鉄道(小田急)

2020年7月10日 (金)

小田急線鶴川~玉川学園前間

いつも楽しませて頂いているブログ、「モハメイドペーパーの何がでてくるか2」の昨日7月9日は「便乗ネタで失礼します」ということで、1967(昭和42)年2月12日の小田急、鶴川~玉川学園前に於ける雪景色の写真が紹介されていました。

その場所ならOER3001氏だって撮ってますということで、当方も便乗させて頂きます。

時はそれから3年後、大阪万博が開催された1970(昭和45)年、4月5日のことでした。 3100形NSEが、20‰勾配を駆け上がって来ます。 まだ冷房強化で屋根上にクーラーを載せていないほぼ原形の姿でした。

線路の右手にはブルドーザーが整地作業を行っています。 ここが、かじのや納豆という工場になったのです。

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それでも周囲はまだ田畑が多い、田園風景でした。 前年から一般車両の塗色変更が進み、その過渡期で新旧塗色の混結が多く見られた時代です。 下は2220+2220+2400HEという8連、箱根湯本行と片瀬江ノ島行それぞれ4両を併結した急行です。 新塗装になって、側面の社紋が外されましたが、まだ側面窓下に急行サボを掲げていました。

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この当時の最新型は5000形、Tc-M1-M2-Tc(新宿方から、下の画像では右が新宿方)の4両。 最初は非冷房でした。

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荷電だって裾に黄色い帯を纏ったグリーンの姿。 左は大きな車体(とは言っても17mですが)に載せ替えたデニ1000形、右はデハから改造されたデニ1100形。

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上2枚の写真、線路の奥は農地ですが、その後野村不動産、三菱信託銀行不動産部門によって宅地開発が行われます。 並行して線路手前の農地もまた宅地化されて、電車の撮影はできなくなってしまいました。

ここに紹介した画像、全てネガカラーからスキャンしましたが、既に黄変してしまい残念です。

序でながらこの場所のその後。 納豆工場や住宅が建ち、以前のような遠景では電車が見えなくなりました。 そこで1988年には、和光大学手前に残った僅かな田圃を絡めて、横位置で撮りました。

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1991年7月、千代田線からの臨時列車「メトロ&江の島」を、和光大学テニスコート脇から、納豆工場の建屋や住宅を画面右に切り捨てて撮影しました。

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ここ暫く、ここへは出向いていませんが、車窓から見る限り和光大学敷地にも立ち入りできなくなってしまったようで残念です。

 

 

2020年7月 9日 (木)

今日の一枚 No.56

3000形SE車の製作に取り組んでいる中、何かと古い資料を参考にします。 そこで、今日の一枚はこれ。

1967(昭和42)年2月11日、この日は前年に制定されて初めての建国記念の日でしたが、関東地方はかなりの積雪となった日です。

雪が降れば滅多に見られない雪中を行く小田急を撮りたくて、購入して間もない初めての一眼レフ、ミノルタSR-1を持って出掛けました。 ここは東北沢駅上り方の信号所横。 ホッパー線の分岐地点ですが、ホッパー線の線路は雪で覆われてしまっています。 東北沢の踏切横から立ち入っても咎められなかった時代でした。

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雪煙を上げて新宿に急ぐSE車。 もっと明るく撮れなかったことが悔やまれます。

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これをご覧になられたモハメイドペーパーさまから、勝手にコラボさせて頂きましたとご挨拶を頂きました。 是非ぜひそちらもご覧ください。

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これをご覧になられた宮崎繁幹氏から、フォトショップで加工した画像を頂きました。 

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なるほど、暗い部分がだいぶ見えるようになりました。 ありがとうございます。 

2020年7月 7日 (火)

今日の一枚 No.55

本日は七夕。 だからどうと言うことも無いのですが、七夕はまだ梅雨の季節で、なかなか天の川を拝めるような天気にならないことが多いです。

しかし朝から良い天気に恵まれた1991(平成3)年のこの日、 唐木田発片瀬江ノ島行のロマンスカー「湘南マリンエクスプレス」が運転されました。

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この時は3100形NSE車が充当され、特製ヘッドマークを掲げて走りました。

ここは永山~多摩センター間の京王相模原線との並走区間。 豊ヶ丘北公園西端傍の野菜畑から撮れましたが、今は住宅になってしまい、立ち入ることはできなくなったばかりか、通信ケーブルがちょうどカメラの高さに張られてしまい、斯様なアングルでの撮影はできなくなってしまいました。

ネガカラーフィルムの変色は、我が家の設備では修正不能。 見苦しいですがお許しください。

2020年7月 5日 (日)

今日の一枚 No.54

新宿から5駅目の東北沢は、上下対向式プラットホームの間に通過線を設けた珍しい駅でした。 そのため、車両の撮影には誠に都合良く、床下機器を撮影するにも最高の環境でした。 しかも列車密度も高く、特急、特準、準特急、急行、準急、各停、貨物、配送など、全ての種別が撮影できました。

この写真は初めてのカラーフィルム撮影と思われます。 時は1966(昭和41)年10月、ハーフサイズのCanon demiでの撮影。

4編成あったSEの第4編成(3031~3038)は、スカートの穴(タイフォン)が他の3編成の楕円形ではなく円形でした。この時は非常用の連結器を出したまま「さがみ」運用に就いていました。

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跨線橋も停車中の車両の屋根上観察に好都合でした。

原型SE車活躍の頃は、まだ自分のカメラを手にたばかり。 しかもフィルム、現像、紙焼きと、写真にするまでカネがかかり、お小遣いのなかでやりくりするには、これぞというものにしかカメラを向けられませんでした。

 

2020年6月11日 (木)

都心へ買い物に・・・

出掛けざるを得ない状態になって、有要至急の外出となりました。

登戸を発車した上り快速急行は軽やかに加速して多摩川を渡り、和泉多摩川、狛江を通過、だったのですが・・・、制動がかかり、喜多見で停車してしまいました。 玉川学園前駅~町田駅間で架線に支障物とかで、新百合ヶ丘~町田間で運転見合わせと。 影響を受けつつ、13分遅れで新宿に到着。 乗って来た急行含め、折り返し急行の行先は全て向ケ丘遊園、なんか見事です。

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因みに地下ホームからの各駅停車は新百合ヶ丘まで運転するようです。

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特急は全て運転取りやめ。 成城学園前で、乗客を降ろして室内灯を消したGSEが停車していたけれど、その後に出る筈だったEXEは斯様な状況でした。

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で、本来の目的はこれでした。 僅かこれだけですが、高度コードの買い物、外径φ0.7の耐熱電子ワイヤーでした。 赤がどうしても欲しく、一緒に黒も買って来ました。

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買い物の後は、メトロフリーきっぷを最大限利用して築地で下車、ちょっと話題の現場を見て来ました。 ここ、興和日東ビルです

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入口向こうに2人たむろしていますが、他には誰も居ないので、入り口に入ってみました。 ノーセキュリティで出入り自由です。

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2階が話題の現場です。 一般社団法人サービスデザイン推進協議会!

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階段を上がってみようとしたのですが・・・、何人かの声が聞こえたので止めて、これに乗りました。

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2駅乗って下車。 老舗の工事現場の状況を確認します。 地上12階/地下1階のビルは2021年9月末日完工予定だそうです。

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勿論工事現場確認の後は仮店舗を視察、特に買うものはありませんでした。 

そして帰途に就くのですが、小田急のダイヤはまだ特急は運休。 こんな状況下、思わず飛び乗ったのは斯様な床面の真新しい車両。

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運転室は広々しています。 室内から見るフロントウインドウはJR・E233と同じような感じですが、運転台がE233より低いのか、前方が見やすいところがイイ。

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新百合ヶ丘で降りて1枚。

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走り去るバックも1枚。 このテールライト、なかなか良いと思いますが、どうやって模型化するか悩むところです。

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ということで、梅雨入り前の良い天気の下、都心への買い物と小散歩を楽しめました。 

 

 

2020年6月 8日 (月)

今日の一枚 No.37

中学生になって、初めて買ってもらったカメラはハーフサイズのCanon Demiというもの。 嬉しくて電車撮りたくて向かった先は、代々木上原~東北沢間の井の頭通り踏切。 その横の空き地に自転車を止め、ホッパー線の築堤に上がって。 そこで撮った内の一枚がこれ。 今は代々木上原駅構内となっている場所です。

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ハーフサイズをご存知でない若い方のために一言添えましょう。 フィルム、現像、プリントとその度におカネがかかる写真を、安価に楽しめるよう、35㎜フィルムを縦に2分し、12枚撮りフィルムで24枚の撮影ができるようにしたもの。 そのため正位にカメラを構えるとタテ位置の写真となりました。

ピントは無限大に合わせ、オートシャッターを切っているので、シャッタースピードは1/125程度だったのでしょうか、当然流れてしまいます。

それでも床置冷房改造後とは言え、ほぼ原形のSE車3000形が、ミュージックホーンを鳴らして勾配を駆け上がって来ました。中学生がこんなところに入り込んでいたら、今なら大問題になることでしょうが、当時は何の問題にもならない日常的なことでした。

2020年6月 2日 (火)

今日の一枚 No.33

OER3001を名乗っている筆者にとって、小田急の3000形とは今のステンレス車体通勤車ではなく、紛れもない特急ロマンスカーです。

この日、1967(昭和42)年8月19日、SSEへの改造編成が登場したことから、これへの乗車と同時に、改造前のSE乗車を目的に、先ずはSEに乗って西へ向かいました。

多摩川を渡り、登戸駅通過。 向ケ丘遊園場内信号機に差し掛かろうとするとき、上りSE車とすれ違い。 列車名は「さがみ」でしょうか、スカートの穴が楕円ではなく円形の第4編成、3031~3038です。 SEからSEが撮れました!

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低床式とも言える低い重心を下げた車体の運転席は、広々としたもので、運転士座席は床に固定されたものではなく、事務椅子ごとく前後左右移動可能なタイプでした。 正面両脇窓にはレースのカーテンが下げられていたのですね。

写真右の位置には当初、補助警報(オルゴール)用のエンドレステープレコーダーが設置されていましたが、この時は既にテープではなく電子音になっていた筈です。 

2020年5月29日 (金)

緊急事態宣言解除となって・・・

依然、コロナ第2波とならないように、不要不急の外出を控えなければなりません。 特に首都圏では、都県を越えての移動は控えるように指示されているのですが、手元に残った有効期限ぎりぎりの乗車券。 有効活用しない訳にはいきません。

ということで、3密とならないところに行って来ました。 新5000形増備で先が短くなりそうなワイドドア1000形がやって来ました。

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ちょうど田植えシーズンということで、田植えが終わったばかりの田圃も。 水田で作業中の方の後方、30000形EXE-αが疾走して行きます。 車内に乗客の姿は・・・、空席ばかりのようです。

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まさに田植最中の田圃も、水を入れて田植えを待つ田圃も。 今年は台風などの自然災害に襲われず、無地に収穫できることを願います。

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美しい景色の中を疾走する電車を小一時間、撮影して来ました。 特に目的の列車がある訳でもなく、ダイヤを気にせずにすみます。 しかも平日なのでロマンスカーも走っていましたから。(コロナ感染予防のため5月中の土日はロマンスカー運休)

紫外線もたっぷり浴びて、健康増進になったようです。

 

2020年5月25日 (月)

1970年初夏 相模鉄道2100系試乗会 1970年6月28日

斯様なタイトルで、ぼっちぼちの旅日記 に紹介された記事、とても懐かしくて同じタイトルで紹介させて頂くこととしました。 ぼっちぼちさまご了承ください。

ちなみにその節に撮ったOER3001氏撮影の小田急、その内の1枚はこれです。 海老名はまだ水田が広がり、田植えを終えた水面が綺麗でした。

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相模鉄道2100系の見学試乗会の折だったのですが、通常は車両基地内でこのような撮影をします。 当時の車両基地は確か相模大塚、その後かしわ台に移転するとは思ってもいませんでした。 この車両基地、かしわ台だったようです。 モハメイドペーパーさまからご指摘頂き訂正させて頂きました。

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この時は珍しいことに、電車好きの少女が参加されました。 そこで、2100系の前にお立ち頂き記念撮影。 綾小路きみまろじゃないですが、あれから50年、この少女はどんな女性になられたことか。

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同じネガにはこんなDBもありましたが、たぶん国鉄相模線に隣接する相鉄貨物線内に居たものではないかと思います。

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画像品質が悪く、社紋等が確認できないのが残念です。

いずれにしても50年前の記録はあっても、記憶が・・・。 残念なことです。

 

2020年5月20日 (水)

小田急50周年記念展

1973年11月23日から28日の6日間、新宿駅西口の小田急百貨店11階の催事場で、小田急線開業50周年を記念しての「ぼくとわたしの電車展」が開催されました。 なかなか力が入った展示会の模様を、ここ一連のカラーポジフィルムのデジタル化した成果からご紹介しましょう。 但し、元々の写真品質も悪くフィルム劣化もあって、色調が悪いことをお許しください。

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入場無料の会場に入ると、「電車のしくみ」コーナーが展開されています。 実物の軌道設備や台車の模型などが目に入ります。

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大野工場から搬入したPT-42パンタグラフの上げ下げもできます。 その向こうには実物大の・・・。

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車掌スイッチで側扉の開閉もできました。

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運転席もありました。 当時の最新型車両である9000形を模しています。

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いずれも人気で、子どもたちの行列が絶えなかったことを記憶しています。

さて、当然ながら模型展示ですが、これにはOER3001氏らが協力させて頂きました。 ブレてしまった写真ですが、「ミニ小田急線」のコーナー、協力グループ電鉄東京とあるのがお判り頂けるかと。

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ジオラマはこのパネル背面から始まります。

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勿論、新宿が起点です。 画像は当時の急行編成である8両。 2400形と5000形の併結です。

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途中駅、相模大野では小田原方面、江の島方面に分割します。 そこは模型でも忠実に再現します。

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ちょうど、江ノ島線からの上り列車が到着したようです。

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片瀬江ノ島駅には別の列車が停車しています。

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相模大野を出た小田原行は、伊勢原、鶴巻温泉、大秦野(現・秦野)、新松田を通ります。

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この日の運転担当はK藤センセだったようです。 古い写真で顔が不鮮明で良かったですね(笑)。

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新松田で分岐し、国鉄(現JR東海)御殿場線に直通した3000形SSE車「あさぎり」は、無事に富士山の麓、御殿場に到着しました。

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一方、小田原を通り過ぎるSSE、ここからは箱根登山線へ直通します。

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左方から清流が迫れば、そこは箱根湯本。

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この小田急の路線を、16番ゲージで展開しました。

ガラスケースの中には、TMS誌上を飾った伊藤正光氏他、先輩諸氏の素晴らしい作品が展示されていました。

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海老名にロマンスカーミュージアムを建設中の、100周年も近付いた小田急ですが、またワクワクする展示が展開されることを期待します。

 

 

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