2026年6月16日 (火)

カナダではない記憶のカナタ

1979年7月のこの日、スイスはベルン(Bern)で朝を迎え、市内電車を撮影した後に乗ったバーゼル(Basel)に向かう列車。車内から撮っていたこの一枚がリスタール(Liestal)駅だったことが判明。

撮影したたった1両の小さな電車は軌間750㎜のヴァルデンブルク鉄道(Waldenburgerbahn)のBFe4/4形1号だった。1953年製のシンドラーモータートラム製だそうです。

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小さな車体にひときわ大きなパンタグラフを上げた電車に乗ってみたかったなぁ。

この鉄道は、バーゼル近郊での輸送を担っていたバーゼルラント交通(Baselland Transport AG)に吸収されて1,000㎜に改軌の後、今は自動運転を目指しているとのことで、写真の姿は過去帳入りになってしまいました。

 

同じ列車(BernからBaselへ)内から、ネガカラーフィルムのカメラで必死に撮っていたのが以下の4枚。

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焦点も流れているし拡大しても車体の文字が判読できない(涙)。

リステールを発車後のヴァルデンブルク鉄道かと思っていたのだが、そうではないようです。何方かご推察ご教示頂けたら嬉しいです。

 

2026年6月14日 (日)

Gare Saint-Lazare 1979

フランス語のタイトルで失礼します。1979年夏のパリでの一コマ。

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初めてのフランス、誰もが憧れたパリ。モネの名画「サン・ラザール駅」を訪れた夕刻のことでした。これ以上は何も書きませんが、この一コマから様々なことが想像できるのが楽しいです。

2026年6月12日 (金)

総武快速線開業前日

相撲の街」に掲載した1972年の両国駅光景のフィルムは、鉄道開業100年となる年に開業した東京地下駅(現横須賀線ホーム)と、総武線快速線東京-津田沼間開業により、総武本線の起点が御茶ノ水から東京に変更、それまでの御茶ノ水-錦糸町間は支線となる前日の記録でした。

と言うこともあって、この日最後の運転だった101系による「快速」(中野-木更津)を津田沼駅南の跨線橋から撮っていました。

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幕張方に加速して行く後姿も撮っていましたが、駅周辺もまだ長閑な感じでした。

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この頃の津田沼駅、右のホームが未開業の快速線。下りホームをDC急行「水郷」が通過です。

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津田沼から上りの101系に乗るのですが、途中で快速線を行くDE10 126牽く貨物と遭遇。トラとかホキ800も連結されて、しかも未開業線路を走行だったなんて、今思えば不思議な列車です。

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通過する優等列車は、まだこちら側を走行していました。DC急行「そと房」と離合した此処は何処だったろう? 快速線には渡り線があります。

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7月だけに101系の側窓全開にして(2段上昇式の最大の魅力)、両国駅構内手前で地下に潜って行く快速線を確認しました。ず~っと観察しながらの帰宅だったようです。

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それにしても、フィルム代、現像代も気にしながらなので撮影コマ数も今に比べれば著しく少なくて残念ですが、その一コマ一コマが貴重な記録と思い出になります。

気にせずに撮りまくれるデジタルって、なんと素晴らしい世の中になったことか。

 

2026年6月10日 (水)

多岐にわたり手出し

どうした風の吹き回しか、急にこんなことに手を出してしまいました。自分でも信じられませんが。

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あまり本気になる予定は無く、軽ーい気持ちでとりあえずこの図面だけを頼りに真鍮材を調達。ホームセンターで見つけた丸棒が使えそうです。

 

2026年6月 8日 (月)

相撲の街

両国と言えば国技館ですが・・・。

両国駅は1904(明治37)年に総武鉄道が両国橋駅として開業し、1931(昭和6年)に両国駅に改称されているとのこと。「両国」とは武蔵国下総国を指すのです。

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リニューアルされ「-両国-江戸NOREN」の一部となった旧列車ホームの駅名標に示された次は「房総」。

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電車ホームは1932(昭和7)年の建築なのでしょうか、上屋支柱に目が行きます。

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ありました、1972年に黄色い101系から撮った両国駅の光景が。キハ28他の急行「水郷」は9両編成だったのでしょうか。

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こんな歴史ある両国なのですが、やっぱり今は相撲が中心のようです。

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でもOER3001氏は、会社の先輩が開催された写真展を楽しんだ後は「ぶれっと」に立ち寄ってみました。

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店内は一人の客が大きな声で店主(従業員?)と大声で雑談中。とても居心地悪く何も買わずに退散しました。

 

2026年6月 6日 (土)

町屋で

夜からの会合のために出掛けた折、乗換駅での撮影を楽しみます。

京成スカイライナーと都電荒川線とのツーショットを狙ったのですが実りません。

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都電の線路向こうに移動して再度試みますが、スカイライナーはともかく、一般車両とのツーショットもなかなか・・・。

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そうしているうちに、話題の黄色いのが来たではありませんか! 初めて見ました。

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総事業費約3500万円を投じたと言うリニューアルには、費用の一部はクラウドファンディング(CF)で約800万円を得たようです。

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それにしても三戸岡鋭治氏のデザインって、相変わらず車体にこれでもか!と言うようにやたらに文字書き込むのですね。OER3001氏としては全く評価できません。幕板部分には荒川線全駅名。腰部はTODENとTOEI TRANSPORTATIONとしつこいくらい、車号も目立たなくしてとんでもない。

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さらに良く見れば、デザイン規定が決められている筈の「東京都」のシンボルマークが弄られているではありませんか!

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大切な(筈の)シンボルマークが、斯様に改変されているのを、都として黙認しているのですか、とんでもないことだと思うのですが。都の職員にデザイン規定を順守する気が無いのか、大いに問題ではないでしょうか。

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たった一つだけ、OER3000氏が良いと思ったこと。それはどこにも「東京さくらトラム」と表示されていなかったことでしょうか。

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やっぱり「都電荒川線」ですよ、これは。西に傾いた陽射しを受けて、線路が光っていたのが印象的でした。

 

 

2026年6月 4日 (木)

箱根登山電車集合

我が家の箱根登山電車、全車両をここで並べてみました。

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左から①3000形アレグラ、②1000形ベル二ナ、③モハ2形復刻塗装車、④モハ1形、⑤モハ2形ベル二ナ塗装車。

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この内ペーパー自作車両は②と⑤。

実は今、モハ3形と2000形サンモリッツも控えていまして・・・、完成はいったいいつのことになるやら?

 

2026年6月 2日 (火)

品川界隈を歩く

大工事が進む品川駅に向かいました。暫く見なかった間に随分進んだのですね。

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目的は巨匠・広田尚敬氏の「鉄道写真」展、キヤノンギャラリーです。期間が長いからいつでも行かれるなんて思っていたら見逃します。

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港南口から南に歩くので、写真展の後は八山橋に行ってみました。現行トラス橋の右、高い位置に新トラス橋が架かりました。このトラス橋はカーブしているのですね、珍しい。

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北品川から来るこの光景も見納めになるでしょう。

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折角なので北品川駅へ。もう何年も経つのに、ここで京成電車に出会う違和感は消えません。

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北番場、南番場なんて言うのは相当昔のハナシ。今は新馬場。青物横丁と過ぎ、鮫洲で優等列車を退避します。地平の頃は対向列車の台車・床下を撮るのに適していたのに・・・。

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鮫洲の次、立会川では初めての下車でした。

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この区間は高架化に際し、用地が狭かったので地平上下線の左右に高架橋を建てたという珍しい(と思っているのはOER3001氏だけか?)工法。高架下の改札を抜けると昭和の香りが漂うアーケード「立会川 西商店街」。今度は夕刻に歩いてみたくなりました。

2026年5月31日 (日)

小湊鉄道走らせる

小湊鉄道続きで今回は模型のお話。

このたびシニアで新たなグループを結成。その発起会が行われたこの日、小湊鉄道を愉しんだ余韻から、2両のペーパー自作キハ200形(204、214)を持って参加。先ずは五井のJRホームから見た光景を思い浮かべ、お仲間たかべー様のPLUM製プラキット組み立て車にも加わって頂き記念撮影。

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他車と違うベンチレーター(片側角が斜め)を付けた204を先頭に3両編成を組成。

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全車パワートラック仕様(OER3001氏のは花園、たかべーさまのは天賞堂コアレス)のお陰で協調性も問題無し。

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レイアウトを周回後は再び収容線に並べ、幌が無くジャンパケーブルのある上総中野方から撮影でした。

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この新しい集いは運転会&反省会(懇親会)のセット。お仲間での楽しい会話は時間が経つのも忘れます。

 

 

2026年5月29日 (金)

小湊鉄道を愉しむ―その2

その2は初めての養老渓谷です。

何度も乗った小湊鉄道でも、OER3001氏にとって養老渓谷駅は、これまで下車駅ではなく通過駅に過ぎませんでした。

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無人駅ですが、駅舎横の飲料自販機も小湊鉄道カラー。

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閑散とした駅前ロータリーにバス停標識がぽつんとあるだけ。「養老渓谷」へはここから粟又・ごりやくの湯行というバスに乗らなければ辿り着けません。

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栗又の滝バス停で降り、粟又の滝へ行ってみました。期待していた水量が無かったのがちょっぴり寂しい。

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遊歩道があるので、心地よい緑と水の流れる音が楽しめます。

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本来遊歩道は、粟又の滝から4.3キロほど歩けたようですが、台風被害などで立入禁止になっている部分が多いのが残念です。一旦国道を歩いて再び川面に下りたのは面白峡遊歩道と言う部分だったようですが、深沢の滝なんていうのもありました。

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この季節に渓谷を歩くのはとても気持ちが良い。

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迫る断崖にはタモリさんが興味を示しそうな地層がところどころ。そう言えば国際地質科学連合から選ばれたチバニアン も養老川でした。

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遊歩道の端部からひたすら階段を上がり、集落に向かえば水田で雉がお出迎え。

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歩いて歩いて再びバスに乗り、養老渓谷駅から乗った列車は飯給でお見送り。あっこの車両、往路で乗ったやつでした。

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飯給駅付近でも鷺がお出迎え、いやなんとも長閑です。

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飯給で降りた理由は踏切を撮る。そんなことある訳ないでしょ。

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踏切で撮った列車が飯給駅を発車、終点の上総中野を目指して発車して行きました。

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駅のサクラと田圃は、春には撮り鉄たちを多く集めるスポットですが、その背後には白山(しろやま)神社。

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OER3001氏の目的はアート作品の見学でした。一見女子トイレ。

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この扉を開ければ丸太の塀で囲まれた広い空間に設置された一基の水洗トイレ「Toilet in Nature」。ここで用を足したくともこれは女性用だからOER3001氏は使えません

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このアートの解説ボードも設置されています。

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隣の男性用トイレを利用し、五井行の列車に乗りました。

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それにしても歩いた歩いた、この日の歩数は23,500歩を越えました。

 

2026年5月27日 (水)

小湊鉄道を愉しむ―その1

梅雨入り前の緑が眩しい季節、久しぶりに小湊鉄道を愉しんで来ました。

退職後のゆったりとした時間に慣れてしまい、忘れていたラッシュタイムの通勤電車で向かった新宿。職場に急ぐ通勤者の中、これから始まる小旅行にウキウキ。総武各駅停車、快速、内房線と乗り継いで到着した五井で待っていたのはキハ200形の214、OER3001氏が模型製作した車両でした。

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塗装は剥げ、鉄さびも目立つ哀れな姿でも、走り出せば車内には心地良い風が。

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上総牛久では17分停車。3番線にはここから五井までの列車が停車中。

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乗って来た214は後部に211を連結。共に側窓はユニットサッシになったバージョン。

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一日乗車券と停車時間を活用して改札外から駅舎を撮っておきます。

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里見では10分停車、五井行のキハ40-2と交換でした。

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勿論、駅舎も撮っておきます。

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ホーム後部の構内踏切から211の姿も撮っておきます。

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この日は終点の上総中野までは行かず、手前の養老渓谷で降ります。

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緑深い風景の中に、紫煙を残して入って行く列車をホームから見送ります。

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さてさて、今回はここまで。続きもありますよ。

 

 

2026年5月25日 (月)

グランシップトレインフェスタ2026 その4

その4はご当地で人気の静岡鉄道A3000形。

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実車は全12編成の内、Fresh Green(フレッシュグリーン)はA3008-A3508の編成。

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模型は実車登場は2020年ですが、模型は2016年にペーパー自作。

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正面の工作、特に灯火類には苦労したものです。

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当初の動力はパワートラックでしたが、その後コアレスモーターのパワートラックに更新しています。

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毎年グランシップトレインフェスタで走らせていますが、地元の電車は人気者です。

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信号機にご注目、「青」でA3000形が走ります。

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先頭車両が信号機を通過すると「赤」に。

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たった2両では、このレイアウトでは寂しい感じもしますが、華やかなカラーのお陰で観客の眼も引き付けられたようです。

 

 

 

2026年5月23日 (土)

グランシップトレインフェスタ2026 その3

その3では、開催地・静岡に忖度して出場させた地元JR東海と日本国有鉄道の車両をご紹介。

先ごろTOMIXが11月(どうせ遅れるだろうけど)に発売すると発表した313系ですが、OER3001氏のは御殿場線で活躍する3000番台の2両編成。

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日車夢工房ブランドで発売された製品を、2005年にオークションで入手したものでした。313系が導入された当時、見て乗って、すっかり虜になってしまい、ペーパー自作を準備していた矢先のことでした。

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続いては東海道本線全線電化となった1957(昭和32)年に登場した“青大将”、EF58形電気機関車が牽く特別急行列車「つばめ」ですが・・・、写真撮って気付いた。いっけねーヘッドマーク付け忘れていた(涙)。

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ぶどう色のKATO製品を色替え、中村精密だったかプラキットのスハ二35、スハ44にペーパー自作のナロ10、オシ17、谷川製真鍮キットを組んだマイテ49と、1999年に製作したもの。

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やはり殿の展望車が主役でしょ、未だLEDも高価でチップLEDなど無かった1999年当時、苦労して尾灯とテールマークの点灯化を実現させたものでした。

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久しぶりに登場させた“青大将”編成、過去を知らない友人から頂いた「へ~、OER3001氏さまがこんなの所有していたなんて、信じられな~い!」が嬉しかったですね。やった~!!

 

 

2026年5月21日 (木)

グランシップトレインフェスタ2026 その2

その2は「弁慶走る!」です。

電車ファン、とりわけ小田急ファンを自認するOER3001氏が、意外な蒸機を折角入線させたのだから走らせない訳には行きません。牽引車両は「あだたら号」擬きのペーパー自作客車編成としました。動輪の動きが判るよう4コマ連続でご覧ください。

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実は、広い列車収容線への入れ替え運転の都合から、後部に弊社8号機(0-6-0タンク機関車)を連結しましたが、上手く協調してくれて快調そのものでした。

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7100形蒸機「弁慶」には似合わない架線柱が建つ複線レイアウトをスイスイ。

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たまには観客の度肝を抜く(?)こんな列車も良いのでは? いや、完全にOER3001氏の自己満足だったかも知れません。

 

2026年5月19日 (火)

グランシップトレインフェスタ2026 その1

今年も参加して来ました。

5月15日(金)に設営準備とお仲間での“決起大会”、初日16日(土)の朝はここから出発です。最上階が6階、OER3001氏の部屋は5階右から3つ目の窓ですが、このフロアは殆どお仲間。窓が白い部屋の方は、この時間になっても寝ていたのでしょうか?

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7:45発の熱海行に乗ります。電車撮ろうと構えていたら、そこへ尾根遺産が・・・!

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天気にも恵まれ、8:12に会場となるグランシップに到着。

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8:17、大ホールで出展各クラブが準備、調整作業を始めています。

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OER3001氏らの「サークル165」(いち・ろく・ご 1と6は全角文字で、5は半角、軌間16.5㎜という意味)もほぼ整いました。

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調整も終えたので外へ出てみました。開場8分前の入場待ち行列最後尾はバス乗り場付近。

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野外のミニ電車乗車希望者の列も、エンドレスを取り巻く状況でした。

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そんな中で開場時間を迎えます。

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OER3001氏の一番列車となったのは157系特急「ひびき」でした。昨年、オークションで入手した懐かしいカワイモデル製品をレストアしたもの、走行は抜群の安定感でした。

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この日残念だったことは、朝から富士山がくっきり見えなかったこと。

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折角、新幹線のすれ違いだったのに・・・。

2026年5月17日 (日)

平沼橋で相鉄

「遠足」の締めは平沼橋から相鉄撮影タイム。西に傾いた太陽光で奇麗に撮れるはずなのですが、ヨコハマネイビーブルーという車体色は撮りづらいですね。

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上は10000系、下は9000系と、車型が違うのに黒っぽい列車としかわかりませんね。

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従来カラーの8000系なら、しっかり判別できます。

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先頭車前面の車号が9506と読みやすいのはありがたいです。

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隣のJR東海道線、横須賀線等との並びを期待してもなかなか上手く行きません。共に後追いですが辛うじてこれが。

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爺達が写真撮って楽しんでいる間、しっかり線路保守に従事る方々には感謝です。

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平沼橋を抜けたら横浜駅場内信号。列車はゆっくり到着します。

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いつか撮りたいと思っていたアングル。今回は午前中の万里橋、日中の京浜電気鉄道の面影、陽が西に傾いた頃に平沼橋と、効率的な「遠足」が楽しめました。

 

2026年5月15日 (金)

京浜電気鉄道の面影を求めて

爽やかな好天に恵まれたこの日は、古くからのオトモダチであるぼっちぼちさまとの「遠足」でした。昼前に、横浜駅東口の帷子川に架かる万里橋付近で待ち合わせと約束。昼前でなければ逆光になってしまう場所です。

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左岸には横浜第1踏切。

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ここで暫く粘ってやっと、JR京浜東北線と横浜線のE233系を絡めて撮ることができました。

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振り向けば青いのが来ました。

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踏切を越えて振り向けば、背後は線路まで迫るビル。この奥でJRが跨ぐのですが、それは撮れません。

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ジョイナス、高島屋、横浜ベイシェラトン ホテル&タワーなど、横浜駅前のビル群背景に撮るには歩道橋が最適です。

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オトモダチと合流していよいよ、京浜電気鉄道の面影を求めて歩きます。1931(昭和6)年に開業した平沼駅まで来ました。1943(昭和18)年に営業休止、翌年廃止となり、1945(昭和20)年5月29日の横浜大空襲で、駅残存施設が壊滅的な被害を受けたという遺構。

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上り列車で前方を注視していれば、プラットホームと階段が確認しっかりできます。

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旧平沼駅の先で、線路は左にカーブして横浜駅根岸道路と言うらしい道路を越えて行きます。

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横浜市内は川も多いですね、平戸橋から川面に写る列車を撮影しておきました。

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そして下り列車は戸部駅にかかります。この橋梁を渡って来る列車が島式ホームから撮れるのが嬉しい。

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戸部駅を発車(通過)した列車は、いよいよ起伏に富んだ丘陵地帯を貫く隧道に突入します。

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隧道に入ったかと思えば一旦抜けてまた隧道。その間に陸橋が線路を横切る場所が何カ所かあります。戸部橋で下を行く姿を収めることができましたが、金網でブロックされていてコンデジのレンズでないと(涙)。

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さらにその先、戸部警察署伊勢町連絡所の横からも。

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この後列車は野毛山隧道に入るのですが、OER3001氏らは隧道の上を歩いて越えなければなりません。結構きつい坂道を上がり、そして下る。そして漸く日ノ出町に到着です。日ノ出町駅ホームは、その野毛山隧道を抜けて直ぐ。

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日ノ出町の1番線ホーム(下り)には「野毛山動物園下車駅」と大きく表示されるようになったのですね。

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一方、2番線(上り)ホームには三浦半島のタイルアートが。レールで造られた上屋支柱とともに、京浜電気鉄道が1931(昭和6)年の開業時からあるものなのでしょう。

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横浜から日ノ出町までは営業距離2.6㎞。しかしそこを歩いた距離はおそらく倍。この日はその後に相鉄も撮り、疲れた脚を癒すための冷たいビールでの反省会と、歩数21,491歩となる楽しい「遠足」でした。

 

2026年5月13日 (水)

左沢線 最上川橋梁

出羽丘陵の南部に位置する標高1,984メートル月山(がっさん)を背景に、最上川橋梁を渡る左沢線上り列車。早朝から晴れていたこの日、7時5分頃に漸く念願の撮影が叶いました。

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松尾芭蕉 の「おくのほそ道:五月雨を あつめて早し 最上川」はあまりに有名ですが、その最上川に架かる左沢線の最上川橋梁もまた、歴史的価値の高いものなのです。そこで今回は列車より最上川橋梁をテーマに。

山形からの下り列車に乗ると、最上川は右岸から左岸に渡ることになります。

羽前長崎を発車すると、錬鉄製100ftの単線プラットトラス橋3連に掛かりますが、これは 九州鉄道・筑豊本線遠賀川橋梁を移設したものとのことです。(画像は上り列車)

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今回やっと、その最上川橋梁を飛び出す上り列車の姿を収められました。

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一方、左岸の南寒河江方は、東海道本線木曽川橋梁から移設された150ftの単線ダブルワーレントラス橋5連。姿としてはこちらの方が壮大に見えるので、冒頭に掲載した月山を背景にした画像を撮りたかったのでした。

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今回は左沢発の336D列車で、橋梁の「中」を見ることにして・・・、最初は画像(1)、(4)の単線ダブルワーレントラス橋に軽快に突入します。

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それを5基渡り終えると単線プラットトラス橋の3連に。

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これを渡り終える画像が画像(4)です。

この前方左側にある公共施設「ひまわり温泉ゆ・ら・ら」では、宮城県・山形県の鉄道模型同好者たちとの楽しい集まりが開催されていたのでした。

 

2026年5月11日 (月)

リニュアルされた青梅鉄道公園へ

天気に恵まれたこの日、体調を崩されたお客様対応とかでJR中央線ダイヤは乱れ、青梅駅で待ち合わせた友に会えたのは20分遅れだったか。約2年半の休業期間を経て3月21日にリニューアルオープンした、青梅鉄道公園見学が目的でした。

角の看板も奇麗になりました。

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2026年3月21日(土)リニューアルオープンと描かれたボードの主役はオレンジ色のクハ201。

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子どもの時から数回は訪れているところですが、あらためて入り口横に設置された石碑に目が行きました。

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石碑の裏には国鉄総裁が十河信二だった1962年(昭和37年)10月14日、国鉄鉄道開業90周年記念事業の一環として開設したものだったと言うことが記されていました。晴海埠頭での「鉄道博」と同じ年でした。

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今回のリニューアルで追加された展示車両は全部で3両。先ずは入口右横のED60 1号機。

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道路から見えるD51 452の横に、クハ201-1が。

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その並び、E10 2とC11 1の隣にはクモハ115-1030。

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代わって解体された車両はありませんでが、残念なことに記念館にあったパノラマ(最近はジオラマと呼んでいましたが)は解体。一言で言えば“廃車車両を並べただけ”で、鉄道の学びの施設ではありませんね。

2023年に行った際には記念館内に歴史的な車両の模型が展示されていました。その中に101系も、オレンジとイエローが連結されて。

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それが・・・、青梅駅改札前に置かれたガラスケースに、撤去されたパノラマ模型で走行していた1/80の103系、201系、E233系と共に収められていました。

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入場料500円はまあ良いとしても、何だかな~と言うのが正直な感想でした。

 

 

2026年5月 9日 (土)

動態保存車に乗って来ました!

渋谷~二子玉川園を、国道246号に敷設された軌道で結んでいた「玉川線」を地下鉄化、「新玉川線」(現・田園都市線)用として登場した8500系は400両にも及ぶ東急最大勢力を誇る車両でした。画像は1977年の新玉川線開業直後、二子玉川園駅で発車待ちの渋谷行。今とはホームが違います。

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新型車両への置き換えも進み2023年に全車両運用離脱。しかし8037Fは、10両編成から4両編成に短縮したうえで動態保存されることとなり、このGWには、臨時列車としてこどもの国線を走るとの情報を得て、出撃しました。

長津田から線路に沿って撮り歩き開始。いきなり上り列車として青帯が来ました。(以下掲載画像のクレジットが1977となっていますが、全て2026.5.6の撮影です。ちょっと安易にコピペしていまいお恥ずかしい限りです。)

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振り返れば赤帯。

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定期運行列車の方は1999年から運行されている横浜高速鉄道Y000系、全3編成の内で標準カラーはここに停まっていたY003編成だけ。

こどもの国方面に歩いて恩田川岸で待っていると、Y001の「うしでんしゃ」とY002の「ひつじでんしゃ」を連結した4両編成がやって来ました。

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    「うし」と「ひつじ」の“にらめっこ”も面白いです。

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    次に狙った場所は、東急長津田車両工場に寄った所。お目当ての8500系が来ましたが、同業者の人影をカットするには空が多くなります。

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    同じ場所で、長津田から戻って来た赤帯のお顔を。

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    恩田駅付近ではご覧のような人々。人気者なのですね、8500系って。

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    上下列車交換する恩田駅の光景にカメラを向ける人は、何故か極めて少ないのです。

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    さらにこどもの国方面に歩きます。この日は曇天だっただけに、海側/山側どちらからも強い逆光になることなく撮れた幸運。

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    こどもの国駅を発車して来た青帯を長津田9号踏切から。

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    「うしでんしゃ」のお顔もしっかり撮っておきます。

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    最後はやっぱり赤い帯のお顔。

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    歩いて来たこどもの国駅からはこれに乗って、長津田までの直流電動機の音を楽しみました。

    それにしても良く歩いたものだ。歩数は17,000歩を越えていました。

     

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