MD5A台車
日光モデル製‘TR23コロ軸改造’台車です。
この下フレームをカットし、枕ばね部分の出っ張りをカットしてしまいます。
そこに、TR60台車から空気ばねの枕ばね部分を接着します。(ピントが甘い写真ですみません)
すると、このようにMD5A台車風に変身しました。
空気ばねの実用化に向けて試作が繰り返されていた頃の台車、当然1両分しか製造(改造)されていないので、日光モデルさんが製造されるわけがありませんから。
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日光モデル製‘TR23コロ軸改造’台車です。
この下フレームをカットし、枕ばね部分の出っ張りをカットしてしまいます。
そこに、TR60台車から空気ばねの枕ばね部分を接着します。(ピントが甘い写真ですみません)
すると、このようにMD5A台車風に変身しました。
空気ばねの実用化に向けて試作が繰り返されていた頃の台車、当然1両分しか製造(改造)されていないので、日光モデルさんが製造されるわけがありませんから。
習志野の新しい風 ジェントリーピンクの新京成電車競作
画像:月刊とれいんWebより
「月刊とれいん」 2017.3月号に掲載された仲間との競作。 この度、その車両を持ち寄っての運転会を開催しました。
平日の18時、メンバーが揃ったのは都内模型店のレンタルレイアウト。 運転会の前には各自、次期作品に備えてパーツ等の買い物です。 それが終わるとレンタルタイム。 今回はジェントリーピンクの4列車を同時走行させるため、16番エンドレスを4線レンタルしました。
勾配線を快調に走るN800形。
同じく勾配線を快調に走る8900形とすれ違います。
平坦線には8800形(手前)と8000形(奥)が走ります。
たまたま居合せた友人のM川さんも、付き合って頂き記念写真を撮ってくださりました。 約2時間、大いに楽しんだ後は近くのビストロに移動、ついワインの量も進んでしまいました。 そんな間に、この様子をfb.にアップしたら、なんとH崎さんから下の写真を頂きました。
実物も漸く8000形のジェントルピンク編成が登場し、模型先行の姿が実現したようです。
2017年4月20日、仲間との例会前に立ち寄った北千住の模型店。
模型店で待ち合わせた東武ファンの友人から、この日をもって浅草には来なくなる列車が間もなく通ると聞き、早速踏切へ。
先客は1名、後からもう1名。 友人とOER3001氏の目前に、16:50定刻にやって来ました。
そしてゆっくり、踏切を通過して行きます。
好きな車両のひとつだった6050系、この日は先頭2両は東武車、3、4両目が会津車、5、6両目が野岩車というのが出来過ぎな感じです。
思いがけない遭遇でした。 コンデジは常時持ち歩くものですね。
OER3001氏製作の会津+野岩編成は健在で、これからも活躍します。
なかなかつらい作業が淡々と続き、嫌になります。
が、仕方ありません。
台形に切り出した小さな紙片を、紙帯に所定の間隔で接着します。 ただただ、淡々と。
流石に単調すぎる作業で、集中できません。
他のことをやりながら、それに飽きたらこれを数箇所やって、また他のことを。 そんなことを繰り返すしかありません。
で、斯様なものが出来上がります。
所定長さにカットして、パンタ脇のランボードがやっと2両分。
製作中の車両は、車両全長に渡るランボードが屋根に載っているので、一両当たり左右2本が必要です。 4両編成で8本。 足の数を数えれば・・・、嫌になりますので数えません。
先般のシニア運転会で、懐かしい模型を譲られました。 その昔、スケールモデルが高価で買えない少年たちが遊んだ代物です。
パンタグラフは壊れ、汚れた車体、随分哀れな姿です。
この類を綺麗に再生させる諸氏も居られる中、鉄道模型社製ED58を再生し、15m旧フリー軽量客車を製作したhttps://vse50001.cocolog-nifty.com/blog/cat24008909/index.htmlOER3001氏としても、再生プロジェクトに参加したくなりました。
しかし今は、工場がいっぱいで新規製作にかかることができません。 再生方針を考えつつ、暫く元の箱に収めることにいたします。
この蓋を開く日が、なるべく早く来ますように。
昨日は2月の気温とかで、冷たい雨で寒~い一日でしたが・・・明けて今日は朝から明るい太陽が! 気温も19度くらいまで上昇する暖かい日になるとの天気予報を耳にして‘OER3001氏なのだからOERを撮らないと!’ と急遽、撮影に向いました。
早速新装なったEXE-αがやって来ました。 平日だというのに、この場所でも10人弱が。
名所と言われたこの場所ですが、「お立ち台」だった反対側はがっちり鉄柵が設けられてしまい、入ることができなくなってしまいました。 仕方ないのでこちら側を歩きます。 一生懸命幹から咲いている花に焦点を合わせて撮ってみました。
さて次は、陸橋の上から狙います。 雲が出てきて少し暗くなりましたが、ここにも10人ほどが。 やっぱりロマンスカーにはこのカラーリングが似合います。
同じ陸橋の反対側は、鉄製フェンスが邪魔します。 こんな時はレンズの小さなコンパクトカメラが役立ちます。 撮り鉄さんは殆ど大きなレンズを持って来られるので、このアングルは撮れないでしょうね。
さらに先へ進んで、アングルを下げてみました。 ここには撮り鉄さんではない来客が数人いらっしゃいました。 EXEのカラーもサクラに調和します。
そしてさらに、道路の向こう側歩道から、10人くらいの撮り鉄の頭をカットして撮れました。 やっぱりVSEはロマンスカーのフラッグシップです。
という訳で、ロマンスカー全車種をサクラと一緒にカメラに収め、平日昼間のウォーキングを終えました。
先日、生憎の天気でしたが、登場時の塗装に戻した800系の試乗&撮影会に参加しました。 2017年3月26日のこと。 品川から向かったのは久里浜車庫。
真正面も。ダルマと言われる筈です。
800系は18メートル4扉車ですが、そもそも京急の18メートル4扉車は、この前の700系から始まりました。
同じ場所、久里浜車庫で、出来立てピカピカの700系を撮影しています。 この日も品川から試乗してここへ。 ちょうど半世紀、50年前の1967年6月11日のことでした。
ダルマではない正面も。
700系と800系、どちらも環境変化もさほど無い同じ場所で撮影できていることに感謝です。 京浜急行電鉄さまのご厚意で、素晴らしい趣味の時間を持てたことに感謝です。
某模型店2階のレイアウトを借用してのシニアが集う運転会。 久しぶりにHB車の登場となりました。
先ずは1200形先頭の3両編成。 新宿~江の島の各駅停車運用などに良く入っていました。
これに、1,500㎜幅両開き2扉、両運転台の1300形を増結しての朝のラッシュ対応。
吊り掛け式の4M1T列車は重厚な音を立てて走りました。 模型でもパンタの付いた電動車には全て、カワイのL-3型モーターとインサイドギアという動力装置を備え、重厚な音を立てて走ります。
鉄橋に差し掛からる光景、昭和の懐かしい時代を思い出します。
これらの模型、デハ1300形は1967(昭和42)年、他の3両は1981(昭和56)年の製作。50年前と35年前の作品と言うことになります。
地味な電車ですが、開通から90周年を迎えた小田急の立役者たち。 今見ると何かと気にくわぬ箇所が! 年内は余裕はありませんが、改めて再製作したくなります。
突然ですが・・・
斯様な1枚を。
甲州街道の陸橋上から捉えた夜の新宿駅、1969年2月16日撮影のようです。 今この場所は南口‘バスタ’になっている辺りでしょうか。 撮影データを記録していませんでしたが、雪が降る中で、三脚を据えて長時間露光をしていました。
停車している機関車はEF13ですね。
流れる光跡は山手線(やまてせん)内回り103系と、中央各駅停車の上り101系の尾灯のようです。
斯様な写真、今までプリントしていませんでしたが、ネガフィルムをスキャニングしたら思いがけない1枚に出会います。
不老ふ死温泉で一泊した後、再び「リゾートしらかみ」に乗ります。 この日の「リゾートしらかみ1号」充当はくまげら編成。 ディーゼルのキハ48系でハイブリッド車両ではありません。
ウェスパ椿山駅10:35発、暫く日本海に沿って走り10:49に深浦に到着、ここで上り「リゾートしらかみ2号」と交換するため約10分停車します。
深浦のホームからは日本海が望めます。
10:56、昨日乗車した青池編成の上り「リゾートしらかみ2号」がやって来ました。
深浦駅にはハチロクの時代に活躍していたターンテーブルの跡がありました。
10:59に深浦を発車すると、再び車窓に日本海が展開します。
この辺りから名所「千畳敷」海岸で、「リゾートしらかみ」の車内にはその案内放送が流れます。 また列車によっては眺望のために徐行運転をしています。
そんな海岸を眺めながら、予め予約していた「あわび五能線弁当」を頂くことにします。
味付けご飯の上にあわび煮ととびうお卵醤油漬けがたっぷり乗って、実に満足する味でした。
五能線では昼食を買う手段は車内販売しか無く、その車内販売も数量を保証していませんので、乗車日の前日に予約することをお勧めします。 因みにこの日は、ウェスパ椿山駅から乗車して直ぐ、車内販売の女性が席に届けてくださりました。 そのホスピタリティに感激しました。
11:47に鰺ケ沢を出発すると、車窓は雪景色に変わりました。
鰺ヶ沢からは津軽三味線の演奏者が乗車して来ます。五所川原までの24分間、津軽三味線の生演奏を体験できます。 独特の速いテンポで叩きつけるようにバチを弾き、「津軽じょんから節」など代表的な民謡を朗々と唄ってくださりました。
五能線の終点である川部駅には12:36に到着しますが、その直前の景色には懐かしい思い出があるため、前方を注視しましていました。
ここです! ここです!
約半世紀前の1969年、ハチロクを撮るためにここを訪れています。 それがこの写真、1969(昭和44)年4月1日の事でした。 リンゴ畑を横目に、ハチロクの混合列車がやって来ました。
この日のハチロクは58698。
列車先頭部が川部駅の場内信号機に差し掛かっている後姿。 蒸気の後にトラ3両、そしてハニフ含む客車4両、最後部はワムでしょうか、ワフでしょうか。
その懐かしい光景の中を、「リゾートしらかみ1号」が減速現示している川部駅第1場内信号機に差し掛かります。
第2場内信号は1番線入線注意現示です。
1番線に入線します。
川部駅が五能線147.137㎞の終点であることを示しています。
「リゾートしらかみ1号」はここで方向を変え、奥羽本線を弘前に向います。 弘前では弘南鉄道弘南線の7000系、元東急7000系を確認できました。
弘前駅で4分停車し、再び進行方向を変えます。 雪景色の中を青森に向けて快走します。
終着駅まで乗らず、新青森駅で下車、青森に向って遠ざかる「リゾート1号」を見送りました。
好天に恵まれ、素晴らしい五能線の旅を楽しめました。
奥羽本線の東能代と川部間147㎞(奥羽本線では98㎞)を結ぶ五能線は、東能代側と川部側から延伸した線路が1936(昭和11)年、陸奥岩崎駅 - 深浦駅間を最後に全通して81年になります。
その中でウェスパ椿山駅は、国鉄が1987(昭和62)年にJR東日本となってから後、2001(平成13)年12月1日に開業した最も新しい駅で、当初は快速列車の「リゾートしらかみ」しか停車しなかった珍しい駅。 普通列車が停車するようになったのは翌2002(平成14)年12月1日のことでした。
付近は深浦町が第三セクター「ふかうら開発」に運営委託する観光施設が広がります。 駅は単線に沿うホーム一本のみの無人駅。
それでもバリアフリー対応になっています。
一日の列車は普通列車が上下5本、土日休日運転の快速「リゾートしらかみ」が最大で上下3本だけ。
風力発電所と展望台に向かうスロープカーという乗り物もありましたが、昨年から運休中です。
とは言え、観光列車の停車駅ということもあって、華やかな感じです。
この駅前広場の一角に、ハチロクが保存展示されています。
78653、朝陽に綺麗な姿が輝いています。
比較的良い手入れがなされていて嬉しい限りです。
正面はプラットホームと同レベルの高さのステージから捉えることができました。
ドームの「造製立日」は、製造会社の誇りですね。
これより近付くことはできませんが、雄姿を存分に眺めることができました。
このハチロク、弘南鉄道新里駅に保存展示されている48640とともに、NPO法人五能線活性化倶楽部が管理しています。 復活運転の夢もあるようですが、なかなか思うように運ばないようです。 http://www.gonousen.jp/
駅前の物産館では、ハチロクという吟醸酒が売られていました。
これをチビチビやりながらの五能線、是非お勧めします。
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