橋、小田急と千代田線の接続工事に伴って、長スパンの陸橋に架け替えられたものです。 手前が閉鎖された旧踏切。 

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代々木八幡駅の現状、古レールで作られた構内跨線橋は閉鎖され、既に取り壊しが始まっています。 10両編成対応の新しいホームは、上下線間に島式で新設されることになります。

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急カーブのホームも思い出となってしまいます。

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上下線間隔が広く、速度制限もあって低速で走るだけに、床下機器撮影に良かった場所なのですが・・・。

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急カーブ部分を避けて新設される新しい駅、いったいどんな景観になるのでしょうか。

2017年3月 8日 (水)

新橋で八戸

妙なタイトルと思われると思いますが・・・

東京ビッグサイトでの展示会に出掛けた帰路、サラリーマンの街と言われる新橋に、友人のアテンドで八戸料理の小料理屋を訪ねました。 中央の厨房を囲むようなカウンターだけのこじんまりとした店舗‘いちいの木’。https://r.gnavi.co.jp/kw8cjeg30000/

先ずは八戸の地酒‘陸奥男山’を。男山と言うブランドは北海道や山形などいくつかありますので要注意。 辛口ですっきり、どんどん進んでしまいそうな危ない味です。

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鰊のお通しで頂きます。

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写真を忘れましたが、トマトを頂いた後に出たのは豆腐のあんかけ。 何とも上品な味です。

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お勧めと言うことで次は、鮟鱇の・・・、なんだっけ、忘れてしまいましたが、鮟鱇の肝も身も全てを蒸して味付けした絶品。今だけのものだそうです。

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これを頂いているうちに、陸奥男山は飲み干してしまいましたので次は・・・、‘如空(じょくう)’を頂くことにしました。 これは八戸から少し北の五戸の地酒。 陸奥男山より少しまろやかな感じがします。

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ここで本日の最大の目的<烏賊>です。 八戸から直送された新鮮なもの。

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これを、烏賊の肝に少々の醤油を注して解したタレに付けて頂きます。 う~ん何という美味!

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烏賊のげそはみそ焼きにしてくれました。 どんどんお酒が進みます。

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久しぶりの新橋、落ち着いた良い店でで、実に愉しきひと時でした。

2017年3月 1日 (水)

オデコの製作

ペーパールーフのオデコを成形しています。

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櫛状にした妻板上部を曲げ、ペーパールーフ端部に接着します。 裏から瞬間接着剤をたっぷり流して固着させました。
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連結面側も同様です。

角には三角形に切り抜いたペーパー片を曲げて接着しています。 この後はエポキシ樹脂を盛ってからヤスリがけです。

2017年2月28日 (火)

ハイブリッド車体(?)製作中

斯様なものをハイブリッドと称して良いかどうかわかりませんが・・・。 

ペーパー車体を製作中であることは事実です、17メートル級の3扉車を。

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側扉と窓枠に真鍮製パーツを利用していますが、最大のポイントは‘オデコ’です。 妻板から伸びた髪ならぬ紙を曲げて、側板一体のペーパールーフに接続します。

側板との接続部分、充分な接着面が確保できないため、裾部に入れた補強材で車体下部を正確な車体幅にします。 それから妻板をほぼイモヅケ状に接続しました。

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勿論、このハコ状にしたところで裏面に瞬間接着剤を流して固着させます。 とりあえずこの1両、あと3両がこの作業待ちをしています。

2017年2月19日 (日)

習志野の新しい風~ジェントルピンクの新京成電車競作~

出ました! 標記の記事が。

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おじさんたちの青春! として臨んだ競作の紹介記事。

今回はとれいん編集部の格別のご配慮を賜り、表紙をめくった最初のページに掲載された上記の写真。 とても気に入っています。

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一部の模型店で発売されましたが、一般書店発売は21日だったでしょうか。 少しでも同好者各位への刺激になれば幸いです。

是非、一度ご覧ください。 そしてご購入頂けましたらなお嬉しく思います。

ps.とれいん誌のfb広告にもっと良い画像が掲載されていました。https://www.facebook.com/etrain.jp/?fref=ts以下引用させて頂きます。

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2017年2月 4日 (土)

ヨコハマ鉄道模型フェスタ2017

これまで何回か行ってみたランドマークホールで開催されるイベント。 OER3001氏の価値観としては「わざわざ出かける価値なし」の範疇に入るものですが、ちょうど渋谷での会合がある金曜日、渋谷まで東横線全線に久しぶりに乗ることを目的として、立ち寄ることとしました。

往路の経路に選択したのはこれ「快速・南武線」。 この表示、なんか笑えます。 本当は南武線の「快速・川崎行」なのに。 

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メイン会場の各種レイアウト、誰だかトークショーみたいなことしていたけれど・・・全く興味なく、さっと素通り。 

で、企業出展コーナーから独断と偏見に基づき目についたものは・・・

① 東急新7000系(カツミ) 個人的に機会あれば作ってみようかとも思っていた題材が製品化される。 塗装が大変な題材だと思っていたら、この模型も銀は4色塗り分けているのだそうな。 完成品は買わない主義なのでどうでも良いが。

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② 東武2000系の製作過程見本(カツミ) 懐かしい時代の車両、塗り替えたセイジクリームなんかよりずっと良い。18メートル3扉の均整とれた車体で、冷房なんか無かった時代のルーバー屋根が綺麗で好きだ。

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③ 営団丸ノ内線(カツミ) 300形、400形、500形、900形の各種を受注生産するらしい。 展示見本は綺麗なものだったが、完成品は要らない。

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④ 阪急5300系(カツミ) 既に店舗に並べられているものだが、アルミ鎧戸を付けた姿には引かれます。 でも要らない。

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⑤ クモハ40、41、クハ55(KATO) 改良再発売されたものでコストパフォーマンスも高く、買っても良さそうな製品なのだが、この展示には疑問を抱く。 なんで屋根上のステップを付けていないのだろう。 

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PS13パンタグラフはなかなかの完成度なのに、避雷器はこれ? ドアの形状からすればもう一時代前の避雷器にできるようにして欲しかったが・・・、やっぱり要らない。

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⑥ サロ153-900台(TOMIX) たった2両しか製造されなかったステンレス製サロ153。これを見たくて何度か東京駅に行ったことを思い出す。 手持ちの153系に入れても良さそうな代物だが・・・。

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⑦ 159系修学旅行電車(TOMIX) 155系で京都・奈良への修学旅行を経験している身には懐かしい存在で、なかなかの出来だが・・・やっぱり要らない。

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⑧ 静岡鉄道A3000形(TOMYTECおよびグリーンマックス) 本来全く興味のないNゲージ製品ではあるが、既に16番でペーパー自作している身にとっては見逃せない存在。 第1編成のブルーに塗られた見本が動力装置を装備して走っていた。 両社4~5月発売とあるので、グランシップでの販売を狙っていること明らか。 

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という訳で、金曜日の退社時刻前ということもあって、混んでいない企業ブースはゆっくり見られました。 

で、ゲットしたのは日車夢工房であきたこまちグラス。 在庫一掃で300円に値引きしていたのが訳です。 この後に横浜IMONを覘き、東横線全線乗車で渋谷での会合参加。 やっぱりわざわざ出かける価値は低いイベントでした。

2017年2月 3日 (金)

ED58編成初走行

某模型店2階のレイアウトをお借りしての例会、早速完成したばかりのED58牽くフリー客車の編成を走らせて来ました。 半世紀前の鉄道模型社製品を再生、前照灯をLEDに交換した以外は原則として当時の仕様のままなので、電流を食う5極モーターもそのままです。

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前照灯を輝かせて、思いのほか軽やかに走り出しましたが、ここのレイアウトには40‰程の勾配がありますので、登坂力の無い車両は難儀します。

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最初は、このペーパー客車4両しか牽引していないのに、その勾配を駆け上がることができませんでしたが、最高電圧をかけて周回を繰り返していたら、なんとか快調に走るようになりました。

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10系客車を短縮した4両編成、デッキのドアをアルミ様にしたのが目立ちます。

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走行する姿を見ていたら、スイス・レーティッシュ鉄道あたりの赤い客車を連想します。 フリーなら、赤く塗装しても良かったかも知れませんね。

2017年2月 1日 (水)

後部赤色円盤

タイトルの「後部赤色円盤」って聞いて何のことかすぐ分かる方は、比較的年齢を重ねた方ではないでしょうか。 国鉄の時代、列車の最後尾には必ず付いていたものです。

完成したフリー客車に、その円盤が無かったので急遽付けることにしました。

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材料は金属ワッシャ、赤く塗っただけのもの。

本来は、最後部にならない時には上半分を下方に折り返すことで車体と同色になる標識ですが、模型ではそれは無理なので諦めます。

尾灯(テールライト)が設置されているのになぜ円盤を付けていたのか、調べてみたらどうも明治時代からの名残りのようでした。

最後尾車両まで制動管が通ってない列車が途中分離した場合でも、列車最後尾であることを明示するためだそうで、日中では尾灯の点灯が判別できないための措置だったとか。

それもATSの完備とともに廃止されていますが、貨物列車で今は赤色反射円盤が使われていますね。

2017年1月30日 (月)

これ何でしょう?

その昔、フィルム・現像代を気にしながらも、外出の際にはカメラを持って行くことが少なくなかったですが、コンパクトデジタルカメラの性能が良くなった今日、持ち歩いては何気ない光景にレンズを向けています。

1月26日の外出時、ホームで待っているときに収めた1枚。 整理していて妙な発見をしてしまったこの233系、千代田線からの急行唐木田行です。

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正面窓の左下だけを拡大すると・・・下の画像の赤枠部分にご注目ください、 「OER」と!

Oer

いったいどうしたことでしょう? ご存知の方いらっしゃったらご教示くださりませんか。

2017年1月26日 (木)

6000系の記録

東京メトロ千代田線の車両更新が進み、6000系もいよいよ少なくなりました。

この日の急行我孫子行は、ちょうど6000系でした。 乗客も少なかったので思い出になるかと思い斯様な記録を。

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乗り合わせたのは6032F。 運転席後部に小さな窓が設けられたバージョンなので、前方を見ることができます。 右側は非常口があるので残念ながら・・・。

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地下鉄線内では後部窓に遮光カーテンが下されてしまいますので、乗り入れ区間の地上線でなければ斯様な光景は見られません。 

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それまでいかにも地下鉄車両という感じで天地の狭い側窓だったのが、一段下降となってさらにスマートになった感じがして気に入っていました。

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乗務員室仕切りはこんな感じ。 登場時にはサンフランシスコのBART似の近代的デザインと思ったものの、やっぱり前方が見えない電車と言うのはイマイチです。

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新百合ヶ丘では、ロマンスカーМSEが発車した後の5番線に入線です。

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6番ホームに到着する快速急行新宿行が、先に発車して行きます。 乗務員はここで交代、代々木上原に向います。

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見慣れたこの光景も、思い出となってしまうのですね。

2017年1月22日 (日)

2017新作1号:フリー客車編成

「しるねこの微妙な生活/浮気心あれば水心!? 知流猫ブログ」http://blogs.yahoo.co.jp/h53001126の‘しるねこ’さんにお会いするたびに、夢あふれるフリースタイル作品に刺激され、我が家に眠っていた鉄道模型社のED58を再生したのを期に、牽かせるものが欲しくなって製作してきた客車編成が完成し、試運転となりました。

折角ですから木製道床レールで、昭和30年代を思い浮かべての試運転です。

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客車はナハ10系をショーティーにした‘ホハ10系’、ホハ10とホハフ10其々2両の4両編成としました。 こちらがホハ10。

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そしてこちらがホハフ10。

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先に製作した新京成800Nの余りのペーパー(0.5tアイボリー紙)での製作です。 いくら昭和30年代を思うにしても、灯具(尾灯のみ)はLEDで点灯化しています。

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ホハフ車掌室下部にダイオードなどをユニット化した基盤を収め、車体下部の補強角材に設けた0.1t銅版から作った接点にリード線をハンダ付け。

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床板(アガチス材の端材から)には同じ銅板で接点を設けます。

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これを重ねるようにして床板を嵌め、2㎜ビスで床板を止めます。

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そうすることで床板と車体の分離はコードレスにできます。 真鍮板ではなく絶縁性の材料である木やペーパーでの床板だからこそ、簡単な方法が採れます。 この方法は先の新京成N800形でも同様です。

尾灯もパーツは使わず、ハトメにエポキシでレンズを表現し、クリアレッドのエナメル塗料を塗ったもの。 どこまでも簡単に昭和らしくという狙いです。

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因みに車体表記類にインレタは使わず、全て手書きとしました。 これも昭和、昭和です。 ただED58のナンバーだけは、エンドウの機関車用金属インレタを使用しました。

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ナンバーを入れてあげたら顔が締まってきた感じです。 電圧を上げると、5極モーターとインサイドギアの重厚な音を上げ、LED前照灯を光らせて走り出しました。

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最後部の赤い尾灯も効果的でした。

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かくして2017年の最初の作品が完成です。 広い運転会場でビュンビュン走らせるのが楽しみです。

2017年1月13日 (金)

事業用車の色いろ-小田急編

半世紀に渡りお付き合い頂いているモハメイドペーパーさまのブログ「モハメイドペーパーの 何が出てくるか?」、2017年1月12日に掲載された「東武鉄道、事業用車の色いろいろ」http://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-bff7.htmlを興味深く拝見しました。

そこに、こちらも半世紀に渡りお付き合い頂き、ブログ「ぼっちぼちの旅日記」主催のぼっちぼちさまからのコメントが! 「OER3001さん、小田急さんはどんな色を使っているんでしょうかね?」と。

だからこれを掲載しなければならなくなりました。

時は昨年2016年10月15日、海老名で開催された小田急ファミリー鉄道展での展示から。 先ずはこちら、レールスイーパー(だったかな?)から。

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スイスからの輸入で、制御操作盤の表示もドイツ語。 一部に国際規格にもなっているピクトグラム表示もありますが・・・、

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現場で理解しやすいように全て翻訳された日本語表記が印字されたシールが貼られています。

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独和辞典片手に翻訳されたスタッフは大変だったと思います。 続いてはバラストを突き固める機械、何と呼ぶか忘れました。 こちらもスイスからの輸入。

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次はこれ、軌道モーターカーです。 これだけは国産で松山製。

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バラストダンプと言いましたかな? 所謂ホキを不要にしたやつです。 荷台を左右に傾け、バラストを散布できる優れもの。 前後方向にもダンプできるものですが、その機能は停止していると聞きました。

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これらは全てご覧の通り、東武鉄道とは異なりコーポレートカラーのロイヤルブルーに統一されています。 古いものの中にはまだ黄色いのも残っているかも知れませんね。

これらの隣では、千代田線を介して相互直通運転に使用される3社(小田急、東京メトロ、JR東日本)の車両が並べられていました。

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折角のファミリー鉄道展ですから、保線機会をじっくり観察するのも良いものです。 さて2017年のファミリー鉄道展ではどんな展示をするでしょうか。 メトロ綾瀬車庫と同じような展示にはしないで頂きたいものです。

2017年1月11日 (水)

天賞堂製台車

今でもそうですが、半世紀前の「Tenshodo」ブランドは崇高なものでした。

中学生の身で銀座と言う都会に行くだけでも高嶺の花。 都電が行き交う街の中には‘異人さん’多分進駐軍の軍人さんやその家族も多く見られました。

晴海通りにある「Tenshodo」は2階建て。 1階は多分宝石店だったのでしょうが、中学生の身には記憶がありません。 ただ階段を上がると・・・、

HOゲージの大きなレイアウトがあり、アメリカ型の機関車が走っていました。 その前に展開される売り場のガラスケースには、とてもとても手がでない高価な製品が並んでいましたが、マツモト模型のペーパー製ダブルルーフ客車が車体だけで売られていたのが印象的です。 当然、台車などのパーツも揃っていました。

「Tenshodo」が日本型を発売するようになったのは確か1962(昭和37)年、DF50でした。 それ以前には何形式かの貨車は発売されていましたが、動力車としてはDF50が初。 当時5,000円以上の商品には物品税が掛けられていたこともあり、DF50は4,990円での発売でした。

東京オリンピック開催の1964(昭和39)年、10系軽量客車が発売され、そのパーツのいくつかも分売されました。 その中、TR-53、オシ17用のシュリーレン型台車を購入しています。

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斯様な深絞りプラスチックにペーパー台紙のパッケージ。 1両分を求めると鋏で切り離してくれます。 オシ17を作るなら1両で充分なのに、3両分を買っています。

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それは、当時シュリーレン台車としてはカツミから、近鉄ビスタカーのKD-26しか発売されておらず、それは空気ばね。 枕ばねがコイルのタイプはTR-53しかありませんでした。

3両分6台車を求めていたのは、小田急3000型SE車を製作した時に使う計画があったからです。 8車体連節では9台車、短縮改造された5車体SSE車では6台車、恐らく短縮されたSSE車を作ろうと思っていたみたいです。

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結局、3000形SE車、SSE車は未だ着手しておらず、SE車の真鍮キットと必要な台車を購入してあるので、上記のTR-53は不用品となっていました。 

勿体ないので使い道を考えていた所・・・、近々利用することになりそうです。 パッケージも貴重な記録として、ここにご紹介させて頂きました。

2017年1月 9日 (月)

2017 膨らむ夢

2017年、酉年ということで羽ばたきが期待されますが・・・

OER3001氏も羽ばたこうと画策しています。 

1月3日の拙ブログにて、今年の目標は22両完成と書いてしまいましたが、計画に無かった物を入手してしまいました。

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台車、市販されないロストワックスでの特製品を入手してしまいました。

中学生の頃から憧れていた‘師匠’が作られた原型から、有志数名が共同制作という代物ですが、まさかもう入手することができるなんて、まったく想定外でした。

小学生の頃、毎月のお小遣いでパーツを買い集めていたことを思い出します。 当時Oゲージ台車は1個ずつ買えた筈で、1両分の台車を揃えるには2か月必要でしたから。

この台車を見ていると夢がどんどん膨らんできます。 さてどう料理するか。

2017年1月 3日 (火)

2017年製作初め

今年の計画では22両の完成目標となっていますが、先ずは‘ちょっと寄り道’感のフリー客車4両の製作を再開しました。

床板の端材を所定幅にして、角をヤスってRを付けたものに、半世紀近い過去に買い求めていた糸フューズをグルグル巻きつけ・・・

カッターでご覧のように切り離します。

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これは軽量客車側窓上部の水切りになります。

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このようにボンドで接着したらラッカーサーフェサーを流して隙間を埋めます。

この作業、久しぶりにやっていますが数が多くて嫌になります。 淡々と進めるほかはありません。

2017年1月 1日 (日)

賀正 2017

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自宅の小さな箱根登山線レイアウトでの一コマです。

2羽の鶏が見下ろす1000形は、1984年完成のペーパー自作です。 1t厚真鍮板の床板で、2両其々にパワートラックを装備して、急勾配に対応しています。

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