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2013年1月

2013年1月30日 (水)

京王帝都井の頭線

昭和の初めには、郊外電車といわれた私鉄の開業が相次ぎました。渋谷から吉祥寺に至る「帝都電鉄」の開業は昭和8年。当時は小田急(当時は小田原急行鉄道㈱)の子会社でした。

太平洋戦争の影響からか、昭和15年には小田原急行鉄道に合併、昭和17年に陸上交通事業調整法により東京急行電鉄になり、終戦後の昭和23年に京王グループに再編となって「京王帝都電鉄」という名前が誕生しました。

このような歴史があったため、OER3001氏の父母世代は、その後も「帝都線」と呼んでいたのが井の頭線です。

今ではレインボーカラーのステンレス車両になっていますが、OER3001氏が中学生のころまでは、グリーンの車両が中心でした。

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手前は昭和8年の開業時からの生き残り1400形。奥は戦後の「東京急行」時代に作られた1700形。

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様々な形の車両をかき集めるように編成し、3両編成や4両編成で活躍していた時代が懐かしくなり、手慣れたペーパー車体で2011年に製作した作品です。リベットの表現には、昔、謄写版のガリ版で使っていたような「点線引き」という、洋裁で使うルーレットのような道具で、ペーパーの裏からぐいぐい押しだしました。

ナンバーや社紋は手書きですが、正面、側面の行先表示板は、パソコンの毛筆書体でプリントしています。

2013年1月27日 (日)

京浜急行

♪あ~かいでんしゃにしろいおび~   昭和_何年だったか・・・40年代かな? そんなコマーシャルソングを流していた京浜急行。

明治時代からの歴史ある私鉄ですが、東京(品川)~横浜間を競合する国鉄との熾烈なスピード競争は、昭和に入ってますます激化。 国鉄の特急「つばめ」を抜いたとか、湘南電車とデッドヒートを繰り広げたとか、伝説は尽きません。

そんな京浜急行の電車、私が製作したのは比較的最近になってからです。2010年10月に完成させた1000系の4両編成。

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友人のTD氏が設計・プリントした「型紙」を使って、1000系のトップナンバー車1001-1002-1003-1004の編成をペーパー自作。運転会場では、その俊足ぶりを披露しました。

2013年1月26日 (土)

東急新旧

1954年に登場した画期的なスタイル「青ガエル」と呼ばれたグリーンの5000系車両(1985年製作)。対面するはシルバーに輝くステンレス製の8500系車両(1977年製作)。

どちらも真鍮製キットを組んだものながら、ステンレス感を出すのに塗装ではなく無電解錫メッキというのをやってみました。残念ながら経年変化で黒ずんで来てしまいました。

Photo

                 2012.8の横浜市内での運転会にて。

2013年1月25日 (金)

久しぶりの出張なのに

昨日の報告の通り、午後からの二条での打ち合わせ、終了後にすぐ引き返しという行程。こういうのを世間では「とんぼがえり」と言うようですが、私の辞書では「のぞみがえり」。

新宿での会合「Drink & Speechの会」の新年会、恒例の大喜利、お題は「安倍政権」でした。

帰路の新幹線車中で思い付いた「東海道新幹線」と解く、ということで発表!

安倍政権とかけて東海道新幹線とときます。・・・その心は、「のぞみ」は多いが「ひかり」は少ない、と。

ご褒美に芋焼酎「喜六」を頂くことができました。

「鉄」の成果は

20130124_0021_30_2 と、

20130124_0025_30_5 だけでした。

2013年1月24日 (木)

東海道新幹線

のぞみ115(N700)にて京都日帰り出張です。

Img_0016_3


目指すは二条。午後一からの打ち合わせだけの仕事。

終了後にすぐ引き返し、再びのぞみ38(N700)の乗客に。

新宿で、久しぶりに会う人達との楽しいひと時が待っています。

本当は、京都土産でも…と思っていたものの、残念ながら売店による時間も無し(涙)。

たまにはこういう慌ただしいときもあるか。

2013年1月19日 (土)

続・ロマンスカー

昨日に続き私の宝物ご紹介、その2です。

前頭部の試作を10回も繰り返してできた姿をまず。 

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窓下とオデコのなめらかなカーブはバルサ材から削りだしましたが、排障器(スカート)と前照灯のケースは0.3tの真鍮板から製作しました。加えて実は、窓ガラス(エンビ板)をカーブ状に仕上げるのが大変。熱湯の中にエンビ板を浸けて柔らかくして冷めないうちに形に当てて丸めますが、熱い熱い! それを所定の寸法にカットして嵌め込んでいます。 銀色のサッシは洋白線から作りました。

斜め後方から見ればこの通り。

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2階の運転室後方の感じも苦労した記憶があります。

連節部をご覧ください。20120129_0010_40_10

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幌は洋裁で使うバイアステープから作りました。既に年月が経って黄ばんで来ています。トイレの通気窓は室内側に倒れています。

今、もう1編成作れと言われても、とてもそのエネルギーはありません。11車体の全長は約1.8m、室内ではなかなかの長さです。

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実物は既に引退していますが、完成から31年経つ私の模型は現役。軽快な音を立てて走ってくれます。

2013年1月17日 (木)

ロマンスカー

小田急ロマンスカー3100形NSE車

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1963年に登場したこのロマンスカーは、中学生だった私の憧れの存在でした。

この模型を作りたくとも、当時はそのノウハウもスキルも乏しく、前頭部の試作を10回は試みていました。製作エネルギーも次第に冷め、暫く諦めていたところ…

1981年に完成させました。

車体は屋根も含めてペーパー製。前頭部はバルサ材から整形、パテ盛りとやすり掛けを繰り返し、下地を整えて塗装。車内にもシートを並べたが、背もたれの白いカバー掛けだけでも約400席分の作業には根気が必要でした。

甲斐あって、憧れの電車の模型は大切な宝物になりました。
今も快調に走ります。写真はこてはし鉄道に乗り入れさせていただいた折の姿。

2013年1月14日 (月)

アテンダント撮り直し

前回の画像、深夜にとりあえずの撮影のため満足できず、日中に改めて! と思いきや外は雪、暗~い空。仕方なく室内でライティング撮影となりましたが、模型サイズに対してカメラレンズが大きく、とてもとても実際のイメージアングルに近づけません(涙)。

先ずは後姿を。

20130114_0009_ksmodel2
そのモデルはこれ。Ksmodel2_3

この位置までレンズを下げることができませんでしたので諦めます。

アテンダントの模型は、KATOから発売されたばかりの「人形 ブルートレイン乗務員、運転士/車掌、アテンダント 」http://www.katomodels.com/ho/doll_bluetrain/を利用しました。

適当なアテンダントさん1名に富士急行への異動辞令交付。ユニホームを着替えていただきますが、元のスカーフなど余分な部分はカッターの先で削りました。さらに適宜カッターの先端でちょこちょこ手を入れ、タミヤのエナメルカラーで彩色。ショルダーバックはペーパーを適当なサイズに切って体に接着しただけです。

次は前姿。20130114_0013_ksmodel

これもモデルとした画像は前回同様ですが、どうしても同じようなアングルにカメラを置けません(涙)。 まあ、良しと致しましょう。 アテンダントの模型はこのくらいにして、次は本道に戻ろうかと思います。
 

2013年1月13日 (日)

初体験!

人生長く鉄道模型を製作して来ましたが…

こんなの作っちゃいました!  人間の模型を作るのは初めてです。

Ksmodl

今日、製作しましたが、とりあえず撮影してみました。

夜ではなく、自然光下であらためて撮影したいと思います。

ちなみに、モデルは

Ksmodl_3

富士急工

「富士急工」???

誤字ではないですか、「富士急行」が正しいのでは???

と、思われますよね。 でも・・・

20130104_0073_20_2

拡大しますと、ほら!Photo_2

下吉田駅に保存された寝台特急「富士」で使われていた客車・スハネフ14です。

20130104_0074_20「特急・富士・西鹿児島」と、行き先が表示されていて、今にも走り出しそう。

富士山に関連した名前だからか、保存にあたって富士急行の手で(平成)23年4月に整備しましたので「富士急工」!

洒落ていますね。

綺麗に整備されていて素晴らしいです。

そしてその横を、「富士登山電車」が走り過ぎていきます。

20130104_0072_20

2013年1月10日 (木)

富士山

標高3,776mの日本一の山。

その麓を走るので富士急行。昔の名前は富士山麓電気鉄道と、正にそのままの名付けでした。

だから富士山がらみが数多くあります。

その1 フジサン特急20130104_0042_20

元国鉄(JR)の165系パノラマエクスプレスを譲受、車体中にさまざまな富士山キャラクターが描かれています。

その2 ブルートレイン富士20130104_0026_20

下吉田駅にJRで引退した車両を保存、展示しています。

その3 富士山20130104_0031_20_2

なんと駅名です。「富士吉田」だった駅が「富士山」に変わっています。このように富士山が駅名板と一緒に写せます。

その4 富士山塗装20090812_0020_20
京王5000系が富士急に来たときから、ブルーの車体に白い富士を描いた塗装になりました。

その5 神社?20110814_0136_20
富士山駅のゲートには赤い鳥居が!

いや~参りました。「参りました」って、お参りではなく「負けた」という意味ですが。

2013年1月 9日 (水)

苦心の姿を

ホームで写真撮影って、勇気が要ります。

一応、ホームに人が居ないことを確認して…

でも、しっかりその姿を撮られてしまいました!

(撮影は、きぬやまスカンクさま)

Dsc_4575_
こうして撮ったのが1月4日掲載の「劇的ご対面」ですが、、、

本当の「劇的ご対面」はアテンダントのKさんとの再会でした。

思い出のカラー

昭和30年代からの20年間くらい続いた富士急の塗装は、6日の当欄でご紹介した5700系のカラーですが、最近、京王から来た1000系でも、1202+1302がリバイバルカラーとなっています。

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冬の晴れ渡った空に良くマッチするカラーだと思います。

2013年1月 6日 (日)

他にも富士急の模型

富士急行の模型製作は「富士登山電車」だけではありません。うちには5700系も居ます。

20130106_0004_30
富士急は導入した年を形式に充てていて、1961(昭和36)年に新製した3600系、1975(昭和50)年に新製した5000系、さらには1977(昭和52)年に小田急1900型転じた5200系がありました。この5700系は、1982(昭和57)年に小田急の2200型が転じたものです。

これもペーパー製。ただし、友人YH氏が小田急2200型として製作したものを1983年に譲り受け、1985年に実車同様に塗装を変えて富士急としたものです。

富士急に転じる前の小田急2200型の模型もあります!

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これは1982年にアマミヤの真鍮製キットを組んだものですが、キットの出来はあまり良くなく、正面は作り直しています。

ちなみに、この塗色になる以前は…

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オレンジイエローとダークブルーの塗装でした。

この模型も前述の富士急5700系となった作品同様、友人YH氏のペーパー作品。譲り受けた後、前照灯や標識灯にレンズを入れたり、方向幕や種別幕を制作、車両番号のレタリングなど、小加工を施しています。

2013年1月 5日 (土)

富士登山電車の模型

鉄道模型を楽しむ仲間6名と2010年の夏、富士急乗車に行ったことから始まります。大月駅で笑顔のアテンダントさんが我々一行を迎えてくださりました。

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車内ではアテンダントさんにも入って頂き、みんなで記念写真を撮りました。

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それ以来、仲間と富士急の車両を1/80サイズ16.5ミリゲージ(16番)で製作するプロジェクトが開始されましたが、富士登山電車の製作に取り掛かったOER3001氏は、車体に施されたレタリングに悩まされ、約束の納期に間に合わせることを断念した次第です。

ところが製作にかかってしまった以上完成させるしかありません。翌2011年夏、実車の詳細調査をするために再度富士急を訪れた際、アテンダントKさんに再会!

模型製作に取り組んでいることをお話したら、「完成しましたか?」との2012年賀状を拝受、感激。それがプレッシャーとなり遂に、2012年末に完成しました。

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車体材料はアイボリーペーパー。屋根上のクーラーもペーパー製です。

台車は日光モデルの片ミンデンFS369に、同じく日光モデルのDT23の枕ばねを組み合わせました。

ワンアームのパンタも、カツミ製PS-35Cの台枠部を加工して取り付けました。

ライトはチップLEDを用い、前照灯、標識灯とも点灯します。

一番の悩みの種、車体の表記は、富士急で販売しているペーパークラフト他からPDFに取り込み、所定サイズに調整したものをホワイトシールにプリントして貼っています。

とにかく手間がかかった作品です。

2013年1月 4日 (金)

劇的ご対面

昨年末に完成させた富士急1000系「富士登山電車」の模型(1/80の16番ゲージ)を持って、富士急を再訪しました。

先ずは大月駅で実物車両とご対面!

ホームに模型を並べて記念撮影。

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撮影中に他人に見られたら恥ずかしいなと思いながら・・・

幸い同行の友人以外には、誰にもその姿を見られないですみました。

そしてさらに、そもそもこの電車の模型製作をする気になったのは、あまりに女性客室乗務員(アテンダント・Kさん)さんの心遣いが嬉しく思えたことから。

遂に、そのKさんに模型完成の報告をすることができました。

とても驚いて喜んでくださったKさん、模型を手に取ってご覧くださり、スマホで何枚も撮影されてくださりました。
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天候に恵まれた寒い日でしたが、心はホカホカの一日でした。

2013年1月 1日 (火)

新規開店

2013年、新しい年を迎えて、ブログ始めることにしました。

そうしておかないと何か取り残されるような気がして…。

肩はらず、気の向くまま、始めてみます。

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