鉄道(小田急)

2020年9月16日 (水)

SE車の思い出

海老名に建設中のロマンスカーミュージアムへの収蔵に備え、しばらく相模大野に仮住まい、一連の保全関連工事が行われていました。

相模大野駅から江ノ島線が分岐してすぐ、SE車が収容されていた庫の脇を通過します。

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左にカーブする時に右側を注視すると・・・

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ブルーシートで閉ざされた後方に、きれいになったSE車が確認できました。

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そして、9月13日未明に、ゆっくりゆっくりと姿を現し、海老名に向けて回送されていきました。

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きっとこんな具合に、ロマンスカーミュージアムに並べられた暁に再会できるのでしょうね。

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2021年春、その時が楽しみです。

 

2020年9月14日 (月)

SE車が本線出現

遂に、おそらくこれが最後の本線走行でしょう。

一世を風靡したスマートな特急ロマンスカー3000形SE車。 思えば御年63歳と、とっくに還暦過ぎているのにその輝きは未だ衰えず。(と思っているのはOER3001氏だけ? そのSE車より年配の本人も、未だに若い気分で居ますが。。。)

相模大野工場で念入りなお化粧直し〟を実施していましたが、2020年9月12日の終電後、海老名に建設中のロマンスカーミュージアムに向けて、本線走行となりました。

つい数日前には夏風邪で寝込んでいたのに、この報せを聞きながらじっとしているのはSE車に申し訳ない。 是非見届けたいと、深夜に活動することとしました。

相模大野駅西方跨線橋で、出庫してくるのを待ち構えていると・・・、1時50分過ぎ、1000形6両編成1253Fに繋がれてゆっくり、本当にゆっくりと、3021を先頭に、車庫線から駅構内に進入して来ました。

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車体はもちろん、台車など下回りもピカピカ、まるで先に完成させたOER3001氏の16番ゲージ車両そのものと言った感じです。

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2両目3022もピカピカですが、こうして上から見て初めてちょっとした違和感を感じました。 黒く塗られたモニターモニター屋根は、復元の際に手をかけなかったのですね。 SSE車時代のクーラーを付けた狭幅のままでした。

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保存されていた5両の内、中間の2両(3023、3024)が廃棄されたので3両目がSSE顔の3025。 1253が前照灯、尾灯とも点灯させて、ゆっくり、ゆっくり、ノッチイン、ノッチオフを繰り返しつつ推進しています。

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一旦構内に入り、信号指示を待ってから、海老名に向けた回送運転が始まりました。 牽引ですがゆっくり、ここでは25㎞/h程度だった感じです。

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2両目3022が見えましたが、回送列車発車時には構内照明が落とされてしまったので、僅かな明かりしか得られません。

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跨線橋のガラス越しに撮らざるを得なかったので、網も気になりますがやむを得ません。 それでもこの光景をしっかり記録しておきました。

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振り返って後ろ姿を撮ってみたのですが・・・、構内照明が全く消えた中では、肉眼に留めるのが精一杯でした。

それでも、ここに行って良かったと満足しています。

因みにこの報せに集まる輩も相当な人数で、人気車両であることを実感しましたが、やっぱりマナーに問題のある人も散見されるのが残念です。 時勢が時勢なのだから、マスクぐらいしっかり着用すべきです。 公道駐車も相当数あり、直前に警察官に指示されていました。 この輩はきっと、直前の警察官指示を受けたのでクルマを移動、撮影できなかったはずです。

OER3001氏が止めたコインパーキング代金は600円。 600円でこのショーを楽しめたということですね。 現地でお会いしたM川さん、楽しいひとときを共有でき、ありがとうございました。 

また、M.OさんやY.Tさんには多くの情報をご提供頂きました。お礼申し上げます。

 

2020年9月 9日 (水)

今日の一枚 No.79

70000形GSEを山側真横から狙ってみました。

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もう少しズームアップした方が迫力あるのでしょうが、画面からはみ出さないように安全策をとりました。

2020年9月 8日 (火)

1キロポスト

そう言えば、東海道線100キロポストで撮った画像がありました。http://vse50001.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-ffe594.html

今回は1キロポストを。

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新宿から32.3㎞の相模大野で分岐する小田急江ノ島線の1キロポスト地点は、東林間駅手前500mにあります。

付近には踏切があり、「相模大野2号」と表示されています。

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が、「相模大野2号」という踏切は2カ所ありますのでお間違い無く。 小田原線にも同じ「相模大野2号」という踏切が、大野工場先にあるのです。

踏切名称は、その前に路線名があるので混乱しないのでしょうね。 

 

 

2020年9月 5日 (土)

相模大野工場へ

強い勢力の台風接近の影響を受けてか、またまた暑い中、ちょっと出かけてみました。

相模大野2号踏切手前の路地を入ったところで、工場線横を通過する伊勢原行き各停の2000形を一枚。

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この後視線を工場内に向けると・・・、何か妙。

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相模大野2号踏切脇へ回って望遠で見ると、屋根上がさっぱりしている1000形ではありませんか。 確認できる3両は、手前から1154、1104、1004と思われます。

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ちょうど昼休みの時間帯だったので、工場内の人影は確認できません。

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東側へ回って見ると・・・、1155のナンバーが外されたクハ1150が。

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クーラー、列車無線アンテナ、運転台機器などが外されています。

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全体を見ることは叶いませんでしたが、塀の上から覗いてみました。

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聞いてはいましたが、久しぶりに廃車・解体への準備作業を目の当たりにすると、やっぱり心が痛みます。

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5000形の増備が進み、古くなった車両と交代するのですが、普通鋼製の8000形より先に、1988(昭和63)年製のステンレス車が。 

OER3001氏としては不細工な3000形の方からなんとかして欲しいのですが・・・。

 

 

2020年9月 3日 (木)

竜宮城へ

8月下旬の暑い日のこと、海深くではないけれど、青い空の下、斯様なところに行ってみました。昔、絵本で見た竜宮城?

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いえ、小田急の片瀬江ノ島駅です。

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1929年(昭和4)年の開業時から、竜宮城を模した駅舎でしたが、本年、その特徴を維持したままリニューアルされました。

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構内には新江ノ島水族館の宣伝をかねて、大きな水槽(?)も設けられ、マリンレジャーへの入り口であることが実感できます。

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頭端式3線のプラットホームにはアーチ状の屋根がかけられ、然程の広さではないものの、ゆったりした雰囲気です。

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OER3001氏が初めてここを訪れたのは、海水浴客でひしめく車内のHB車3両編成で、だったと思います。 それが今は、プラットホームも10両編成対応になり、新宿からの快速急行や、特急ロマンスカーがやってくるのですから、ずいぶん変わりました。

この日のOER3001氏は、竜宮城を見ても海は見ず。 このまま鵠沼海岸駅へ向かい、本鵠沼駅との間で電車を撮影したのでした。 もはやマリンレジャーとは無関係な生活になってしまったようです。

 

2020年8月31日 (月)

熱中症

連日の残暑がこうも高温だと、熱中症に注意しなければなりませんが・・・、折りによってOER3001氏は、電車に熱中してしまいました。

昨年の台風19号の被害から復旧した、箱根登山鉄道全線運転再開を記念して、普段は箱根登山線内(小田原~箱根湯本間)で走行する「赤い1000形車両」を、8月中は小田急全線で特別に運行するという企画。 この日は江ノ島線運用だというので炎天下の出撃となりました。

「赤い1000形」は新宿方に連結されているので、先ずは大和駅南方で上り快速急行を狙います。

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しかし行き先表示が「新宿」では、江ノ島線運用ということがわかりづらい。 そこで、「片瀬江ノ島」表示を狙います。 新宿方の「赤い1000形」が先頭となって「片瀬江ノ島」 に向かうのは藤沢でスイッチバックした後。 光線状態などを調べた上で、本鵠沼~鵠沼海岸間で待ちました。

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その折り返しは、江ノ島線唯一のトンネルを抜ける善行で。

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この時点で充分に暑く、下手をするとホントに熱中症になりかねません。 これ以上の追っかけは日が西に傾き逆光となることもあって止め!

とは言いつつも、オマケで新百合ヶ丘で真横を狙いました。

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夏の暑い日、OER3001氏は「赤い1000形」への熱中症になってしまいました。

 

2020年8月12日 (水)

今日の一枚 No.71

丹那トンネルができる前は東海道本線として、我が国の大動脈であった御殿場線に、私鉄が自前の車両と乗務員で乗り入れるという珍事は、1955(昭和30)年に開始されています。

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この日は前夜、有名な大垣行き143Mがまだ無かった頃、東京駅から夜行の普通客車列車で沼津へ。 沼津から御殿場線始発で山登り。 裾野あたりでD52などの撮影の後、ここに寄ったようです。

ここは谷峨と思われますが、今なら後方に東名高速道路の高架橋が立っています。 単行のキハ5102が、ホームの駅員さんからタブレットを受け取り、通過して行ったという長閑な時代でした。

2020年8月 5日 (水)

登山電車追いかけて都心に

前の晩はいつものように、そこそこ遅い時間に寝たのに・・・、何故か目覚めが4時半。 折角早く目覚めたのを上手く活用しなければ損ということで、小田急線内に繰り出した登山電車カラーの‘赤い1000形’を追いかけて、複々線区間に向いました。

久々に乗車すること縫いなった早朝の通勤急行。 OER3001氏は始発から着席乗車ですが、最終的にはほぼ定員乗車程度と思われる状態でした。

最初は千代田線と並走する代々木八幡~代々木上原間へ。 運良く、千代田線から出て来た4000形とのツーショットです。

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この後はゆっくり、懐かしい朝の街をぶらぶらし、再び電車に乗ってほぼ各駅停車で駅撮りを楽しみながら、最終的にはここ、和泉多摩川駅に。 下り列車に被られることなく、多摩川を渡って東京都に進入して来るのが撮れました。

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帰路はこの折り返しを待って乗車。 車内広告は全て箱根。 窓上ポスターは箱根登山線内走行時のままですが、中吊りポスターはご覧の通り登山線復旧を告知していました。

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「県境を越えた移動」を控えよとのプレッシャーがある中、小田急の路線は東京都~神奈川県~東京都です。 電車から降りた駅は全て東京都内という理屈で早朝からの半日、約12,000歩の線路脇ウォーキングが楽しめました。

 

2020年8月 3日 (月)

登山電車が多摩ニュータウンに!

大袈裟なタイトルですね。

普段は小田原~箱根湯本間の箱根登山線内を運行している‘赤い1000形’が、災害から復旧した登山電車の宣伝を兼ねて、8月いっぱい小田急線内を走ることになりました。

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早速、先ずは京王相模原線と並走するはるひ野~小田急永山間で撮影しました。

通過予定時刻の1時間ほど前に、一番乗りで現地到着。 後から‘撮り鉄’が来るはくるは、脚立や高~い(値段じゃなく高さ)三脚持って、最終的には総勢10人? いや20人か。

シニアのOER3001氏は小型で軽~いミラーレス一眼の手持ち。 これで充分です。

 

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