鉄道模型(民鉄)

2019年8月22日 (木)

玉電80形も街を行く!

JAM「第20回 国際鉄道模型コンベンション」 では、 80形も“街の中”で走らせて頂きました。

H氏製作の「商店街」、夕暮れの「御犬町商店街」前を2両編成で通り過ぎます。

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D氏製作「かつて目にした街の光景」を走ります。 横浜市電がチンチン音を鳴らして走っていた、戦前と戦後の建築が入り混じった旧市街をイメージしたようですが・・・、三宿~三軒茶屋あたりはこんな感じでした。

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実は80形の走行シーン、あとは手ブレが酷くて掲載不可能。 残念ながらこの2カットだけでした(涙)。

 

 

2019年8月19日 (月)

玉電150形、街を行く!

「第20回 国際鉄道模型コンベンション」 は、多くの方々に出会うことができ、懐かしい方とのお話もでき、様々な刺激を頂くことができた素晴らしいイベントでした。 ‘鉄犬モハモハ主義コンペ’に加えて頂くことで参加させて頂いたお陰で、150形を“街の中”で走らせて頂くこともできました。

「でや!出屋敷や!」(U氏作)のカーブで。 本来は阪神イメージのモジュールなのですが。

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線路が建物に近いけど、三軒茶屋にこんな感じの場所あったかな? 「商店街」(H氏作)です。

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街を観察すると、「御犬町商店街」でした。 左の暖簾は・・・?、「たぬき」の電飾看板まで!

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ここは・・・桜新町あたりを快走! 「半分、玉電」(A氏作)です。

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こんなイメージの場所は玉電には無かったかも知れませんが、二子玉川へ駆け下りる辺りにあっても良かったようなイメージの「阿倉川のSカーブ」(M氏作)での一コマです。

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勝手に撮影に利用させて頂いたモジュールの製作者の皆さま、‘鉄犬モハモハ主義コンペ’ ご参加の皆さま、 そして何よりこの仲間に加えて頂いたわんわんさま、大変ありがとうございました。

 

 

2019年8月14日 (水)

同い年生まれの車両-4

あれこれいろいろ平行製作を進めている中で、同い年生まれの車両近況です。

雨樋を付けて、ペーパー片を重ねてパンタ台も付けました。 瞬間接着剤を浸み込ませているため、まだ白いままです。 後で1.2㎜のタップを切ります。

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その次は屋根に多数の穴開けです。 最初は0.7φをピンバイスで。

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そこを今度は2.0φに拡大します。

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次に一箇所毎に、ヤスリで角穴に加工します。

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この車両には片側ガーランドベンチレーターがずらりと並ぶのです。 10個入りで500円+消費税のIMON製パーツを使います。

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その穴に、こうして1個づつ嵌め込んで接着します。 デハは片側に10個並ぶので1両で20個、IMON製パーツ2袋が必要なので税込1,080円となります。

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2列のベンチレーターの間にはランボード。 制作費を削減するためペーパー製、t0.5程度のアイボリー紙を2.5㎜幅を切り出し、適当な間隔でペーパー片の脚を付けました。

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3両編成のベンチレーター必要数は62個、IMON製品は7袋が必要となり税込3,780円。 高価なパンタグラフを調達する予定はありませんが、もしそうなら屋根上だけで10,000円を超えるパーツ代とは!

なかなか厳しいものがありますね。

 

2019年7月 6日 (土)

たまには関西私鉄も

開催日がイレギュラーとなった7月の第1木曜日、多摩川畔の模型店2階の運転場に、近鉄特急を持ち込みました。

スナックカー12000系、パンタを先頭にも増設した姿で、12200系と4連を組みました。 近鉄特急も近年は塗装も変わってしまいましたが、この時代の近鉄特急は風格が漂っていて好きでした。

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反対側はクハ12300。 いずれもOER3001氏が初めて取り組んだ真鍮キットでした。

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36、7年前となる1982~83年の作品。 今週、前照灯にチップLEDを仕組んで登場させました。

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が、残念ながらトラクションモーターの出力と一部の台車追従性に課題があり、早々と退散することとなってしまいました。 早速、改良に取り組むことといたしましょう。

 

2019年7月 4日 (木)

京王帝都も走らせて来ました!

小田急4000形10連のあとは、京王帝都オンパレードとしました。 ヤードに‘t’(スモールt)と呼ばれていた戦前の小型車を電装解除したサハを挟んだ2010系の4連の横には、特急の運板を掲げた新鋭5000系の6連。

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2010系編成は側窓に保護棒がある時代、即ち甲州街道の専用軌道を走っていた時代の姿。 一方5000系は登場したての1号編成。 OER3001氏の小学生~中学生にかけての懐かしい思い出です。

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5000系の屋根は、淡緑色のイボつきビニールでしたが、当時は京王線の屋根上を観察できる場所がロクに無かったのです。 ほとんどの駅はまだ構内踏切を渡っていた時代です。 跨線橋なんて整備されていなかったのです。

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2010系の中間サハはダブルルーフ、勿論屋根布貼りでしたから、新造のデハ2010とは不釣り合い。 こんなのが走っていた時代、京王ライナーが高速で飛ばす今日からは想像できませんね。

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2010系が築堤上の本線に現れました。

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続いて5000系も、快調に走り回ります。

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5000系が入庫すると、横には井の頭線が。 先頭はデハ1400です。 実物では線路幅の異なる井の頭線と並ぶことはありませんでしたが、一部の車両は後に改軌して京王線に転属していました。 

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デハ1400を先頭に、デハ1700+サハ1300+デハ1700の4連が築堤を行きます。

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京王帝都オンパレードの最後は、井の頭線の荷電デニ101。 近作なのでチップLEDによる前照灯が輝いています。

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と、そんなわけで、OER3001氏がちょっとだけKTR5001に変身したような時間が流れました。 

 

 

 

2019年6月26日 (水)

同い年生まれの車両-3

 
暫く製作中断と宣言しながら、ちょっとだけ進めてしまいました。 オデコをバルサ材から整形、ラッカープライマー浸み込ませてからパテ塗ってサーフェサー吹いて、ここまで到達しました。

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後部連結面はこんな感じ。

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一気に床板も付けました。 動力車にする方は‘床板’ならぬ‘床紙’、そうペーパーです。 およそ0.5㎜厚のアイボリー紙を2枚貼り合せ、ご覧のようにラッカープライマーを浸み込ませて硬化しています。

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ところが、サハに台車を付けて見たところ何と腰高! 今さら床板止めの角材位置を修正することなど不可能なので、ご覧のように床板を薄く削ることにしました。20160626_0004_20

こんな感じになりました。 床面高1,100㎜と低い車両なので・・・。

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目線を下げて確認、こんなところでしょう。

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3両ハコになったところで暫し中断です。

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いろいろと平行製作するのも良いものです。 材料が用意できたところで、気が向いたものに移ります。

 

2019年6月20日 (木)

同い年生まれの車両-2

そして、窓枠、側扉となる内貼りを貼った後、窓抜きを完了しました。

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たったの2両なので、即組立てに。 屋根肩部分の裏面にスジ入れした後に、定規で挟んで曲げます。 先頭部は今回オデコはペーパールーフとせず、バルサ材の削り出しにします。 正面屋根へのR開始が弓形になっているからです。 車体腰の補強材には、先の小田急4000形同様、3×5を使用しました。

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とにかくこれで、3両がハコになりました。

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で、中断していた2テーマの材料が調達できましたので、今度は暫くこれの製作は中断することといたします。 オデコのバルサ材削り出しはいつでも気軽にできそうなので、合間を見て進めることにしましょう。

 

 

2019年6月18日 (火)

同い年生まれの車両

OER3001氏が誕生した1950(昭和25)年と言えば、先の戦争終結から僅か5年、我が国はまだ戦禍から立ち上がり切れていなかった時代だったかと思います。 荒廃した鉄道の復興も、資金不足から思うように行かなかったようですから、この年に新造された車両もそう多くないようです。 

そんな時代に誕生した電車を製作したくなりました。 丁度製作中のSE車も2100形も、材料やパーツの調達が必要となり、暫く製作が止まることとなってしまったので、多量在庫で黄ばんだアイボリー紙に向いました。 

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CADではなく、三角定規とシャープペンシルで所定寸法を罫書きます。 最初は側扉、側窓上部のR部に丸刃彫刻とを入れます。

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中間車体は既に半年ほど前に組み立てられていますので、今回は先頭車両です。

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R部を抜いたら、縦方向にカッターを入れます。

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その後に横方向、とは言っても用紙を縦にしてカッターは縦に入れます。 すると、切り抜かれた窓片がどんどんたまります。 あっという間に2両外板窓抜き完了!

この後は内貼りを貼ってから窓枠を抜くことにします。

 

 

2019年6月 9日 (日)

井の頭線走る!@シニアの運転会

先日のシニアの運転会、今回のテーマは井の頭線としました。 OER3001氏にとって井の頭線は、京王井の頭線というより帝都電鉄、または帝都線という小田急ファミリーだという思い。 第一目的は竣功間もないデニ101を広い会場で走らせることです。

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たった1両の荷電だけに身軽です。

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橋梁を渡り快走します。

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チップLEDで点灯化した前照灯が効果的でした。

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荷電のデニ101だけでは寂しいので、1400形、1300形、1700形で構成する4両編成も持ち込みました。 こちらは手前が1400形。 1400形こそ、帝都電鉄が開業時に揃えた100形が源流です。

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こちらは1700形。 戦後の新造車両です。

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どちらも気持ち良く快走してくれたお陰で、楽しいひと時となりました。 そして最後はこれ。

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同好諸氏との一献もまたサイコーでした。

 

 

2019年5月23日 (木)

グランシップトレインフェスタ2019(6) 伊豆箱根鉄道7000系

大勢の方にご来場頂くイベントなので、静岡県内の列車も走らせなくてはいけません。 今回もJR東海やJR貨物に加え、静岡鉄道、遠州鉄道、伊豆急行、伊豆箱根鉄道などの民営鉄道車両を走らせましたが、その中から伊豆箱根鉄道7000系電車を。 2004年にペーパー自作したもので、足回りはDV18モーターと14:2ウォームギアとインサイドギア駆動なのでスピードは充分です。

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したしるねこさんhttp://shiruneko.blog79.fc2.com/ 製作の工場モジュールを快走します。

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と、ここまでは例年通りなのですが、今年はもう1編成の7000系が加わりました。 なんと、コンテツさんhttp://ef6324.blog49.fc2.com/ が製作したのはラッピング電車「Over the Rainbow 号」です。 OER3001氏らの世代にはさっぱり理解できないのですが、これを作ってしまう情熱は凄いです。

さっぱり理解できないので、いったいどういうモノなのかWikipediaで調べてみましたら次のようなことでした。

静岡県沼津市内浦にある、女子高校の「浦の星女学院(うらのほしじょがくいん)」。この学校は全校生徒が100人にも満たず、来年度の入学希望者は0人。それにより、統廃合の危機に瀕していた。そんな中、学校を盛り上げるために9人の生徒が立ち上がり、スクールアイドルを結成することになった。

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ということで、その浦の星女学院まで作ってしまうコンテツさんの熱の入れように驚愕でした。

 

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