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2018年4月

2018年4月30日 (月)

3Dプリントの台車入手

3Dプリンターで製作した台車を入手しました。

これを見て直ぐに分かる方は少ない筈です。 たった20台、即ち10両分しか造られなかったのですから。 しかも田舎くさい私鉄の人気なかった車両用。

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1950(昭和25)年に日立製作所が作ったKBD-102という形式。 京王帝都電鉄デハ2600形用に造られたものです。 イコライザー式台車が標準だった時代に、各社が新型台車開発に取り組んでいましたが、台車枠はイコライザー式同様に棒台枠で、枕ばねは従来の板ばねながら、軸ばねをウイング構造としています。

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この中途半端で面白い台車を作ってくれたのは島根県の蔵模型KURAMODELhttp://www.kuramodel.jp/というところ。

地元を走っていた無粋な電車、決して好きな車両ではありませんでしたが、同い年の電車ということもあっていつかは作ろうと考えていただけに、友人氏の設計ということもあってつい2両分入手。 また、宿題を抱え込んでしまいました。

2018年4月27日 (金)

ゴハチ

我が社のゴハチに新たな仲間が加わりました。天賞堂製品の上越形と、エコノミーなKATO製を塗り替えた青大将を保有していました。

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それに加えて今回加わったのは、3日前にシンナーへドボンした旧DBだったEB58。http://vse50001.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-d479.html 爽やかな好天に恵まれた昨日、青大将の塗装をしました。

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1962(昭和37)年に購入したカツミのキット。同じ色に塗装してEFと並べると、玩具感も少し和らいだような気がします。 クロームメッキの飾り帯は、EF58にマスキングテープを貼って写し取り、それをアルミテープに張り付けて切り抜いて製作しました。 ナンバーを入れたいのですが「B」が無く、困りました。

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こういう世界もいいものですね。 3年前にしるねこさんhttp://vse50001.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-102e.htmlのフリー群に出会って以来、いつか自分の手持ちも蘇らせたく思っていました。

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スケールものと比べると全長はほぼ1/3というサイズ。

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でも重連なんかしちゃっても然程可笑しくないから不思議です。

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鉄道模型を始めた少年時代を思い出す、大切な1両に生まれ変わりました。

2018年4月25日 (水)

EB58

その昔、少年の多くは‘でんかん’で遊ぶことを夢見ていた時代がありました。

OER3001氏の場合は小学校進学前年の晩秋、1956(昭和31)年だったように記憶していますが、父親が買って来てくれた3線式Oゲージの線路とトランス、そしてグリーン濃淡塗装のEB58でした。 当時はこれを‘でんかん’と称されていました。 幹線列車は蒸機機関車、電化区間は電機機関車牽引列車が主体で、電車は都会と中距離列車の一部と言う時代だったからでしょうね。 電気機関車を短縮して‘でんかん’、今どこまで通じる言葉でしょうね。

このOゲージが、鉄道模型を趣味とする人生の源となったわけですが、1962(昭和32)年秋には、3線式Oゲージより大人のゲージと思っていたHOゲージを始めることになります。木製道床エンドレスとパワーパックを、神田のカワイモデルで父親に買ってもらいました。

とてもそれ以上の贅沢を言える状態ではなかったので・・・、最初の機関車は完成品ではなく、別の日に渋谷の東横デパート(今の東急渋谷店)で確か1,950円で求めたのがカツミ製EB58キットでした。 当時の小遣いは300円/月でしたから、お年玉を貯めて買ったのだと思います。

その後、高校生の時代にパンタを取った屋根上にエアータンクを載せてDBに改造していましたが・・・、近年の運転会で拝見する‘懐かしきEB、ED’たちに刺激され、再びEB58に戻したくなり、分解してシンナープールへドボン、綺麗に洗浄しました。

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カツミ製EB58は長いこと製造されているので、何度か仕様変更されていますが、この時代はブリキ製ではなく真鍮製。 車体と台車(台枠?)だけのシンプルな構造です。

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驚くことに車体は一体プレス加工なのでしょうか、ハンダ付け部が確認できません。

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ハンダ付けされているのは、ルーバーの波板、ランボード、前照灯ケーシング、挽物のテールライトといったディテールを別とすれば、屋上モニターパーツだけです。

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少々歪んでいた前照灯は、しっかりハンダ付けし直しました。

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さて、どんな色を塗りましょうか、懐かしい濃淡グリーンの2色塗り、それともブルートレインの青? 天気と暇の時間を見計らって、ゆっくり楽しもうと思っています。

2018年4月22日 (日)

1600形走る!

平日の午後、IMONhttp://www.imon.co.jp/原宿店内の広々したレイアウトで、1600形の4両編成が快走できる機が得られました。

割り当てられた線路は平坦線の内回りでした。 こちら側は新宿方の1601。

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小田原方の1602を先頭に、高架の8の字線を行く京急とすれ違いです。

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店内奥のカーブを曲がり、手前の直線に入って来ました。

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1602-1652+1651-1601の4両編成。 動力は2両のデハ双方にWB26Bを装備しただけですが、中央の直線を快走します。

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この模様はプロの手によって撮影され、今夏のJAM会場で流されるとのことです。

2018年4月20日 (金)

‘グランシップトレインフェスタ2018’に備えて

気付けば‘グランシップトレインフェスタ2018’も間近になって来ました。

そこで、公開運転での‘営業’用に、既存車両に追加工事を実施しました。 A3000形の増備で引退が開始された1000形、連結部に見えるケーブルにご注目あれ。

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PINプラグと言うのでしょうか、このパーツ。 40列ほど並んだパーツから2列分だけカットして使用します。 双方の車両を電気的に接続、計8軸から集電するようにしました。 指で双方からグイッと押し込み(画像は途中の状態)、そのあとドローバーを連結することになります。

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そして1608チップLEDをセットした前照灯は、ちらつきも無く点灯化できました。

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広い会場内での公開運転となれば、やっぱりライトが点灯していることが存在感を高めることになるかと。

A3000形とともに、2日間の‘営業運転’に備えます。

2018年4月17日 (火)

新幹線!

えっ、何ですって??

OER3001氏が新幹線など、有り得なかった話ですが、それが・・・。 ある事情でこんなことする羽目になってしましました。

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KATOのE5系を分解しています。 流石に素晴らしい設計です。

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こうして台枠部分に車体を嵌めて。

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連結部の発想が素晴らしいです。 幌そのものが連結器なのですね。 別パーツの車体間ダンパーも一緒にセットされています。

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こちらは動力車。トラクションモーター方式なので構造はいたって簡単でした。

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フライホイールが付いた小型モーターが台車上に装荷されていますので、1両当たり2個モーターとなります。

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さ~て、これを加工しなければなりません。

2018年4月10日 (火)

何気なく撮ったら・・・何と!

日曜日の昼下がり、知人宅に招かれて下車した成城学園前。 待ち合わせ時間まで余裕があったので(敢えて余裕を創った)。いつものようにコルティ成城のデッキに立って暫し撮影を。

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撮った時には気づかなかった1コマですが、PCに取り込んでアップしてみたら何と!

Kuya31up


クヤ31の検測列車ではないですか!  これはラッキーでした。 しかもダイヤ改正後の千代田線からの乗り入れ車、JR233系が緩行線を走る横を。

コンデジは常時携帯すべしです。

2018年4月 5日 (木)

相鉄ED11+12 運転会デビュー

ディスプレーモデルを入手して動力化した相模鉄道の電気機関車ED11、12の2両、シニアの運転会でデビューしました。

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折角の重連、全軸駆動ですから重量貨物も牽かせたく、こてはし鉄道さまから借り入れたタキ3000(米タン)6両にご協力いただきました。

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最後尾は相鉄のトフ401、ペーパー自作とのことです。

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米軍基地への燃料輸送に活躍したED10形ですが、それだけではありません。 相模川で採掘した砂利輸送にも活躍していました。 ここはOER3001氏の保有するトムの出番です。

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最後尾は小田急トフ104、真鍮自作で友人MFさんが作ってくださったものに台車を取り付け塗装して砂利を積んで。

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登り勾配も苦にすることなく、快調に走り回りました。 普段は出番のないトフですが、小田急と相鉄(こてはし鉄道さま)を並べたくなりました。

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昭和30年代には、厚木あたりで斯様なトフの並びが見られたかも知れません。

2018年4月 4日 (水)

走り出したホンモノの‘或る列車’

1906(明治39)年、九州鉄道がブリル社(米国)に発注した列車。納入時は既に我が国の鉄道が国有化されていたために活躍の機会を奪われ、全国に離散してしまった5両の客車。歴史を知る比較的年配の鉄道ファンにはあまりに有名なハナシですが・・・。

もしも実際に営業に就けていたら・・・という姿は模型ならではということになります。 

今般、鉄道模型の神様と言われた(?)かどうかはわかりませんが、OER3001氏も生前にお話ししたことがある原信太郎氏生誕99年の4月4日、横浜「原鉄道模型博物館」の1番ゲージレイアウト上に蘇りました。 原信太郎氏がご自身の夢を膨らませて製作した模型列車、その出発式にご案内頂きましたので参加して来ました。

出発式を前に、まだ薄暗い早朝から、‘或る列車’が出発準備をしていました。

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やがて明るくなって、車両を観察することができるようになりました。 先頭の機関車は銅色が輝くSL101形電気機関車。 原氏19歳の時の作品だそうですが、今回の運転に備えて足回りは大幅に改装したそうです。

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電機なのにSL? と思いましたが何と、シャングリラレールの意だということでしたが、それならSRじゃなかったの? と言いたくなりますが・・・。 6軸の‘F’電機の車体は勿論銅版製です。 次位は郵便車だそうです。

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寝台車、食堂車、1等車が繋がりますが、何と言っても見どころは最後尾の展望車ですね。

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どの車両にもステンドグラスが嵌められた窓があり、豪華な雰囲気が漂ってくる編成美。

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いよいよ発車式が近付いて来ました。

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会場内に用意された久寿玉が開かれると・・・静かに発車しました。

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夜景の中での明かりが見事です。

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どの客車も、室内から漏れる明かりがムードを盛り上げていますが、下手なカメラマンではその真髄をお伝えしきれないのが残念です。

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因みに会場でこてはし鉄道社長さまにもお目にかかることができました。 久寿玉も含め、見事なレポートをされておられますのでご参照ください。https://blog.goo.ne.jp/kotehasitetudou

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