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2020年8月

2020年8月31日 (月)

熱中症

連日の残暑がこうも高温だと、熱中症に注意しなければなりませんが・・・、折りによってOER3001氏は、電車に熱中してしまいました。

昨年の台風19号の被害から復旧した、箱根登山鉄道全線運転再開を記念して、普段は箱根登山線内(小田原~箱根湯本間)で走行する「赤い1000形車両」を、8月中は小田急全線で特別に運行するという企画。 この日は江ノ島線運用だというので炎天下の出撃となりました。

「赤い1000形」は新宿方に連結されているので、先ずは大和駅南方で上り快速急行を狙います。

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しかし行き先表示が「新宿」では、江ノ島線運用ということがわかりづらい。 そこで、「片瀬江ノ島」表示を狙います。 新宿方の「赤い1000形」が先頭となって「片瀬江ノ島」 に向かうのは藤沢でスイッチバックした後。 光線状態などを調べた上で、本鵠沼~鵠沼海岸間で待ちました。

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その折り返しは、江ノ島線唯一のトンネルを抜ける善行で。

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この時点で充分に暑く、下手をするとホントに熱中症になりかねません。 これ以上の追っかけは日が西に傾き逆光となることもあって止め!

とは言いつつも、オマケで新百合ヶ丘で真横を狙いました。

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夏の暑い日、OER3001氏は「赤い1000形」への熱中症になってしまいました。

 

2020年8月30日 (日)

ミュージックホーン

先の寺子屋運転会で正式デビューとなったSE車、最大の特徴はミュージックホーンを鳴らしての快走です。 

新型コロナウイルス感染防止のため、‘3密’を避けるとなるとなかなか公開チャンスがありません。 そこで、なんとかここで動画が紹介できないかと試みました。 お見苦しい撮影ですが、ご了承ください。

データサイズの制約から短時間のもの、しかも1映像しか取り上げられませんが、雰囲気をお掴み頂けましたら幸いです。

 

 

2020年8月29日 (土)

寺子屋運転会での刺激(2)

今回は、きぬやまスカンクさまの電機の数々。 

先ずはEF60。 これはOER3001氏が出会った半世紀前に、見せて頂き感銘した真鍮作品ですが、当時はオデコは朴ノ木で作っていた筈。 それを今回全面的にバラし、側板以外は全て新規製作だとかで、独特な前照灯ケースに正面も新規製作。 台車にも手を入れて徹底的なものに改装中。 前回取り上げた運転台は、これのものでしょう。 この調子で本当に完成するのでしょうか?

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EF65 1000番台ですが、これはOER3001氏が保有していたカツミ製品がベース。 つい無償譲渡してしまったのですが、ここまで素晴らしい姿に生まれ変わるとは・・・! あ~、あげなければ良かった(笑)。

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ED70も、元はあのカツミ製品。 車体は勿論のこと、台車にも徹底的に手を入れて蘇らせています。 

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このED17はアダチのキットだったかと記憶していますが、随所に作者のセンスとスキルが光っています。

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これがまた実に楽しい。 一瞬「こんなのあったっけ?」と疑いたくなるEB50、半世紀以上昔の入門用にここまで注力。 デッキから運転室への桟板まであるではないですか。

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丸みを帯びた車体のEF10。 もう何をどうしたのかわかりません。

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こちらはEF11ですが、これも一体何をどうしたのか・・・。 少なくとも銀座かどこかのブランド品ではありません。

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EF13も同様です。

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さらに真鍮地肌のままのがありました。 EF18だとか聞いたような気もしますが、EF58にするのかも知れません。

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とにかくこの畑に明るくないOER3001氏にとっては、ただただ溜息が出るだけでしたが、模型づくりを楽しむ身としては、大いに刺激を頂きました。

きぬやまスカンクさま、ありがとうございました。 

 

 

2020年8月28日 (金)

寺子屋運転会での刺激(1)

運転会とは、模型を走らせるのが主たる目的ですが、お仲間の作品に触れて刺激を得ることも、もう一つの喜びです。 今回はきぬやまスカンクさまが製作中のものに、大きな刺激を頂きました。

先ずはこれ、ELの運転台です。 EF60のものなのでしょうか。 ご本人の解説を聞きそびれたのですが、この写真をご覧頂けたらその凄さはご理解いただけることと思います。 全て手作りと思われます。 座席が未だですが、その支持部がまた精密です。 拝見して出るのは感動の溜息だけでした。

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続いては台車。 FS11とか言っていたかな? 近鉄の台車らしいです。

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軸箱周りはカワイのドロップ製DT16を利用し、後は全て自作。 ブレーキロッドが何と素晴らしいことか!

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ひっくり返してみても、ブレーキシューが車輪踏面にぴったりで素晴らしい! 

これをロストワックスで複製せず、1両分4枚の台車枠を全て手作りしたというのだから、ただただ溜息が。

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こちらの台車はKD15だったかな? 天賞堂のドロップ製品TR53をベースに、ブレーキ関係を追加。

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台車枠上のブレーキシリンダーと引っ張り棒など、手抜き無しです。

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こちらもひっくり返して眺めてみました。

こちらはまだ2枚、つまり片台車しかできていないと仰ります。 この後どうするつもりなのでしょう?

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なんでもこれらの台車はこれに履かせるのだとか、2250形です。 車体も真鍮板を糸鋸で窓抜きした力作。 ペーパーだってこの車両のずらり並んだ2段上昇式側窓抜きには閉口しますよ。

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横型碍子のパンタ台もご覧の通り。

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お見事です。

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しかしこの調子で進めていては・・・いくら時間は有るとは言え、完成はいつのことでしょう?

ご自身の身体がもつことを祈るばかりです(笑)。

 

2020年8月27日 (木)

寺子屋運転会(2)

通常はご当地に縁のある列車を持って行くのですが、今回は勝手ながら小田急ロマンスカーパレードとさせて頂きました。

いわき市の山崎ゴローさん は乗客が乗った50000形VSEを走らせましたが、OER3001氏は昭和を代表する2形式です。

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きぬやまスカンクさま製作のレイアウトから、酒匂川橋梁を渡るシーンをイメージして撮らせて頂きました。

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勿論3100形NSEもです。

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SEを手前に、並べて撮影したり、

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NSEを手前にして撮影したりと、

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存分に楽しませて頂くことができました。

きぬやまスカンクさま、ご参加の皆さま、大変お世話になりました。

 

 

2020年8月26日 (水)

寺子屋運転会(1)

新型コロナウイルスへの感染防止で、3密を避けることから様々なイベントが中止される折、ここは住職の強い思いから万全の対策を取りつつ、寺子屋行事として毎年開催する鉄道模型運転会が開催されました。

所は福島県白河市の大統寺

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門を入って直ぐの本堂と、その前庭が会場となります。

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ところが、今年は本堂の上り口にこんな表示。 アルコールでの手指消毒と検温、来場者の連絡先記載が義務です。

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2019年4月に福島県の重要文化財に指定されたという 本尊 華厳の釈尊 木像  御前に、線路が広がります。

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準備は整いました。

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毎年、新白河駅長にご来場いただき、住職と来場者代表各氏とのテープカットで始まります。

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今回の一番列車は、ミュージックホーン高らかに、OER3001氏のSE車が、その任を務めさせて頂きました。

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本堂の前庭は5インチゲージバッテリーカーの運転会場。 お仲間のI氏が運転を楽しんでいます。 

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初日は黑い雲が近付いていることを確認、早めに庭の車両は屋内に避難させて大正解。 物凄い勢いの雷雨に見舞われてしまいました。

 

2020年8月25日 (火)

今日の一枚 No,76

「伊豆のニューフェイス」との大きなヘッドマークを掲げて来たのは・・・、運転室に座るのがニューフェイス?

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伊豆急に115系が譲渡されたのは20年前のことだったのですね。 

伊豆急で女性運転士が活躍するようになったのもこの頃でした。 夏の制服がまたカワイイ&カッコイイと思ったのはOER3001氏だけでは無かった筈です。

 

2020年8月24日 (月)

「あだたら号」擬き走る!

白河(福島県)の某寺行事「寺子屋」の鉄道模型運転会で、出来立ての「あだたら号」擬きが走りました。

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本堂に設置した組み立て式レイアウト、元気に走り回ることができました。

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この運転会の模様は、後日改めてご紹介することとしましょう。

 

2020年8月23日 (日)

今日の一枚 No,75

1967(昭和42)年6月11日、この日は京浜急行の4扉新型車両700系の見学試乗会でした。

行事を終えて品川で解散、ふと立ち寄ったのがココでした。

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当時、“余ったフィルム”を消費する目的で撮った一枚。 5503の後方には東京タワーが見えています。 もっと良く見て撮っておけばよかったと後悔しています。 

2020年8月22日 (土)

今日の一枚 No.74

ちょうど10年前の今日、この地の寺で、寺子屋としての行事である鉄道模型運転会に協力・参加するために訪れていました。 

朝食前の所謂“朝練”に繰り出した先は白河~久田野間の田圃端。 札幌から登って来たカシオペアを狙うのが目的です。

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ギラギラの陽射しだったら逆光に泣かなければならない場所、この日は斯様な薄曇りで助かりました。

縁あってほぼ毎年、この時期に訪れるのですが、寝台特急が廃止されてしまった今では、残念ながら“朝練”は無くなりました。

 

2020年8月21日 (金)

今日の一枚 No.73

グリーンピア二本松が閉園になるとの情報を得てから、最後の活躍を綺麗な姿でとの願いから、有志と「あだたら号」の化粧直しを申し出てた思い出がありました。

開園前の機関庫での整備の際、機関車をピカピカに磨き上げ、前梁の剥げていた塗装を綺麗に赤く塗装してあげました。

残念ながらこの日はしとしと雨で、「あだたら号」の涙だったのかも知れません。

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梅雨未だ明けない季節、園内は黄色い花が鮮やかでした。 ご一緒した皆さま、その節は大変お世話になりました。 この日のこと、深く思い出に残っています。 

2020年8月20日 (木)

想い出の「あだたら号」擬き登場!

7月29日の「B20入手」が発端でした。

8月1日に「今日の一枚 No.67」で福島県のグリーンピア二本松にあったナローの蒸機列車列車「あだたら」を取り上げて以来、日に日に高まってしまった思い。 4日に「気軽な工作」を開始して以来たびたびその進捗を紹介して来ましたが遂に、カタチになりました。 言わば“夏休みの宿題”でしょうか。

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本来の「あだたら」は軌間762㎜のナローゲージですが、B20が発端なので勿論16.5㎜ゲージです。 手持ち材料とパーツを利用することを必須として、こんなイメージの客車を4両製作しました。

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ダブルルーフ調のオールペーパー製で、床板はt2の桧板。 書棚の上に乗せてみました。

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最後部には車掌室があります。 車内にはカツミのシングルクロスシートを使用するため、シートピッチに合わせた窓割にしています。

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手持ち在庫の台車を活用した結果、4両とも形式はバラバラ。 1号車にはダイキャスト製のアーチバー、枕バネにはスプリングが入っています。

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2号車は車輪もプラスチック製のアンドリュー、どうも輸出用のミズノ製品と思われます。 これも枕ばねにスプリングが入れられて可動します。

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3号車はダイキャスト製ベッテンドルフ。 動揺に可動式ですが、車輪が輪芯から外れてしまうのが怖い。 写真撮ってまだ埃が付着していることに気づきました。 後で再清掃します。

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4号車はアダチ製のTR20、他車に比べて堂々たるものですがそれもそのはず。 他車は全て1/87でした。

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バラバラの台車でも、こうして繋げて走らせてしまえば違和感ありません。 どーせ、B20のために設えた気軽な工作でしたから。

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子どもたちが観に来る運転会で、ゆっくり走らせれば人気者になれるかも知れません。

コロナ禍で何かと制約があるこの頃、「気軽な工作」はほぼ2週間で終わりとなりました。 さ~ていよいよ、また大物に着手ですね。

 

2020年8月19日 (水)

ロマンスカー集合!

リビングボード上に、ロマンスカーを並べて飾りました。

最新作は前列3000形SE車、中列は1981年ペーパー自作の3100形NSE車、後列の7000形LSE車だけはカツミ製品。

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やっぱりOER3001氏にとっては、ロマンスカーは連節式でなければいけません。 孫娘の画も一緒に並べました。

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縁あって当社に入線したカツミ製品より、やっぱり苦労して作った自作品には数々の思い入れがあり、愛着も一入です。

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とりわけ最新作SE車では、全灯火点灯とスピーカー搭載によるミュージックホーン、貫通幌と、手間をかけました。

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貫通幌の比較、後列カツミ製LSE車はウレタン製ですが、経年で塗料が剥がれて来ています。 中列NSE車では、バイアステープで作りましたが、中間にウレタンを挟んで弾性を持たせました。 そして前列SE車では、シリコンゴム手袋を利用したもの。 見栄と追従性全てにおいて一番良い結果となりました。

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オレンジバーミリオン塗装の3編成を並べて、昭和の良き時代に思いを馳せている次第です。

 

 

2020年8月18日 (火)

東横線で

8月14日のCedarさまのブログでは、私鉄ターミナルについて触れて居られましたが、所用があってこれに乗ることにしたのですが・・・

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時代は既に地下深くへ。 しかもターミナルではなく、単なる中間の駅。 左側は東京メトロ副都心線。 駅名票のラインカラーが渋谷を境に変わっています。 東横線はピンク?

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そこにやって来たのは運良く東急の車両、しかも青ガエルと同じ5000系、でも4001の車号。

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この特急に乗って着いた先は横浜、ここから先は他社線であるみなとみらい線。

あれっ、東横線のラインカラーはピンクではなかったの? 赤になっていますよね。

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大東急が再編されて、大ではない東急になって、ターミナルも失った東横線。 渋谷の改札を入る時のウキウキ気分も、横浜に就いた時のYOKOHAMA気分も、どこかに行ってしまった東横線。 何か寂しく思うのはOER3001氏だけでしょうか。

久しぶりに友人たちとのビールを楽しんだ後は、ターミナルらしい相鉄経由で帰れば何と、やって来たのは最新の5000形。 良く見れば対岸の下りホームにも5000形。

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この駅も、近いうちにホームドアが設置されて写真撮りにくくなるのでしょうね。

どこかの鉄道では、ホームでの撮影を禁止にすることを考えているという噂を耳にしました。 そんなことには絶対になってはいけません。 

2020年8月17日 (月)

今日の一枚 No.72

1985(昭和60)年に開催された科学万博―つくば'85、斯様な列車が運行されました。

上野発で一夜を過ごし、翌朝程よい時刻に万博中央駅に到着するという、583系による「エキスポドリーム号」です。

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上野からどうしてそんなに時間がかかる? と思われるでしょう。 土浦の車両基地で停泊するのです。

ちょうど万博会場内での仕事があったので、迷わずこれを利用しました。 翌朝は万博中央駅でばっちりこれを撮ってから仕事に向いました。

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それにしても万博のためにこの駅まで作っちゃって・・・。 仮設駅の作りじゃなく、立派な常設建築だったのが何とももったいない話です。

2020年8月16日 (日)

朝練に

6時なのに既に、夏の日射しがギラギラ。 朝食も摂らずにちょっと出掛けて来ました。 

早く着きすぎたので、周辺をウォーキングしてみたら、小名路踏切(中央線 53㎞980m 幅員1.8m)を見つけて暫し練習。 上りは順光なので、E233系快速が綺麗に撮れました。

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が、下りは逆光で残念です。 それでもE353系特急を撮ります。

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で、いよいよ本命の場所へ向かいますが、朝なので逆光甚だしい場所です。 とりあえずここで練習のため8000系特急を撮って本番に備えます。

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ということで本番! 8月15、16、22、23の4日間のみ運転される5000系の臨時座席指定列車「Mt.TAKAO」を撮るのですが、何と高尾山口駅到着前に、既に「回送」の表示に変わっています。 残念!!

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新宿からノンストップの筈なのに、高尾駅通過後直ぐに表示を変えたようです。 京王 さん、もう少し考慮してくれないかな、沿線で撮影しているファンのことを。

 

 

2020年8月15日 (土)

今日の一枚 No.72 +おまけの1枚

都会にも、長閑な空間がありました。 玉電、いやこの時既に世田谷線でしたが、70形に乗っている時は「玉電」でした。

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因みに向こうの車両は72なので、こちらの車両は71ということになります。

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冷房なんかありませんでしたが、天井の扇風機は大活躍。 走り出すと窓から爽やかな風が入って来ました。

 

2020年8月14日 (金)

53年前の夏の3密

1967(昭和42)年、新宿駅で斯様な撮影をしていました。 

3番線は中央線快速電車のホーム。 夏ということでラッシュも少しは緩和する時期とはいえ、今から考えれば冷房もない密閉された車内に密集。 密接した隣人の汗も気になった何とも不快な通勤電車は当たり前でした。

おっと、モハ100のパンタはPS13ではないですか。

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南通路上から見下ろしてみましたがやっぱりパンタはPS13。 こんな車両で良く通勤していたものです。

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3番線に入線して来る101系。 新性能電車の原点でしたね。

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8月はヒロシマ、ナガサキ、そして終戦と、平和を考える日々が続きます。 荒廃した国土から高度成長期に突入。 文字通り汗水たらして満員電車での通勤に耐えていた親世代を思うと・・・。

冷房は当たり前、複々線、相互直通運転、座席指定、ホームドアなど、通勤環境は様変わり。 なのにどうしてか、模型の世界では現代の車両よりこの時代の車両に目が行ってしまいます(笑)。

 

 

 

2020年8月13日 (木)

気軽な工作:塗装へ

白一色に塗ってあった車体をマスキング、チョコレートにしようかグリーンにしようかとちょっと悩んだ挙句、「あだたら」イメージに忠実に、ぶどう色2号を塗ってみました。 屋根はタルクを入れて艶を消したねずみ色1号で、こんな感じになりました。

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アルミサッシとHゴムを入れて、謝意の塗装は終えました。

ちなみに「あだたら」の実車はこれ。 車体幅も狭いナローサイズだし、窓数だって違いますが、雰囲気は掴めたかと思っています。

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さて、気軽な工作、次は何をやろうか、窓ガラス入れ、室内工作、デッキの手摺・・・、下回りはまだ手付かずでした。 気軽に気が向くままに楽しみながら進めることにしましょう。

 

2020年8月12日 (水)

今日の一枚 No.71

丹那トンネルができる前は東海道本線として、我が国の大動脈であった御殿場線に、私鉄が自前の車両と乗務員で乗り入れるという珍事は、1955(昭和30)年に開始されています。

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この日は前夜、有名な大垣行き143Mがまだ無かった頃、東京駅から夜行の普通客車列車で沼津へ。 沼津から御殿場線始発で山登り。 裾野あたりでD52などの撮影の後、ここに寄ったようです。

ここは谷峨と思われますが、今なら後方に東名高速道路の高架橋が立っています。 単行のキハ5102が、ホームの駅員さんからタブレットを受け取り、通過して行ったという長閑な時代でした。

2020年8月11日 (火)

夜遊びで密・密

このご時世に何とも怪しからんタイトルですが、時は1967(昭和42)年12月9日、多分この時が人生最初の夜遊び?だったかもしれません。

父親に連れられて、終電までおよそ1時間を銀座4丁目交差点で、都電最後の様子を見守りました。

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とにかく人、ひと、ヒト・・・。 甚だしい密集、密接、辛うじて密閉だけは免れました。 

とてもまともな撮影など叶うスキルは無く、また環境ではありませんでしたが、都民に愛されていた都電であったことを認識しつつ、「1系統」の5500形を収められたのが幸い。

服部時計店の時計は0時20分過ぎを示していました。

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当然、自宅に帰る電車は終わっていたと思われますが、ここからどうやって帰ったのか、記憶はありませんが恐らく父親とタクシーだったのでしょうか。

 

2020年8月10日 (月)

今日の一枚 No.70

1974「(昭和49)年10月、京王永山駅。

京王帝都電鉄は10月18日、京王よみうりランド~京王多摩センター間の9.8㎞を開業しました。 開業の多分2日後にここに行っていたようです。 京王鉄道友の会製作の祝賀ヘッドマークを掲げた5865先頭の快速電車が、永山隧道を抜けてホームに滑り込みます。

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この当時の同駅乗降客数は7,000人/日程度だったのが、今では47,000人/日 と約7倍に。 ホーム上屋も短く、先頭(後部)2両程度には上屋なしでした。 46年経った今、上屋は先端まで延長され、右隣りの小田急多摩線の隧道も望めなくなっています。隧道上は 木々が大きく育ち、こんなにさっぱりした光景ではありません。 

2020年8月 9日 (日)

気軽な工作

またまた同じタイトルです。

とにかく行き当たりばったりなので、飽きたら暫く放棄してそのまま。 気になりだすと気になって、夜も眠れないという状況です。 昨日の「今日の一枚 No.69」に取り上げた「あだたら」編成最後尾が気になって・・・。

ということで当初は計画していなかったのですが急遽、車掌室を設けることにしました。

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一度はデッキにする計画であったものに、車掌室部分を別に作って接続した次第。 だから元々の妻板はそのままです。 ぴったり合わせるために接続面を平滑に仕上げるのに注意しましたが、結果はなんとかこの通り。

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OER3001氏が作っているのは「あだたら擬き」であって、スケールモデルではありません。 実車は762㎜のナローゲージ、製作中は16番ゲージスケールですから車体幅は広いし、窓割も異なっています。 あくまで入手したB20に牽かせて遊ぶのが狙いですから。

さてさてこの先はどうなることか、またまた行き当たりばったり、気軽に進めようと思っています。

 

2020年8月 8日 (土)

今日の一枚 No.69

気軽な工作に取り組んでいる筈なのに・・・、参考にしたくなってしまいました。

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グリーンピア二本松で走っていたナローの「あだたら」客車。 このとき結構しっかり観察するとともに、ディテール撮影をしていました。 まさか今になってこの写真が役立つことになるとは・・・。

 

2020年8月 7日 (金)

気軽な工作

ホントに気の向くまま、進めています。

またまた朝早く目覚めてしまいましたので、‘朝飯前’にシューッとサフェーサーを吹いて、磨くという工程入りました。 これを朝食を挟んで何度か繰り返した後、調子に乗って車体と屋根裏(天井)に‘白’を吹きました。

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これにばかり取り掛かっている訳にも行かないので、ここから少し足踏みしようかと。

それにしても行き当たりばったりという気軽さはサイコーです。

 

2020年8月 6日 (木)

気軽な工作

のつもりで始めたものの・・・

い今まで製作してきた電車とはあまりにかけ離れた車両だけに、思わぬところで手が止まり、行き当たりばったりと言う感じで何度も設計変更(大袈裟な!)を重ねてここまで来ました。

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とりあえず、ダブルルーフ調の屋根を乗せてみました。

まああくまでも「気軽な工作」なので、また一時休止に入ります。

 

2020年8月 5日 (水)

登山電車追いかけて都心に

前の晩はいつものように、そこそこ遅い時間に寝たのに・・・、何故か目覚めが4時半。 折角早く目覚めたのを上手く活用しなければ損ということで、小田急線内に繰り出した登山電車カラーの‘赤い1000形’を追いかけて、複々線区間に向いました。

久々に乗車すること縫いなった早朝の通勤急行。 OER3001氏は始発から着席乗車ですが、最終的にはほぼ定員乗車程度と思われる状態でした。

最初は千代田線と並走する代々木八幡~代々木上原間へ。 運良く、千代田線から出て来た4000形とのツーショットです。

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この後はゆっくり、懐かしい朝の街をぶらぶらし、再び電車に乗ってほぼ各駅停車で駅撮りを楽しみながら、最終的にはここ、和泉多摩川駅に。 下り列車に被られることなく、多摩川を渡って東京都に進入して来るのが撮れました。

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帰路はこの折り返しを待って乗車。 車内広告は全て箱根。 窓上ポスターは箱根登山線内走行時のままですが、中吊りポスターはご覧の通り登山線復旧を告知していました。

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「県境を越えた移動」を控えよとのプレッシャーがある中、小田急の路線は東京都~神奈川県~東京都です。 電車から降りた駅は全て東京都内という理屈で早朝からの半日、約12,000歩の線路脇ウォーキングが楽しめました。

 

2020年8月 4日 (火)

気軽な工作

先のB20に牽かせる列車を作りたくなり、「あだたら」号の思い出を基に完全なる自由形を作ることにしました。

「あだたら」号は軌間762㎜のナローゲージ、B20はオーバースケールの16番ですから、それにあった設計にしなければなりません。

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で、取りあえずこんな感じに。

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4両の窓抜きを終え、ハコならぬワクに組みました。 これに床板を合わせるとこんな感じ。

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さてさて、あくまで息抜きの気軽な工作です。 この先どうなるのか、いつごろできるのか、製作者にも全く予想が付きません。

 

2020年8月 3日 (月)

登山電車が多摩ニュータウンに!

大袈裟なタイトルですね。

普段は小田原~箱根湯本間の箱根登山線内を運行している‘赤い1000形’が、災害から復旧した登山電車の宣伝を兼ねて、8月いっぱい小田急線内を走ることになりました。

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早速、先ずは京王相模原線と並走するはるひ野~小田急永山間で撮影しました。

通過予定時刻の1時間ほど前に、一番乗りで現地到着。 後から‘撮り鉄’が来るはくるは、脚立や高~い(値段じゃなく高さ)三脚持って、最終的には総勢10人? いや20人か。

シニアのOER3001氏は小型で軽~いミラーレス一眼の手持ち。 これで充分です。

 

2020年8月 2日 (日)

今日の一枚 No.68

今では電車の車体は殆どが銀色の素材、即ち鋼鉄ではなくステンレスかアルミニウムで造られていますが・・・。

日本初のアルミ車体として登場した‘電車’は、1962(昭和37)年に川崎車輌が西ドイツのWMD社のライセンスを受けて製造した山陽電鉄の2012。 翌年に日本車輌製造が、押出材を用いる独自設計で北陸鉄道6010系‘しらさぎ’が登場と、各社で車体軽量化と腐食防止の研究が加速しました。

相模鉄道では1967(昭和42)年に、日立製作所が製造したモハ6021を試験的に導入、ステンレスより白い銀色車体の正面貫通口部分を、警戒色として赤くしていました。 約4.5tの軽量化を実現し、後の2100系、5000系、7000系などに展開されることになります。

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当時、相模鉄道は6000系をMc(6000~)-T(6600~)-M(6100~)-Tc(6500~)の4連組成で増備していて、この6021は、末尾21のT、M、Tcと編成を組みました。 

写真は海老名駅で発車を待つ急行。 構内踏切のある簡素な駅だったのが、今では10両編成が発着する駅になっているのですから凄い変わり様です。

追伸;本カテゴリーに「鉄道(大手民鉄)」を加えていますが、当時の相鉄は「中小私鉄」に分類されていました。 相鉄の発展は凄いです。

★友人からの指摘で、本文を一部修正させて頂きました。

2020年8月 1日 (土)

今日の一枚 No.67

今日から8月。 2月以来の新型コロナウイルス感染拡大との戦いを始めて半年、趣味生活にも様々な支障が生じています。 こんなことや東日本大震災、それに伴う福島第一原発事故など、起こることを考えもしなかった18年前・・・。

福島県のグリーンピア二本松に、可愛らしくも本格的なナローの蒸機列車が走っていました。 「あだたら」と名付けられた列車が、園内の1.3㎞ほどのエンドレスを周回していました。

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B20をヤフオクで落札してから、こんな光景が欲しくなってきてしまいました。

 

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