鉄道模型(国鉄・JR)

2020年1月 6日 (月)

暖かな冬の陽射しを浴びて

暖かな冬の陽射しを浴びてやることは・・・、塗装です。 前日の夜仕事としてマスキングを終えていた車体が、新聞紙で覆われたベランダで日差しを受けます。 何と青い空だろうか。

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ぶどう色2号を吹きます。 勿論「百万人のハンドスプレー」で。 ちなみにこの車体が載っているのは何年も前に作った‘特製塗装台’で、6両分がセットできます。 歴代の製作車両に塗った色が漆のように重ねられていて、趣があります。

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青空にかざしてみました。 いい光沢です。

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マスキングを剥がしました。 塗装はこの瞬間が楽しいのですが、時にはがっかりすることもあります。 今回も何カ所かタッチアップが必要です。

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余りに温かい好天なので、調子に乗って屋根も塗ってしまうことにしました。

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マスキングを剥がしました。 どうにか見えるようになってきました。

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ここまで来れば実感が沸いて来ますがが、天気が崩れてもできる作業がまだまだたくさん残っています。

 


 

 

2020年1月 3日 (金)

〇〇始め

新しい年になって最初に書くことを「書初め」、何かを開始すること「〇〇始め」などとと言いますが・・・。

OER3001氏は「塗り始め」とでも言うのでしょうか、塗装から2020年の模型製作を開始しました。 好天に恵まれて暖かな昼、ベランダを新聞紙で覆って開始。 クリーム色を吹いただけでこの日は終わり。 しっかり乾燥させてからマスキングを行います。

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本当はこんなものではなく大物が控えているのですが、三が日だけに軽くちょっとといったところで中断します。 さて2020年は何両完成させられることでしょう。

 

2019年11月30日 (土)

新たな仕掛かり-その後

しばらく他のことで忙しくしていましたが、ここまで進みました。

雨樋、シル・ヘッダーを付け、教務員室扉、側扉に靴摺を付けて、特徴的な3灯の前照灯を付けました。

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反対側面に側扉はありません。

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床板は未着手。 いろいろと考えることがあるので暫く手を付けられません。

 

2019年11月20日 (水)

新たな仕掛かりー2

仕掛品が目に入る状態は健康に良くないようです。 正面窓周辺を作って貼り合せ、貼り合せたら隙間が気になってパテで埋め、埋めたらヤスリ掛けしたくなって。 そうしたら全体の歪などを確認したくてサーフェーサー吹きました。 

サフェーサー吹いたらまた気になってヤスリがけ。 ということでここまで来ました。

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まだ細部を磨く必要がありますが、取りあえず。

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真鍮製の大作が途中なのに・・・、どうもペーパー自作の方が好きみたいで、常にペーパー車体を弄っていないと精神的に良くないようです。 この題材はあくまで息抜き用なのですが。

 

2019年11月18日 (月)

新たな仕掛かり

大作に取り組んでいると、息抜きも欲しくなるのが悪い癖です。 気になっていた題材に、軽い気持ちで手を出してしまいました。

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図面書かずに、似た車両の形式図と書籍の写真を参考に、余っていたアイボリー紙に直接罫書き。 そのままでは柔いので、強化と貼り合せたペーパーの接着を兼ねて、ラッカープライマーをかけておきました。 ここまでおよそ2時間くらいだったか。

そうしたら、いっそのこと組んじゃえということで車体裾に補強用角材を接着、運転室仕切りを妻板代わりにしてハコ状にしてしまいました。 曲げ加工が終わった屋根部にもラッカープライマーを塗っておきました。 

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ここまで約1時間。 さてさて問題は湘南顔の先頭部。 現物合わせでやっていく予定です。

 

2019年9月 7日 (土)

半世紀前のプラモデル復活!

小学生だった1961(昭和36)年頃だったと記憶していますが、プラモデルのチキ5000が売られていました。 確かこの頃のお小遣いは1か月500円だったと思いますので、その範囲で買うことができる200円程度の商品だったのではないでしょうか。

数箇所の接着も外れ、哀れな姿でジャンク箱に眠っていたものを、哀れになって再生してみました。

先ずは外れていた箇所を補修し、一部はパテ埋めなど修正。 AdachiのTR63台車を奮発し、それが付けられるようにボルスター周りを加工。 カプラーもKATOのが付けられるようにポケットを加工しました。 黒色プラスチックだった台枠はとび色に塗装。 淡緑色プラスチックのままだったコンテナもタミヤカラーで塗装し、JNRマークに彩色しました。 

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所詮プラモデルなので、細かいことはやりません。 チキ5000とされていても「チキ5000もどき」と理解します。 従ってインレタなどは使わず、半世紀前の雰囲気そのままに手書きで、形式呼称変更後の コキ5000と入れました。 5000形コンテナのモールドなどは雰囲気があります。

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EH10もどきにのEB10を背中合わせに繋げれば「たから号」ですが、残念ながらこの1両だけでは・・・。

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他の2軸貨車に混結し、EF15の貨物列車を走らせるときにでも登場させることとしましょう。

気合を入れて製作中の3題の合間に、ちょっとした息抜きをしてみた次第です。

 

2019年8月11日 (日)

ブルーサンダー登場

湘南海岸を目前にした神奈川県立辻堂海浜公園の一角、交通展示館内の鉄道ジオラマに、ブルーサンダーことEH200形電気機関車が牽くタンク貨物列車が登場しました。

中央駅3番線に停車しています。 隣の4番線には小田急ロマンスカー7000形LSEも。 その後ろに見える新幹線E5は、昨年から登場したものです。

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このたび昨年のE5新幹線導入に続き、同所からご依頼を頂き、長期可動に耐える諸改造を加えて納入させて頂きました。 ジオラマ奥で、700系新幹線とブルーサンダーが交差しようとしています。

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左方のトンネルを駆け抜けて来ました。

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所蔵しつつも走る機会のなかったタンク列車は、EH200の導入で見事に復活。 この機関車、小さな子どもたちにも人気があったのですね。 「ブルーサンダーだ!」と叫ぶ子を目の当たりにして嬉しく思いました。 元気に走り回り、来館した子ども達の目を輝かせてくれることを祈ります。

 

 

2019年2月 1日 (金)

保存車体 その2

クロ151の保存車体を取り出してみたら、さらに時を遡るものがあったことを思い出しました。

クハ26とでもいうべきか、ビジネス特急「こだま」の先頭車。 1958年頃だったと思います。 材質は朴なのか、薄板に窓抜きされたキット、OゲージとHOゲージの2種類が売られていました。 セメダインで組み立て、ヤスリ掛けして整え、自分で色を塗るものでした。

ここでご紹介するのは、多分OER3001氏が「鉄道模型を作る」と言う行為に初めて取り組んだ、小学2年生の時の作品だったかと思います。 作品とは言え、自分でできたのは薄板を接着したところまでだったようです。 父が大幅に手伝ってくれ、ヤスリがけ、色塗りは父の手によるものです。

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キットは側板に窓穴が開けられているのみで、あとは所定寸法にカットされた木片を接着するようなもの。 従って、扉や運転室などは描いて表現しなければなりません。 父が細い筆で描いてくれた「こだま」愛称板が素晴らしいです。

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運転室の窓、JNRのマークなど、小学2年生にはとてもとても無理ですが、父の腕には子どもながらに感心していたことを思い出します。

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後方から見た姿、運転台後方小窓、乗務員扉の描き方が凄いです。 側窓の断面には銀色が塗られています。

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加えてクーラーの表現までも。

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これらは「マスキング」など全くない、フリーハンドで描いていました。 連結面に描かれた貫通路の形状は、どこか小田急SE車のような。 
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塗り分けも、雨樋部分の細い赤も、前照灯部分の細い3本線も、全て細い筆の作業。 色はエスクマ印(島田塗料)のマメラッカーでした。 ブリキを曲げただけの玩具のようなカプラーが付いています。

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当時は祖父が経営する事業を手伝っていたのか、それが上手く回らなくなり会社員に転職した頃なのか、子ども時代の記憶では不確かですが、手先が器用で尊敬できる父でした。

父との共同作業の作品、いや遺品かもしれませんが、大事な大事な60年前の思い出。 どうしても処分することはできない宝物です。

2019年1月27日 (日)

保存車体

鉄道模型の世界に入って半世紀、3線式OゲージのEB58を買ってもらった時から数えれば62年? あるいは16番ゲージでペーパー自作電車を作ってから数えれば57年。 いずれにしても60年余りの期間。 その間に入手あるいは自作した車両の中には、捨てられない思い出のものもあり、未だ大切に保管しています。

その中で、ある友人が懐かしいプラ模型を入手したという情報に接し、そう言えば同時代のものがあったことを思い出して取り出したのがこれ、2両のクロ151。

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既に下回りのパーツは取り外し、他の車両に転用してしまいましたが、車体は大事に保管していました。 今となってはメーカーは記憶ありませんが、当時は2社から商品化されていた筈で、その内少し高いもののフォルムが良かったこれを購入。 手前の車体は右側面の妻板側小窓を埋めたり、愛称版を点灯式にしようと試みたうえで塗装までしていましたが、奥の車体はほぼそのまま。 両車ともヘッドライトには米粒球を仕込んでいます。 そして車内には大きなセレン整流器が。

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小学6年生の時に購入した筈です。 クラスメイトに天賞堂の151系を持っていたのが居て、羨ましかったのを覚えていますが、彼は今どうしているのだろう? 残念ながら今では音信不能です。

この2両を背中合わせにして、2M1Tで走らせた筈ですが、当時はインサイドギアのウォームギアかみ合わせ調整が上手く出来ずに苦労しました。

取っておいても何の価値も無さそうなものながら、大切な思い出の宝物なのです。

2018年7月16日 (月)

貨車自作

久しぶり、何年ぶりの貨車自作でしょうか。 しかも真鍮製です。

6月8日の拙ブログ「梅雨入り発表後の晴れ間に」http://vse50001.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/post-f4e4.htmlの最後にご紹介した、コラ1形の軸受裏側に絶縁車輪が接触することによるショート。 その場で即廃車決定とされた1966年8月21日完成のペーパー自作のコラ。 代替新造となった次第です。

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手元にあった床板の切れ端を使ってハンダ付けしました。 ちゃんとしたモデルではないので台枠はチキ擬きの真っ平。 ここにカワイモデルのコンテナを嵌めるパーツを自作して取り付けました。 

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コンテナをグイッと押し込むと、斯様になります。

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暑い中、ベランダで塗装し、レタリングは掘るべ員の白インクによる手書き。 コンテナを嵌め込めばご覧の通り。 コンテナにもレタリングが欲しくなりますが取りあえずはそのまま。

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それでも、こうしてEB10重連(HE10?)に牽かせれば、可愛いコンテナ貨物列車の登場となります。

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暑い日の息抜き工作で、また楽しい列車が生まれました。 これ、8月の運転会でデビューさせることにしましょう!

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