鉄道模型(国鉄・JR)

2020年7月29日 (水)

B20 入手

なんと、B20を入手してしまいました。

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 ヤフオク見ていたら結構きれいな状態のが目に止まり・・・、以前から考えていた気軽に動かして楽しむためについ。

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エンドウのこれは精密模型ではなく、走らせて愉しむためのもの故、何か牽かせるものを作りたくなっています。

気合を入れて完成させた3000形SE車の後の、気軽な息抜き題材にはちょうど良いように思いますが、果たしてどうなることか。

 

2020年2月14日 (金)

狭軌世界最高速度

バレンタインデーにはチョコレート色の電車をということで、ひとまず完成としたクモヤ93000、時速175キロという狭軌世界最高速度をマークした電車の試運転を行いました。

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オデコの他にお腹にも増設された合計3灯の前照灯を照らし、曲線では車体を傾斜させて走ります。

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屋根上の観測ドーム脇に取り付けられた4灯の観測用灯光器は全自作、明るく照らして走ります。

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先ずはゆっくり走り出しました。 車体傾斜が効果を発揮するかどうか・・・。

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順調に加速して、R750のテストレールを快走します。

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カーブ外側から狙ってみましたが、5カット撮ってこの1カットだけまあまあという状況。 軽やかに走り回るのでカメラが追いつきません。

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R750ではホントの試運転は不可能です。 所属クラブの大レイアウトで、思う存分高速度試験に臨みたいです。 そしてライバルに挑戦ですね。

 

 

2020年1月 6日 (月)

暖かな冬の陽射しを浴びて

暖かな冬の陽射しを浴びてやることは・・・、塗装です。 前日の夜仕事としてマスキングを終えていた車体が、新聞紙で覆われたベランダで日差しを受けます。 何と青い空だろうか。

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ぶどう色2号を吹きます。 勿論「百万人のハンドスプレー」で。 ちなみにこの車体が載っているのは何年も前に作った‘特製塗装台’で、6両分がセットできます。 歴代の製作車両に塗った色が漆のように重ねられていて、趣があります。

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青空にかざしてみました。 いい光沢です。

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マスキングを剥がしました。 塗装はこの瞬間が楽しいのですが、時にはがっかりすることもあります。 今回も何カ所かタッチアップが必要です。

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余りに温かい好天なので、調子に乗って屋根も塗ってしまうことにしました。

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マスキングを剥がしました。 どうにか見えるようになってきました。

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ここまで来れば実感が沸いて来ますがが、天気が崩れてもできる作業がまだまだたくさん残っています。

 


 

 

2020年1月 3日 (金)

〇〇始め

新しい年になって最初に書くことを「書初め」、何かを開始すること「〇〇始め」などとと言いますが・・・。

OER3001氏は「塗り始め」とでも言うのでしょうか、塗装から2020年の模型製作を開始しました。 好天に恵まれて暖かな昼、ベランダを新聞紙で覆って開始。 クリーム色を吹いただけでこの日は終わり。 しっかり乾燥させてからマスキングを行います。

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本当はこんなものではなく大物が控えているのですが、三が日だけに軽くちょっとといったところで中断します。 さて2020年は何両完成させられることでしょう。

 

2019年11月30日 (土)

新たな仕掛かり-その後

しばらく他のことで忙しくしていましたが、ここまで進みました。

雨樋、シル・ヘッダーを付け、教務員室扉、側扉に靴摺を付けて、特徴的な3灯の前照灯を付けました。

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反対側面に側扉はありません。

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床板は未着手。 いろいろと考えることがあるので暫く手を付けられません。

 

2019年11月20日 (水)

新たな仕掛かりー2

仕掛品が目に入る状態は健康に良くないようです。 正面窓周辺を作って貼り合せ、貼り合せたら隙間が気になってパテで埋め、埋めたらヤスリ掛けしたくなって。 そうしたら全体の歪などを確認したくてサーフェーサー吹きました。 

サフェーサー吹いたらまた気になってヤスリがけ。 ということでここまで来ました。

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まだ細部を磨く必要がありますが、取りあえず。

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真鍮製の大作が途中なのに・・・、どうもペーパー自作の方が好きみたいで、常にペーパー車体を弄っていないと精神的に良くないようです。 この題材はあくまで息抜き用なのですが。

 

2019年11月18日 (月)

新たな仕掛かり

大作に取り組んでいると、息抜きも欲しくなるのが悪い癖です。 気になっていた題材に、軽い気持ちで手を出してしまいました。

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図面書かずに、似た車両の形式図と書籍の写真を参考に、余っていたアイボリー紙に直接罫書き。 そのままでは柔いので、強化と貼り合せたペーパーの接着を兼ねて、ラッカープライマーをかけておきました。 ここまでおよそ2時間くらいだったか。

そうしたら、いっそのこと組んじゃえということで車体裾に補強用角材を接着、運転室仕切りを妻板代わりにしてハコ状にしてしまいました。 曲げ加工が終わった屋根部にもラッカープライマーを塗っておきました。 

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ここまで約1時間。 さてさて問題は湘南顔の先頭部。 現物合わせでやっていく予定です。

 

2019年9月 7日 (土)

半世紀前のプラモデル復活!

小学生だった1961(昭和36)年頃だったと記憶していますが、プラモデルのチキ5000が売られていました。 確かこの頃のお小遣いは1か月500円だったと思いますので、その範囲で買うことができる200円程度の商品だったのではないでしょうか。

数箇所の接着も外れ、哀れな姿でジャンク箱に眠っていたものを、哀れになって再生してみました。

先ずは外れていた箇所を補修し、一部はパテ埋めなど修正。 AdachiのTR63台車を奮発し、それが付けられるようにボルスター周りを加工。 カプラーもKATOのが付けられるようにポケットを加工しました。 黒色プラスチックだった台枠はとび色に塗装。 淡緑色プラスチックのままだったコンテナもタミヤカラーで塗装し、JNRマークに彩色しました。 

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所詮プラモデルなので、細かいことはやりません。 チキ5000とされていても「チキ5000もどき」と理解します。 従ってインレタなどは使わず、半世紀前の雰囲気そのままに手書きで、形式呼称変更後の コキ5000と入れました。 5000形コンテナのモールドなどは雰囲気があります。

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EH10もどきにのEB10を背中合わせに繋げれば「たから号」ですが、残念ながらこの1両だけでは・・・。

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他の2軸貨車に混結し、EF15の貨物列車を走らせるときにでも登場させることとしましょう。

気合を入れて製作中の3題の合間に、ちょっとした息抜きをしてみた次第です。

 

2019年8月11日 (日)

ブルーサンダー登場

湘南海岸を目前にした神奈川県立辻堂海浜公園の一角、交通展示館内の鉄道ジオラマに、ブルーサンダーことEH200形電気機関車が牽くタンク貨物列車が登場しました。

中央駅3番線に停車しています。 隣の4番線には小田急ロマンスカー7000形LSEも。 その後ろに見える新幹線E5は、昨年から登場したものです。

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このたび昨年のE5新幹線導入に続き、同所からご依頼を頂き、長期可動に耐える諸改造を加えて納入させて頂きました。 ジオラマ奥で、700系新幹線とブルーサンダーが交差しようとしています。

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左方のトンネルを駆け抜けて来ました。

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所蔵しつつも走る機会のなかったタンク列車は、EH200の導入で見事に復活。 この機関車、小さな子どもたちにも人気があったのですね。 「ブルーサンダーだ!」と叫ぶ子を目の当たりにして嬉しく思いました。 元気に走り回り、来館した子ども達の目を輝かせてくれることを祈ります。

 

 

2019年2月 1日 (金)

保存車体 その2

クロ151の保存車体を取り出してみたら、さらに時を遡るものがあったことを思い出しました。

クハ26とでもいうべきか、ビジネス特急「こだま」の先頭車。 1958年頃だったと思います。 材質は朴なのか、薄板に窓抜きされたキット、OゲージとHOゲージの2種類が売られていました。 セメダインで組み立て、ヤスリ掛けして整え、自分で色を塗るものでした。

ここでご紹介するのは、多分OER3001氏が「鉄道模型を作る」と言う行為に初めて取り組んだ、小学2年生の時の作品だったかと思います。 作品とは言え、自分でできたのは薄板を接着したところまでだったようです。 父が大幅に手伝ってくれ、ヤスリがけ、色塗りは父の手によるものです。

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キットは側板に窓穴が開けられているのみで、あとは所定寸法にカットされた木片を接着するようなもの。 従って、扉や運転室などは描いて表現しなければなりません。 父が細い筆で描いてくれた「こだま」愛称板が素晴らしいです。

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運転室の窓、JNRのマークなど、小学2年生にはとてもとても無理ですが、父の腕には子どもながらに感心していたことを思い出します。

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後方から見た姿、運転台後方小窓、乗務員扉の描き方が凄いです。 側窓の断面には銀色が塗られています。

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加えてクーラーの表現までも。

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これらは「マスキング」など全くない、フリーハンドで描いていました。 連結面に描かれた貫通路の形状は、どこか小田急SE車のような。 
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塗り分けも、雨樋部分の細い赤も、前照灯部分の細い3本線も、全て細い筆の作業。 色はエスクマ印(島田塗料)のマメラッカーでした。 ブリキを曲げただけの玩具のようなカプラーが付いています。

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当時は祖父が経営する事業を手伝っていたのか、それが上手く回らなくなり会社員に転職した頃なのか、子ども時代の記憶では不確かですが、手先が器用で尊敬できる父でした。

父との共同作業の作品、いや遺品かもしれませんが、大事な大事な60年前の思い出。 どうしても処分することはできない宝物です。

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