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2021年12月 1日 (水)

郵便ポストでも

電車を模した飲料自販機について触れましたが、何と郵便ポストにも有るようです。

古くはこれ、品川駅ナカの設けられたポストがクモユニ擬きになったのはいつだったでしょうか。画像は2005(平成17)年12月にガラケーで撮ったものなので画素数も粗くお見苦しいですがご参考まで。

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新京成の自販機画像と共に、八千代運転所さまが斯様なものを送ってくださりました。ポストの側面が電車の正面になっています。

_70_20211130210703(八千代運転所さま提供)

品川駅のように線路と車輪は有りませんが、反対側も顔。形式、自重等の標記はありません。側面に描かれた窓には格子が描かれている拘りようです。

_70_20211130210701(八千代運転所さま提供)

この洒落た郵便ポストはここ、郵便局が同居するJR江美江見駅の駅前に設置されているとのことです。

_70_20211130210702(八千代運転所さま提供)

見ていて実に楽しいですが、この土地の方で無い人が、郵便物を投函しようとするとき、果たしてここにポストが有るよと知らせることが出来るでしょうか?

以前、銀座通りの郵便ポストが、こんな色に塗られていたことがありました。

1(2005年撮影)

景観を重んじてのことからだと思われますが、どうだったのでしょう? OER3001氏としてはユニバーサルデザインの視点から、郵便ポストはアカであるべきと思っています。

 

 

2021年11月30日 (火)

電車の飲料自販機

前々回、ここでロマンスカー意匠の飲料自販機を取り上げたところ、八千代運転所さまからご親切に新京成もあるよと画像を送られました。北習志野駅のホームに、8801-1が堂々と鎮座して居られます。こちらは並べた自販機2台で1両を模しています。

_70_20211129150201(八千代運転所さま提供)

横に回って見ると・・・、側扉は売店の入口だそうで。

_70(八千代運転所さま提供)

飲料自販機をラッピングして電車に見立てるって、楽しいものですね。八千代運転所さま、ありがとうございました。

しかし売店と一体化するとなると・・・、どうも元祖は藤沢駅のこちらでしょうか。

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画像は14年前の2007(平成19)年の時で、まだ出来たばかりで綺麗でしたが、今は少々お疲れになっているかと。

 

 

2021年11月29日 (月)

驚愕! 

時折利用する駅ですが、改めて見ると驚かざるを得ません。一体ここは何だろう?と思うほどの床面の表示。これだけベタベタという感じでは、表示なのか床面デザインなのか判らなくなる京急品川駅の下りプラットホーム。

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そして上を見れば、広告ばかり。肝心な列車案内などが埋もれてしまいます。

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正直に言って首都圏の民鉄駅で最悪の環境デザインだと思います。再考しませんかね、京急さん。そうか、大規模改良工事がかんりょうすれば、きっと心地よい駅になるのでしょうね。

 

 

2021年11月28日 (日)

ロマンスカー自販機

「ロマンスカー自販機」とは言っても、ロマンスカーを売る自販機では無く、ロマンスカー意匠の飲料自販機です。

左が3100形NSE、右が7000形LSE、海老名のロマンスカーミュージアム前のペデストリアンデッキで発見しました。

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LSEの横へ回って見ると、ご丁寧に背面にも妻板の意匠が。

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反対側へも回ってみたら、しっかりNSEと作り分けられているではありませんか。

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電車を形取った自販機って、他でも見かけた記憶はありますが、背面まで表現していたなどというのは、ここで初めて見た気がします。

 

 

2021年11月27日 (土)

多摩のもレール2021.11

モノレールではなくのもレール。多摩で飲みながらレール談義という集まりが、コロナ禍も収束しつつあることから再開となりました。残念ながら今回は、義父さまの容態芳しくないとのことで急遽の帰西(兵庫県に帰るのに帰阪と言うのはおかしいという方に忖度)されたU氏が欠席、11月中旬に4名での集まりとなりました。

今回の一次会場は“焼売のジョー”、“多摩のもレール”ですから、先ずはこれが無くては始まりません。

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早速出現したのはY氏製作の動力ユニット。安価なパーツを使われた見事な設計です。

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様々な動力装置を考案し、何処まで軸距を詰められるかと挑戦した車両も登場しました。確か軸距19㎜だったか。

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続いて凸型機関車ですが・・・、

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なんと車体はキャブ、ボンネットがそれぞれバラバラにと。

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続いてはI氏から、エコーモデルのキットを組まれたという汽車会社製35t 1C1タンク機関車。キットの値段は52,000円と高価なものです。見事な出来でした。

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すると、この機関車に繋げるのがお似合いと、K氏が取り出したのは郵便車。細かい説明はビールのせいで忘れましたが、前回の多摩のもレールでは真鍮地肌だった代物です。

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蒸機と古典客車談義の後に登場したのはY氏製作の京王井の頭線? 17メートル4扉なんて居ませんでしたが、戦争被害が大きかった同線に、こんな車両が登場していたとしても違和感なしです。

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すると今度はK氏から正当京王帝都2010系が。京王のグリーンと東急グリーンは違うよと、5000系青ガエルまで。京王はアマミヤ、東急は谷川だったかと。OER3001の上田丸子の左右は、いつもながらに素晴らしい出来でした。

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今日はこのくらいかと思っていた矢先、さらにK氏の作品が続きます。塗装までも大変そうなDF91。

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真鍮工作派だとばかり思っていたら、K氏はペーパーまで! あの秋田の電車を作ってしまいました。

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と思った矢先に登場したのは2両のクモヤ。この頃になると、ビールも回って話しの詳細を記憶していません。

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お仲間との模型談義は実に楽しく、一次会場だけで終えるのはもったいないということで二次会場へ。またまた楽しい談義が続きました。

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いや~今回もまた、刺激を多く頂きました。0番運転会の余韻に・・・だけではいけませね。手を動かさなければです。

 

 

2021年11月26日 (金)

0番運転会の後遺症-10

0番運転会の後遺症も10回を数えるまでに至ってしまいましたが、これで最後にしたいと思います。

ちょうど当時は、湘南電車に新型車両が投入され始めた時代、即ち80系から153系“東海型”への置き換えが開始された時代でした。そこで“東海型”に似せた新型電車が発売され、遂に買って貰うことができたのは、おそらく1959(昭和34)年か1960(昭和35)年、小学校3年生か4年生の時だったかと思います。

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“東海型”を意識したのかどうか判りませんが、おでこから窓下になった2灯の前照灯とDT23型台車が、新型であることを主張していたようです。しかし側面は3扉、ドア間に狭幅4枚窓ではイマイチです。

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少年向けの模型と言うより玩具として設計されたからなのか、“湘南電車”に比べて相当手抜きされた感じです。窓セルは省略され、おでこの表示も窓は無し。床下機器は一切無く、連結器も胴受けは無く箱状のポケットに入っただけです。

それでも新型電車として、少年の夢を膨らませていた存在だったのです。

さて、これまで10回にわたり続けてきた「0番運転会の後遺症」も、漸く治まってきたようです。鉄道模型を趣味とする以上、様々な大きさの模型をマイペースで楽しんで行きたいと思います。

 

 

2021年11月25日 (木)

0番運転会の後遺症-9

ボギー軽量客車「ホハ10」の牽引には、たった2軸のEB58型電気機関車では不釣り合いを感じて、父にねだって一回り大きいED58型電気機関車を入手したようです。

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良く観察すればこのED58、前頭部のプレスパーツはEB58と全く同じもの、胴体部分のみ長いパーツとしたものです。胴体が延長されたことから、屋根上モニターも明かり取り窓が4つになったものになっています。ただ、胴体の側窓と前頭部の側窓の高さが揃っていないことに気付いたら、気になって気になって。

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牽引力はと言うと、動力はEB58同様の片側台車の2軸のみ駆動ということでほぼ変らず。インサイドギアとなったことから多少空転防止効果があるかも知れませんが、残念ながら手持ち車両を繋げての牽引力試験はしていないので、本当のことは判りません。

2021年11月24日 (水)

0番運転会の後遺症-8

3線式はもういい! と聞こえるようですが、後遺症はなかなか治まりません。

EB58型電気機関車に2軸客車や貨車を繋いで遊んでいるだけでは飽き足らず、遂にボギー客車を買って貰いました。箱には「ホハ10」とゴム印が押されています。

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当時、登場間もなくの10系軽量客車のナハ10をショーティーにしていますが、ありそうで無い塗色が面白いです。前回取り上げた2軸客車より簡素な貫通路、幌枠も省略されていますが、フォルムはまずまずかと。

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窓が吹き抜けなのは当時は当たり前。台車はTR40の軸距短縮タイプのような、粗いソフトメタル様で、ブリキプレスの枕梁をに止められています。車輪はプラ製なので、このまま2線式でも走れそうです。

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この「ホハ10」は1両しか無いのが残念ですが、ボギー車ということで大いに満足していました。

 

 

2021年11月23日 (火)

0番運転会の後遺症-7

このシリーズもしつこく7回目の今回は2軸客車。EB58型電気機関車に繋げるために、展望車を買って貰っていました。どこに根拠があってこんな塗装にしていたのか判りませんが、3線式は鉄道模型と言うより、玩具の延長線上にあった証拠です。

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展望デッキにはエッチングの「つばめ」テールサイン、多分セメダインCで付けたものと思われます。

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もう1両の客車は塗色が異なりますが、この色は気に入っていました。

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貫通路には後に入手したゴム製幌を付けていました。

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しかし細部を観察すれば、至る所のハンダ付けが外れ、上の画像では妻板から屋根板左右が浮き上がっています。これでも大事にして遊んでいた大切な宝物だったのですから。

 

 

2021年11月22日 (月)

0番運転会の後遺症-6

0番運転会に参加させて頂いたのを切っ掛けに、押し入れの奥に仕舞ってあった3線式0番の箱を開けてみたら、出てくる出てくる懐かしい想い出が。

そんな中から今回はこの湘南電車。EB58型電気機関車に貨車を繋げて遊んでいただけでは飽き足らず、電車をねだって買って貰ったのがこの両運。80系などという実車形式を知るよしも無く“湘南電車”です。

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だんだん近所を走る電車のように方向板を掲げたくなり、正面にパーツの箱を用意しました。アルミ板にプリントされた国電の方向板を何枚か入れ替えて楽しんでいた筈なのですが・・・、方向板は見当たりません(涙)。

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ベロベロになっていた窓セルだけは、近年0.5tのエンビ板に交換していましたが、その他は昔のまま。側扉横には、同じくアルミ板にプリントされた側面サボを貼り付けていた痕跡が残り、DT16台車のインサイドギアと車内の交流モーターが覗けます。

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連結器は、真鍮線を抜き差しするタイプの密着連結器に交換していました。懐かしいパーツです。

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OER3001氏より1歳と3歳上の従兄弟宅には、片運転台のを含めて2~3両の湘南電車があり、羨ましく思っていたことを思い出しました。我家ではこの電車で我慢しつつ、どれほど遊んだことか。6畳間に小判エンドレスを展開し、時にはコレクターから火花を散らしながら走るのが、電池では無く電気で走っているという実感が味わえて嬉しかったものです。

 

 

2021年11月21日 (日)

0番運転会の後遺症-5

再び「0番運転会の後遺症」ですが、今回はこちらの無蓋車です。

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当初はグリーンに塗装されていたことを記憶していますが、「36-11」と妻部に標記があり、1961年に刷毛塗りで黒ラッカーを塗っていたようです。

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これも曲がった箇所をグイッと修正し、改めて塗り直したら、すこそこ見栄えするように生まれ変われるかな?

 

 

2021年11月20日 (土)

鉄道模型への第一歩

ここ連日は、「0番運転会の後遺症」と称して古い3線式の貨車を取り上げて来ましたが、そもそもOER3001氏が鉄道模型を趣味とするようになる第一歩が、この車両から始まりました。当時の誰もが最初に手にしたであろうEB58型電気機関車、カツミ製品でした。

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車体の至る所が破損しています。正面の飾り帯が外れて紛失していますが、洋白材のハンダ付けだったのですね。

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絞り前頭部に車体中央部、前面下部、屋根上モニターを組み合わせた車体は、外れた箇所も多いです。

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一部にはハンダ付けの補修がされていますが、お世辞にも上手ではありません。しかしこの修理は新宿通り伊勢丹手前の路地角にあった模型店に依頼したことを覚えています。

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反対側の同じ部分も手が入れられています。当時の模型店はこんな修理も受けてくれたのですね。メーカー送りではなく販売店主が対応してくれていたのですから凄いことかも知れません。

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正面から見ると傾いています。

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反対側を見ても傾きは明らか。枕梁でも外れて修理した際に、位置を間違えていたのでしょうか。

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こんな車両ですが、パンタグラフはなかなか立派な作りです。イコライザーがあり、バランスが取れるもので、矢印部分を押し下げることで上昇する構造になっていました。

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動力伝達はウォーム1段減速ベルトドライブ駆動。

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何度か交換したはずの集電靴でさえこの摩耗状態なので、走らせるには真鍮板でも補わなければなりません。

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それにしても父親に買って貰ってから64年になるでしょうか。何度かの引っ越しでも捨てられず、ず~っと大切に仕舞っていた歴史的“資産”、まじまじと観察すると当時のことが蘇って来ました。

 

 

2021年11月19日 (金)

0番運転会の後遺症-4

ここのところ連日、3線式0番の古いコレクションを取り上げていますが、ちょっと小ぶりな通風車もありました。自重9.1t、荷重10tのツ2500のようです。

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何故かシルバーに塗装されています。勿論これもカツミのブリキ製。

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16番ゲージではなかなか走らせる機会が減ってしまった2軸貨車ですが、0番サイズを眺めていると存在感が違います。

 

 

2021年11月18日 (木)

0番運転会の後遺症-3

この貨車が、OER3001氏が鉄道模型の世界に入り込んだ最初の車両です。EB58型電気機関車と貨車が乗っている3線式ガラレールとともに、小学校1年生だった1957(昭和32)年の秋、父親に買って貰ったものでした。

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勿論ブリキ製で、メーカーはカツミ。鉄製有蓋車テム**らしい形状ですが形式不明。どうせ当時の3線式0番(Oゲージと言っていたが)など、スケールものではなかったですからね。手元の古本の中にあった写真と比べると、自重6.2t、荷重15tのテム300に似ています。

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これも久しぶりに取り出して良く見てみれば、なかなか細かい工作をしているではありませんか。手を入れたら相当見栄えするものに生まれ変われそうですね。

 

 

 

2021年11月17日 (水)

0番運転会の後遺症-2

JORC例会では、銀色のタンク貨車にも目を奪われました。

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同型と思われますが、黒いのも。現存していたものかどうか知りませんが、ここまでしっかりレタリング等入れると、車両本体が甘い作りでも見違えます。

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これらの素材となったのは、これではないでしょうか? 先のワフ同様、小学校低学年だった1960年前後に入手の筈。カツミ製です。

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一応リベットも表現されていて、簡単ですが当時良くここまで作っていたなと感心させられる製品です。

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残念ながらハッチのパーツが1個外れて不明ですが、修復するとなれば似たものを作るのはそう困難では無さそうです。

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60年も大事に取ってあった模型、このまま3線式の歴史として取っておくべきか、ここは蘇らせてあげるべきか・・・、悩むところです。

 

 

2021年11月16日 (火)

続:0番運転会の後遺症

昨日、0番ワフを取り上げたら・・・、ご覧になったモハメイドペーパーさまから「我家にも同じようなのがあるよ」と画像付きでメールが送られて来ました。

これはご紹介しなければいけないと、ここに取り上げさせて頂きます。モハメイドペーパーさま、ご了承ください。

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元はブリキ製のワフだそうですから、同じカツミ製と思われます。

荷物室側妻板にアングル、荷物室扉にリブを追加。ガラベン、電池箱ブレーキシューはロストのパーツ、車軸発電機らしきものはドリルレース、車掌側妻面はハンドブレーキレバー追加、尾灯は引っかけ式として、受けを作ったとのことです。

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屋根にはスェード調スプレーを吹き、軸受けは実際に板バネが効き、2線、3線式共用のために絶縁車輪としたという高級品に生まれ変わっています。

それにしても余計な刺激をしてくださりました。

 

 

2021年11月15日 (月)

0番運転会の後遺症

他クラブの運転会に参加させて頂くと、いつも色々な刺激を頂きます。先のJORC例会なる運転会への参加でもそうですが、この日はこれに目が止まりました。

Kさんの作品と思われますが、何処かで見たような素材を活かして居られるのかと。

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そう思って押し入れ奥に収納されていた段ボールを捜索してみました。これですかね? 昔のままのカツミ製3線式のレールに乗せて撮影しました。

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小学校低学年だった1960年前後に買って貰っていた1両のようです。この塗色で売られていたのです。

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これとは別に、ちょっと短い全長の1両もありました。こちらはどんな経緯で入手したのか記憶が曖昧ですが、ブリキ未塗装車体ではなかったかと。刷毛で“マメラッカー”を塗ったようです。

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後部も少々違うようです。

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これらも手を入れれば蘇るかも知れませんが・・・、

 

ここまで手を入れたら素晴らしいものに生まれ変わりますね。

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さ~て、この後はどうなることか・・・?

 

 

2021年11月14日 (日)

今日の一枚 No.135

NSEの模型製作の歴史に触れたら・・・、当時の風景が懐かしくなりました。

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上り3000形SSEが元気な頃でした。こちらは7000形LSE、すれ違うのは「さがみ」ですね。

 

 

2021年11月13日 (土)

鉄道模型史の保存

我家には“捨てられないもの”が少なくありませんが、中でもOER3001氏の鉄道模型史に関連するものは特別です。

過去には初めて作ったペーパー車体の0番小田急とか、プラキットのクロ151も紹介していましたが、今回は1981(昭和56)年に完成させたペーパー自作の小田急3100形NSE誕生秘話ということで。

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ここに至る最初はこれでした。最初から完成させる気は無く、あくまで先頭部の試作第1号だったので、塗装なんてフリーハンドでペタペタ。

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動力も斯様な柔なギアボックスを用い、棒形モーターでの駆動を試みていました。

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展望室天井となる屋根板には、「試作No.1 65.3.30」とあるので、1965(昭和40)年の作でした。先頭部だけの試作の予定が、その後方も屋根板を継ぎ足して作っています。

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この後、様々な先頭部の成形が試みられています。第2号がこれ。パテで成形した後に電照式ヘッドマークと前照灯ケーシング部を抜く方法だったようです。

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第3号も同様ながら、丸める前の展開状態での切り込み位置を変えていました。センターピラーを立てて検討していたようです。

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第4号ではパテ塗り、成形前なので、切り込みの様子が良く判ります。電照式ヘッドマークや前照灯ケーシング部は最初から抜いています。

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第5号は、第4号とほぼ同じようですが、第3号で試みたセンターピラーと共に、バルサ材成形の屋根を乗せています。

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第6号で、漸くイメージが掴めたようでした。

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第2号(左端)から第6号まで、モックアップを並べてみました。第6号には6月12日と記載してあることから、この年は3ヶ月もこの製作法を検討していたようです。

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そして本製作となったこれが完成したのが1981(昭和56)年ですから、途中放置も経て、15年越しでの完成と言うことになります。

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最終的に、前照灯ケーシングはペーパーを諦め真鍮板に変更、併せてスカートも真鍮製となりました。

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センターピラー含むパノラマウインドウのサッシは、ヘッドマークの縁取りと共に洋白線となりました。

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これらのモックアップ製作を経なければ完成させられなかったNSE、完成模型と共に、試作モックアップも大切に残したいのです。

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モックアップの裏に記載された日付も、その歴史を伝えてくれています。

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近年の完成品は外観は良いし、誰でもそれなりの対価を払えば手にできますが、こうして悩みながらやっと完成させた自作品の方が、遙かに価値ある一品だと思うのは自己満足ですね。

 

2021年11月12日 (金)

友人宅での運転会へ

好天に恵まれた秋の一日、運動会ならぬ運転会。お友だちの別邸で楽しませて頂きました。先ず新宿までは混んだ電車を避け、座席指定料金410円を払ったこれに乗車。

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山手線の混雑には目を瞑って我慢した後、再びクロスシート。これは座席指定では無いので料金無用。

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オーナーのお出迎え車で向かった先で、今回のOER3001氏は古い小田急車3題を広げさせて頂きました。

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先ずは普段あまり登場する機会に恵まれていなかった電機と貨物列車。先頭に立つのはデキ1、車番はED1012。安達のキットを組みましたが、パンタをPT42とし、列車無線を備えた時代にしています。

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東北沢のホッパー線まで走っていた最後尾はトフ104。友人MF氏が真鍮自作した素材を元に仕上げています。

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こちらは16番ゲージでは初の小田急製品となったでは1600形、天賞堂ブランドですが設計製造はフクシマ模型製作所。発売されてから毎月、モーター無しを1両づつ買い集めて、内2両を電装して3両編成とした、懐かしい想い出がある模型です。

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最後は小田急初のロマンスカーとして、3線軌条化された箱根登山鉄道は箱根湯本まで直通運転されたペーパー自作1900形の3両編成。勿論車内も製作、中間サハには喫茶カウンターも備えました。

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昼食とティータイムを挟み、陽が傾くまで楽しませて頂いた後は・・・、お仲間のクルマに便乗して夜の部へ。たっぷり楽しめた一日でした。

 

 

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