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2020年10月 5日 (月)

想い出の光景:1

新たなシリーズを開始します。 シリーズ名は「想い出の光景」、OER3001氏が二十歳の頃を振り返ってみたいと思います。

第1回は小田急線新宿です。

新宿1号踏切と称する踏切は今もありますが、布巾の様相は一転してしまいました。

19690209_0023_30

南新宿駅下りホーム後端からの眺めですが・・・、

今は南新宿駅そのものが200mほど移動していています。 それは、10両編成対応ホーム改良に際し、地下線の勾配改良に伴い、地上線/地下線分岐器を120m程移動したために、この踏切は4線越えになりました。

左方には貨物ホームがあり、ちょうど1300形の新聞電車に夕刊を積み込んでいました。

地下線から上がってきたのは4000形、4066を頭にする3両編成は新造5ヶ月後の姿です。

今はサザンテラスが被さって、空は仰げなくなってしまいましたが、この時代はバックに中央緩行線の黄色い101系や小田急百貨店ビルも見られました。

因みに地上ホームは特急・急行用というスタイルは今と同じ。 屋根上にクーラーを搭載する前の、すっきりした姿のNSEは華でした。

1972_20201005001301

残念ながらネガカラーフィルムは変色してしまいました。 補正を試みましたが、OER3001氏のスキルではこれが限界でした。

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コメント

 私が通学で利用していた頃の景色です。新宿もほとんど高層ビルがありません。貨物ホームの1300形はまだ回送の運板がついているから、ちょうどホームに到着したところなのでしょう。データイムの普通列車とはいえ、3連が新宿から発着していたのも、現状からは想像すらできませんね。

1969年、Cedarは高校3年の鉄ガキでした、今も付き合いのある鉄友人の家が豪徳寺にあり、小田急にはよく乗っていましたが、いろいろな車両が頻繁に出入りする新宿駅は退屈しませんでしたね。

モハメイドペーパー さま
もしかしたら、ご乗車されている電車を撮っていたかも知れませんね。 新宿駅は知る限り2回の大改造を経ていますから、その変貌ぶりには改めて驚かされます。

Cedar さま
1969年(昭和44)に高校3年生だったということは同い年でしたか?
小生はこの年4月、大学進学しています。

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