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2013年4月

2013年4月30日 (火)

静岡県の鉄道・・・その8

「静岡県の鉄道」というより「伊豆半島を走る鉄道」と言った方が良いかもしれませんね。

三島~修善寺の伊豆箱根鉄道駿豆線に、1991年に登場した7000系車両。JR東海道本線への直通運転計画に備え、転換クロスシートと共に大型の正面窓などスマートなスタイルとなりました。

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これもペーパールーフのペーパー車体で自作、2004年に完成させました。

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ステンレス車体側面はコルゲートではなくビードになっていますが、この表現法に悩んだ結果、鉄筆で筋入れしてから0.3φ真鍮線を半分落とし込むようなカタチで張り付ける方法を考えました。ただ、この真鍮線の接着を何で行うか考えた挙句、瞬間接着剤を流すことにしましたが、若干跡が出てしまったのが残念です、

2013年4月29日 (月)

静岡県の鉄道・・・その7

塗装は、赤と白と思いきや・・・

白い帯の上にある細い線は白ではい! 明るいグレーではありませんか! なんというお洒落。 

今は入手に困る製図用ペン先に、エナメル系塗料を付けて、定規を当てて書き入れました。

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ライト類はLEDとしました。

2013年4月28日 (日)

静岡県の鉄道・・・その6

床下機器類を少しご紹介します。遠州鉄道2000形はVVVF制御です。ただでさえVVVFの床下機器は市販が少ない代物。まして地方私鉄ものなど市販は期待できませんので、全て角材とペーパーで自作です。

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メインのVVVF制御装置、他社に見られない独特の形状です。

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台車側の大きな箱、これがパンタ車の前後に2台付いています。ほぼ車体幅いっぱいの大きさで、模型では動力台車のセンターピンを避けるように、跨いでビス止めする形です。

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クハの機器箱、最近の車両はこのようにまとまった連続形が増えてきて製作に助かります。

2013年4月27日 (土)

静岡県の鉄道・・・その6

遠州鉄道2000形、その顔は四角いケーキの端をナイフで削いだような顔をしています。窓ガラスが大きいこと!

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窓が大きいので、ペーパーでの造形の多少手間取るとは思いましたが、流線型ではないのでそれ程難しいものではないと判断しました。しかし、製作開始とともに意外に難しいことに気づきます。前照灯部分を「ゼロ」とすると、上方は上に向かって、下方は下に向かって、それぞれ内方に折れ曲がっています。そして、その形状が前照灯の左右から、側面に向かって折れ曲がります。さらに、そのフォルムはそのまま車体裾のスカートにも及びます。シャープなその稜線を出すのに大変でした。

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側面はユニットサッシの枠を、タックラベル紙を利用して表現することくらいで、さほど大変なことではありません。

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雨樋は側板内側に収められた形状のため、屋根は側板の内側から立ち上がるようにしています。連続型のクーラーはペーパーで自作です。

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貫通路は広く、大きな幌です。その幌は、0.5φ真鍮線を数本並べて半田付けした材料をグイッと曲げて作りました。

2013年4月26日 (金)

静岡県の鉄道・・・その5

グランシップ静岡「トレインフェスタ」を前に、静岡県内を走る車両の整備を進めています。静岡県は東部(伊豆)、中部(駿府)、西部(遠州)と分けられますが、静岡鉄道は駿府の民鉄。

今回からは遠州の民鉄、その名も遠州鉄道、えんてつです。

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2000形電車です。その中で2003(Mc)+2103(Tc)の編成を完成させたのは2007年12月。グランシップ静岡「トレインフェスタ」への登場は2008年からです。

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早速、トトロの茶畑さま製作のセクションレイアウトに乗り入れさせて頂きました。

2013年4月25日 (木)

静岡県の鉄道・・・その4

グランシップ静岡での「トレインフェスタ2013」は5月18日、19日です。OER3001氏の静岡鉄道1000系電車は、今年も元気に登場予定です。

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これは完成させた2007年、初登場の時の画像。トトロの茶畑さん製作のセクションに乗り入れ、トトロの茶畑さん製作の編成と並んでいます。

トトロの茶畑さんの編成はライトがLEDで点灯しますが、OER3001氏製作の編成は点灯しません。3色のアクセントにはカッティングシートを使っています。

2013年4月24日 (水)

静岡県の鉄道・・・その3

静岡鉄道1000系はクモハ1000とクハ1500で2両編成を構成します。

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こちらがクハ1500で1512号車です。

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清水方向を向くクハの連結面には、飛行機の垂直尾翼のようなものが付いています。列車無線用のアンテナだそうですが、それにしても垂直尾翼です。

真鍮版から自作していますが、その取り付けは車体センターではなく、もっと右寄りだそうですが後の祭りです。

2013年4月23日 (火)

静岡県の鉄道・・・その2

静岡鉄道の1000系電車は2両編成ですから、比較的気軽に作れると思って挑みました。

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ワンマンカーなので、先頭にはバスのようにバックミラーがあります。真鍮の小片と真鍮線で作りました。台車は以前売られていた「いさみや」製の東急8500系用を流用しました。
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車側灯はテールライト用の天賞堂製赤レンズ(小)を流用しています。その横の表示装置は、黒のエンビ板の周囲に烏口でシルバーの縁取りをしただけのものを接着。

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床下機器は適宜手持ちパーツを流用、主抵抗器は京都模型の阪急6300系用プラスチック製品。

2013年4月22日 (月)

静岡県の鉄道・・・その1

およそ1か月後に迫った恒例の行事、グランシップ静岡で開催される「トレインフェスタ」。そろそろその準備にかからなければなりません。

もとより小田急ファンであるOER3001氏としては、小田急を走らせたいのですが、地元の子供たちにもわかる地元の車両を用意してあげなければなりません。「しずてつ」と親しまれる静岡鉄道を欠かすことはできません。

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ペーパールーフのペーパー車体で、車体のコルゲートはデザインに使う「ICテープ」と言う商品名のポリエチレン系素材のテープを貼って表現しています。2007年1月に完成させました。

2013年4月21日 (日)

神田駅今昔

東北縦貫線と称する上野駅から東京駅に至る区間に新たな線路を敷設するプロジェクトが進む神田駅周辺。宇都宮・高崎線、常磐線の一部を東京駅まで乗り入れ、東海道線とののりかえなしで乗車できる計画だそうだ。

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神田駅を発車する京浜東北線南行電車233系の背後は新幹線、その頭上に東北縦貫線が通ることになる。2013年4月15日の状況です。

さて、遡ること46年前の1967年3月23日、同じ場所を発車したのは・・・

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クハ79を先頭とするチョコレート色(国鉄ではぶどう色2号と言うが)のいわゆる73系電車。この時代は新幹線も無い代わり、その場所はもともと「縦貫線」でした。東京駅発の東北方面への特急電車「あいづ」「やまびこ」などもありましたね。

いや、懐かしい時代です。

2013年4月20日 (土)

荷物電車_デニ1101

1968(昭和43)年9月8日の相模大野駅3番ホームです。

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デニ1101が1両停車中。後方からデユニ1000が接近しています。残念ながらそれが1001なのか1002なのかは確認できません。この後、そのデニ1000がデニ1101に連結し、2両編成となって新宿へ向かって出発して行きました。

1101には「43-8 大野工」との標記。全検だったのか重要部検査だったのか判別できませんが、綺麗な姿でした。

隣の4番ホームに停車中はクハ2671、乗務員交代のようです。

今の、通過線を含む6線の相模大野駅からは想像もつかない長閑さですが、今より電車の写真ははるかに撮りやすかったです。

こうして今、若かった日に撮影した写真を見ると、この頃の電車の模型が無性に作りたくなります。

2013年4月19日 (金)

思い出の模型・・・その10_73系電車④

サハ78の変わり者、サハ78401です。2扉車のサロやサロハをベースに4扉化された車両です。さらに御殿場線転属に際してトイレが設けられました。

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この車両だけはペーパー自作です。

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トイレ側。床下に設けられた水タンクは、当時の新型でFRP製のものが付けられたので、旧型車体とのアンバランスが面白いです。

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側扉の腰部プレスは、鉄筆で押して表現しました。

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連結部の幌枠は通風口があるタイプ。縦樋の漏斗部分の表現はまあまあだったと気に入っています。

というわけで、4両編成の御殿場線として、1995年にわが鉄道に登場となりました。先にご紹介の101系もそうですが、少年時代には一挙に編成でなどと言うことは考えられず、1歩1歩と言う感じで集めてきたことが懐かしく思われます。

2013年4月18日 (木)

思い出の模型・・・その9_73系電車③

中間車のサハ78です。2両揃えることができたクモハ73車体と揃えるため、サハを探していましたが既に製品は流通していませんでした。

ネットオークションで手に入れることができたのです。

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これで3両になりました。4両編成の御殿場線にするにはあと1両、サハが必要になります。

2013年4月17日 (水)

思い出の模型・・・その8_73系電車②

クモハ73は、編成にするには反対側の先頭車がもう1両必要です。クハ79という選択もありますが、同じクモハ73とすることにしました。

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但し、先に紹介した車両とは向きが違いますので、床下機器配置も対称になります。そしてジャンパー栓の位置が左右入れ替わります。

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エコーモデルのパーツを付けました。

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パンタグラフは、製品ではPS14もどきの大きいパンタをビス止めする穴が4つ開けられていますが、パンタ台を付け、安価なカワイモデルのPS16を乗せることにしました。前照灯は製品のまま、米粒球を差し込む簡便な形のままです。

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連結部にはゴム幌。ただ、連結面間隔を8ミリにしたので、隣の車両と干渉しないように薄くしてあります。

2013年4月16日 (火)

思い出の模型・・・その7_73系電車①

戦後の大都市圏で活躍した旧型国電、クモハ73形をはじめとするいわゆる73系も、OER3001氏の成長の過程では印象に残る電車でした。

小学生から中学生の頃、カワイモデルのカタログを見て欲しくて欲しくて。今になってみれば、73系の印象とはだいぶ異なる、単に切り妻の4扉車と言う感じの製品ですが。

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お小遣いの範囲で入手できるのは「未塗装車体」。今の時代では完成品か、所謂バラキットという全て自ら半田付け組立てをしなければならない製品が売られていますが、この頃の時代は組み上げた車体だけの「未塗装車体」と、綺麗に塗装された」「塗装済み車体」、そしてこれに台車やモーター、床下器具など、完成車にするための部品を加えた「組み立てキット」が用意されていて、貧乏な少年には「未塗装車体」でもなかなか手が届くものではありませんでした。

やっと入手できたものの、1両だけではさまにならないので永らく大切に保管されていましただ、ひょうんなことからいよいよ!

しかし、いまさら完成車体そのままと言うのには少し抵抗があります。そこで・・・

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ジャンパー栓を付けることにしました。エコーモデルの受けに、ビニールコードを差し込みました。

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少しは電車らしい顔に近付けたように思いますが如何でしょう? この後にご紹介する仲間と合わせて、御殿場線に転じた姿で編成を組むことになります。

2013年4月15日 (月)

鎌倉のお菓子と共に

日曜日の14日、女房の友人H.Kさんも奏でるマンドリンアンサンブル演奏会を聴いて来ました。久しぶりに鳥肌が立つような、涙腺が刺激されるような感動を得ることができたコンサートで満足です。

コンサートの後は、マンドリン演奏を終えたH.Kさんと3人、行きつけのこれまた洒落たカフェでワインと生ハム他の美味しい料理を楽しみながらの楽しい会話のひと時を過ごしました。

別れ際、H.Kさんに鎌倉のお菓子を頂きました。鎌倉五郎の「半月」と「よもぎ豆」です。

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鎌倉と言えば、OER3001氏にとっては小田急江ノ島線は藤沢駅からの江ノ島電鉄、通称江ノ電を忘れるわけにはいきません。そこで・・・

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頂いたお菓子に手持ちの江ノ電を添えて、写真に記録することにしました。

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模型の江ノ電はMODEMOのプラスチック製品キットを組んだもの。動力はキャノンモーターとMPギアなので、かわいらしく良く走ります。

お菓子と模型を並べた写真など、初めて撮りましたが、たまにはこのようなものも良いですね。

撮影完了したので、渋めの緑茶とともに、このお菓子をいただきま~す。H.Kさんありがとう!

2013年4月14日 (日)

ワイパー

今頃気づいたことがあります。

名車と言われて人気が高かった京王帝都(今は「京王電鉄」で「帝都」が取れてしまいましたが・・・)5000系、譲渡された先で往年の京王色に復活された編成もあります。なかでも富士急行では車番まで復元し、5113と5863に戻しています。

が、、、良く見ると何かが変です。こちらは5863。

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元の5863はクハですが、富士急に転じてからはモハとなっています。

こちらがユニットとなる5113です。元はデハ、今はモハ。

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両車ともなんとなく顔に違和感。

気づきました、運転席ワイパーのアームの取り付け位置と長さ。細い赤い帯の上に付いています。

富士登山電車になった方は元のままです。

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旧塗装をまとった編成も元のままです。

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あっ、オリジナル塗装の編成に、長いワイパーになったのが居ました。

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ワイパーの横には小さな通風口もあったはずですが、冬季の気温が低い地に対応してか見られません。運転席の制御卓の下から取り付けられた様子ですが、ここまで手をかけて長いワイパーに取り換えた理由はなんでしょうか? 

模型製作者の視点からは興味深いです。

2013年4月13日 (土)

思い出の模型・・・その6

クモハ100-806です。

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ご紹介済みのモハ100-810同様に小高模型のペーパーキットを自分で組んだものです。低屋根車にするため、屋根板を薄く削り、肩部を切欠き、ペーパーで通風口を加工しました。

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こちらのランボードは真鍮製ではなくペーパー製です。今となってはあまりに簡略工作で、パンタグラフも当時の普及品。避雷器もカワイモデルのメッキ製品のまま付いていますが、1両1両集めてやっと正規の基本7両編成に仕立てることができたのは1971年のこと。思い出の模型であることは事実です。

2013年4月12日 (金)

思い出の模型・・・その5

モハ100は前回ご紹介のサハ100と同メーカーの車体です。

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但し、この後ご紹介予定のクモハ100とのユニットを組む関係から、塗装を揃えるため塗りなおしています。

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車体色は調色ラッカーを使い、「百万人のハンドスプレー」による吹き付け塗装です。サッシに銀を面相筆で入れ、Hゴムには烏口でグレーを入れたのですが…、こうして写真に撮るとずい分はみ出していますね。屋根も艶消しの灰色にしました。車号、ペンで書いていますよ。

2013年4月11日 (木)

思い出の模型・・・その4

サハ100です。

101系は当初、全車両電動車として誕生しましたが、諸般の事情から付随車を入れることに計画変更されました。それでも、将来の電装を考慮してMM'に改造可能なTT'が製作されました。

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パンタ台を備えたサハがあるのはそのせいです。この車体は高校時代に友人H.Kさんから譲られた、メーカー不詳の木製床板真鍮製塗装済みのモハ100車体を活用しました。宮沢模型製なのでしょうか?

パンタ部分にはパンタ取り付け用の穴が開けられていましたが、そこに角材でパンタ台を作って取り付けました。

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サイクルファン(扇風機)上部の屋根上への出っ張りは、ワッシャと平頭ビスを加工して製作しました。

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塗装は屋根が光沢だったり気になる部分もありますが、それはそれとして、当時の完成車体そのままを保存することにしました。一体プレスの車体ですが、サッシの銀も綺麗に入れられています。Hゴムはマスキングの上でスプレーされたようです。

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実物ではないですが、模型のも電装可能なように、床板にはモーター取り付けのための穴が開けられています。

2013年4月10日 (水)

思い出の模型・・・その3

モハ100-810です。

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友人きぬやまスカンクさんが小高模型のペーパーキットを組んだものですが、やはり「他人と同じ」を嫌うきぬやまスカンクさんは、一方の屋根板を薄く削り、高尾以遠の山線に入れるようにした800番台としました。

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屋根板を削り、肩部は糸鋸で切り取り、ペーパーで通風口を作りました。ランボードはOER3001氏ならペーパーでやっつけるのですが、なんと真鍮材での自作です。

先頭車にした900番台と、この800番台がユニットを組むことは無かったのですが、模型ではバリエーションを楽しむためにやりました。

2013年4月 9日 (火)

思い出の模型・・・その2

クモハ101です。

2013.3.30付の当欄でご紹介した101系の先頭は、クモハ101-901です。

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木製床板の未塗装真鍮車体を、1962(昭和37)年頃に千歳船橋から成城に向かう道にあった模型店で、350円で買った記憶があります。セロハンのよなものでぴったり包装されていて、真鍮車体に人の手が直接触れることが無いように守られていました。一体メーカーは何処だったのでしょう? つぼみ堂模型なら金属床板だったし…。

早速、エスクマ印マメラッカーを筆に付け、ペタペタ塗装していたのですがあまりに幼少の頃ゆえ成長とともに、なんとかしたくなりました。そこで・・・

良く見るとこの車体、一枚板を曲げたものではなく側板と屋根板は別物で半田付けされています。その接合部に半田付けされていた雨樋の帯板をはがしてみたら、900番台の感じになるではありませんか!

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ベンチレーターには日光モデルの伊豆急用を流用してみました。

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連結面はカワイモデル製品と同じように、当時憧れたゴム製幌を付ける構造です。

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側雨樋の感じ、なかなか良いではありませんか。側窓も側扉も、0.3ミリ厚程の真鍮版一体プレスですので凹凸は浅いです。

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顔はこんな感じ。もちろん手摺、ステップやジャンパ栓、ワイパーは後年自分で追加したものです。隅柱が幅広だったり、窓位置が低いですが、当時はこの顔に大満足でした。

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特に、この角度で見上げると・・・、とても自作できない顔と諦めていたものです。

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今の製品とは比較になりませんが、これでも満足できる製品でした。安価で、技術さえあればさらにレベルアップできる製品など、もう期待できないのでしょうかね。

この期にご紹介する6両を合わせて、1971年に7両編成となって蘇りました。

2013年4月 8日 (月)

愛用の道具(その2)

年長の友人のブログ「モハメイドペーパーの 何が出てくるか?」で取り上げられた「100万人のハンドスプレー」の話題。http://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-cc59.html

OER3001氏にとっては、今でも現役使用中の道具です。先ず箱を。

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開けると・・・

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箱はそれなりに汚れていますが、道具は綺麗に手入れされています。

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吹き出し口には最後に使用した色(グレー)が付いていますが、塗料を入れるガラス容器やそれを取り付ける部分の内側はピカピカです。

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このハンドルを一生懸命前後に動かして塗装しますが、手に付いた塗料がハンドルに残っています。これが長年使用した証でしょうか。

長く使うことができているコツ、その1は、ピストン部には豚(?)皮が使われていますが、これに適度な注油をして、滑らかに動かせるようにすることで、同時にピストンからの空気漏れが防げます。

その2は、当たり前ですが使用後には丁寧にシンナーで洗浄しておくことです。

購入時期は高校生になってからだと思うので1966年か1967年。40年以上使っていることになります。途中で天賞堂が輸入販売したジェットスプレーというのを買ったこともありますが、交換用のガスが途絶えて使えなくなってしまいました。この時は天賞堂の無責任さに腹立たしく思いましたが、それが理由で信頼できるのは自分の手ということに。

手の動きで微妙な調吹き出し力が調整できて重宝しています。

2013年4月 7日 (日)

愛用の道具(その1)

OER3001氏が製作する1/80の16.5ミリゲージの鉄道模型。そのほとんどは、アイボリーという種類の板紙で車体を作ります。この最新作(2012年12月完成)の富士登山電車(富士急行1000形)もそうです。

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板紙に窓や扉を抜くときに使用するのは折歯式のカッターですが、隅がカーブしているところを抜くには丸刀彫刻刀を使用します。

なかでも一番重宝しているのがこれです。↓

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今から50年ほど前でしょうか、近所の万屋で買ったものです。15円だったような記憶がありますがどうだったか?

丸刀を押し当てて抜くので、ポイントは刀先が水平であることが絶対条件。そうでなければ、押したときに抜けているのはRのエンド(両側)部分だけだったり、逆に中央部だけで隅まで抜けないことになります。

何度か購入した彫刻刀の中には、そうしたアンバランスのもので泣かされていたので、この彫刻刀を買う時は店のオバサンに在庫を全部見せてもらったうえで、最も理想に近いものを選ばせてもらいました。優しいオバサンでした。

それを、何度もオイルストーンで研いで、今でも使っている大事な道具です。

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しかし、そのうちに、Rの大きさの違いにより、何種類も彫刻刀を揃えることになります。その結果今では次のような種類を揃えています。

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左から2本は最も近年になって入手した沖野彫刻製、他の4本は東急ハンズで入手したもので、1本2000円以上するものです。

弘法筆を選ばずと言いますがOER3001氏は彫刻刀を選びます。だけど、ポイントは彫刻刀の価格ではなく、刀先の形状にありますね。

2013年4月 6日 (土)

春の色

「春の色」ってどんな色だと思いますか?

梅の白や紅、それから桜の淡いピンク、そして菜の花の黄色と新緑、そのあとは一斉にさまざまな彩が。

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京王井の頭線では、それに編成ごとに異なる電車の色が加わります。

(2011.4.14 駒場東大前~池ノ上間にて撮影)

2013年4月 5日 (金)

4月と言えば桜・・・(その5)

再び相武台前~座間間の撮影地です。

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最新鋭の青いロマンスカー、60000形MSE。青空と桜と青いロマンスカーと言うのはなかなか良いです。 この日の空、もう少し晴れてくれればなお良かったのですが・・・。

(2010年4月11日撮影)

2013年4月 4日 (木)

4月と言えば桜・・・(その4)

人生、苦楽はつきものですね。 でも、桜は毎年必ず花を咲かせます。 たとえ周りに多少の変化があってもきっと!

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きっと、この光景は今年も見られたことでしょうね。

2013年4月 3日 (水)

4月と言えば桜・・・(その3)

小田急20000形RSEと「あさぎり」で共演したJR371系です。

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この車両はまだ現存していますが、「あさぎり」としてここを走ることはありません。

桜開花を狙って、山北には何度も行きました。今年も華やかにお祭りをしていたのでしょうか?

2013年4月 2日 (火)

4月と言えば桜・・・(その2)

桜の命は短くて・・・とも言われます。 花吹雪って、華やかに見える時もありますが、寂しく感じることもあります。

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JR御殿場線、山北付近を行く小田急20000形RSEの「あさぎり」。菜の花の黄色も華やかです。

が、もうこの電車が走ることは無くなってしまいました。

2013年4月 1日 (月)

4月と言えば桜・・・(その1)

このブログを開始したとき、「肩はらず、気の向くまま、始めてみます。」と宣言したものの、3月は遂に4週連続で発信してしまいました。決して「毎日続ける」つもりなど無いのに。

4月になりました。

4月と言えばやっぱり桜ですよね。今年はずいぶん早い開花で、入学式の時には花が散ってしまっているのでしょうか?

桜が開花すれば、それをバックに列車の撮影に興じるのが普通の鉄道ファンなのでしょうね。でも、なかなか休日と天候に恵まれる機会は少ないものです。

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2008年の相武台前~座間間の有名撮影地での撮影。この時は比較的恵まれました。休日と天候に加えて撮影ポジションにも。大勢の同好者が押し掛けますので大変です。

今年はいろいろと多忙と雑事が重なり、撮影には行けませんでした。

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