鉄道(大手民鉄)

2020年9月 4日 (金)

今日の一枚 No.77

しばらく間をおいてしまったこのシリーズも、今回はラッキーナンバーの77と言うことで・・・

京王帝都電鉄時代のクハ7711を。若葉台~京王永山間の撮影で、当時は京王多摩センターから先は未開業でした。

7000系は1984(昭和59)年に登場するが、この7711編成は1986(昭和61)年の増備車。 登場時は5両編成で、一見東武鉄道のステンレス車と同じようなカラーリングでした。

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この編成はこの年の秋に新造中間車を入れた6両編成となって以降、1990(平成2)年にはさらに新造中間車を組み込んで8両編成化、さらには10両編成捻出のための組み替えで、当該編成は4両編成となりクハ7811に改番と、複雑な道を辿っています。

 

2020年9月 2日 (水)

豊島園の思い出

8月31日をもって94年の歴史を閉じた豊島園。 3歳から5年ほど練馬に住んでいたOER3001氏にも、幼児の頃の楽しかった思い出が残っています。 モハメイドペーパーさまも、Chitetsuさまも取り上げて居られますが、便乗させていただきます。 但し、ちょっとだけ切り口を変えて。

園内には「チャレンジトレイン」というミニトレインがありました。 2017年の導入で、当時の最新型だった40000系はじめ、西武鉄道のミニ電車を自ら動かすことができました。

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実は当時、40000系が「キッズデザイン賞最優秀賞(内閣総理大臣賞)を受賞。 この事務局に関与していたこともあって、小手指車両基地にいく機会がありました。 その後に豊島園に向かい、「チャレンジトレイン」の見学・試乗となりました。

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車体にはご覧のようなメーカーズプレートも。 平成29年9月新造・佐伯工業深日工場とありました。

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台車枠の奥にモーターが確認できます。モーターの回転軸は車軸と直角のようです。

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実車同様に「キッズデザイン賞」のヘッドマークを掲げ、「S--train・西武秩父」となって走っていました。

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他には「急行・池袋」の30000系。

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「準急・西武新宿」の20000系も。

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最古参となった2000系は「各停・豊島園」です。

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大人にとっても結構楽しめるものでした。

導入から3年しか経っていない施設、その後4000系や001系ラビューも加わっているようですが、このまま閉園とともに消えてゆくのはなんとももったいない話、と思っていたら、どうも西武園に移設されることになっているようで、ひとまず安心。

移設された暁には是非、足を運んでみられてはいかがでしょうか。

 

 

 

2020年8月16日 (日)

朝練に

6時なのに既に、夏の日射しがギラギラ。 朝食も摂らずにちょっと出掛けて来ました。 

早く着きすぎたので、周辺をウォーキングしてみたら、小名路踏切(中央線 53㎞980m 幅員1.8m)を見つけて暫し練習。 上りは順光なので、E233系快速が綺麗に撮れました。

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が、下りは逆光で残念です。 それでもE353系特急を撮ります。

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で、いよいよ本命の場所へ向かいますが、朝なので逆光甚だしい場所です。 とりあえずここで練習のため8000系特急を撮って本番に備えます。

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ということで本番! 8月15、16、22、23の4日間のみ運転される5000系の臨時座席指定列車「Mt.TAKAO」を撮るのですが、何と高尾山口駅到着前に、既に「回送」の表示に変わっています。 残念!!

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新宿からノンストップの筈なのに、高尾駅通過後直ぐに表示を変えたようです。 京王 さん、もう少し考慮してくれないかな、沿線で撮影しているファンのことを。

 

 

2020年8月15日 (土)

今日の一枚 No.72 +おまけの1枚

都会にも、長閑な空間がありました。 玉電、いやこの時既に世田谷線でしたが、70形に乗っている時は「玉電」でした。

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因みに向こうの車両は72なので、こちらの車両は71ということになります。

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冷房なんかありませんでしたが、天井の扇風機は大活躍。 走り出すと窓から爽やかな風が入って来ました。

 

2020年8月10日 (月)

今日の一枚 No.70

1974「(昭和49)年10月、京王永山駅。

京王帝都電鉄は10月18日、京王よみうりランド~京王多摩センター間の9.8㎞を開業しました。 開業の多分2日後にここに行っていたようです。 京王鉄道友の会製作の祝賀ヘッドマークを掲げた5865先頭の快速電車が、永山隧道を抜けてホームに滑り込みます。

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この当時の同駅乗降客数は7,000人/日程度だったのが、今では47,000人/日 と約7倍に。 ホーム上屋も短く、先頭(後部)2両程度には上屋なしでした。 46年経った今、上屋は先端まで延長され、右隣りの小田急多摩線の隧道も望めなくなっています。隧道上は 木々が大きく育ち、こんなにさっぱりした光景ではありません。 

2020年8月 2日 (日)

今日の一枚 No.68

今では電車の車体は殆どが銀色の素材、即ち鋼鉄ではなくステンレスかアルミニウムで造られていますが・・・。

日本初のアルミ車体として登場した‘電車’は、1962(昭和37)年に川崎車輌が西ドイツのWMD社のライセンスを受けて製造した山陽電鉄の2012。 翌年に日本車輌製造が、押出材を用いる独自設計で北陸鉄道6010系‘しらさぎ’が登場と、各社で車体軽量化と腐食防止の研究が加速しました。

相模鉄道では1967(昭和42)年に、日立製作所が製造したモハ6021を試験的に導入、ステンレスより白い銀色車体の正面貫通口部分を、警戒色として赤くしていました。 約4.5tの軽量化を実現し、後の2100系、5000系、7000系などに展開されることになります。

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当時、相模鉄道は6000系をMc(6000~)-T(6600~)-M(6100~)-Tc(6500~)の4連組成で増備していて、この6021は、末尾21のT、M、Tcと編成を組みました。 

写真は海老名駅で発車を待つ急行。 構内踏切のある簡素な駅だったのが、今では10両編成が発着する駅になっているのですから凄い変わり様です。

追伸;本カテゴリーに「鉄道(大手民鉄)」を加えていますが、当時の相鉄は「中小私鉄」に分類されていました。 相鉄の発展は凄いです。

★友人からの指摘で、本文を一部修正させて頂きました。

2020年7月21日 (火)

今日の一枚 No.62

前回取り上げたMD101形を履いた小田急2200形が履くのは、本来は平行リンク式軸箱支持の所謂アルストムリンク、
住友金属FS203形でした。 2200形はMc1-Mc2の2両固定8本の16両の内、15両はこのFS203でした。

後のWN駆動に変更して登場した2220形の後に増備された2217-2218は、2両固定ゆえに2200形と称していましたが、車体も下回りも2220形と同様で、台車はFS316となりました。

 

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台車枠は一体鋳鋼製、軸巨2,200㎜の直角カルダンドライブ。 このアルストムリンクの軸箱支持が、小田急では標準仕様としてステンレス製の1000形に至るまで使われることとなったのです。

すれまでのイコライザー式やゲルリッツ式といった吊り架け車に比べて、一段とソフトな乗り心地だったことを鮮明に記憶しています。

 

2020年6月25日 (木)

梅雨空の下のウォーキングはちょっと電車に乗って

ということで、駅の自動改札機にPASUMOをピッ!

向かった先は紫陽花を入れて電車を撮れる場所、ということで行き当たりばったり。 井の頭公園までの車窓を事前確認した後、浜田山で下りてみました。

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行き交う電車は細部の違いはあれど、どれも同じ1000系。 お顔の色が違うことは素人にもわかります。

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しかし肝心の紫陽花は、少々遅かったようです。

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しかし折角なので、沿線を歩くことにして、ここは神田川の橋梁。 

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さらに明大前まで歩き、井の頭線の前身、東京山手急行電鉄が将来に備えて複々線分構築した遺構を見物。

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左2線は、中野方面に向かう計画線だったらしい。

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紫陽花も終わりに近づいていたし、ちょうど某氏からのメールで、普段は見られない電車が走ると言うので、場所替えすることにして、京王よみうりランドで待ちました。

ホームに付いた時には先客2人、後からさらに2人。 ホーム先端は避け、10メートル後方で構えました。 もう少し左を入れたかったのですが左に振ると撮影者が入ってしまうので諦めました。

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近付いた位置でもう1枚。 若葉台工場での定期検査を終えた動物園線専用編成の回送でした。

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見づらいヘッドマークですが「キッズパークたまどうとれいん」となっています。

梅雨空の下のウォーキングは、浜田山~明大前、そして京王よみうりランド、11,600歩となりました。 某氏の情報提供に感謝です。

 

 

2020年5月27日 (水)

今日の一枚 No.29

実は、この手の電車大好きなのです。 残念ながら首都圏では江ノ電くらいしか近いものはありませんが。

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やばい、やばい、作りたくなって来ちゃうじゃないですか。 いくら Stay Home とは言っても、既にやることはたくさんあるのですから。

 

 

2020年5月25日 (月)

1970年初夏 相模鉄道2100系試乗会 1970年6月28日

斯様なタイトルで、ぼっちぼちの旅日記 に紹介された記事、とても懐かしくて同じタイトルで紹介させて頂くこととしました。 ぼっちぼちさまご了承ください。

ちなみにその節に撮ったOER3001氏撮影の小田急、その内の1枚はこれです。 海老名はまだ水田が広がり、田植えを終えた水面が綺麗でした。

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相模鉄道2100系の見学試乗会の折だったのですが、通常は車両基地内でこのような撮影をします。 当時の車両基地は確か相模大塚、その後かしわ台に移転するとは思ってもいませんでした。 この車両基地、かしわ台だったようです。 モハメイドペーパーさまからご指摘頂き訂正させて頂きました。

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この時は珍しいことに、電車好きの少女が参加されました。 そこで、2100系の前にお立ち頂き記念撮影。 綾小路きみまろじゃないですが、あれから50年、この少女はどんな女性になられたことか。

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同じネガにはこんなDBもありましたが、たぶん国鉄相模線に隣接する相鉄貨物線内に居たものではないかと思います。

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画像品質が悪く、社紋等が確認できないのが残念です。

いずれにしても50年前の記録はあっても、記憶が・・・。 残念なことです。

 

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