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2016年12月

2016年12月31日 (土)

TOKYO 1964

タイトルの「TOKYO 1964」、52年前の東京オリンピックが開催された年です。

この頃、ハーフサイズのCanon Demiを買ってもらっていた中学生のOER3001氏は、現像・焼き付けさえ安くなかった写真を撮りに、たびたび近所に出掛けていました。

2016年の大晦日に掲載する写真、ここが何処だか判りますか?

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代々木上原~東北沢間です。

カメラを構えて立っていた場所は、東京コンクリート(だと思います)への砂利輸送のために設けられていた引き込み線の東端。 当時は線路脇から入っても誰にも規制されませんでした。

代々木上原駅を出た2100形4両編成が、井の頭通りの踏切を越えて、東北沢までの勾配を上ります。 踏切で待つのは京王帝都バス、後部が丸くなった車体は‘いすゞ’でしょうか‘民生ヂーゼル’でしょうか?

いまこの場所は、東京メトロ千代田線への乗り入れで高架線となった代々木上原駅の西端あたりです。 新宿方面に高い建築物は無く、甲州街道脇にあったガスタンクが見えていた記憶があります。

さて、来年はどんな思い出を創りましょうか。 皆さま良いお年をお迎えください。

2016年12月29日 (木)

忘年会にて

いよいよ2016年も残すところ2日。

モハメイドペーパーさまhttp://jorctk.cocolog-nifty.com/のように、2016年を振り返るわけではありませんが、先日駿河台の小さなレストランで開催された仲間たちとの忘年会では、各自の今年の新作を持ちよりました。

メインテーマは新京成電鉄。 6両編成全車両を持ち寄りましたが、会場の制約から2両ずつ並べて反省会です。 左からN800形(OER3001氏作)、8000形(JK氏作)、8800形(KW氏作)、8900形(SO氏作)。 勿論全車ペーパー自作であることは言うまでもありません。

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そこに・・・

この会合にお招きした新京成電鉄社員氏が、自作されたN800形を持って来られました。

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16番ゲージとNゲージで、N800形が並びました。

とても丁寧に綺麗に作られた作品でした。

2016年12月24日 (土)

特急「えのしま」代走

クリスマスに50年前のクリスマスシーズンの記録を。

小田急新宿駅3番ホームで発車待ちの特急「えのしま」、最後部は2457です。 ホームの柱には「全館小田急クリスマスセール」と。 1966(昭和41)年12月の撮影ですが、おそらく12日ではないかと思います。 「あずさ」を撮った次のコマですから。

196612

何らかの理由で、本来3000形SE車であるべきところに代走となったものと思われます。

細部が判らない写真ですが、当時のハーフサイズカメラと未熟な腕ではどうしようもありません。 それでも貴重な記録です。

2016年12月22日 (木)

50年前の運転会

50年前は「あずさ」運転開始だけではありません。

「あずさ」を捉えた20枚撮りカラーフィルムには、ハーフサイズで43コマが収められていましたが、その中には運転会の模様も。 1966(昭和41)年5月の交通博物館での運転会です。 どうも20枚撮りのカラーフィルムは大切に大切に、半年くらいキャノンデミに入れられていたようです。

196605

当時はゴールデンウィークに、屋外の弁慶号他の展示スペース2階(別館)に、交通博物館側でレイアウトの台を仮設してくださり、いくつかのクラブがそれぞれ組み立て式レイアウトをもって公開運転をしていました。

鉄道友の会に入会したOER3001氏は、完成させたばかりのペーパー自作・小田急2600形NHE車5連を持ち込んで参加していたようです。 隣の京浜急行はY.Fさんの作品、1000形のようですが本人曰く950形というフリーだそうです。 運転会後、銀座の模型店に勤めることになる友人の手に渡ったようです。

レイアウトは木製道床レールを繋いだようなもので、電動ポイントもまばらながら、台上に敷かれた色模造紙にはポスターカラーで道路などが描かれていたり、グリーンに着書したスポンジを並べるなどしてそれらしく装っています。 手前の伊勢丹の紙袋は頂けませんね。

小田急と京急の電車以外は蒸機牽引客車編成ばかり。 時代を感じる1コマが見つかりました。

2016年12月18日 (日)

気軽なペーパー工作

ED58に牽かせる客車を作り始めました。

何年ぶりかでフリースタイルを。 ナハ10をモデルに短縮化、ホハ10とでもしておきましょうか。

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良く見てください、車体の裏には新型電車の顔が!

先に完成させた新京成電鉄N800形をプリントしたペーパーの余りを有効利用しています。 実は、印刷時の設定が「用紙に合わせる」となっていたので、若干小さめ、そうですね強いて言えば1/87位で印刷されていた使いようがなかった型紙の有効利用です。

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用紙はアイボリー紙で0.5 t  と厚くて硬いタイプ。 外板1枚でも充分な強度がありそうです。 

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フリースタイル客車ですからあまり手をかけるつもりはありません。 在庫パーツの活用で、気楽にチョコチョコっと製作を楽しもうと思います。

2016年12月17日 (土)

続 : 特急あずさ 50周年

発掘しました、当日のカラー写真を

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高額のカラーフィルムで現像・プリントも高かった時代、35㎜フィルムを半分にして倍の枚数が撮れるというハーフサイズカメラ「CANON Demi」で撮りました。

20枚撮りフィルムで40枚撮れるというのは魅力がありましたが・・・、良く考えてみれば現像代が節約できるだけで、同時プリントなど頼むものならプリント代は倍額という勘定。 だからプリントしていませんでした。

今になってフィルムスキャンできたので得られた画像ということになります。

2016年12月16日 (金)

雪中の16番ゲージ

50年前の「あずさ」の写真をスキャンして、その当時の思い出が蘇って来ました。

ときは1967(昭和42)年2月11日、東京に積雪がありました。 我が家の小さな庭先に敷設していたレールにも。

喜んでDD13を出し、2軸貨車4両を牽かせてみました。

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レールを磨いていなかったので走りは良くなかった。 レールを磨くと線路上の僅かな雪も無くなってしまうのが悲しくて。 

若き日の思い出です。

2016年12月12日 (月)

特急あずさ 50周年

本日12月12日、2度目のブログアップです。

中央線特急「あずさ」が誕生したのは1966(昭和41)年の本日12月12日。 OER3001氏には忘れることができない思い出です。

それは高校1年生の2学期末試験期間でしたが、試験の帰りに新宿駅へ直行。 「あずさ」の上り一番列車は既に到着していました。 編成の車両番号は控えていませんでしたが、「とき」で活躍していたクハ161からのクハ181が先頭です。

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高校生はバリッと制服を着て、何とも良き時代。 国鉄も順法闘争など無く、乗務員さんたちもおおらかで親切でした。 運転室に入らせてくれたのです。

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正面に飾られた装飾も、フロントウインドウから確認できます。 見学に来たファンたちを、線路に降ろしてもくださりました。 みんな線路に降りて、この車両をカメラに収めています。

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この時とばかり、一度はやってみたかった運転室からの後方確認も体験できました。 クハ181の屋根上は斯様な状況でした。 後方の陸橋は甲州街道、ここは今、バスタ新宿の位置です。

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いよいよ線路に降りて編成写真を撮ります。 既に撮影を終えた高校生たちが、クハ181スカートのステップを利用してプラットホームに上がって行きます。

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その後にゆっくり斯様な写真を撮ることができました。 

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カメラはCanonの・・・、何と言ったか忘れましたが一眼レフではないカメラ。 今日のようなデジタルではなく、KONIPAN SS 20枚撮りでの撮影。 本日初めてフィルムスキャンを試してみた次第でした。

EXE-α 初めて出会う!

小田急ロマンスカー30000形EXE、7編成の内の1編成が、リニューアルされてEXE-αとなりました。 営業運転は来春3月のダイヤ改正からだそうですが、本日未明に唐木田車庫に移動して来たとの知らせ。 早速足を運んでみました。

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車庫の周回道路から見下ろすことになるので、近付いての撮影は不可能です。 ズームアップするしかありません。

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架線柱がかからない2号車側面も、金網フェンスの間から捉えてみました。 

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同様に、6号車と7号車の連結部分も。 この日は丁度、広報用写真の撮影が行われていたらしく、スタッフで賑わっていました。

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このリニューアルされたEXE-α、OER3001氏としてはあまり好みでなかったEXEよりかなり良くなったと思います。 順次残り6編成もリニューアルされるようで楽しみです。

2016年12月10日 (土)

窓抜き

また、新たな窓抜きを始めました。

抜いた紙片が溜まるのは、仕事の成果が見えるようでいつも爽快です。

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いつものアイボリー紙にシャープペンシルで罫書いて。

今回は屋根を大まかに曲げてから窓抜きしました。

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さて何が仕上がるか?

実は作者にもまだわかりません。 

2016年12月 4日 (日)

再生:鉄道模型社製品

4月29日の当欄でご紹介したパンタグラフの再生に続き、折を見て遅々と進めていた電気機関車再生が終了しました。

その形式はED58。

ED58と言えば、カツミ製品が主流だったと思いますが、鉄道模型社にもあったのです。

OER3001氏のED58は、従兄にもらった中古品です。 従兄が未塗装キットに青いラッカーを刷毛塗りしていたものを中学生の時にもらったような気がします。 

高校生の頃、その塗装を剥がし、何やらディテールアップを試みてそのまま長~~い眠りについていたものです。

しるねこさん(http://blogs.yahoo.co.jp/h53001126)の工作に刺激され、眠っていた代物を引っ張り出しました。

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大きく不細工なパンタグラフは、結局不細工で大きな碍子(これ、プラスチックではなく本当の碍子なんです!)を介して、これまた不細工なパンタビスで止めました。

再生に当たりオリジナルに加えた工作は・・・

  1. 砲弾型前照灯は米粒球が石膏で固着されていたものを3φ電球色LEDに交換
  2. ホイッスル(天賞堂パーツ)取り付け
  3. 信号炎管取り付け
  4. 尾灯を真鍮パイプで取り付け レンズはエポキシを持ってクリアレッドのエナメル塗料をちょんちょん
  5. 避雷器(カワイモデルの真鍮挽物パーツ)取り付け
  6. ガーランドベンチレーター(真鍮プレスパーツ)追加

塗装は手元にあった青大将の淡緑色5号と、湘南色の緑2号(共に日光モデル製ラッカー)のツートーンとしました。

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カメラアングルを下げると、まったく滑稽な姿です。 屋根上にあまりにも大きな碍子!

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やはり上から見ないといけません。 LED前照灯が米粒電球のような印象を受け継ぎました。 モーターは交換していないので昔のまま。 5極モーターが重い唸りを上げます。

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本来はナンバーが必要ですが、生憎手元に丁度良いのがありません。 適当なインレタでも入手できたら入れる予定でひとまず完成とします。

家探しして当時の箱を探し出しました。 黄色い箱でアメリカ型蒸機やカブースがシルエットで抜かれ「Tetsudo Mokei Sha」と標記されています。

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この箱に適度な緩衝材を入れて、収めてあげました。  50年以上も眠りについていた代物、元気に走るようになりました。

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調子に乗って、牽かせるフリー客車が欲しくなりましたが・・・、そんなことに嵌ってしまうと、しるねこさんに叱られそうです。

2016年12月 1日 (木)

新京成N800形運転会場デビュー

12月の初日、完成して間もない新作の新京成N800形、広い運転会場で一走りして来ました。

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この運転場には結構な勾配があるため、1M5Tでどのくらい快調に走れるかを確認することができます。 残念ながら少々苦しかったようで、M車へのさらなるウエイト補充を考える必要がありそうです。

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それでも諸先輩の目前を脱線することなく周回しました。

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広い会場なので、6両編成の全景も撮ることができました。

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