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2017年3月

2017年3月31日 (金)

不老ふ死温泉

前回の記事で、温泉にご興味を持たれた方が少なくないようでしたので、今回はその温泉について。 

青森県西津軽郡深浦町大字舮作字下清滝15−1 黄金崎不老ふ死温泉です。

Photo

最寄駅は青森県最西端の駅で難読駅名の五能線・艫作(へなし)ですが、「リゾートしらかみ」はその1駅手前のウェスパ椿山に停車します。そこからは送迎バスでということになります。 駅にタクシーなどはいません。 http://www.furofushi.com/

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バスで山を登ってここに着きます。 奥が正面玄関、左手に日本海が拡がります。 海岸に降りて見上げるとこのような光景になります。 下の画像は繋ぎ合わせで一部ダブリがありますことをご承知ください。

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この右端の建物から、専用通路を歩いて露天風呂に行きます。 こんな感じです。

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ここの左側、石を積んだ一段高い部分が女性用、葭簀の向こう側(右側)の石段が見えない部分が混浴用です。 アップすると・・・

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こんな感じ。 女性の頭が見えます。 混浴には男性が3人、朝陽を浴びて温泉を楽しんでいます。 

泉質は含鉄、ナトリウム、マグネシウム、塩化物強塩泉だそうで、湯につかると自分の腕や腹も見えなくなるほどの鉄さび色の湯です。 http://www.furofushi.com/about

因みにこの露天風呂は浸かるだけで、身体を流す場所はありません。 館内の浴室で洗浄後に浴衣を着て行くことになります。 夜間照明も無く、日の出から日没までの利用となっています。

2017年3月29日 (水)

「リゾートしらかみ」に乗る

「こまち」で秋田到着後、暫しコーヒー片手にくつろいだ後は、いよいよ今回の旅の最大イベントである「リゾートしらかみ」での五能線堪能です。 1番線に既に入線してた列車の運転室には秋田美人が!

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この日はハイブリッド新型車両HB-E300系「青池」、4両編成の2号車にはボックス席があります。

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しかしOER3001氏一行の席は1号車。 日本海を眺めるのに適した海側のリクライニングシートですが、五能線分岐駅の東能代までは最後部で山側です。 シートの枕には「RESORT HYBRID TRAIN」とあります。

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奥羽本線区間は山側を向いていましたが・・・、小学生の社会科で学習した干拓で覚えた八郎潟を通り、

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東能代に到着すると、進行方向を変えて五能線に入ります。 東能代での7分間の停車時間で、この列車の写真を撮る乗客も少なくありません。

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いよいよ1号車が先頭になり、五能線区間を走ります。

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車内天井のモニターに、運転室からの眺望が流れています。

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いよいよ日本海が見えて来ました。

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のんびりハチロクが走っていた時代と変わらぬ景色が広がります。

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スマホでマップと照合しつつ前方を注視していて、トンネルから見える日本海を捉えられました。

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海岸線に沿うように、線路は右に左にカーブします。

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天気に恵まれて、最高の眺めです。

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大きくカーブする区間で、日本海の向こうに雪の白神山地が確認できました。

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この日はウェスパ椿山駅で下車です。 駅前広場にハチロクが保存されています。

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乗って来た「リゾートしらかみ」を見送ります。

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そして送迎バスで向かったところは黄金崎の不老ふ死温泉。
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日本海に張り出した露天風呂、右側は女性ですが、左側が男性ではなく混浴というのが面白い。

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OER3001氏も写真など撮っていないで、早速露天風呂に向い、日の入りを拝むことにしました。

2017年3月27日 (月)

「こまち」全区間乗車

春の3連休の初日、家内と義姉とともに東北旅行を楽しみました。 

先ずは東京駅から「こまち」に乗ります。今回利用した9時08分発「こまち9号」は新青森行きの「はやぶさ9号」10両編成との併結で、11号車から17号車となります。今回は奮発して11号車グリーン車を利用します。

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途中上野、大宮、仙台に停車し、盛岡には11時21分に到着です。 ここで「はやぶさ」と離れ、「こまち」は雫石へ向かいます。

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前方の「こまち」は11時23分の発車ですが、後方の「はやぶさ」はその2分後11時25分にいわて沼宮内に向けて発車します。

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秋田新幹線区間に入るとそれまで無かった雪景色が車窓に広がります。

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11号車のグリーン車は、車体全長の半分を占める先頭部があるため、斯様なシートが6列で22席しかありません。 

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感心したのは座席下に設けられた足元灯。 1列置きにLEDがセットされていて、非常時に頼りになりそうです。

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雫石、田沢湖、角館に停車し、大曲には12時29分に到着します。

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ここでスイッチバック、最後尾だった11号車が先頭になりますが、隣の上り「こまち」と並びます。 この大曲駅プラットホーム先端の光景、新幹線ではなく在来線そのものではありませんか! 妙に気に入りました。

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2分停車の後12時31分に終着秋田に向けて発車、定刻の13時02分、秋田駅11番ホームに「こまち9号」は到着しました。

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到着すると隣の12番ホームから、東京行「こまち22号」が13時06分に発車です。 この日の車掌さんは秋田美人の女性ではありませんか、かっこいい~!!

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その姿を見送りました。

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興奮冷めて(笑)向こうに目をやれば・・・、運行開始したばかりの真新しい男鹿線用の交流蓄電池電車EV-E801系「ACCUM」が、その鮮やかな姿を見せています。

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男鹿方が赤いEV-E801、秋田方が青いEV-E800です。

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この後向こうのホームに向い、車両の観察をしたかったのですが・・・、家内と義姉への配慮から諦めてコーヒーを飲むこととしました。

2017年3月25日 (土)

日本国有鉄道大宮工場の見学

1967年3月下旬のある日、鉄道趣味団体の大先輩の計らいで、日本国有鉄道大宮工場見学の機会に恵まれました。 

当然ながら当時は「バカチョンカメラ」や「コンパクトカメラ」などと言う代物は無く、全てシャッタースピードと絞り値を自分で合わせて撮影するカメラだったため、ろくな出来ではありませんが過去の記録としてご紹介します。

蔦が絡まった重厚な建物が待ち構えています。

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一通り注意事項の説明をを受けてから、場内に向います。

何やら鋳造も行っていますが制輪子でしょうか?

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鍛造もしていますがこれはいったい何だろう?

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吊り上げられているのはディーゼルエンジンですが、この時代だとDMH17ということになるのでしょうか。

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パンタグラフ職場ではPS16やPS101あたりが主流だったのかも知れません。

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台車職場ではちょうど、コキあたりのTR63に車輪入れをしていました。

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外には整備を終えたTR40が並んでいました。

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やっぱり目を引くのは車体職場です。 EF13 31号機が台に乗せられています。 その後ろにEF65 55号機が。

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その横ではEF80 37号機と後ろにED71が。

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車体職場は迫力がありますが、素人には完成検査の方が活きた姿を間近に見られて良いですね。 EF15 122号機が試運転していました。

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さらに、C58 184号機も。 この当時はまだ蒸気機関車の全検も実施されていたのです。

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敷地の隅には廃材と共に、ED42 1号機の廃車体が置かれていました。

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このED42 1号機が、やがて碓井峠鉄道文化むらで保存されることになるなど、想像もしていませんでした。

2017年3月24日 (金)

特急ひびき

東海道新幹線開業前の東海道線は華やかな時代、151系特急電車の「こだま」、「つばめ」、「富士」や、20系ブルートレイン「あさかぜ」、「はやぶさ」、「さくら」、「みずほ」などが花形列車でした。

昼間特急列車の需要が高まり、151系に加えて車内設備が特急列車並みだった157系も特急運用を担うようになり、「ひびき」として加わっていました。

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その雄姿を東京駅12番線で捉えることができました。 発車準備中で側扉が開いたままですが、光線状態の良い写真が撮れました。

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しかしこの写真、撮影は東海道新幹線開業から3年後1967年3月のある日。 実は・・・

伊豆急下田および修善寺行きの急行「伊豆」の運用に就いていたときの撮影です。 折り返しの間合いに、運転士さんにお願いしてみたら、「伊豆」のヘッドマークを「ひびき」に変えてくださったのです。 

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嬉しくて嬉しくて、この12番線で正面を撮った後、走って体面の10番線ホームに回って撮ったのが最初の写真。 高校生のお願いに優しく応じてくださった大人の運転士さんに感謝です。

心温まる良い時代でした。

2017年3月23日 (木)

50年前の今日

時々時間を都合して、これまで撮りためた趣味の記録をデータ化していますが、ちょうど50年前の記録が出て来たのでご紹介しましょう。

1967(昭和42)年3月23日の新宿駅3番線、DD13の2連が停車しています。 DD1315と読めます。

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そしてこちらはDD1382と読めます。 両方とも前照灯1灯の初期型ですが、手摺形状に違いがあります。

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この2両、飯田町からの中央線夜行急行客車「上高地」回送を牽引して来ました。 牽引されてきた客車は4番線で乗客を迎えています。 最後尾にはオロハネ10が付いていました。

懐かしい光景です。

2017年3月22日 (水)

急行ニセコ

OER3001氏が初めて蒸機の画像を拙ブログに掲載!と、一部の友人方から驚きの声を頂きました。 これもまた愉しです。 気を良くしてそれでは!

急行「ていねニセコ」です。←この当時既に「ていね」ではなく「ニセコ」に変わっていたとの指摘を友人から頂きましたので訂正させて頂きます。

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嬉しいことにC62はエンゼルマークの2号機がアタマ、3号機との重連で、物凄い爆音を立てて疾走して行きました。

1969(昭和44)年3月1日の記録です。

2017年3月21日 (火)

48年前の今日

1969(昭和44)年の3月21日、若きOER3001氏は蒸機の活躍を目に焼き付けるべく北海道を訪ねていました。

生憎の吹雪でも、青函連絡船で北海道入りした長旅。 目的地を変更するわけには行きません。 初めて対面したスワローエンゼルの雄姿に圧倒されたことを思い出します。 三脚に固定したカメラのシャッタースピードを遅くして撮りました。

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これがあの写真で見たスワローかと、興奮したことを思い出します。

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凄い迫力でした。

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SLの意味も知らずにエスエルという輩が多い現在を悲しく思います。 電車ファンとは言え基本的には鉄道が好きな身、蒸機と呼んで欲しいですね。

2017年3月14日 (火)

代々木八幡駅近況

小田急線の新宿発着各駅停車は、8両編成が基本です。 それを来春の代々木上原~登戸の複々線化完成に合わせて実施するダイヤ改正から、10両編成とするためのホーム延長工事が進んでいました。

最後の工事となったのが新宿から3駅目の代々木八幡。 R200の急曲線部に設けられたホームは、前後に踏切を抱えた事情もあって、延長工事は難儀です。

新宿から4駅目の代々木上原を出た上り列車は、相互直通運転の東京メトロ千代田線を上下線の間にはさみ高架から地平に下ります。

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ここから新宿方を望むと、千代田線が地下に入って行くのがわかります。

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向こうに見える歩道橋に移動します。 代々木上原方を望むと先程の歩道橋が見えます。 1000形の急行が制動をかけながら向って来ました。

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この先がR200、制限速度45km区間です。 千代田線隧道上部が、平たいコンクリートで覆われています。 線路上部には山手通りの陸橋が架かります。 

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代々木八幡駅へ近づきます。 山手通り陸橋下に移設された八幡1号踏切から、移設前の同踏切を通過する急行を狙います。

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こちらが旧八幡1号踏切、遮断機が下りているのではなく、柵が設けられました。

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従来の駅事務室は既に取り壊されていますが、構内跨線橋の閉鎖に伴い、改札口が上下線別になりました。 この写真はこれまでの改札口の場所ですが、上りは左方の跨線橋を渡るか、先程の踏切で回らなければなりません。

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先程の山手通り陸橋を代々木八幡駅側から望みます。そもそもこの陸橋、小田急と千代田線の接続工事に伴って、長スパンの陸橋に架け替えられたものです。 手前が閉鎖された旧踏切。 

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代々木八幡駅の現状、古レールで作られた構内跨線橋は閉鎖され、既に取り壊しが始まっています。 10両編成対応の新しいホームは、上下線間に島式で新設されることになります。

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急カーブのホームも思い出となってしまいます。

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上下線間隔が広く、速度制限もあって低速で走るだけに、床下機器撮影に良かった場所なのですが・・・。

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急カーブ部分を避けて新設される新しい駅、いったいどんな景観になるのでしょうか。

2017年3月 8日 (水)

新橋で八戸

妙なタイトルと思われると思いますが・・・

東京ビッグサイトでの展示会に出掛けた帰路、サラリーマンの街と言われる新橋に、友人のアテンドで八戸料理の小料理屋を訪ねました。 中央の厨房を囲むようなカウンターだけのこじんまりとした店舗‘いちいの木’。https://r.gnavi.co.jp/kw8cjeg30000/

先ずは八戸の地酒‘陸奥男山’を。男山と言うブランドは北海道や山形などいくつかありますので要注意。 辛口ですっきり、どんどん進んでしまいそうな危ない味です。

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鰊のお通しで頂きます。

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写真を忘れましたが、トマトを頂いた後に出たのは豆腐のあんかけ。 何とも上品な味です。

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お勧めと言うことで次は、鮟鱇の・・・、なんだっけ、忘れてしまいましたが、鮟鱇の肝も身も全てを蒸して味付けした絶品。今だけのものだそうです。

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これを頂いているうちに、陸奥男山は飲み干してしまいましたので次は・・・、‘如空(じょくう)’を頂くことにしました。 これは八戸から少し北の五戸の地酒。 陸奥男山より少しまろやかな感じがします。

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ここで本日の最大の目的<烏賊>です。 八戸から直送された新鮮なもの。

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これを、烏賊の肝に少々の醤油を注して解したタレに付けて頂きます。 う~ん何という美味!

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烏賊のげそはみそ焼きにしてくれました。 どんどんお酒が進みます。

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久しぶりの新橋、落ち着いた良い店でで、実に愉しきひと時でした。

2017年3月 1日 (水)

オデコの製作

ペーパールーフのオデコを成形しています。

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櫛状にした妻板上部を曲げ、ペーパールーフ端部に接着します。 裏から瞬間接着剤をたっぷり流して固着させました。
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連結面側も同様です。

角には三角形に切り抜いたペーパー片を曲げて接着しています。 この後はエポキシ樹脂を盛ってからヤスリがけです。

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