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2015年7月19日 (日)

渋谷駅とその周辺Ⅲ

新聞でタイトルの展示を知り、早速見て来ました。 「渋谷区郷土博物館・文学館」へ。

渋谷からも表参道からも、さほど近くはない、徒歩15分以上は必要な場所。 表参道からお洒落なゾーンを抜け、青山学院の東側を南下。 首都高速3号線をくぐって日本コカコーラ本社(現在建て替え中)の南に位置します。

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セーラー服の女子高校生姿に目が止まっての見学でした(笑)。 この制服は、今も変わらない東京女学館でしょうか? 右手の山手線モハ72は、戸袋窓に保護棒が付けられていたことをこの写真で知りました。 女子高校生の背後は何と、クハ16ではないですか。

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入り口を入ります。 入場料はたった100円。 さらに60歳以上は無料ということで嬉しいではないですか。

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ハチ公が出迎えてくれます。

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この奥に東京オリンピック前、昭和30年代後半の写真が30枚ほど、現在の姿と並べて展示されています。

写真撮影は禁止なので、ここで紹介することはできませんが、かまぼこ屋根になる前の東横線ホーム、恵比寿方にあった貨物駅や、東横デパートから見下ろした線路配置など、興味深くまた懐かしい光景が展開されていました。

このゾーンとは別の、常設展示の歴史ゾーンで懐かしい光景に接することができました。 昭和の一般住居再現でした。 6畳の茶の間、ちゃぶ台に火鉢。 奥に台所、右手は玄関です。 靴を脱いで立ち入ることができます。 電球は流石にLEDになってはいましたが。

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そうそう、こんな茶の間に3線式Oゲージのブリキレール繋いで、一日中EB58を走らせていたこともありましたっけ。

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台所の床はセメント床に簀子。 そうそう、サンダルをつっかけて台所仕事をしていたのですね。 

流しはトタン、流しの横には削り箱とおひつ。 このブログにお越しいただく方の中には既に「削り箱」をご存じない世代の方も多いと思われます。 鰹節を削る道具で、子どもの頃はこれを良く手伝ったものです。 これをしっかりやったことのある子どもは、やがて屋根板整形が上手くなるのです(笑)。

左に氷の冷蔵庫がありますから、これでも上流家庭です。 ガス台には「お釜」が。

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ガス台の上を見てまた驚き。 瓦斯検針器ではないですか! 瓦斯屋さん(と呼んでいた東京ガス)の人が、毎月検針に訪れていましたっけ。
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渋谷駅の写真も懐かしかったですが、渋谷区立の小中学校卒業のわが身としては、とても懐かしく感動したひと時でした。

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コメント

 モハ72の500番代は戸袋窓の窓桟と同じ位置に保護棒がありました。
昭和30年代後半には撤去されたけど、私はない方に違和感を覚えます。

モハメイドペーパー さま、流石に大先輩! 
「若い」小生には記憶がありません(笑)。
戸袋窓に保護棒って、何のためだったのでしょう?

 保護棒は名前のとおり、ガラスを保護するためのものです。なにせ昭和30年代前半は東京の主要線区の乗車率が300%を越えていましたから、保護棒は必要だったのです。ドアのガラスが割れ、応急の塞ぎ板をあてて走っている車両を見たこともあります。

昭和の懐かしい記録楽しく拝見しました。
昭和30年生まれで東京の隣の田舎の市育ちの小生には山の手線が73系で運用されている姿は知りません。
模型作りの最初の対象が、近くの大都会武蔵溝の口を通る南武線を行く17メートルそれも鶴操の職員輸送用に使われていた「クモハ12053」やたまに見かけた、配給電車「クモハ13」や「クモル24」をペーパーで作ることが入門の最初でした。ですが実物を見てから模型を作ったのではなく、模型を作るために実物を駅や電車区に観察に出向くのを楽しんでいました。
あのころ京浜東北にはまだ73系が運用されていました。わざわざ73が来るのを待って乗った思い出がありました。いまでも、模型の対象はそのころのものを作ってしまいます。電車はやはり模型的にシル・ヘッダーがある方が作るのも眺めるのもその方が楽しいですよね。
私の幼少期の台所の風景には、ガスコンロはありませんでした。それに、屋根も茅葺で瓦など見たこともありませんでした。

三和線社主さま 
73系というか、茶色い旧型国電には貫禄がありましたね。そのくせ小生は、ペーパーでは車体更新したクモハ73を1両、「模型と工作」誌の西村正平氏記事で作ったくらいです。旧型国電の世界には凄腕がいっぱいいるので恐れ多くて加われません(笑)。

30年前はこの界隈を夜な夜な徘徊していましたが、今は怖くて近寄れません(笑)。

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