鉄道(国鉄・JR)

2020年9月15日 (火)

今日の一枚 No.80

蒸機に詳しくないOER3001氏が旅先で撮った一枚、C12 248。 

蒸機に詳しい年配者なら、ここがどこだかすぐにお判りなのでしょうね。

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右端に見えるのは165系、左のプラットホームに停車しているのは70系。 1968(昭和43)年8月16日の甲府駅です。 

この日がまた、暑かったことを覚えています。 当時は熱中症などという言葉は無かったように思いますが、入れ替えに精を出していた職員、さぞ暑さは辛かったことでしょうね。 

 

 

2020年8月22日 (土)

今日の一枚 No.74

ちょうど10年前の今日、この地の寺で、寺子屋としての行事である鉄道模型運転会に協力・参加するために訪れていました。 

朝食前の所謂“朝練”に繰り出した先は白河~久田野間の田圃端。 札幌から登って来たカシオペアを狙うのが目的です。

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ギラギラの陽射しだったら逆光に泣かなければならない場所、この日は斯様な薄曇りで助かりました。

縁あってほぼ毎年、この時期に訪れるのですが、寝台特急が廃止されてしまった今では、残念ながら“朝練”は無くなりました。

 

2020年8月17日 (月)

今日の一枚 No.72

1985(昭和60)年に開催された科学万博―つくば'85、斯様な列車が運行されました。

上野発で一夜を過ごし、翌朝程よい時刻に万博中央駅に到着するという、583系による「エキスポドリーム号」です。

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上野からどうしてそんなに時間がかかる? と思われるでしょう。 土浦の車両基地で停泊するのです。

ちょうど万博会場内での仕事があったので、迷わずこれを利用しました。 翌朝は万博中央駅でばっちりこれを撮ってから仕事に向いました。

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それにしても万博のためにこの駅まで作っちゃって・・・。 仮設駅の作りじゃなく、立派な常設建築だったのが何とももったいない話です。

2020年8月14日 (金)

53年前の夏の3密

1967(昭和42)年、新宿駅で斯様な撮影をしていました。 

3番線は中央線快速電車のホーム。 夏ということでラッシュも少しは緩和する時期とはいえ、今から考えれば冷房もない密閉された車内に密集。 密接した隣人の汗も気になった何とも不快な通勤電車は当たり前でした。

おっと、モハ100のパンタはPS13ではないですか。

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南通路上から見下ろしてみましたがやっぱりパンタはPS13。 こんな車両で良く通勤していたものです。

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3番線に入線して来る101系。 新性能電車の原点でしたね。

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8月はヒロシマ、ナガサキ、そして終戦と、平和を考える日々が続きます。 荒廃した国土から高度成長期に突入。 文字通り汗水たらして満員電車での通勤に耐えていた親世代を思うと・・・。

冷房は当たり前、複々線、相互直通運転、座席指定、ホームドアなど、通勤環境は様変わり。 なのにどうしてか、模型の世界では現代の車両よりこの時代の車両に目が行ってしまいます(笑)。

 

 

 

2020年7月19日 (日)

今日の一枚 No.60

OER3001氏としては、珍しいものを撮っていたものです。

「祝・房総西線千倉電化完成」の大きなヘッドマークと日章旗を掲げた165系、ここは津田沼駅だったと思います。 八千代運転所さまからのご指摘通り、幕張駅だったようですので訂正させて頂きます。

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電化に際して導入された165系はMc-M’-Tc+Mc-M’-Ts-Tc の7両編成でした。 

この年から千葉県内の大学まで通学するようになったこともあって、撮り慣れていない場所でカメラを構えることができたようです。

 

 

2020年7月18日 (土)

今日の一枚 No.59

SE車が一段落したので小休止。

1968(昭和43)年8月12日12時48分の東京駅14-15番線ホーム。 停車中の列車は左右とも東海道本線の列車ではありません。

左15番線には上越線の特急「とき」181系。 右14番線は東北本線の特急「やまびこ」485系が到着し、これからヘッドマークを「ひばり」に変えて折り返します。 どちらも国鉄特急電車の顔、ボンネット型です。

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16番線東海道新幹線ホームに0系は居ない時間だったようです。 優等列車用だった14-15番線ホームが懐かしいです。

 

 

2020年7月15日 (水)

今日の一枚 No.58

この新型コロナ禍では、これまで当たり前だったことの多くが自粛や中止となり、人生の思い出づくりにも影響が出ています。

例えば修学旅行。 OER3001氏の中学の修学旅行では乗りたかった「ひので」を利用、品川駅からわくわくしたことを思い出します。

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この画像はその時のモノではなく、それから2年後の1967(昭和42)年6月の光景。 先頭車両は女子の席だったのでしょうか、みんなウキウキした表情で乗り込みます。

思えばこの155系の3人並びという、今思えば窮屈な「三密」状態でも、それは楽しい空間でした。

 

2020年6月 6日 (土)

今日の一枚 No.36

♪ 6がつ6かにあめざーざーふってきて~ という歌もある6月6日、66ということから今日の一枚はこれで。

夏富士バックにやって来た「富士」を牽くEF66。 1996年8月13日は53号機でした。

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函南~三島間の竹倉踏切でのベストポジションは意外に狭く、他の撮影者が居ると困る場所でした。

何度も通いましたが、富士山が綺麗に顔出している時に「富士」を撮れる機会に出会うチャンスは少なかったです。 本来は雪を被った冬姿での撮影をしたかったのですが叶わず。 この後の時代は「フジブサ」になってしまい、富士山型のヘッドマークではなくなってしまったので魅力が無くなりました。

2020年6月 1日 (月)

今日の一枚 No.32

外出自粛でのStay Homeで、過去に撮りだめたカラーポジのデジタル化を進めた成果ご紹介から発した当シリーズも、30回を超えるまで到達しました。

6月となった今回は、いつ来るか判らない列車を待って、ようやく仕留めたものから。 

ここは貨物列車しか走らない路線。 OER3001氏が貨物列車のダイヤを知る筈がありません。 この日は満開のサクラを絡めた電車の撮影に。 京王相模原線・稲城駅西方をオーバークロスする武蔵野貨物線が気になっていたので、見下ろすことができるところまで登ってみたところは寺の敷地でした。

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仏様に向って頭を下げたら・・・、なんとEF65牽くコンテナ列車がやって来たではありませんか。 流石に下を通過する京王線とのツーショットは無理でしたが。

 

2020年5月23日 (土)

今日の一枚 No.28

御殿場線が電化されてから、線内特急列車は小田急の3000形SSE車が「あさぎり」として走っていましたが・・・、JR東海との相互乗り入れというカタチの「あさぎり」になり、さらに今は、小田急60000形MSEによる「ふじさん」に変わっています。

その御殿場線に、キハ82系によるディーゼル特急「ごてんば」が走った日がありました。 1994年11月27日のこと。

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小田急車の撮影のため何度も訪れた御殿場線。 しかしこの日は流石に物凄い人出で、いつもの場所を確保できませんでした。 やむなく200mばかり移動しての撮影、しかも・・・、通過時間になって雲が! 富士山に掛かってしまいました(涙)。

それでも良き思い出となりました。

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