旅行・地域

2020年4月11日 (土)

今日の一枚 No.1

「今日の一枚」と題して、外出自粛令のもと、シコシコ進めているスキャンニングした写真から。

始めはOER3001氏らしからぬカットを。

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1975(昭和50)年10月11日、夕張線・沼ノ沢です。体育の日を含む連休を活用して飛んで行ったことを思い出します。

蒸機の終焉近い北海道でしたが、事情に詳しくない、社会人2年目のOER3001氏は、会社の先輩鉄に誘われるままに付いて行った次第でした。

 

2020年3月17日 (火)

常陸大子駅

先の列車旅、代行バスで辿り着いた常陸大子駅は、なかなかの雰囲気の立派な駅舎でした。

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改札口は中央より右に寄った位置にありますが、郵便ポストがなんとも懐かしいタイプです。

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駅の規模は2面ホームで3線。 これは郡山方から見ています。

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駅手前には2線の検修庫あり、中にはキハE130系が2編成収まっています。

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水戸方から見るとこんな状況。 検修庫の横の引き上げ線の奥には収容線が2線。

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キハE131-13とキハE132-13の編成が休んでいました。

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そして、ここには転車台もありました。 まだ使われている感じに見えました。

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反対側に回ってみました。 模型化にも程よいサイズと形状ではないですか!

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おまけに何と懐かしい国鉄コンテナが!

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そんな常陸大子駅ですが、その裏手を流れる押川。 昨年の台風19号で相当暴れた様子が見られました。

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堤防の一部が押し流されたようですが、その奥にはプラットホームが見えます。

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斯様な場所は随所に見られ、修復工事が進められているようですが、まだまだ時間がかかりそうです。

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そんなことも構わず、シラサギは長閑なものです。

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駅周辺を散策後、列車代行バスで西金に戻りました。

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2020年3月15日 (日)

C12187号機

形式入りの堂々たる赤いナンバープレートを掲げ、綺麗な姿でC11187号機が保存されていたのは常陸大子駅。

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暫しその雄姿をご覧頂くこととしましょう。

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ん? 正副2灯の後部前照灯の左にあるものは一体何でしょう? 蒸気に明るくないOER3001氏にはわかりません。 ご存知の方有れば是非ご教示ください。

(追記)

後部前照灯の左にある漏斗状のものは、キャブの換気口であり、主に九州のタンク機関車に、装備されていたもの。主灯の両側についていたと、工房5丁目さまからご教示頂きました。この機関車は、副灯を増設していますが、その後ろに穴があるとのことです。

また八千代運転所さまからは、換気口は石炭庫の中をパイプが貫通してキャブに通じていたとご教示頂きました。
九州ではこの通気口に加えて、密閉キャブの乗務員扉を外すなど、暑い地方ならではの対策をしていたそうです。

工房5丁目さま、八千代運転所さま、ありがとうございました。

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因みにこのC12187号機は1932(昭13)年日本車輛名古屋工場製。 西唐津、豊後森、宮崎、鹿児島機関区と、30年あまりを九州で活躍の後、1967(昭和42)年に水戸機関区所属となり、1970(昭和45)年の廃車まで水郡線で活躍したとのことです。

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車輪・動輪の踏面がシルバーに塗装されているからでしょうか、今にも動きそうな姿でした。

併せて保存機の横に、銅像が接地されていました。

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根本 正(ねもと しょう)氏だそうで、水郡線開通の功労者とのこと。

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水郡線の歴史に触れることができた駅前でした。

 

2020年3月13日 (金)

2019年台風19号の被害

「青春18きっぷ」で訪れることになったのはここ、大子町役場でした。 東京生まれと聞いていた母の、誕生時の本籍地だったのです。 もっとも当時は茨城県久慈郡の村だったようですが、町村合併で今のカタチに。

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その大子町は2020年3月1日現在で世帯数7,293、人口16,620人ということです。

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その大子町役場は、久慈川に合流する押川の河岸にありますが、その押川には台風19号被害の痕跡が確認できました。 手前の叢はまだ倒れています。

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役場の駐車場、押川から溢れた土砂がまだ残っているではありませんか。 

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暫く土手を歩いてみました。 左手に見えるガーター橋は不通区間の水郡線です。

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近付いてみると、流れて来た草などが橋脚にどっさり。 こちらは川下方。

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川上方はさらに多くの流木草が纏わり付いたままです。

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土手の上から常陸大子駅が望めますが、その間の田にも被害跡が確認できました。

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その光景を見て悲しくなった時、天から「ピ~」と長閑な音が。 見上げれば鳶が輪を書いているではありませんか。

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長閑な地でしたが、台風被害は当分残りそうです。 水郡線の早期復旧を願うばかりです。

 

 

2020年3月11日 (水)

列車旅

2018年に登場した新5000系による座席指定列車「京王ライナー」、当初は夕刻~夜の新宿発下りだけだったのが、翌年から朝方の上りも新設されていましたが、その上り列車に初乗車となりました。 6時代は満席でしたが、この時間なら乗車可能ということで5時54分発。

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乗車率は半分程度でした。 新宿着は6時20分。

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JR中央線快速と上野東京ラインを乗り継いで、上野からは7時03分発のこれに乗ります。

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勿論乗車券は青春18きっぷ。 目指した地はここ水戸、9時00分着でした。 が、続きがあります。

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向こうのホームは非電化の水郡線。 これに乗らなければなりません。

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ところが! これを失念していました。 なんと、目的地は常陸大子なのです。

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仕方なく西金などという、降りたことの無い駅を目指し、9時23分発に乗ります。 「にしがね」かと思ったら正解は「さいがね」だということも初めて知った次第です(笑)。 

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4両編成の先頭キハ132-4に乗りましたが、車内はご覧の通り閑散としています。

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それにしても軽快に走るキハ、見ていた中では時速95キロまで題していました。 西金駅に進入するところ、保線用のホキ800が並んでいます。

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ちょうど1時間の乗車で10時22分着、列車から降りる乗客も少ないです。

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ホームから階段を登れば、なんと立派な駅舎ではないか。 

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ここから列車代行バスというのに、初めて乗車することとなりました。 バスは茨城交通です。

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30分ほどバスに揺られ、11時4分に目的地の常陸大子駅着 ここも立派な駅舎になっていました。

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わざわざここへ来た目的、それは・・・。 (多分)つづく

 

 

 

2017年5月24日 (水)

「はつかりクラブ山形運転会」の帰り道-3-

磐梯町-東長原間で「フルーティアふくしま3号」を撮影した後は、1968(昭和43)年に会社倒産により休止され、翌年廃止となった旧・沼尻鉄道の保存車両を見に「猪苗代緑の村」に向います。

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駐車場から一段高くなった場所に、ディーゼル機関車が2両の客車を牽いて保存され、沼尻鉄道の歴史が記されています。

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先頭の機関車はDC12形の1号車。 蒸気機関車のようにサイドロッドで3軸を駆動します。

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砲金製の社紋と形式が綺麗な姿を保っています。

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製造は1953(昭和28)年、福島県内の協三工業によるものです。

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この機関車に繋げられた客車、車内に入ることができます。 綺麗に保たれていて今から発車すると言われても違和感がないほどです。

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その客車には2両ともボサハ12と書かれていますが、手前の車両は本来ボサハ13だということです。 理解していなかった職人さんが2両とも同じ車号を書いてしまったようです。

1928()丸山車輌製の木造ボギー客車が前身で、栗原鉄道から1956年に譲受したものだとか。 全長8,738mm、全幅2,100mm、全高2,845mm、自重3.8t、定員50名、座席定員30名。

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台車は軽便鉄道の標準的なもの。 

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所謂朝顔形連結器でしっかりと連結されて、

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屋根の掛けられたプラットホームに止められていました。

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ただ、沼尻鉄道の駅ではプラットホームが設けれれておらず、ステップを介して乗降していたようです。

軽便鉄道がまだ営業していた時代にはあまり興味がなかったのですが、こうして保存車両を見ると復活させて欲しくなります。

2017年5月22日 (月)

「はつかりクラブ山形運転会」の帰り道-1-

「はつかりクラブ山形運転会」に参加しての帰り道、またまた‘きぬやまスカンク’さんのご厚意に甘えて、郡山まで寄り道しながら送って頂きました。 日中線記念館、保存されている旧国鉄日中線熱塩駅です。

この画像は2年前の2015年7月に訪れた際の画像です。 2度目の訪問だと撮影にも熱が入らず、このアングルを失念してしまいました。

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同じく下の画像も2015年7月の撮影です。

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今回はこの右手の広場に、水彩画を描くグループがいらっしゃいました。 その方々を避けて撮ったのが以下の画像ですが、ラッセル車キ100(287)は再塗装されたように綺麗な姿でした。

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前回の訪問時には気にならなかったのですが、ボンネット(と言うのでしょうか?)上の滑り止め風のものが気になります。 現役時代に有ったものでしょうか?

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客車オハフ612752も綺麗に保たれていました。

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デッキにあるスイッチをONにすると、車内灯が点灯し、現役時の音が流れます。 丸型蛍光灯も懐かしいです。

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このあとさらに、保存されているものを観に行きました。

2017年3月31日 (金)

不老ふ死温泉

前回の記事で、温泉にご興味を持たれた方が少なくないようでしたので、今回はその温泉について。 

青森県西津軽郡深浦町大字舮作字下清滝15−1 黄金崎不老ふ死温泉です。

Photo

最寄駅は青森県最西端の駅で難読駅名の五能線・艫作(へなし)ですが、「リゾートしらかみ」はその1駅手前のウェスパ椿山に停車します。そこからは送迎バスでということになります。 駅にタクシーなどはいません。 http://www.furofushi.com/

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バスで山を登ってここに着きます。 奥が正面玄関、左手に日本海が拡がります。 海岸に降りて見上げるとこのような光景になります。 下の画像は繋ぎ合わせで一部ダブリがありますことをご承知ください。

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この右端の建物から、専用通路を歩いて露天風呂に行きます。 こんな感じです。

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ここの左側、石を積んだ一段高い部分が女性用、葭簀の向こう側(右側)の石段が見えない部分が混浴用です。 アップすると・・・

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こんな感じ。 女性の頭が見えます。 混浴には男性が3人、朝陽を浴びて温泉を楽しんでいます。 

泉質は含鉄、ナトリウム、マグネシウム、塩化物強塩泉だそうで、湯につかると自分の腕や腹も見えなくなるほどの鉄さび色の湯です。 http://www.furofushi.com/about

因みにこの露天風呂は浸かるだけで、身体を流す場所はありません。 館内の浴室で洗浄後に浴衣を着て行くことになります。 夜間照明も無く、日の出から日没までの利用となっています。

2016年11月30日 (水)

きょう、ロマンスカーで。

小田急CMのキャッチコピー、「きょう、ロマンスカーで。」

株主優待乗車券の消化を目的に箱根を目指した11月の最終日、幸いまあまあの天気にも恵まれました。

乗車するのは平日たった1本の「スーパーはこね 13号」。 その運用を担う50000形VSEが新宿駅に入線して来ました。

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乗車するは先頭の1号車。

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但し、1号車の側扉は客扱いしないので、2号車から乗ります。

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本日の運用に就いたのは50001F。 平日と言うのに外国人観光客などで空席はまばらです。 展望席はいつも通り満席。

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箱根湯本までしばしゆっくり過ごしました。

紅葉はもう終わりかと思っていたのに、自宅周りより遅い感じでまだ楽しめました。

強羅からの帰路、待っているとラッキーなことに到着したのはアレグラの編成。 

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迷わず先頭部の展望シートを独占、奥方も満足そうに車窓を楽しんでいました。

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箱根登山線は途中3回スイッチバックがあるので、先頭の展望席は最後部展望席にも変わります。 すると・・・

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今日の車掌さんは可愛い女性、アナウンスに一生懸命です。

出山の鉄橋(早川橋梁)の姿もバッチリ捉えることができました。

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晩秋の一日、美味も楽しめた良い時間を過ごせました。

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