鉄道模型(運転会)

2019年10月19日 (土)

鉄道模型関東合同運転会にて(3)

企画テーマ「ヨンサントウの頃」で持ち込んだ小田急の電車たち。 クラブ仲間のご協力により留置線を占領、集合写真を撮らせて頂きました。

奥から1600形、2400形HE車、初代4000形、1900形の4編成が並びます。

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最も古い製作は奥から3番目の4000形、1969(昭和44)年7月の完成、最新作が一番奥の1600形、2017(平成29)年7月の完成です。

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4連、3連の頭を揃えて並べても、各車の全長が異なることから反対側はこんな状態。 こうしてみると、旧型車の機器流用で誕生した4000形3連が、どれだけ大型だったのかが良く解ります。

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ここに並べたものは48年間に製作した作品の一部、保有する小田急の電車車両数は150両を越えていますが、OER3001氏の小田急車両製作はまだまだ続きます。

 

 

 

2019年10月17日 (木)

鉄道模型関東合同運転会にて(2)

企画テーマ「ヨンサントウの頃」に合わせて持ち込んだ車両、第2弾は小田急2600形NHE車。 1967(昭和42)年11月の小田急百貨店全館完成を記念してに登場した特別塗装の「お買いもの電車」、当初は5連でしたが翌年サハ2650形を新造、増結して6連となった姿を、谷川製真鍮キットを組んだものです。

前照灯は実車通りの片側点灯。 こちらは新宿方、通常は左側を点灯させていることが多かったです。

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新造サハ増結は小田原方先頭車の次位に。 標識灯は通過表示/尾灯両用なのでレンズは透明(白)、模型では透明レンズの奥に赤色LEDを収めています。

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この編成はテーマ展示コーナーに並べていましたが、二日目(14日)の昼前に展示コーナーからレイアウトに移動させて走らせました。

 

 

 

 

2019年10月15日 (火)

鉄道模型関東合同運転会にて(1)

10月12日(土)、これまで例を見なかったほどの超大型で強力な台風19号が迫りくる中、線路、電源部、車両を満載した愛車を走らせ、埼玉県伊奈町へ出発したのは午前7時。 暴風域内であったとは言え、まだあまり強風にはさらされていませんでしたが、時折強烈な雨。 所々で道路にも数センチの水たまりがあり、通過する際には水の抵抗でブレーキがかかりました。 さらに隣車線のクルマが跳ねた多量の水がフロントウインドウに飛び込んでくると、視界が消えるという怖さ。 それでも2.5時間後に現地着。 準備日含めて3日間の運転会が始まりました。

今回の企画テーマは「ヨンサントウの頃」ということだったので、その時代の車両を持ちこむことにしました。 先ずは小田急から2400形HE車を。

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Kさん作の自動作動踏切の通過を。 なかなかシャッターが決まらず流れてしまいます。

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新しく入手したコンパクトデジタルカメラで挑戦しますが、なかなか上手く行きません。

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ま、それでも楽しめたこと自体が幸せなことです。 この日の夜から未明にかけて降り続いた雨で、いたるところで河川氾濫とのニュースが流れる中、優雅に模型を走らせていたのですから。 

被災された方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

2019年10月 6日 (日)

シニアの運転会に叡電登場

漸く秋の気配が感じられるようになったかと思ったら、晩夏に戻ってしまったような気温の10月、多摩川河畔で久しぶりにシニアの運転会が開催されました。 今回持参したのは自由形電気機関車の貨物列車と叡電だったのですが、買ったばかりのコンパクトデジタルカメラの筆おろしならぬカメラおろしで、自由形電気機関車の貨物列車の方は撮影を失念してしましました(涙)。

叡山電鉄の車両はデオ810形の813+814編成。 友人の結婚披露宴参列のために出掛けた関西を、有効に活用して寄り道して乗ったのを記念に製作したものです。 実物は3編成ある810形は、810形2編成とともに編成ごとに異なる塗色です。

たった2両で気軽に作れると思っていたのが、屋根上のクーラーやインバータ装置の製作や、塗装で一直線ではない帯のマスキングに、結構な手間を要した思い出があります。

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当時はまだチップLEDは入手できなかったと記憶していますが、小さなLEDを見つけて前照灯、尾灯を点灯化しました。 白色や電球色などまだなかった時代、前照灯の色は黄色ですが然程の違和感は無いように思います。

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少々残念だったのは、このレイアウトで決まった場所で脱線すること。 車体が軽いのと、ボルスターのスプリングが強いことが原因のようです。 近日、改善しなければなりませんね。

 

2019年8月26日 (月)

お寺の運転会

恒例の白河市における寺子屋運転会、昨年は所用で参加できませんでしたが、今年は晴れて参加させて頂きました。 例年同様にJR新白河駅長にもご来場いただき、住職、関係者など5名でテープカットです。

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本堂に拡げられた組立てレイアウト上を、東北新幹線車両などが快走する中、早速地元新聞記者の取材が入りました。 何故か東京からのKuさんが対応します。

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その結果は翌日の朝刊に掲載されました。(画像はKY氏のfbより引用)

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前庭ではいつもの5インチゲージを運転しますが、今年はEF500もどきのロコが登場しました。

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Kuさん、機関士帽をかぶり入念に試運転。 というよりだいぶ楽しんでいる様子です。

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家族連れにはホスピタリティーをもっての「お・も・て・な・し」です。

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本堂のレイアウトにはOER3001氏の小田急4000形が並びました。

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HB車の主要機器を利用して誕生した初代4000形と、最新型の4000形が顔を合わせました。

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タイムリーにこの姿を披露したかったのですが、それに気づいてくれた人は・・・涙。

止むを得ませんね、小田急沿線ではなく福島県なのですから。

 

2019年8月 9日 (金)

相鉄も

「野毛鉄道フェスタ」では相鉄も登場させなければなりません。

とは言え、ヨコハマネイビーブルーの新鋭12000系や20000系は無く、1969(昭和44)年ペーパー自作の6000系です。

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タンク貨車の鮮やかな塗色とはマッチしませんが、タンク貨車の隣と言うのは相鉄らしさかとも。

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横浜方にはアルミ試作車の6021。 当時は4両編成でした。

今では殆ど10両編成なので、模型製作にも資金とエネルギーが多大に必要となって来てしまいました。

 

2019年8月 7日 (水)

青ガエルも

横浜市内、それも桜木町駅から近くの地で開催される「野毛鉄道フェスタ」ですから、東横線のスターも登場させなければなりません。 今でこそ東横線は、みなとみらい線に直通し、この地を通りませんが、1932(昭和7)年の渋谷~桜木町全通以来、東横線の終着駅でもあり始発駅でもあったわけですから。 そう言えば今の東横線には始発駅も終着駅もありません。 渋谷は東京メトロ副都心線との直通運転における中間駅になってしまいましたから。

その東横線のスターは、紛れもなく「青ガエル」こと5000系でしょう。 1985(昭和60)年、谷川製真鍮キットを組んでの製作です。

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丁度、旧友K藤氏も同じものを持って来られましたので、並べて記念撮影です。

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OER3001氏作が右側、「急行」と「桜木町←→渋谷」の運行板を下げています。

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同じ製品を組んでも、作者による違いが出て面白いものです。 

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マッハ調色塗料を使った手前、奥の塗料はグリーンマックスだとか。

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それにしても高度成長期の昭和30年代は、各社に登場する新型車両が眩しく感じる時代でした。 それが今では・・・、どこも側面見れば同じ、違いはラッピングの差異だけと嘆くのはOER3001氏だけではないと思いますが。

 

2019年8月 5日 (月)

京急で遊ぶ

  毎年8月第1週末に開催されるようになって久しい「野毛鉄道フェスタ」。 なんと、OER3001氏は小田急を1両も出さずに参加となりました。 OER3001氏は初代1000形の第1編成車での参加です。

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留置線からの本線の手前で一旦停止します。 本線には貫通式となった1000形が待機しています。

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反対側の本線に最新バージョン新1000形のイエロートレインが入って来ました。

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本線に出た1000形は、DV18Cモーターの14:2ウォーム減速インサイドギアのお陰で、気持ち良く疾走します。

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停車させて4連を撮影しました、特急品川行き。

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今度はM川氏製作の貫通バージョンと連結します。

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留置線に戻ると隣にはO保氏製作の500形、さらにその隣はS爺氏の新1000形。

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3線の留置線は京急で埋め、JR車は少々離れた留置線と、留置場所にも心配り。

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同じ16.5㎜軌間の良い所でもありますが、せめてもの演出でした。

 

2019年7月 6日 (土)

たまには関西私鉄も

開催日がイレギュラーとなった7月の第1木曜日、多摩川畔の模型店2階の運転場に、近鉄特急を持ち込みました。

スナックカー12000系、パンタを先頭にも増設した姿で、12200系と4連を組みました。 近鉄特急も近年は塗装も変わってしまいましたが、この時代の近鉄特急は風格が漂っていて好きでした。

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反対側はクハ12300。 いずれもOER3001氏が初めて取り組んだ真鍮キットでした。

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36、7年前となる1982~83年の作品。 今週、前照灯にチップLEDを仕組んで登場させました。

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が、残念ながらトラクションモーターの出力と一部の台車追従性に課題があり、早々と退散することとなってしまいました。 早速、改良に取り組むことといたしましょう。

 

2019年7月 4日 (木)

京王帝都も走らせて来ました!

小田急4000形10連のあとは、京王帝都オンパレードとしました。 ヤードに‘t’(スモールt)と呼ばれていた戦前の小型車を電装解除したサハを挟んだ2010系の4連の横には、特急の運板を掲げた新鋭5000系の6連。

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2010系編成は側窓に保護棒がある時代、即ち甲州街道の専用軌道を走っていた時代の姿。 一方5000系は登場したての1号編成。 OER3001氏の小学生~中学生にかけての懐かしい思い出です。

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5000系の屋根は、淡緑色のイボつきビニールでしたが、当時は京王線の屋根上を観察できる場所がロクに無かったのです。 ほとんどの駅はまだ構内踏切を渡っていた時代です。 跨線橋なんて整備されていなかったのです。

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2010系の中間サハはダブルルーフ、勿論屋根布貼りでしたから、新造のデハ2010とは不釣り合い。 こんなのが走っていた時代、京王ライナーが高速で飛ばす今日からは想像できませんね。

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2010系が築堤上の本線に現れました。

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続いて5000系も、快調に走り回ります。

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5000系が入庫すると、横には井の頭線が。 先頭はデハ1400です。 実物では線路幅の異なる井の頭線と並ぶことはありませんでしたが、一部の車両は後に改軌して京王線に転属していました。 

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デハ1400を先頭に、デハ1700+サハ1300+デハ1700の4連が築堤を行きます。

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京王帝都オンパレードの最後は、井の頭線の荷電デニ101。 近作なのでチップLEDによる前照灯が輝いています。

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と、そんなわけで、OER3001氏がちょっとだけKTR5001に変身したような時間が流れました。 

 

 

 

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