鉄道

2019年9月13日 (金)

外出時のスナップ

カメラ機能を備えた携帯電話やスマートフォンの常時携帯が当たり前になった今、わざわざコンパクトカメラを所持して出掛ける人は少なくなったでしょうね。 OER3001氏は携帯電話を持つ前から、外出時にはコンパクトカメラを携帯していました。 それは今でも変わらず、カメラがデジタルに変わっただけです。

昨日も所用で出掛けましたが、電車を利用する時には序でに電車を撮りたくなります。 

明大前のプラットホームで所定の乗車位置に並んでいる時に、到着する電車を狙いました。

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それに乗って終点の吉祥寺、改札口に向かう途中で振り向いて。 ちょっとアングルを変えてカメラを下に向け、車止めを入れて撮ってみました。 こうしてみると、電車の停車位置は車止めまでかなり余裕があります。 模型ではなかなかこの余裕が作れないですよね。

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目的地は三鷹。 乗っていた中央快速電車は特急退避のために待避線に停車しました。 それなら! ということで最後尾に急ぎ、迫ってくるE353系を。

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約束時間まで余裕があったので緩行線ホームに回り、折よく233系快速と231系緩行線の同時発車を狙ってみました。 新型235系投入で山手線から追われた231系が、黄色い帯に化粧直しして活躍していますが、気づけば元祖231系に会う機会も減ったようです。

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フィルム時代にはフィルム代、現像代の制約もあって、こんな“序で撮り”はなかなかできませんでしたが、デジタル時代は“ ランニングコスト” を期にしないですみます。 こうした撮影がいつか、貴重な記録になることもあるでしょうね。 スマホのカメラ機能もたいしたものになりましたが、動いている被写体を捉えるにはコンパクトデジタルカメラが手放せません。

 

2019年7月25日 (木)

奇を衒う

都心方面に出向くとき、最近は東京メトロフリーきっぷを活用することが多くなりました。

昨日も仕事に出掛けた折、フリーきっぷを有効活用し、四ツ谷駅で丸の内線を撮りました。 先ずは先のダイヤ改正で登場した「方南町行き」を。 モハメイドペーパーの何が出て来るか?」に詳しく紹介されているアレです。

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反対からやって来た「池袋行き」とは正面デザインに僅かな相違があります。 帯部分に斜めにストライプが入れられているのは、初代丸の内線車両から採用された「サインカーブ」が描かれたリニューアル車です。

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今度の新型2000系では、ホームドア設置が進んだ影響で、腰板部はホームから見えなくなると、「サインカーブ」を幕板に入れました。 「丸の内線」と言うことから「丸」を随所に入れたデザインとのことです。

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正面も無理やり丸みを帯びたデザインにし、車端部の優先席部の側窓が「丸」。 

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優先席サインはシンボルとしている「サインカーブ」の中に配置していますが、何故側窓横の赤い部分に配置しないのでしょうか。 サインの明示性が損なわれています。

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奇を衒ったとしか思えない新型車両デザイン、どうも好きになれません。

2018年3月 3日 (土)

3月3日はひな祭り

ということで、これを。

ロマンスカー3100形NSEの電照式ヘッドマーク「おとめ」。 「乙女」ではなく「おとめ」です。 ご縁があって、大切に保管させて頂くことになりました。 因みに当ブログのプロフィール画像の3000形SEには「乙女」が付いています。

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1963(昭和38)年のNSE登場直前には、新宿発車順に「あしのこ」・「明星」・「あしがら」・「さがみ」・「大観」・「仙石」・「はつはな」・「湯坂」・「明神」・「はこね」・「乙女」・「神山」・「姥子」・「金時」・「早雲」・「夕月」という16種類が付けられていたものが、NSE登場後の特急増発に、「あしがら」・「あしのこ」・「はこね」・「きんとき」・「おとめ」の5種類に整理され、「第1〇〇」・「第2△△」となりました。

その後何回か、ダイヤ改正で列車名も新設、廃止、整理されて、17日からの新ダイヤでは、「スーパーはこね」・「はこね」・「メトロはこね」・「さがみ」・「ふじさん」・「えのしま」・「メトロえのしま」・「モーニングウェイ」・「メトロモーニングウェイ」・「ホームウェイ」・「メトロホームウェイ」となるようです。

2017年9月 2日 (土)

トロッコ列車「シェルパくん」

何度も訪れてはいる碓井峠ですが、8月30日の訪問で初めて、トロッコ列車「シェルパくん」に乗りました。旧信越本線下り線を利用して「ぶんかむら」と「とうげのゆ」の間2.6㎞を結びます。

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「ぶんかむら」を発車すると直ぐ、碓井峠鉄道文化村を周遊する軌間610mmの「あぷとくん」の線路と並走します。

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先頭はオープンデッキの客車、天井の風鈴がそよ風に揺れて良い音色を奏でます。

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2両目の客車は普通客車、ともに2軸車です。

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台車はコロ軸受と板バネの2軸貨車同様ですが、一回り小型です。 車輪径は何ミリなのでしょうか。

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2両の客車は自動連結器で機関車と連結されています。

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これらの客車は北陸重機工業という新潟の企業が2005年に製造したようです。 何の意味だか解りませんが、普通客車がUTBT05001、オープンデッキ客車がUTBT05002と表示されています。

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そうか! もしかして碓井のU、鉄道のT、文化村のB、トレインのT、2005年製造だから05、その後の001と002は1両目と2両目ということでしょうか? 結構当たりかも知れません。

一方機関車は、東京の司機工という企業で製造というプレートが付けられていますが、品名などとあるのは車両というより一般製品のようですね。

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総排気量11,040㏄、定格出力345馬力のコマツ製のディーゼルターボ・エンジン(第3次排ガス規制基準)を備え、枕ばねを省略したボギー台車の4軸全軸を駆動しています。 

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2軸の間には駆動軸が見えましたが、判別できない写真ですみません。 簡素な軸ばねと軸受です。

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一方の車輪には砂箱が用意されています。 

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自重32t、全長11,500㎜×全幅2,914㎜×全高3,506㎜とされる車体はぶんかむら方(横川方)に運転室を設けたかたち。

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「シェルパくんのヘッドマークを掲げ、2両の客車を押し上げます。

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廃線前に何度も訪れた区間を、丸山変電所目指して進みます。

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旧上り線後が遊歩道として整備されています。

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懐かしい丸山変電所は、廃線後に手が入れられて、抜け落ちていた屋根の修復や、窓枠が整備され、堂々とした姿を見せてくれます。

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その目前が「まるやま」駅。 駅のカタチはしていても、ここでの乗り降りはできません。 変電所見学のために一時停車というカタチです。

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乗客は暫し辺りを散策します。

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辺りの散策を終えた乗客を乗せ、「とうげのゆ」目指します。

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「とうげのゆ」からは機関車を先頭にして坂を下ります。

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ゆっくり、ゆっくりと、ブレーキを掛けながら坂を下って行きました。

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鉄道事業法に基づく鉄道ではなく、あくまで園内遊具としての位置づけではありますが、DLの牽引列車として興味深く楽しみました。

2015年9月 6日 (日)

都電ノスタルジア

“懐かしい東京都電5501”と言っても、現車が活躍していた時代を知る人でなければ、懐かしくは思いませんね。 1967(昭和42)年に引退しているのですから、50歳以上の方でなければ記憶には無い筈です。

幼児の頃に銀座通りで見てから、高校生時代までの記憶に残るOER3001氏には、久しぶりに見て懐かしく思うのです。

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都電荒川車庫に併設された「都電おもいで広場」に、60年前に造られたこの車両が大切に保存されているのです。

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PCCとは、Presidents’Conference Committee との意で、米国の路面電車委員会の開発技術を導入したとありますが、この時に西ドイツの技術でも導入していたら・・・ 我が国の路面電車はもっと別の方向に発展していたかも知れません。

最大の特徴は、手ではなく足で動かすこと。 マスコン、ブレーキハンドルは運転席には見当たらない代わりに、運転士の足元にはバスのようにアクセル、ブレーキのペダルが。 クラッチペダルの位置はデッドマンペダル。

左足でデッドマンペダルを踏み、右足でマスコン(アクセル)とブレーキを操作するというもので、運転士の両手は哀れにも、遊園地のお猿の電車ごときに手摺を掴んでいるだけなのです。

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側窓のHゴムは外板から出ないように、一段奥まったところに。 細かな気配りと手間がかかる工作です。

乗り口の扉は折り戸ではなく、段違いの2枚引き戸。

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一方降り口の扉は、縦長のHゴム窓が2列あるので、折り戸のようにも見えますが、1枚の引き戸(左方が戸袋)です。

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パンタグラフはシンプルな軽量型ではありますが、取り付け台と碍子の形状が古めかしく思えます。

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初秋の一日、仲間と訪れて「研究」してしまうと、これもいつか作ってみたくなってしまいます。

2015年8月12日 (水)

東武博物館再訪

仲間との8月度例会、東武博物館の見学から始まりました。

1924(大正13)年に製造されたデハ1形(5)は、電車ファンとしては見とれてしまう車両です。

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博物館に入ると目前に、蒸気機関車と並んで綺麗な姿を見せてくれます。

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私鉄ながら当時としては大型の車体で、京王帝都は軌道だったから小さくて当然としても、小田急のモハ1に比しては確実に大きく感じます。

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おそらく油敷きだった筈の床は、ニス塗りなのでしょうか、綺麗です。 グローブに収められた室内灯が良い雰囲気ですが、中身は白熱灯ではなくLEDなのかな?

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ダブルルーフの明り取り窓にはダイヤガラスが使われています。 近いうちにダブルルーフの車両製作を計画している我が身にとっては大いに参考になりました。 つり革も正しく「皮」です。

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Westinghouse製マスコンと、制動弁だけの質素な運転台に、一番目立つのは手ブレーキの大きなハンドル。 こんなスタイルが標準でしたね。

流石にこの車両の現役時代は知りませんが、古い車両からは何かと学ぶものが多いものです。

2015年7月25日 (土)

温泉地運転会報告-おまけ④

そして、喜多方へ。

昨年は、坂内ラーメンの行列のお陰で撮り逃してしまった「ばんえつ物語号」を狙いに。

やってきたキハ3連で先ずは練習。

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今回はC57、C61ではなく、代用のDE10ですが、それでも沿線には何人かの撮影者がいました。 夏の日射しを受けて、磐梯山が綺麗に見えます。 

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後姿も捉えましたが、やっぱりこの客車は好きにはなれませんね。

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撮影後はきぬやまスカンクさまに送って頂き、ここ磐梯町から帰途に就いた次第です。

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充分に堪能した はつかりクラブ山形運転会への2日間でした。

2015年7月24日 (金)

温泉地運転会報告-おまけ③

オハフ61 2752

熱塩駅にはもう1両の保存車両、オハフ61 2752が。 

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キ100と連結されていて、あたかもキ100が牽引しているがごとくですが、こんな情景は実際にはあり得ませんが、まあ良しとしましょう。 もちろん車内に立ち入ることができ、これも綺麗に手入れされています。

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電球の室内灯台座を生かし、グローブを外して丸型蛍光灯にした室内灯。 懐かしい!!

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一部の窓が開けられて室内換気がされています。

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TR11台車も、

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水タンクはじめとした床下も、

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最近、再塗装されたみたいで綺麗でした。 ・・・つづく

2015年7月23日 (木)

温泉地運転会報告-おまけ②

キ100型ラッセル車

これまでこれほどゆっくりと、細部にわたって観察したことはありませんでした。

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かなりの豪雪地帯であるこの地で、手入れが行き届いた保存がされていることに感心しました。

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右側面の次は左側面を。

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除雪版を拡げた裏側など、じっくり観察したことはありませんでした。

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形式キ100の287、自重26.4t、仙台鉄道管理局・熱塩駅常備です。 製造は昭和29年、舞鶴の飯野車両製だとのことですが、この車両メーカーの存在を知りませんでした。

室内へも入ることができるのです。 「運転室」ではなく「運転台」と言うのが相応しい席ですが、動力を制御する設備はありません。

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あるのは一番左の制御弁と、その右にならぶ空気弁は除雪版の制御用と思われます。

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この高い運転台から後方に目をやると、3段のステップを下りた床に、ストーブや空気溜、除雪板の開閉を担う大きなシリンダーと、職員用長椅子が。

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後方から前方を見るとこんな状態。

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蒸機機関車の時代ですから、結構単純な構造だったのですね。 

・・・つづく

2015年6月22日 (月)

紫陽花

優しさを感じる紫陽花が咲き誇っています。

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京王井の頭線も、紫陽花を楽しめる路線のひとつ。 所用で出かけた際にちょっと寄り道して見て来ました。

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箱根登山線も満開のようです。

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