鉄道(国鉄・JR)

2020年12月 6日 (日)

今日の一枚 No.90

やまのて線では無く、やまて線に新性能電車101系が投入されたときの路線カラーはカナリヤ(黄色5号)でした。 正面の表示窓は「山手 YAMATE」です。

写真の1967(昭和42)年においては、1964(昭和39)年から投入されたウグイス(黄緑6号)の103系量産車との置き換えが進んでいる最中でした。

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この日は高校からの帰りに、月刊誌「模型と工作」編集部へ訪問したとき、神田駅で暫し撮影をしていました。 隣の京浜東北線は依然として旧型国電が大活躍でした。

 

2020年11月27日 (金)

常磐線のC62

ここのところ度々煙を取り上げていますが、今日は高校生の頃の記録から。

1967(昭和42)年の春休み、蒸機に詳しい社会人の方に同行して下りの急行「十和田」に乗りました。 何号だったか記録がありませんが、平から牽引機はC62 47に代わりました。 力強い音で深夜の静寂の中を進んだ列車を原ノ町で 降り、機関士に断りって線路に降りての撮影です。

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給水で停車中の姿をバルブ撮影してみました。

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反対側の上り線には荷物列車が到着、牽引機はC62 24です。

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この後、上り列車に乗って平に引き返しています。 C62が所属する平機関区訪問のためでしたが、特急「ゆうづる」を牽引してきた姿を収めなければなりません。 ただこの平駅は東西方向の配線のため、もろ逆光。 しかもとんでもなく良い天気。 ホーム上の構築物でなんと陽を遮って撮ったものです。

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C62 22号機は客車を切り離し、平機関区へ移動して行きます。 牽引機はEF80 35に代わり、上野目指して発車して行きました。

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それにしても機関車の先頭部を飾る特急ヘッドマーク、「ゆうづる」はいいな~。 一番好きなデザインです。

 

 

2020年11月24日 (火)

首都圏最後の煙と聞いて・・・

D51 791が爆煙を上げて通過します。 なんとここは有楽町駅、ホームにはその姿を一目見ようと集まった人、ひと、ヒト。 1970(昭和45)年10月18日、日曜日のことでした。

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高島線の電化により10月1日、蒸気機関車の通常運行が終了したことから、10月10日、11日、18日の3日間にわたり、東京-横浜間で「さよなら蒸気機関車号」が運転されました。 その最終日に様子を見に出掛けました。

喧噪の中、有楽町で見届けた後、やって来た京浜東北線に乗り、追いかける算段でした。 ここは大井町手前だと思われますが、敷地内に多数の群衆。 こんなことが許されていた時代です。

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やっと追いつきました。 最後尾はスハフ32のようです。

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やっと、追い越せたので振り返ってシャッターを。 ここでも犬走りにまで人が! それでも規制されること無く、蒸機列車は力強く前進します。

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機関車はかなり後方に行ってしまいました。

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京浜東北線電車が蒲田駅に停車しようと速度を落としたとき、「さよなら蒸気機関車」の大きなヘッドマークを掲げて追い抜いて行きました。

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これで遂に、首都圏で蒸気機関車は見られなくなったと思ったら・・・、

1972年には鉄道100周年記念列車としてC57 7が、1980年に横浜開港120周年でC58 1が牽引する列車が走ることになったのでした。

磐越西線に出掛けたのを機会に、ちょっとだけ蒸気機関車のネガを探してみました。

2020年11月20日 (金)

今日の一枚 No.89

今般の撮影行は、蒸気機関車牽引列車の撮影が目的ではありましたが、一方で世代交代も実感しました。

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磐越西線・馬下駅午前10時、新型のGV-E400の上り列車と、在来のキハ110の下り列車の交換となりました。

キハ110を旧型と呼ぶのには些か抵抗がありますが、新旧のツーショットも束の間となるかも知れません。

 

 

2020年11月19日 (木)

磐西門デフC57撮影合宿2日目

2日目の朝はここ、馬下保養センターで迎えました。

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朝の温泉に入って気分爽快、前日に調達したサンドイッチの朝食を済ませ、合宿に新たに加わるメンバーをお出迎えのため、馬下駅に向かいます。

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お仲間が乗った列車は9時59分、定刻に到着です。

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その列車はここ馬下駅で下り列車と交換、10時03分に発車して行きました。

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お目当ての門デフC57はこの後にやって来ます。 10時33分、先ずはホーム進入を狙います。 朝陽を受けて輝いています。

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ゆっくり構内を通過して行きました。 さて、この後から過酷な修行が始まります。 

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最初は鹿瀬-日出谷間の第一平瀬踏切で待ち受けます。 が、既に多くの同業者で、駐車も少々離れた場所にしか叶いません。 従って、撮影ポイントまでは走りが必須となりますので、まさに運動部の合宿です。 11時42分無事撮影できました。

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次なる撮影地は豊実-徳沢間。 阿賀野川の対岸を走る姿を狙います。 11時58分でした。

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直ちにカメラを収納してクルマに戻ります。 主催者の巧みなドライブテクニックが功を奏します。 そして次なる撮影地は荻野駅の進入、12時32分でした。

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そろそろ昼食、なんてことは誰も口にしません。 有名な一ノ戸川橋梁へ急ぎます。 12時53分、定刻でした。

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因みに、撮影者のクルマが数珠繋がりで駐車しているところに列車通過予定時刻の2分前、「こちらは喜多方警察署、通行の邪魔になっているので直ちにクルマを移動してください。クルマのナンバーは控えています。」とミニパトカー。 しかし2分目ではみ~んな無反応、無視。 意地悪な警察ですよね。

真横を撮ったらこの通りの人、人、人でした。 念のためこの場所には駐車禁止標識はありませんが。

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この地の道に詳しい主催者が最後に向かった場所は、架線のある笈川-堂島間。 13時26分、磐梯山をバックに横位置で狙います。

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喜多方ラーメンも相当な行列であることを予想し、また帰路の渋滞回避のため、下り列車撮影を諦めて、ここで撮影終了。 遅い昼食は磐越自動車道に入った後、 磐梯山SAで会津ラーメンを頂きました。

好天にも恵まれた1泊2日の合宿、企画してくださったIさん、ありがとうございました。 また現地で合流したAさん、Oさん、大変お世話になりました。 大変素晴らしい2日間となりました。

 

2020年11月18日 (水)

磐西門デフC57撮影合宿1日目

過酷な合宿、最初の場所は三川-津川間の多賀神社境内から。 11時08分のことでした。

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次がここ鹿瀬-日出谷間の阿賀野川に架かる橋梁で11時44分。 列車は遅れ気味でした。

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ちょうど風向きがこちらを向いていて、走り去る列車の煙で右方の住宅が覆われてしまいましたが、洗濯物には煤が付いたことでしょう。 上り列車の撮影はこれにて終了。

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この後は山都-喜多方間の川吉踏切近くで動画撮影、そして昼食。 あべくまさんによる座席確保のおかげで、地元で有名な「やまと路」で美味な蕎麦をゆっくり楽しませて頂きました。

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そして人気者の素敵なお嬢さんにお願いして、3人で記念撮影です。

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ゆっくりした昼食後は下り列車を狙います。 4番目の撮影地は架線の下ですが、磐梯山を背景に15時56分。 喜多方-塩川間のどの辺りだったのか、クルマに乗せてもらっていたので判りません。

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撮り終えたら直ぐクルマに乗れとのご指示に従い、5番目の撮影地、山都手前の一ノ戸橋梁に向かいます。 ホントにギリギリ、到着したときに右方から列車が顔出して来るタイミングに慌ててシャッターを切りました。

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ここも即座にクルマにとのご指示に従って、次なる撮影地に移動です。 6番目の撮影地はとっぷり陽が落ちた野沢駅。 この日、終日遅延していた列車は16時41分に発車して行きました。 暗いしアングルも良くないので撮影は諦め、発車シーンは動画撮影としました。

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さてさて、一日が終われば反省会。 喜多方のスーパーで食材調達、宿泊地近くのコンビニでアルコールと翌日の朝食を調達。 合宿主催者持参の電気鍋で夕食です。

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鍋が温まる前にとりあえずカンパーイ! 反省会の始まりです。

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出汁が出るように最初は魚介類とキノコ類から。 煮えてくれば写真など撮っている余裕はありません。 基本は反省会ですからね。

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十分反省し尽くした頃には、地元に敬意を表して麒麟山を頂きました。

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と言うわけで、夜は更けていきました。

 

 

 

2020年11月17日 (火)

磐西門デフC57撮影合宿に参加

鉄道ファンを自認する身ですが、だからと言っていわゆるSL列車に熱狂しないOER3001氏が、その熱狂する現場を見ておくのも一度は良いかと思って、表題の通りとなりました。

まだ暗い早朝、5:28発の区間急行に乗ります。

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プラットホームに上がると、下り線に到着したのはサンリオフルラッピングトレインでした。

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OER3001氏が乗る8000系が到着です。

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新宿へは行かず、途中の桜上水で下車。 合宿主催者のクルマがお待ちです。 首都高を進む中、東の空が明るくなり始めました。

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途中休憩もその回数節約、東北道から磐越自動車道路を進むうち、磐梯山が綺麗に見えてきました。

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最初はここで始まりました。 早速新型車両がやってきました。 当然ここでの本命は門デフC57ですが、それはまた後日と言うことにして・・・。

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撮っては移動、撮っては移動と慌ただしい行動です。 そんな中で電車も撮り、本命を待ちます。

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やってきた門デフC57を磐梯山バックに捉えました。

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ここでの撮影は、福島県在住者との3人で仲良く。 その証拠はお日様がご覧になっていました。

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その後には斯様な場所へ移動して撮影、ものすごい人出でした。 

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一日の修行を終えて、温泉に浸かります。 そして一日の反省会が始まりました。

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成果は別途、ご報告させて頂くこととして、取り急ぎのご報告までとさせて頂きます。

 

 

2020年11月15日 (日)

今日の一枚 No.88

今回はこれを、蒸気機関車C57。 しかも形式と同じ番号の57号機です。

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実は、撮影年月は標記の通りなのですが、撮影場所が思い出せません。

判っているのは室蘭線で、有珠や礼文で撮影していた時のものと言うことだけ。 何方かここがどこの駅だかご教示頂けたら嬉しく思います。

 

2020年11月11日 (水)

東北観光号で福島へ

1967(昭和42)年5月 20日の昼前、山形駅1番線に入線してきました。 初めて目にした修学旅行電車のカラーです。

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わくわくした気分で乗り込んだ後、プラットホームの光景を納めています。 向かい側の貨物ホームにはワムと荷物客車が停車していたり、「特急つばさ」乗車位置表示やや清酒「男山」の広告板が付いた灰皿があったり。 台車で運んでいるのは小生らの弁当だったのかも知れません。

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座席に座ってから山形駅構内に目を向けます。 隣のホームには2両編成の気動車、さらに向こうのホームに見える狭幅窓の客車はスハ32でしょうか? 左沢線なのかな?

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山形発車! 前方のポイントに差し掛かると、車庫から出てきた気動車とすれ違いました。 先頭はキハ22でしょうか。

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エンジン全開、速度を徐々に上げているとき、振り返ると特急用のキロ80のようなのが止まっていました。 その奥の扇形機関庫内には気動車ばかり。 山形機関区だったのでしょうね。

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こうして車内で興奮しているうちに、速度を落としてどこかの駅に侵入したと思ったら、そこが上山(かみのやま)とい温泉地の駅。 前回取り上げたDF50の540号機に出会った次第。

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再びエンジン全開で単線を駆け抜けます。 窓全開でディーゼルの香りが全身に降り注いできます。

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だんだんと勾配がきつくなり、速度が下がります。 スノーシェッドに突入しました。

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これを額田かと思えば、行く手に再び。 後年になって知るのですが、ここが板谷峠だったのでした。

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客車列車と交換しましたが、ここが峠駅だったか板谷駅だったか、写真から判断できず残念です。

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今では標準軌になって新幹線が駆け抜けるようになりましたが、今でも秋には落ち葉で列車が走れなくなることがあると、信じられないような現実がある区間だけに、それは素晴らしい車窓でした。 やがて赤い機関車ED71やED75が佇む機関区が見えました。

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続いて遙か向こうに、ベージュ色とローズレッドの電車がいる車庫を見つけました。 福島交通飯坂線だと思われます。

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プラットホームに停車したら、隣のホームがその飯坂線の発着ホームであることが解りましたが、この時は電車を間近で見られませんでした。

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間もなくして、東北観光号は福島駅のホームを後にして、一路上野に向かいます。

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この後も、36枚撮りフィルムを装填したハーフサイズカメラのキャノンDemiで、車窓を撮り続けていたようです。 鉄道好きの小生のために、ボックスシートの同級生も良く協力してくれたものです。 54年の歳月を経て、ピンボケでどうしようも内写真ながら、改めて若き日が蘇ってきました。

 

2020年11月10日 (火)

東北観光号

高校生活2年目の1967(昭和42)年5月、修学旅行の予行演習などと比喩されていた東北地方への旅行がありました。 その帰路に利用したのが「東北観光号」という気動車の団体専用列車でした。

Hm

始発は山形駅、35㎜ハーフサイズカメラのキャノンDemiで撮っていた記録によれば、乗車したのはキハ58 507。 修学旅行用の155系同様の塗色だった記憶がありますが、モノクロフィルムではどうにもなりません。 この時代は乗務員さんの許可を得て、発車前の線路に降りて撮影が叶いました。

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ほのぼのとした良き時代でした。 山形駅1番線と思われますが、ホーム先端には蒸気機関車への給水設備があります。 線路にはピットがありますが、灰落とし用だったのでしょうね。

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前方をみれば左側に貨車の留置線。 腕木式の出発信号機と、今の新幹線「つばさ」が行き交う光景とは別世界です。 操車場に時計がありますが、湿している時刻は残念ながら判読できませんが、10時半頃なのでしょうか。

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「急行」とは言え、気動車で奥羽線の勾配区間を行くのですから、速度なんて期待できないし、上野までの所要時間たっぷりでしたが、それが高校生にとっては楽しい車内になったようです。

上山駅到着の際、DF50 540が牽引する普通列車と交換しました。

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この先、板谷峠に挑むことになりますが、その様子をず~っとカメラに収めていたようです。

 

 

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