鉄道(地方民鉄)

2017年9月 3日 (日)

安曇野の保存車両

屋代線の廃止後、一時信濃川田駅に集積されていたはずの長野電鉄の旧型車両の一部が、安曇野に移動しているとの情報を得てから、このたびやっと会いに行くことができました。

松川村営の「安曇野ちひろ公園(53,500㎡)」内に2016年7月に整備された「トットちゃん広場」に、その電車は保存されています。

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保存されている2両は、手前がモハ604、奥がデハニ201となっています。

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そのモハ604、1927(昭和2)年に川崎造船所でデハ354として製造された車両で、1980年に廃車。 上田交通に譲渡されて電装解除、クハ1986年に里帰り、以来小布施駅の「ながでん電車の広場」に展示されていたものです。

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正面右下の製造銘板です。

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しかし、履いている台車には「昭和9年川崎車輌」との銘坂が。

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この台車、どうも上田交通で東急デハ3450形の台車と振り返られたようで、コロ軸受に改造されています。

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床下は上田交通で電装解除されたまま、制御機器類は一切取り払われています。

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川崎造船所製の特徴的なオデコ形状が印象的です。

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右側のデハニ201と連結され、爽やかな安曇野のそよ風の下、図書室として利用されています。 モハニ604なのにパンタが無いのが残念です。

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右側のデハニ201と同世代の車両ながら、両者の製造メーカーの違いによる特徴が良くわかります。

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デハニ201は後のモハニ131。

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床下機器もしっかり残っていて、模型製作の身には良い資料です。

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台車はボールドウィンA形を原設計として、汽車製造において製造された固定軸間距離2,134mm、車輪径864mmの形鋼組立形釣り合い梁式台車BW-A。

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汽車製造株式会社東京支店の銘板が確認できます。

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パンタは横型碍子の三菱S514あたりに良く似たタイプですが、このパンタ台、模型化には手間がかかる形状をしています。

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凛々しい正面がまたかっこいい!

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良く見ると、角部のステップのカタチ、これもなかなか模型化での表現は難しそうです。

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連結器胴受け部下に3本並んだ空気管、これも模型化しづらそうです。

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モハニ131の時代、スキーで志賀高原まで行く際に乗車した思い出の車両、荷物室内を確認することはできませんでしたが、こんな風になっていたのですね。

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モハ601と手を繋ぎ、綺麗に整備された気持ちの良い広場に展示されています。

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この地の冬は寒い。風雪に耐える保存には屋根をかけてやりたい気もしますが、屋根のないお陰で写真が撮りやすいというのは複雑な気持ちです。

2017年5月18日 (木)

「はつかりクラブ山形運転会」への道

「はつかりクラブ山形運転会」の会場、山形県東村山郡中山町いずみのひまわり温泉 ゆ・ら・ら」への往路は、50年来の友人‘きぬやまスカンク’さんのクルマに郡山から乗せてもらいました。

生憎の雨でしたが、途中の山形県東置賜郡高畠町で、旧・山形交通高畠駅に寄りました。

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立派な石積みの駅舎、風格があります。 この地域の名産、高畠石を使って建築登録有形文化財なのです。

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駅舎の奥にはプラットホームと線路跡。線路跡は芝生広場になっています。

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この一帯は「まほろばの緑道」として整備されています。

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保存されている車両に近付いてみます。 先ずはモハ1。 Wikipediaには次のように紹介されています。

電化の際に導入したオリジナルの小型車。日本車輌製造にてデハニ1として製造され、1959年西武所沢車両工場で車両更新を受けモハ1となった。

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その隣には有蓋貨車ワム201。 これについてWikipediaにも紹介されていないので詳しくはわかりませんが、2段リンク式で国鉄ワム90000形に似ています。

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その先には電気機関車ED1が。 山形交通前身の高畠鉄道が1929年電化時に川崎車輌で製造したものだそうです。

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これらの3両が連結されてプラットホームに止められ、雨避けの屋根が設けられています。 この屋根が無ければもっと良いのですが、より長期の保存に耐えるためには仕方ありません。

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雨降れど新緑が眩しい季節。 満開のつつじも鮮やかでした。

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山形交通高畠線、1974年の全廃前に訪れなかったことが悔やまれます。

2017年4月21日 (金)

ダイヤ改正前日

2017年4月20日、仲間との例会前に立ち寄った北千住の模型店。 

模型店で待ち合わせた東武ファンの友人から、この日をもって浅草には来なくなる列車が間もなく通ると聞き、早速踏切へ。 

先客は1名、後からもう1名。 友人とOER3001氏の目前に、16:50定刻にやって来ました。

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そしてゆっくり、踏切を通過して行きます。

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好きな車両のひとつだった6050系、この日は先頭2両は東武車、3、4両目が会津車、5、6両目が野岩車というのが出来過ぎな感じです。

思いがけない遭遇でした。 コンデジは常時持ち歩くものですね。

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OER3001氏製作の会津+野岩編成は健在で、これからも活躍します。

2017年4月11日 (火)

京浜急行の記録

先日、生憎の天気でしたが、登場時の塗装に戻した800系の試乗&撮影会に参加しました。 2017年3月26日のこと。 品川から向かったのは久里浜車庫。

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真正面も。ダルマと言われる筈です。

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800系は18メートル4扉車ですが、そもそも京急の18メートル4扉車は、この前の700系から始まりました。

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同じ場所、久里浜車庫で、出来立てピカピカの700系を撮影しています。 この日も品川から試乗してここへ。 ちょうど半世紀、50年前の1967年6月11日のことでした。

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ダルマではない正面も。

700系と800系、どちらも環境変化もさほど無い同じ場所で撮影できていることに感謝です。 京浜急行電鉄さまのご厚意で、素晴らしい趣味の時間を持てたことに感謝です。

2016年9月 8日 (木)

夏旅2016(その5)

第4章、夜間瀬の鉄橋の後はレンタカーを返却して、8500系で降りたところはここ。

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栗で有名な小布施です。

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訪れたのは栗ではなく、ここに設けられている「ながでん電車のひろば」。

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ここで保存されている2000系D編成の見学です。

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大切に屋根の下に2007-2054-2008の3両編成が収められています。

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安心していろいろ取材ができるので、仲間の一人は図面では判らないレール面から車体下面までの高さをメジャーで実測しています。 残念なことにこの電車は空気ばねで、その空気が入っていない状態なので実際は何ミリプラスになるのか?

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思う存分に2000系細部を調べた後は、駅を出てみます。

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余りの暑さに、栗ソフトクリームで涼を取ります。 これがまた実に旨かった。

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再び改札を入り、ふと駅事務室前に目をやると、なんと旨そうなピオーネが1パック300円。

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さらに豊水2個が200円、地元産こしひかり1㎏が300円。

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いやま、これは安い。 全部欲しかったのですが、ここから東京へ持って帰るには思いし傷むし・・・諦めました。

2016年9月 7日 (水)

夏旅2016(その4)

第3章は、いつか訪れて見たかった夜間瀬の鉄橋。

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飯山でレンタカーを借りて訪れました。 

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この区間は1時間2本、上下で4本の列車しか無く、極めて不効率な撮影地です。 台風10号一過の暑い夏の日、木陰に入って耐えます。 枝にダイヤをクリップして待ちます。

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先ずは山を下って来た「スノーモンキー」を。

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次は元営団日比谷線の3500系。 この区間には元東急8500系は入線しないので、各停はこの3500系だけです。

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既に秋を感じるこの時期、トンボが多量に舞っています。 (下の赤〇内)

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本命はHiSE、1000系です。 湯田中に向って30‰勾配を駆け上がって来ました。

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でも、やっぱり本当の本命はこの写真を撮りたかったのです。 夜間瀬鉄橋を渡る長野行「ゆけむり」を。

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およそ1時間強の滞在で、たっぷり日焼けしてしまったようです。 そして最後に集合写真。

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ゲストを交えて総勢5人、みんな満足気な顔しています。 (つづく)

2016年9月 6日 (火)

夏旅2016(その3)

安茂里からクルマで信濃川田を訪ねた後は第2章、長野電鉄乗車会です。 OER3001氏としては当然これです。

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特急・湯田中行き「ゆけむり」の乗客となります。

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この位置で撮影すると、新宿駅の9番ホームを思い出します。

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展望席を陣取り、ながの東急デパートで調達したご当地ビール「善光寺浪漫」を並べます。 3種類がありますが、だれがどれを飲むかはあみだくじで決めます。

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決まったら早速「カンパ~イ」!

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出発です。 新宿駅地下ホームを発車する雰囲気です。

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北陸新幹線高架橋を潜ります。

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柳原駅を通過し、千曲川に架かる村山橋を渡ると須坂市。 この村山橋は2009年に新装なった国道406号との共用で、6連のトラス橋と5連の鋼製桁橋から形成されています。

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「ゆけむり」はリンゴ畑の中、連続する勾配を心地よく駆け上がります。

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前方に迫る山は高社山なのでしょうか?

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湯田中までは乗車せず、信州中野で「ゆけむり」を見送りました。

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小型のバスで移動した先は、心温まる地元食材の手作り料理と、、、

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身が温まり過ぎるくらい熱~い温泉。

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深夜まで続く反省会でした。 (つづく)

2016年9月 5日 (月)

夏旅2016(その2)

第1章は安茂里からクルマ、目指した場所はここです。

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駅名の無い駅舎に入ると・・・平成6年10月15日改正との当駅発車時刻表が掲示されています。 

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ここは長野電鉄屋代線の信濃川田駅。 廃線後もそのまま残されて、代行バスの停留場になっています。

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ご丁寧にも運行当時の車両も駅に停車しています。

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大好きな2000系他の車両が保存されています。 が、保存とは言いながらも、そのまま置かれた状態で、風雨にさらされているので痛みも進むのが悲しいです。

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もっと痛みが進行しないうち、模型製作仲間諸氏とともに細部の撮影をします。

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うち一人は連結面のステップを注意深く上り、屋根上の撮影まで。

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3500系(元営団3000系)も置かれているのですが・・・

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ナンバープレーとは無い!

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社紋があった場所も・・・無い!

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床下機器でもブレーキ作用装置に取り付けられていた一部のパーツが外されている!

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どう見ても窃盗団の仕業です。

こういうのを目の当たりにすると、悲しくてたまらなくなります。

モハ1000形も保存されているのは嬉しい限りですが、被害が拡大することが無いことを祈ります。

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それなりに誰にも邪魔されることなく心行くまで取材できた場所、後にする前に全員で記念撮影。 

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次回訪れる時にも、保存車両に会えることを願っています。 (つづく)

2016年4月 2日 (土)

久しぶりに銚子電鉄

ポカポカ陽気に誘われて、銚子電鉄に向かいました。

何度も訪れていますが、今回は銚子から仲ノ町まで歩くことから始まりました。

昨年末に製作した京王帝都デハ2010形、四国は伊予鉄道で‘第二の人生’ならぬ‘第二の車生’(?)を過ごしてから銚子入り。‘第3の車生’を送っている2000系が居ます。

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隣には26日から就役した‘新型’3000系が休んでいました。

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車体は京王5000系ながら、制御電動車の台車は営団日比谷線3000系が履いていたFS510。東武の日比谷線直通用2000系が履いていたFS340です。

(取り消し線部分は友人の指摘で訂正しました。が、そもそもなんでFS510と書いてしまったのか? 営団日比谷線ということが頭に在って、本能的に営団の…と記してしまったのでしょうか。)

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制御付随車は日立KH-53Aで、京王時代からのものです。
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この日、日中に稼働していたのは2001-2501の1運用だけ。 2000系にはやっぱりグリーンの塗装が似合います。

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しかし良く見れば、この車両だけパンタはワンアームに交換されていて、何か不釣り合いな感じがします。

反対側クハ2501を先頭に、林を抜けて来ました。

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この5000系もどきの顔を付けたクハ、京王グリーンと銚子カラーどちらも不釣り合いな気がします。
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グリーンの2501には「感涙駅認定」なるヘッドマークガ付けらています。 外川駅が感涙駅認定されたとのことです。

その外川駅、結構見学者がいます。

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が・・・

駅を出て、反対側まで行って構内全景を観察する人などはいません。 こんなことをしていたら、次の電車は1時間後になってしまうのですから。

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駅前に立つ「ありがとう」と書かれた郵便ポストが、保存されている、というより放置されている哀れな姿の801とマッチします。 この郵便ポストは飾りではなくちゃんと集配されているのです。

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昭和の香りを楽しみながら、ここ外川駅から犬吠駅まで、キャベツ畑を横目に歩いてしまいました。

2015年8月26日 (水)

トントントントン日野の2トン

プールサイドで耳に入った水を・・・トントンして抜くコマーシャルが流れています。

「トントントントン日野の2トン」と。

あれれ!?

夏休みに訪れた上信電鉄。 前から来るやつ、あれ電車?  中央に見たようなエンブレム。

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目を疑って近づいてくるのを車内から凝視!

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中央は日野自動車のエンブレムではないですか!

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日野自動車のエンブレムと、右には「HINO」のロゴまで。 いや、この車両にフィットし過ぎな感。

トントントントン日野の2トン

群馬日野自動車のラッピングになったクモハ6001編成でした。

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