2023年2月 2日 (木)

電車に乗ってウォーキング

この日のウォーキングは趣向を変えて、電車に乗って出掛けることにしました。大人一人680円で東急全線が一日乗り降り自由と言う“東急線ワンデーパス”をPASMOに書き込んで出発。渋谷での井の頭線からの乗り換えだけで相当な歩数が稼げます。

先ずは横浜IMONへ向かい、必要な材料調達。

東急新横浜線開業を2か月後に控え試運転も始まったようですが、ここで暫し撮影です。賑やかなラッピング編成が来たと思ったら、SDG'sトレイン。3月までの運行予定だから、撮れる時に撮っておかねばという感じですね。

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それにしても賑やかなラッピング。

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初めて三田見た都の6500形。どうも好きになれないカッコ悪いデザインです。

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東急5000系をベースの横浜高速鉄道みなとみらい線Y500系はなかなか良いのではないでしょうか。2004(平成16)年登場とは言え陳腐化していません。   

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残念ながら試運転の相鉄車両には出会えませんでしたが、東武やメトロの車両にも合わず。ちょっとしたひと時を過ごしてからここへ。田園調布駅です。

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1923(大正12)年建造の旧駅舎、2000(平成12)年に田園調布駅のシンボルとして移築復元された姿に落ち着きます。暫しこの街を歩いた後、東横線、大井町線、田園都市線経由で、中央林間から小田急線での帰宅。19,164歩のウォーキングとなりました。

 

2023年1月31日 (火)

営団6000系との出会い

103系1000番台登場の頃」に触れたら、乗り入れ先の営団6000系についても触れておかなくてはいけません。

1960年代後期は、次々に誕生する新型車両に心が躍っていたように思います。中でも帝都高速度交通営団が登場させた6000系のスタイルには驚かされたものです。世界初のサイリスタチョッパ制御というのも新鮮でした。

千代田線未開業の1968(昭和43)年に登場した第一次試作車3両(6001-6002-6003)は、東西線で各種試験が行われていました。その魅力的な姿を目の当たりに出来たのは翌年の夏、深川車庫でした。

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それまで見たことが無かった左右非対称の正面デザイン。非常口が開けられた姿を見られるのは嬉しかったです。

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既に多くの試験を実施していたことから、この時は側面のスカートが外された後だったのが残念。

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この3両にはそれぞれ、三菱電機製チョッパ制御、超多段式抵抗制御、日立製作所製チョッパ制御装置が搭載され、比較検討されていました。この時代の営団で20m車体が走る路線は東西線だけだったので、東西線用5000系と並んでいました。

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同じ時に、第二次試作車の6両編成(6011-6012-6013-6014-6015-6016、後年改造・改番)も見ていました。一次試作車での側面スカートを省略したことから、台枠下が低くなっていたのが印象的でした。

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斬新なスタイルの6000系が千代田線に投入されたのは1971(昭和46)年3月のこと。それまでの千代田線車両は、東西線と同じ5000系の3両編成(後に5両編成化)でした。

その後、1972年の鉄道友の会・ローレル賞を受賞。綾瀬駅での授賞式後、綾瀬車庫まで乗車し、この写真を撮ることが出来ました。

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今はインドネシアに渡って大活躍している仲間も多いようで、名車だったことは確かなようですね。

 

2023年1月29日 (日)

トレインビューポイント

横浜駅で、行き交う列車を眺められる場所を発見しました。

再開発で誕生したJR横浜タワーなるビルに初めて入ってみました。6階にテラスがあり、眼下にJRおよび京急の横浜駅が望めます。

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南西方を望むと、左から京急、京浜東北線と、東海道、横須賀線の線路が見渡せ、地下深くに潜ってしまった東横線の線路跡も確認できます。

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ふと、半世紀前にこの辺りで撮っていた写真を思い出しました。国鉄(現JR東)と京急の線路を望める東西連絡跨線橋があったはず。

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そう思ってその跨線橋を探しましたが、今の姿がこれ。

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既に立ち入ることはできず、階段を上がった先からは撤去されてしまっています。

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列車を撮ろうと思うと、こんな姿しか収められず。プラットホーム上屋が邪魔で撮れません。

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まだこの先も再開発事業は続くようですから、また新たなトレインビューポイントを期待したいですね。

 

 

2023年1月27日 (金)

小田急3000Ⅱ更新車

VSE貸切列車を楽しんだ日、相模大野の車庫線に入った時に発見! 

修繕中の3266×6が停車していて、輝きを増したような車体。クハ3266の正面はパテ盛り・研磨・乾燥途上なのでしょう。良く見ると一部の床下機器が変わっているようです。

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床下機器はTIOS機器箱他が新しいものになっています。

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2両目デハ3216は、主制御器が換装されているようです。この外観からは5000形(Ⅱ)のに良く似ていますが同じものでしょうか。

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1-2両目の連結部の床下には5000形同様の連結箱が。加えて車号が幕板部に追加されています。これも5000形同様にホームドア対応なのでしょう。

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この3266×6は2001(平成13)年から投入された3000形の3次車で、竣功は2004(平成16)年。1、2次車にこの種の修繕がなされていないことを考えると、将来の動向が興味深いです。

 

2023年1月25日 (水)

小田原散策

小田急VSE貸切列車を楽しんだ後は、JK氏とMT氏を伴っての市内散策となりました。小田原城横を通り過ぎて、向かった場所はここ、2021年5月以来2度目の訪問です。

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ここの二宮金次郎氏って、何と優しいお顔をしていたのでしょう。今回気付きました。

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箱根登山鉄道小田原市内線モハ202。王子電気軌道409→東京市電気局100形109→102へ改番→小田原市内線202→長崎電気軌道152→151へ改番という歴史を持つ。

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その複雑な歴史で、車番振り替えや台車交換も実施されていたようですが、現在の台車はこれ。

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車内には昔懐かしい形状の車内灯が。

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東京芝浦電気の大きな主幹制御器、逆転レバーやブレーキハンドルが無いのは悲しいですが、一般公開している状態では無理もないですね。

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今回は併設の「きんじろうCAFE&GRILL」でゆっくりしたティータイム。なかなか素晴らしいメニューで嬉しいものでしたが、ついそれらの撮影を失念してしまいました。ご興味ある方は是非こちらを。

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最後に奥のカフェ側から撮って、今度は小田原城の反対側を通り駅に向かいました。

 

 

2023年1月23日 (月)

VSE貸切列車に乗る

この日、最初にシャッター切ったのがこれ(涙)。永年の友人が朝から「ロマンスカー・カフェ」で手にするのはビール。

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朝からのビールなど、自粛するOER3001氏は、入線して来た赤いロマンスカー70000形GSEを撮ります。これは予行演習。

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本命は本日の貸切列車となる白いロマンスカー50000形VSE。昨年春に定期運航を終了しているので、新宿駅に入線する機会もめっきり減りました。

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ゆっくり1号線に進入して来る時、ミュージックホーンの吹鳴がサービスなのか、通常は2回なのに6回でした。この3枚は動画からの切り取り。動画撮影して大正解でした。

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「ありがとう!」のステッカーもそのままです。

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多くの人が眺めていましたが、定期列車とは違う姿に気付く人も多かったようです。展望席の座席が向かい合わせにセットされているのです。

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OER3001氏らは9号車に指定されています。「特別団体専用・Group Use」と言うのがイイですね。

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後部展望席、2006年ブルーリボン賞のプレートと共に撮っておきました。

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予定通りの時刻11:40に発車後、新宿1号踏切通過時に先頭車が確認できました。

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早速車内で配られたお弁当です。

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こうして背後に線路を写すと面白いです。こんなことしていたら、中身の撮影を失念してしまいました(涙)。

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相模大野で上りの赤い70000形GSEと遭遇、こちらは暫し相模大野車庫に入ります。

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相模大野から再出発、また赤いGSEとすれ違ったのは渋沢-新松田間でした。

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この区間は小田急沿線で数少なくなった自然が残る所。度々水害も起こす四十八瀬川に沿って進む時、カーブはで先頭が見えます。

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新松田駅の手前で四十八瀬川は線路の左側に位置を変えますが、その時にも列車先頭部が確認できます。朝から良く見えていた富士山は、残念なことに雲に隠れてしまいました。

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顔見知りの人たちで和気藹々の車内の時間は、あっという間に過ぎて13:53小田原に到着してしまいました。新宿出てから2時間13分も乗っていられた特別団体専用列車。

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最後に小田原駅で、その姿を撮っておきます。

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下車したお仲間たちも、名残惜しそうにしていました。

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今回の貸切列車乗車にあたってOER3001氏は、もう聞けなくなるであろう連接車の音を記憶に留めることを主目的に、ロングレール区間が多くなりジョイント音が聞けなくなった小田急線の内、渋沢~新松田ではずっとコンデジで動画撮影をしていた次第。(13~15番目の画像は動画から)

機会あればまた乗りたいものです。

 

2023年1月21日 (土)

シニアの遠足

中京地区に在住する同学年の友人が出張して来た機会を利用し、3人でシニアの遠足となりました。乗換駅で普段あまり目にすることが無い電車を撮っておきます。

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天気にも恵まれ、風も無く暖か、海も穏やかな日となりました。

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見上げれば、羽田を離陸した福岡行きJALが上昇中でした。

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何度か訪れている所なれど、“入場”は初めてでした。山下公園に係留・保存され2016年に重要文化財にしてされている氷川丸の「一等客室」。英語表記は「First-class cibin」でした。

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一等食堂にはその食事も並べられていて、豪華な雰囲気が伝わって来ます。

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こちらはさらにその上「一等特別室」、英語表記は「Delux cabin」でした。First-classより上はDeluxのようです。

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バスルームを挟んで隣にはこんなスペースまで。この「一等特別室」は天皇・皇后両陛下もご利用されたとありました。

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その氷川丸を、マリンタワーと共に収めておきました。これも初めて行ってみた大桟橋の屋上から。

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こまめに写真を撮っていませんが、日本郵船歴史博物館~氷川丸~中華街で懇親~山下公園~大桟橋~赤レンガ倉庫と歩き、帰宅時には20,000歩を越える“遠足”になっていた次第です。

 

 

2023年1月19日 (木)

東武ロマンスカー

標題を「東武ロマンスカー」としましたが、「ロマンスカー」の名称は1996(平成8)年12月3日をもって小田急の登録商標となっており、現在では東武を含めて他社では使えなくなりました。

因みに他社で「ロマンスカー」として製造された車両は、2012年に長野電鉄2000系が引退したことで無くなっています。

東武ではデラックスロマンスカー(DRC)1720系が長くフラッグシップでしたが、その前に誕生している1700系は好感の持てる車両でした。某誌からプレゼントされた真鍮キットを組んで、OER3001氏のコレクションに加わった次第です。先日S氏宅で開催された運転会で、久しぶりに走らせることができました。

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和室の築堤を走り抜け、複々線区間にかかります。

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このレイアウトは全6エンドレス(内2線は未開通)という壮大なものです。

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4エンドレスそれぞれが副本線を擁するので、目の前は8線。いったいどれが自分の車両が通過するのかわからなくなってしまいます。

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LEDが無かった時代の作品なので電灯類は全て豆球ですが、なかなか良い雰囲気です。

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室内灯の効果で、一人分づづシートカバーを掛けた背もたれが映えます。

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存分に走り回って、駅に戻って来ました。

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それにしてもご自宅に、こんな素晴らしいレイアウトを作った(途上)S氏には脱帽です。楽しませて頂きありがとうございました。

 

 

2023年1月17日 (火)

パンタ配管完了

2023年の工作始めはパンタ配管作業となりましたが・・・、

4両やるのに休み休み。配管終えて塗装して、パンタを載せて、ようやく完了しました。

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細部を見てはいけません。4両少しづづ差がありますから。

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製作しておいた全自作幌も取り付けて、パンタ車の連結部を眺めてほくそ笑んでいます。

 

2023年1月15日 (日)

再塗装(涙)

気が進まないパンタ配管作業をしていて、塗装面に傷を付けてしまいました。

仕方なく当該部分のみ残して全面マスキングです。幸いなことに缶スプレーを使っていたので手軽にシューッです。

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ステンレス車体なのでこうしたマスキングで済みましたが、塗装車体だったら全体の再塗装になってしまうところ、結局3回吹きました。

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短編成ものでないことも幸いでした。繋げちゃえば判らないだろうと。

 

2023年1月13日 (金)

103系1000番台登場の頃

このブログの「他社線ご案内」でリンクさせて頂いている「ぼっちぼちの旅日記」、1月10日には1971年 初春 松戸駅にて  1971年 1月頃」なる記事が掲載されました。なんだかんだとお仲間内でのコメント書き込みがあったので、勝手にコラボして国鉄103系電車に1000番台が登場した時の記録に触れてみたくなりました。

1970(昭和45)年11月21日、この日は土曜日だったようです。懇意にさせて頂いていた国鉄職員のお心遣いだったように思いますが、松戸電車区に搬入されたピカピカの新車を目の当たりにできる機会がありました。こちらは代々木上原方。

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301系に似た正面ながら、アルミ車体ではないので薄いグレーにラインカラーをまとったデザイン。当時OER3001氏の住居最寄り駅は、各駅停車しか停車しない代々木上原だったので、行先字幕に「代々木上原」と表示された姿は誇らしいものでした。取手方のクハ103-1001には何か測定用のケーブルがセットされていました。 付いているケーブルは可搬式ATS-S車上子用だったとのことです。

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営業時は、中間車は全てモハという8M2Tの10両編成だったはずですが、この写真では8両編成だったようです。2両目は制御機器とパンタグラフを持つモハ103-1001。

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3両目は補助機器を担うモハ102-1001。手前に停車する車両の影がかかってしまいました。

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OER3001氏としては国鉄車両の模型製作する気など無いのですが、念のため職員氏にお願いして、模型作りには欠かせないパンタ周りも撮ってもらいました。

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それにしても地下鉄を走る車両って、どうして前が見えないのですかね。ATC関連機器だとかなんだとか聞きましたが、鉄道ファンとしてはここから前を見たいのです。

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結局この103系1000番台車両、営団6000系に比して大幅に多い電力消費や主抵抗器からの排熱問題などで不評を買い、1984(昭和59)年から203系へ置き換えられることになります。それまでの量産型103系の流用ではなく、最初からもっとしっかり設計しておけば良かったのにね。

 

2023年1月11日 (水)

あざみ野の光景

1月9日の「モハメイドペーパーの何が出てくるか2」では、あざみ野駅南方に架かる赤田平成橋からの画像が掲載されていました。そこで勝手にコラボレーションです。

架線柱を兼ねた高圧線支柱の最上部を入れて撮ろうとされたようでしたが、OER3001氏も同じことをやっていました。しかもモハメイドペーパーさまがここで撮るきっかけとなったメトロ8000系です。

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上の列車がここ(赤田平成橋)に迫った時にはカメラを横位置にして。

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大井町線用の6000系、後から3両目のQシート車もしっかり収められていました。

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因みに2020年12月に撮っていた中には、東急路線と思えない光景もありました。上下線とも東武の車両ではありませんか。

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撮りやすそうなこの場所ですが、結構架線柱を引っ張るワイヤーなどを避ける気遣いも必要で、後ろを行き交うクルマへの注意も欠かせません。

因みに、ここの高圧線にはこんな表示板が掲げられていました。東京電力市ヶ尾線と言うのだそうです。

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支柱の所有者は東京電力、東急電鉄、何れの所有なのでしょうね? 

細かいことを言えば、支柱所有者が東京電力だったとしたら、用地使用料を東急電鉄に支払うのでしょう。一方東急電鉄も架線柱としての使用量を東京電力に支払う。

支柱全部が東急電鉄の財産で有れば、東京電力が借用料を支払うだけ。あ~面倒臭い。

 

 

2023年1月 9日 (月)

初詣?

渋谷駅の工事に伴い、山手線外回りの終日運休となった初日、塗料の調達のため渋谷へ行きました。幸い天気予報も外れ、青空も奇麗だったので、山手線運休区間の視察と相成りました。1964(昭和39)年の東京オリンピックの時に出来た国立代々木競技場第一体育館の屋根は、60年近く経っても優雅な美しさを魅せてくれます。

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水無橋から渋谷駅方向に目を向けたら、ちょうどN'EXが。

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原宿まで歩いたので、初詣で賑わう明治神宮境内へ。しかし混雑する参道を避けて参拝せず、ただ線路に近い車道を代々木に向かって歩きます。青山街道踏切ではちょうど相鉄車両に遭遇。

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その相鉄車両とすれ違うように、湘南新宿ラインが。

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もう一つ新宿寄りの踏切に行ってみるとまたN’EXが。

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待っていてもなかなか出会わないのに、なんだか良くN'EXに出合う日です。

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小田急の旧南新宿駅方向に歩き、旧小田急本社ビルを入れて小田急も撮ります。新5000形もずいぶん増えました。

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四谷角筈線と言うらしい道路の新宿1号踏切で、新宿駅を発車して来た下り電車も撮っておきます。

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いつもは上のようなアングルでの撮影ですが、今回は初めて反対側の人工地盤から狙ってみました。

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暫し小田急を撮ってから、サザンテラスとタカシマヤ側に架かる跨線橋からJRを。通常の70%という内回り電車です。

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レンズを目いっぱいワイドにしても、docomoタワーを上まで収めるのはどうしても無理です。

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それなら諦めて、中央・総武の黄色い231系をしっかり撮っておきます。

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という訳で、山手線外回り電車が終日運休の渋谷から新宿まで、初詣で賑わう明治神宮境内を抜けて歩いてしまいました。その他の区間も含め、この日は13,500歩あまり。健康な一日でした。

 

2023年1月 7日 (土)

工作始め

新年最初の工作は、パンタ配管から。これは好きな作業ではなく、根気が続かないのです。

図面と写真頼りに配管止めの穴開け、真鍮線の焼き鈍しと曲げ加工、現物合わせで所定の場所に固定と、気が遠くなるのです。

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何とか1両終えてほっとして暫く放置。気を取り直してもう1両と、それを繰り返してやっと3両、ハ~ッ。もう1両やらなければなりません。

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と、こんなことしていると、次のテーマに頭が・・・、いかんいかん。

 

 

2023年1月 5日 (木)

2023年初夢

年賀用に、3000形SE、3100形NSE、7000形LSEを並べて写真撮ったら・・・

もし、60年前に小田急がロマンスカーミュージアムを計画していたら、こんな車両が収蔵されていたのではないかと、ペーパー自作車両を並べて撮りたくなってしまいました。

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左から1910形(→2000形→1900形)、1700形3次車、2300形。そもそも“ロマンスカー”は1949(昭和24)年の1910形(左)から始まり、評判が良かったことから1951(昭和26)年に特急専用車両として「走る喫茶室」を備えた1700形(中)を新造。その3次車として1952(昭和27)年に登場した編成は正面窓が大きな2枚となりました。そして、3000形SE車登場までのつなぎ役となった2300形(右)の登場は1955(昭和30)年のこと。

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戦後間もない時代背景があった中、僅か6年間に3形式を投入して来たというのは凄いことです。3000形SEのデビューは1957(昭和32)年ですから、最初の特急車から数えて8年目の登場です。

今活躍中のロマンスカー車両、長老は1996(平成8)年登場の30000形EXE。次が50000形VSEで、登場は2005(平成17)年。60000形MSEが2008(平成15)年、最新型の70000形GSEが2018(平成30)年に登場と、新形式は数年ごとに誕生する状況。

高度成長期と言われた時代の凄さに驚かざるを得ません。

 

2023年1月 3日 (火)

フリーを楽しむ

新年開けて最初の模型題材はフリーから。

とある田舎の隠れ家で開催された忘年運転会。参加者間では持参車両の事前調整など無かったのですが、OER3001氏は1971(昭和46)年竣功の8000系(右)5連を持ち込みました。

なんと、ぼっちぼちさまも共通設計車両である2300系の4両編成を。偶然のツーショットが実現しました。

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折角なので上方からも。両車とも今では考えられないほどパンタグラフの多い車両です。当時のパンタグラフ、今ほど高価ではなかったのでできたことでした。

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若き20代の頃、燃えていましたよ。当時の最新型車両を目指した各人の自由設計車両。

実は、その置き換え車両を造る話もあって、既に完成させているメンバーも居るというのに、OER3001氏含む3人は未着工。2023(令和5)年には何とか竣功させなければいけませんね。忙しくなりそうな年明けです。

 

2023年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます。

              あけましておめでとうございます。

 

皆さま方のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

                                 2023.1.1

 

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ロマンスカーミュージアムのギャラリーに並ぶSE(3000形)、NSE(3100形)、LSE(7000形)を模型で並べて、2023年の幕開けをお祝い申し上げます。

このブログも、開設から11年目突入となりました。ますます健康維持に努め、趣味を楽しむ時間を重ねて行きたく、また気ままに発信して行こうと思っています。何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 

2022年12月31日 (土)

2022年を送る

遂に、大晦日となりました。

今年は波乱にとんだ一年だったようです。ロシアによるウクライナ侵攻で、諸物価高騰など生活回りにも大きな影響があった他、旅先での大地震被災(3月)、右手首骨折(4月)、詐欺被害(9月)と、なかなか体験できないような災難が続きましたが、なんとか2023年を迎えられそうです。

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模型製作ではこの20系フリー客車編成の他、流電52系編成、天賞堂製0-6-0レストアなどの他、Oゲージコンテナ貨車が竣功しましたが、大物は年越しとなってしまいました。

一方、“SL銀河”や“パレオエクスプレス”など、久しぶりに蒸機列車の撮影に繰り出すなど、趣味中心の生活のお陰で“心の健康”を維持できたことは何よりです。

この一年、多くの友人や拙ブログをご覧頂いている皆さまには様々な面でお世話になりました。謹んで感謝申し上げますとともに、来る2023年が、皆様に健康で災難の無い一年となることを祈るばかりです。

 

 

2022年12月29日 (木)

今日の一枚 No.151

いよいよ今年もあと3日になってしまいました。定年退職後は、毎日の生活は自分のペースでできるので、月末/月初だとか期末/期首だとかということとは無関係になっていますが、年の暮れだけは違います。やっぱり一区切りです。

こんな画像がありました。会社勤め初めて2年目の秋、鉄道趣味の管理職たちと訪れた北海道。ここが何処だったのか記録が無いのですが、追分だったかと思われます。

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澄んだ秋の空に月! 停泊するD51767のナンバープレートと共に、写せるかどうか分からないまま長時間露光してみた記憶だけがあります。

この一枚が、何となく年の瀬に相応しい気がして・・・。

 

2022年12月27日 (火)

ED42形電気機関車

言うまでもなく、信越線横川-軽井沢間のラックレール区間で活躍したアプト式機関車です。

国鉄大宮工場見学の際、工場北寄りの試運転線横に置かれた廃車体の中に、ED42 1号機を見ました。正面窓ガラスが割れていたり、ドア窓ガラスが無かったりと、無造作に置かれているようでした。

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しかしこれが、後に復元され保存されることになるとは。この年の10月14日に、準鉄道記念物に指定されて横川駅構内に移設されたということです。その後には動態化もあり、現在は横川の庫内に収められています。

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残念ながら保存車を屋外で見る機会はありませんでした。写真撮りづらいですが庫内に収納されていることで安心できます。

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復元保存にあたり、ナンバープレートも形式入りの大きなサイズに交換されていたのですね。恥ずかしながら写真を見て比較するまで気づきませんでした。

 

 

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