鉄道(海外)

2020年11月12日 (木)

美しい街路樹

木々が色づいて綺麗なこの季節、1980(昭和55)年のZürich(チューリッヒ) Bahnhof Straße(バーンホフシュトラッセ:駅前通り)の並木を思い出します。 奥の重厚な建築がスイス国鉄のチューリッヒ中央駅。 その前からのこの道路は路面電車と歩行者専用という素晴らしさです。

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初めてこの地を訪れたのは1979(昭和54)年の夏でした。 僅かな夏休みを利用して駆け巡ったヨーロッパ鉄道の旅での一コマ。 ここはスイスの中心都市なんだなと感じさせる国旗が、電車道の上に飾られて居たのが記憶に残ります。

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人々は電車道を行き交い、お洒落な店舗や飲食店を楽しんでいました。

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翌年の晩秋に再訪問したら、青々と茂っていた街路樹はすっかり黄色になっていました。

こんな素晴らしい電車道が、日本でもあったら良かったのに・・・ね。

 

 

 

 

2020年10月14日 (水)

鉄道の日とクロード・モネ 

1872(明治5)年10月14日に、我が国初の鉄道が開通したと言うことから鉄道記念日となっていたのが、いつの間にか「鉄道の日」に変わっています。

一方、印象派を代表する画家、クロード・モネ(Claude Monet1840.11.14~1926.12.5)は、パリのサン・ラザール駅(Saint-Lazare)を何枚も描いています。

1280pxla_gare_saintlazare__claude_monet(Wikipediaより引用)

この絵が気に入っていたOER3001氏は、パリにいった際どうしてもここを見たくなって行ってみました。屋根の雰囲気は絵が描かれた1877年から100年経っても変わっていません。

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先端に行ってみました。 行き交う列車は2階建ての通勤列車やステンレスの電車に変わっていますが、100年前の香りはそのままです。

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ホーム先端の向こう側には、ヨーロッパ橋と名付けられた道路橋が掛かっています。 それを描いた数あるモネの作品の一部がこれ。

Le_pont_de_leuropegare_saintlazare__1877(Wikipediaより引用)

この橋にも回ってみました。 アングルは違いますが、橋の向こうのビルは同じですね。

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100年前に既に、このパリの街並みができていたと言うことに驚きました。

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立派なサン・ラザール駅、陽の長い夏空の下、堂々としていました。

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クロード・モネの足跡を辿ろうとしてみたこの日、大満足した後は、読めないメニューと格闘しつつ、解っていても英語を知らぬふりするウエイターに必死で注文した夕食タイムとなりました。

 

 

 

 

2020年10月13日 (火)

あらためてLSEについて

1980年に訪問した、軌間1メートルのルツェルン・シュタンス・エンゲルベルグ鉄道(LSE )について取り上げたいと思います。 

チューリッヒで朝を迎えたOER3001氏は、家内の友人の友人であるスイス人・ヨーゼフさんのご厚意で、彼のクルマで山岳リゾート地であるエンゲルベルグに連れて行ってもらいました。

既に雪が降って気温は2,3℃だったのではないかと思います。街中で彼を撮ったとき、時計は12:45を示しています。 サウザーと発音していたように思いますが、ワインになる直前という実に旨いグレープジュースとともに昼食。 暫し街歩きを楽しみました。

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本来ならまた彼のクルマにと言うところなのですが・・・、これを目にしてしまったOER3001氏は「あれに乗りたい!」と我が儘を言ってしまいます。  この建物の右側が、ホテルを併設した駅となっています。

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快く我が儘を受け入れてくれたヨーゼフには、麓のルツェルンで待ってもらうことにして、晴れてLSE乗車となりました。 プラットホームには3両編成が停車していて、山の上方向は1,2等合造制御付随車です。

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中間に2等車

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先頭が制御電動客車

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なのですが、これが凄い。 真横から台車を観察しました。(画像クリックで拡大できます)車輪間にラック用の歯車が見えます。 LSEの最大勾配はラック区間で261‰、粘着区間で56‰というのだから驚き。

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こんな運転台で操るのです。 見たかったけど、OER3001氏が買った乗車券は生意気にも1等なので、最後部車両のため走行中の様子は見られませんでした。

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生憎天候が悪化、暗くなってから走り出しました。 幸いにも乗客が我々以外に居なかったので、寒い中窓開けて撮れました。

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後ろを見れば、下ってきた勾配の急な姿が確認できます。

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先頭車両が立てる音が僅かに聞こえてきました。 行く先もラック区間が続きます。

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箱根登山鉄道を思い出す光景ではありませんか。

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下りてきたここが、どうも最大勾配261‰区間だったようです。 Obermattという場所のようです。

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粘着区間に入って何度か斯様な交換を重ね、終点ルツェルンまでの1時間弱を楽しみました。

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こんな魅力的な鉄道に出会って興奮、再訪の折には山に向かってみたいと思っていたのですが、LSEは今、スイス国鉄の メーターゲージ、ブリューニック線を譲受してツェントラル鉄道(Zentralbahn )と名前を変えているとのこと。

そして、オーバーマットー グリューネンヴァルト間にあった261‰区間の勾配緩和と所要時間短縮、輸送力増強を図るために、全長4030m、最急勾配105‰のエンゲルベルグトンネルの新線に移行したようです。

少々魅力低下したようですが、機会あれば再訪したいものです。

 

2020年10月11日 (日)

LSE

正面に大きく「LSE」と表示された赤い電車。 

ここはスイス中央部の代表的山岳リゾートであるエンゲルベルク(Engelberg)。 カペル橋で有名なルツェルン(Luzern)から出るこの鉄道の終点が、ここエンゲルベルクです。 途中シュタンス(Stans)という街を経ていることから、車体側面には大きく「Luzern -Stans -Engelberg 」と書かれており、まさに「LSE」なのです。

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我が国の「LSE」はこれ、小田急の7000形ロマンスカーです。 スイスの「LSE」に乗った1ヶ月後、12月27日から小田急「LSE」の運用が開始されました。

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どちらも魅力あふれる電車でした。

 

 

2020年10月10日 (土)

MünchenからZürichへ

突然ですが、1980年初冬の想い出から。 11月3日、Münchenから鉄路、Zürichに向かいました。 München H.B(中央駅)から急行列車だったと思います。 プラットホームの時計は13:50を指しています。

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ゆっくりホームを離れます。

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と、窓からカメラを構える小生に、手を振って見送ってくれる方がいらっしゃいました。 が、実は小生より前の車両に乗った人を見送っていたのでしょうね。

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ホームを離れる頃、隣のホームには、独特のブルーとクリーム色を纏ったスマートな111形電機がオーストリア国鉄のオレンジ色の客車を牽いて、発車を待っていました。

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小生が乗った列車は徐々に加速、München中央駅を過ぎる頃、オーストリア国鉄1044電機と西ドイツ国鉄103電機が並んで止まっていました。

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中央駅からかなり離れた頃、ICのスマートな電車が留置されているのを見て感激。

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3複線プラス線?の7本の線路が並ぶ区間、架線ビームが日本とは違い、視界があまり遮られません。 DD54のようなディーゼル機関車の重連の列車は、ぐんぐんスピードを上げます。

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オリンピック電車として名が知れた403系電車と併走です。 München近郊で活躍する403系は、窓周りが紺色。 当時輸入されていたレーファ(Rëva)製模型で見ていた通りではありませんか。

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何分乗ったでしょうか、非電化の途中駅で、ワインレッドにクリーム色のストライプ、レールバスの3両編成に出会いました。

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11月3日でもこの地は既に雪が舞う寒さ。 どこの駅だったか忘れましたが、この駅の時計は14:42を示していますので、Münchenから1時間弱の場所です。

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すっかり冬景色となった長閑な地を、DL重連の急行列車はぐんぐん進みます。 非電化であっても線路は路盤が厚く整備された複線で、のり心地は抜群でした。

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コンパートメントの上段窓を下げ、心地よい冷気を浴びて、列車旅を満喫した想い出。 写真整理していて一部は蘇りますが、なかなか全ては思い出せなくて・・・(涙)。

 

 

追記;

ここまでをご覧になったぬか屋さまから「社会主義国の匂いがするトラムが走っていた」とのコメントが寄せられ、自由主義国西ドイツバイエルン州なのになぜ? って伺ったところ、次の画像が別途送られてきました。

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なるほど、そう言われてみれば・・・。

OER3001氏はこの車両には出会いませんでした。 OER3001氏が記憶していたのはこの、多分デュバーグの電車でした。

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あれから40年、東西ドイツの統一から30年たった今、どんな待ちになっているのでしょう。 確かめたくもコロナ禍ではなかなか行くことができません(涙)。

 

 

2020年7月 4日 (土)

今日の一枚 No.53

ボストンで気に入っていたのは、グリーンラインと呼ばれる路線で活躍していたボーイング・バートルが製造したUSSLRV(US Standard Light Rail Vehicle ) です。 一部仕様は異なるものの、基本的にはサンフランシスコのMUNIと同じ車両です。 

ここは確かボストンカレッジ、一流大学が集まる学生街です。

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スマートで気に入っていたのですが・・・、側扉、バッテリー、空調装置など様々な機器の故障続出から不評を買い、特にここボストンでは訴訟騒ぎとなったらしい。 

結局今では完全に消滅し、近畿車輛製の新型車両が導入されているとのことです。

自国第一主義のTさんが、バイアメリカンを唱えるが、鉄道車両においてはこの時からアメリカは良いものを作れなくなっていたのかも知れません。

 

2020年7月 3日 (金)

今日の一枚 No.52

この「今日の一枚」シリーズで取り上げる画像は、何の規則も無く勝手気ままに選択しています。 今回は再びボストンに。 ボストンへは3回行きましたが、これは3回目の1988年です。

マサチューセッツ工科大学やハーバード大学を見学した帰路、徒歩でチャールズ川に架かるロングフェロー橋を渡ってみたのですが、大阪の地下鉄御堂筋線を連想する、道路中央に第三軌条の鉄道が通ります。 レッドラインと言うので車体下方は赤。

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とにかく出張で行くと、なかなか一人で気ままに歩き回れる機会が無く、この時は貴重なひと時でした。 チャールズ川の向こうに沈む夕日がきれいだったことを思い出します。 11月頃だったのか、正確な期日も記録が無く残念です。

 

2020年7月 2日 (木)

今日の一枚 No.51

1988年エドモントンの思い出、もう一つは無軌条の電車(トロリーバス)です。 鉄道ファンであるOER3001氏としては、無軌条を鉄道として扱うのは如何かとも思いますが・・・。

ダウンタウンの目抜き通り、ジャスパーアヴェニュー他に路線がありました。

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なのに・・・、ここでもトロリーバスの使命は終わったようで、廃止されてしまったようです。 残念ながらその詳細を知ることはできませんでした。

2020年7月 1日 (水)

エドモントンで見た CN と VIA

前回の「今日の一枚 No.50」で取り上げたエドモントン(カナダ・アルバータ州)のダウンタウンを歩いていて見つけた駅、たった1本の低いプラットホームが伸びていますが、本当にここが駅なのかと思う光景に驚きました。

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その広い構内に、車両が留置されていたので、これらを見ない訳には行きません。 青い車両ばかりですが、赤い帯ののと黄色い帯のが居ます。 赤いのは「CN」と標記されています。 物凄く背高のこの車両、貨車ではないようです。 標記を見ると何か業務用の車両のようです。

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その向こうに繋がっているのはこれ。 マロネ41を思い出す姿です。

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こちらは黄色いので「VIA」です。 屋根の排気口が、日本なら限界オーバーと言う感じです。 スチームが出ているので稼働車であることは間違いありません。

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衝撃だったのがこれ、スイテ?ではありませんか!

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本で見たような、憧れが今、目の前にあるのですから。 これは特別車両なのか定期列車なのか、さっぱりわかりません。

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この車両にも限界オーバー(笑)の排気筒があります。

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向こうにいるのは一部2層式の車両なのでしょうか。

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その連結部はこんな感じ。 まさに今、出庫準備中と言う感じです。

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これらが停車している向こうのビルが、CNタワーと呼ぶ高層ビルで、今もGoogleMapで確認できますが、この場所からは線路は撤去され、再開発されたようです。

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電源車のような車両が編成の中間に入っていますが、接客サービス用の業務用車両なのでしょうか。

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こちらは別線に留置されていた2両、個室式の車両のようです。

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やたらと限界オーバーの排気筒が多い車両はダイニングカーなのかな?

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台車も日本とはだいぶ異なる重厚な構造でした。

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北米大陸の鉄道知識がほぼ皆無ながら、昔絵本で見たような車両に出会い、興奮したひと時でした。

これらに関する知識をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示頂けたら幸いです。

 

 

2020年6月30日 (火)

今日の一枚 No.50

本日はこの一枚。 「CN」と表示された高いビルが建つのはカナダ、アルバータ州のエドモントンという地です。 カナダ国有鉄道(当時)のビルですが、本社ではありません。 本社はケベック州モントリオールだそうです。

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エドモントンを訪れたのは1988年のこと。 郊外にある巨大なショッピングセンターの視察が目的でしたが・・・、そこのホテルを抜け出してタクシーでダウンタウンに向いました。 手探り状態で歩き回って見つけたこの場所、既に晩秋に近く、結構寒かった記憶がありますが、駅構内には誰も居ない。 

この画面奥の左右に留置してある車両が気になります。 その模様は追ってご紹介することにしましょう。

 

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