鉄道(地方民鉄)

2020年7月13日 (月)

今日の一枚 No.57

九州、岐阜と、線状降水帯の影響による豪雨で、多くの被害が出ていることに心が痛みます。 50年に一度なんて言う表現、ここのところ毎年のように耳にしています。 昨年もありました。 その度に各地で鉄道や道路が長期にわたって不通となります。

昨年は台風19号による土砂崩落で、長期にわたり運転できなかった箱根登山鉄道も、復旧工事が予定より早く完了し、7月23日に全線開通させるとの発表がなされています。

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早川に架かる出山鉄橋を渡る姿、楽しみです。 どうかまた、災害が起こらないことを祈るばかりです。

2020年5月21日 (木)

今日の一枚 No.27

緊急事態宣言も解除されつつあるとは言えど、まだまだ移動制限をきたしています。

コロナとは別の移動制限がここ、現上田電鉄の千曲川橋梁。 昨年の台風19号の豪雨で流失しています。

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1980年の夏休み、家族で別所温泉に行った際、小さい我が子を妻に預けて暫しこの鉄橋で撮影したのでした。

丸窓電車のモハ5252が、轟音とともにこちらに渡って来ます。 この情景に興奮して切ったシャッターでした。 思えば良くこんな近くまで近寄れたものです。 

再びここに電車が通ってくれる日が来ることを祈るばかりです。

2020年5月13日 (水)

今日の一枚 No.24

前回は廃線となった新潟交通を取り上げたので、再び新潟交通電車線を。

こちらは24年後の1999年3月の木場駅で交換するモハ19(右)とモハ11(左)。 前回の関屋分水路を渡るモハ19の行先は東関屋。 東関屋から県庁前(その後に白山前と改称)までは廃止されています。 一方モハ11の行先は月潟。 月潟から燕までも廃止されています。

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残っていた東関屋から月潟も、この後廃止されてしまいました。 懸命に頑張っていたのに、時代の変化とは言え残念なことです。

 

2020年5月12日 (火)

今日の一枚 No.23

今回も廃線から、新潟交通電車線を。

まだ県庁前から燕までの全線が営業されていたとき、信濃川の関屋分水路を越える元小田急のHB車です。 日車標準車体で更新されたモハ19に押されるクハ48ですが、小田急デハ1412が電装解除されたものです。

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小田急の香りを求めて訪ねたこの地、この電車が来たときには身震いした記憶が蘇りました。

 

2020年5月11日 (月)

今日の一枚 No.22

新規感染者数の発表で一喜一憂しつつも、なかなか終息しない新型コロナウイルスの感染。 外出自粛が解除されたら・・・、またここへも行きたいです。

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たまにはこんな写真もと、この日は片瀬白田駅から海岸に下りて、岩場を注意しながら進んだっけ。

100系が元気に活躍していた時代が懐かしい。

2020年5月 9日 (土)

今日の一枚 No.21

廃線の話題に触れたので、ついでながらこれにも触れておきましょう。 三菱石炭鉱業大夕張鉄道の大夕張駅、DL55という形式の、国鉄DD13に良く似た機関車が、カラの無蓋貨車を繋いで停車中。 雨上がりのため水たまりが。

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この機関車の車体表記が「DL-55 NO.2」、まるで石炭鉱業会社の資産台帳そのままのようで滑稽です。 

1897年に廃止されました。

2020年4月23日 (木)

今日の一枚 No.10

テレワークなんていうモノが推奨されていますが、1979(昭和54)年当時はそんな環境はありませんでした。 お陰で結構な頻度で全国主要都市への出張の機会に恵まれ、その度に撮り鉄を楽しんだものです。

ここは西鉄福岡~薬院間。 この踏切を通過して直ぐの名も無き川をガーターブリッジで越えたら右カーブしつつ勾配を上がり、西鉄福岡駅となる場所。 ここにOER3001氏が務めた会社の九州拠点があったもので、ここへの出張の度に、現地社員に見つからないようにして撮影したものです。 右方に小さくブランドロゴが見えています。

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この頃の西鉄は、落ち着いた雰囲気で好感が持てました。

この600形は、小田急HE車のような経済性重視の設計で、実用的で均整がとれたスタイルでしたが・・・、その後の塗色変更や改造で、だんだん好みから遠ざかっていった感じがします。

 

2019年11月16日 (土)

台風19号の爪痕

地球温暖化の影響で、天候が極端になっています。 冬は低温と大雪、夏は高温と台風。 その台風19号は、各地に土砂崩壊や洪水を起こしました。 箱根登山鉄道の箱根湯本~強羅間は、軌道流失などの影響から運休が今も続いています。 復旧には一部区間の線路付け替えなども検討されているとか?

株主優待乗車券の消費を兼ねて、ちょっと現地に行ってみました。 小田原~箱根湯本は箱根登山鉄道の路線ですが、1,067㎜区間なので小田急の車両で運行します 。 写真は入生田、右手に箱根登山鉄道の車両工場があるため、ここから先は1,435㎜との3線区間。

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しかし1,435㎜ゲージの線路(左端)は電車が走っていないので赤錆びです。

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箱根湯本駅に進入しますが、光っているのは小田急車が走るところのみ、悲しいです。

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登山線ホームには1001Fの3両編成が止められたまま。

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「祝・100周年」のステッカーがなんとも悲しい。

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箱根湯本駅を出て直ぐ80‰ですが、線路は赤錆び状態。

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箱根湯本駅の側線にも、アレグラ3000形他が止められていました。

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左手の道を上がると、屋根上の観察ができます。

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使われない車両がどこに保管されているのか確かめたく、塔ノ沢駅まで歩いてみました。

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廃線跡ではありませんが、赤く錆びた線路はなんとも虚しいです。

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帰りに入生田車庫内を覗いてみたらご覧の通り。 アレグラ、サンモリッツ、旧型車、ベルニナと、全形式が納められていました。

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残る車両は強羅なのでしょうが、代行バスには乗らなかったのでまた後日、確認することにしたいと思います。

 

 

 

2019年3月 9日 (土)

3線分岐器

ここのところ何かと多忙で、なかなか模型に取り組む時間が取れません。 傍らではある事情からフィルムのデータ化を進めていてます。 そんな中からこんな画像を。

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模型の線路配置では大いに役立つ3線分岐器を間近に観察できる機会がありました。 ここは叡山電鉄修学院車庫。 2001年の秋、叡山電鉄関係者とのご縁から訪問させて頂くことができました。

限られた土地を有効に活用する線路配置がなされています。 また珍しいレールも発見。 クロッシング部分から右方向のレールは40㎏/mのものでしょうか。 それに比べて左側は細い37か30㎏/mのものが使用され、特殊な接続が行われています。

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お陰様で構内をゆっくり観察でき、構内に佇む720形や

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本線を行く810形、

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さらには奥に仕舞われた600形

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など、落ち着いて観察、撮影することができました。

この翌日は大阪での仕事、出張を有効活用しての、実に良い思い出です。

2019年2月15日 (金)

雪かき

寒い日々が続きます。 寒いとは言え 昨年などはかなりの降雪だったのに、今年の東京には雪が積もりません。 そこで・・・、ラッセル車を引っ張り出してきて、ちょっと遊んでみました。

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ラッセル車と言えば蒸気機関車が押す光景が一般的ですが、電気鉄道だった新潟交通ではモワ51がその任についていましたね。 今はもう見られない光景、模型で楽しんでいます。

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