鉄道(地方民鉄)

2020年11月29日 (日)

大雄山へ

開成でクヤ試運転の撮影後は小田原まで足を伸ばし、久しぶりに大雄山線に乗ってみることにしました。

20201127_1008_15

発車を待っていた電車はこれ、5005(Mc)-5006(M)-5503(Tc)という編成です。

20201127_1010_15

ヘッドマークを掲げていますが、それはこれ。 伊豆箱根鉄道グループが100周年だそうです。

Photo_20201128150901

驚いたのはその大雄山線の「0」キロポストは車止めの位置に立っていて、駅中央では無いのです。 何度か訪ねている大雄山線でしたが、これまで気づきませんでしたし、もしかして全国的にも珍しいのでしょうか?

20201127_1009_15

終点の大雄山駅まで乗り、駅構内を見渡せる踏切に回りましたが、折しもそこに下り電車が入線してきました。

20201127_1027_18

興味があったのはここに止められているコデ165でした。 パンタは下ろされていても、全貌は綺麗に見ることができました。

20201127_1021_18

向こう側にも回り、ちょっと民間の駐車場から撮らせて頂きました。

20201127_1031_18

全車両がステンレスの5000系になった今の大雄山線ですが、OER3001氏の思い出は所謂17メートル旧型国電ばかりだった頃。 写真を探していたら165ではなく153のカラーがありました。 まだ架線電圧が1,500Vでは無かった1971(昭和46)年11月、大雄山駅構内での撮影です。

19711107_0010

このモハ153の元は国鉄クモハ11 499で、同じ国鉄からの譲受車クハ16 525、クモハ11 462から転じたクハ182、モハ156と3連を組んでいました。

現存のコデ165は、純粋な国鉄からの譲受ではなく、架線電圧昇圧後に譲受した相鉄モハ2024なのです。

いかん、いかん、旧型国電に想いを寄せては。 また作りたい題材が増えてしまいそうで・・・。

 

 

 

2020年11月25日 (水)

大井川鐵道を訪ねて

今や大井川鐵道と言えば、きかんしゃトーマスを模したSL列車で有名ですが・・・、

50年前の年の暮れ、趣味界の大御所にお声掛け頂いてご一緒したことが良き想い出です。 こんな“新車”が搬入されたと聞いてのことでした。 前照灯がカッコイイですよね。

19701227_0132__15

最大の特徴は寸又峡温泉への誘客のためか、車体に描かれた色っぽいイラスト。 

19701227_0120__15

いつか、これを模型製作するかも知れないと思い、一通りの写真を撮っておきました。 大鐵では海、山ではなく何と呼ぶのでしょうか、こちらは金谷に向かって左側。

19701227_0127__15

こちらが金谷に向かって右側です。 

19701227_0119__15

台車はD-18。

19701227_0124__15

このモハ310、クハ510と組んだ2両編成ですが、名鉄3800形を譲受して改装したもので、なかなか好ましい姿でした。

19701227_0115__15

オール転換クロスシートで、大井川を眺めながら走ることになるのですが、残念ながら営業列車には乗らず仕舞いでした。

19701227_0130__15

しかし模型的には実に好ましい電車だと思っています。 我が社の工場は満杯なので、この電車に取り掛かることは叶いそうにありませんが。

 

 

2020年10月30日 (金)

箱根登山鉄道崩落箇所

10月24日に取り上げた箱根登山鉄道の災害復旧状況ですが、災害前に撮影していた画像が見つかりました。 1994(平成6)年7月24日の記録です。 強羅行きが登って来て、ここ蛇骨橋近くの石積みのような橋脚にガーターブリッジが架かる、半径30m曲線にさしかかります。 

19940724_0320_15

復旧工事ではこの橋脚を確認できる場所まで近づけませんでしたが、何らかの影響があったのではないかと思っています。 右手にカーブを曲がり、電車は木立の陰に隠れて行きました。

19940724_0321_15

スキャニングを進めているネガフィルムから見つけた次第ですが、フィルムはかなり黄変したものが多く困っています。

 

 

 

2020年10月25日 (日)

3線軌道

箱根登山鉄道の起点は小田原なのに、小田原から箱根湯本までは箱根登山鉄道の車両は走っていません。 

輸送力増強のため、同区間は新宿からの特急ロマンスカー以外の普通列車には小田急の1000形4両編成が、ベルニナカラーを纏って走ります。 いつしか1,435軌間も外されてしまい、箱根登山鉄道の車両は走ることができませんが、鉄道知識の浅い一般乗客は、赤い車両だから登山電車だと思っているかも知れません。

標準軌1,435㎜の箱根登山車両は、箱根湯本の一駅手前、入生田の車庫から強羅までしか走れなくなってしまいました。

箱根湯本から小田原行きの1000形に乗車、前方を注視します。 ここ入生田までは1,435㎜軌間と1,067㎜軌間の3線で、ベルニナカラーの1000形が待っている下り線は1,067㎜軌間です。 

20201021_0072_15

1,067㎜軌間の小田急車は車庫線には入れず真っ直ぐ進み、安全側線の分岐器から1,067㎜区間に侵入します。

20201021_0073_15

車庫線に向かう1,435軌間、早速待ち受けるのは、狭い構内を有効に使うために設けられたダブルスリップなのですね。

20201021_0075_15

ダブルスリップと言い3線分岐器と言い、箱根登山鉄道の軌道はなかなか面白いです。

 

 

2020年10月24日 (土)

箱根登山鉄道災害復旧状況

今回の箱根登山鉄道訪問の最大目的は、2019年台風19号で甚大な被害を受け、今秋の運転再開を目指して急いでいた復旧工事が、地元の協力などもあって予定より早く、7月22日に運転再開となった現地を見ることでした。

箱根湯本では最後部に乗ります。 次駅の塔ノ沢駅を後にします。

20201021_0003_15 

勾配のトンネルを抜けると、出山鉄橋を渡ります。 1888年に建造され、東海道線富士川に架けられていたものを移設した旨、車掌さんが肉声でガイドしてくれました。

20201021_0004_15

出山信号所で最初のスイッチバック。 これまでの最後部が最前部に変わりました。 いざ、80‰を登ります。

20201021_0008_15

このトンネルを抜けると大平台駅。 そこでは2回目のスイッチバックです。

20201021_0010_15

上大平台信号所で3回目のスイッチバック。 山から下りてきた箱根湯本が到着すると、再び80‰勾配を登ります。

20201021_0012_15

宮ノ下駅でアレグラが下りてきたのを待って出発。 この後、災害現場を通りますが、動画撮影に切り替えたため、データ容量の制約からブログではご紹介できないのが残念です。 

20201021_0013_15

小涌谷駅で下車、宮ノ下駅との間の被災現場まで歩くことにしました。

20201021_0039_15

改札を抜けた目の前には、昨年の被災直後の状況から、復旧工事の様子が写真で紹介されていました。

20201021_0038_15

箱根駅伝で有名な踏切は、流れてきた土砂で埋まりました。 とりあえず鉄道は復旧しましたが、踏切の下方では関連工事が行われています。

20201021_0040_15

最大の被害がここ、蛇骨橋の上、半径30mの急曲線箇所の線路が路盤ごと流失しました。 かなりの大工事が今もなお進行中です。 クレーンの先に確認できる鉄骨の建造物は、路盤より高い位置。 線路向こうの傾斜面補強工事のために構築したものでしょうか。

20201021_0042_15

電車が走る位置は「清水建設」の背後、左方の木々の間から見える赤いのが電車です。

20201021_0047_15

カメラを左に向ければこの通り。

20201021_0043_15

暫しこの大工事の様子に釘付けになってしまいました。 森林の中を歩き、宮ノ下駅近くまで来たら、ちょうど強羅行きが登って行きます。 行き先表示にはハロウィンのカボチャも。

20201021_0054_15

この場所でちょっと撮影を楽しみました。 アレグラ3000形とアレグラ塗色のサンモリッツ2000形が交換しました。

20201021_0062_15

こうして電車は元のように走り出していますが、沿線では今も未だ数カ所で、様々な工事が進行していました。 険しい山間地であるので、鉄道の維持にも多大な労力がかかるのですね。 観光客らに温かく親切に接する社員たちのホスピタリティに触れることができ、なんだかとても良い気持ちになれました。

 

 

2020年10月23日 (金)

箱根登山新車搬入

ずっと行ってみたかった、昨年の台風19号の被害から運転再開後の箱根登山鉄道。 秋らしい晴れとの予報を聞いて急遽、出かけることとしました。

被災した場所についてはまた、ということにして、強羅では搬入されたばかりの新車を見ることができました。

20201021_0019_15

フロントガラスには製造所のブランドロゴ、まだ台枠下部覆いは未装着です。

20201021_0020_15

駅の外からはあまり近づくことはできませんでしたので、構内に再入場しました。 側窓、扉全てがクラフト紙で覆われていて、室内を見ることはできません。

20201021_0024_15

側窓には、正面と同じブランドロゴに加えて貨物の送り状が貼られていました。 10月16日に兵庫を出た、富士までの甲種貨物だったことが解ります。

20201021_0026_15

連結面部も確認しました。 左が3103,右が3104となります。

20201021_0027_15

プラットホームからでは2両編成の全景を納めることはできません。 やむを得ず3104の全景をなんとか。

20201021_0025_15

この新車両が稼働するようになると・・・、残念ですがまた旧型車が置き換え歯医者になるのでしょう。

 

 

 

2020年10月16日 (金)

富山地方鉄道14753

富山地方鉄道は地元では「地鉄」と呼ばれていますが、「chitetsu」のことではありません。

そこに、以前から気になっている電車がありました。モハ14753。

19750809_021411__15

1943(昭和23)年に4両が日本車輌で製造された、いわゆる運輸省規格型電車です。 従って、小田急の1900型とよく似ていたことから惹かれたのかも知れません。

19750808_021211__15

ところが1989年に出張序でに訪れた際に出会った同車はご覧の姿になっていました。

19890518_151302__15

前照灯の位置、仕様を変え、塗色も変わりました。

最初にこの姿に出会っていたら、あまり惹かれなかったかも知れません。 

 

 

2020年10月 3日 (土)

今日の一枚 No.82

一年前の10月3日、溝の口駅で電車を待っているときに撮った一コマ。

20191003_0005_20

大井町線の9000系が、引き揚げ線に向かう折、ちょうどやってきたのは営団8000系。 今は東京メトロですが、この車両が生まれたときは営団。 まもなく引退とのことで、こうした日常のあたりまえだった光景も、時代とともに確実に変化して行きますね。

2020年9月27日 (日)

今日の一枚 No.81

阿字ヶ浦でのときわレール倶楽部鉄道模型合宿運転会参加で訪れたひたちなか海浜鉄道、30年前の茨城交通時代の画像がありました。

19900715_162001__15

勝田駅に停車したキハ223、羽幌炭礦鉄道から来た車両だ。 後に羽幌炭礦鉄道時代の臙脂に白帯塗装になって活躍していたのが懐かしい。

 

 

2020年9月26日 (土)

ひたちなか海浜鉄道

ときわレール倶楽部の鉄道模型合宿運転会参加を前に、会場近くのひたちなか海浜鉄道を訪ねてみました。

この日、最初にやってきたのがこれ。

多分、自社発注の3710形だと思うのですが、広告ラッピングされ、車番を確認できません。 が、HPを検索したらキハ3710-01だそうです。

20200920_1004_15

本来はこんな魅力的な軽快気動車だったのに、会社経営のためには広告収入を得ざるをえない事情がなんとも悲しい。

Img_kiha3710(同社HPより引用)

 

次にやってきたのはJR東海から譲渡されたキハ11-5。

20200920_1009_15

すっかり色褪せたようで、寂しさを感じざるを得ませんでした。

終点の阿字ヶ浦から国営ひたち海浜公園への延伸計画を持つ同線、休日には那珂湊界隈の交通渋滞も甚だしく、鉄道利用客争奪の希望も持てそうです。

がんばれ湊線!

 

 

フォト
2020年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

他社線ご案内

無料ブログはココログ