その昔、少年の多くは‘でんかん’で遊ぶことを夢見ていた時代がありました。
OER3001氏の場合は小学校進学前年の晩秋、1956(昭和31)年だったように記憶していますが、父親が買って来てくれた3線式Oゲージの線路とトランス、そしてグリーン濃淡塗装のEB58でした。 当時はこれを‘でんかん’と称されていました。 幹線列車は蒸機機関車、電化区間は電機機関車牽引列車が主体で、電車は都会と中距離列車の一部と言う時代だったからでしょうね。 電気機関車を短縮して‘でんかん’、今どこまで通じる言葉でしょうね。
このOゲージが、鉄道模型を趣味とする人生の源となったわけですが、1962(昭和32)年秋には、3線式Oゲージより大人のゲージと思っていたHOゲージを始めることになります。木製道床エンドレスとパワーパックを、神田のカワイモデルで父親に買ってもらいました。
とてもそれ以上の贅沢を言える状態ではなかったので・・・、最初の機関車は完成品ではなく、別の日に渋谷の東横デパート(今の東急渋谷店)で確か1,950円で求めたのがカツミ製EB58キットでした。 当時の小遣いは300円/月でしたから、お年玉を貯めて買ったのだと思います。
その後、高校生の時代にパンタを取った屋根上にエアータンクを載せてDBに改造していましたが・・・、近年の運転会で拝見する‘懐かしきEB、ED’たちに刺激され、再びEB58に戻したくなり、分解してシンナープールへドボン、綺麗に洗浄しました。
カツミ製EB58は長いこと製造されているので、何度か仕様変更されていますが、この時代はブリキ製ではなく真鍮製。 車体と台車(台枠?)だけのシンプルな構造です。
驚くことに車体は一体プレス加工なのでしょうか、ハンダ付け部が確認できません。
ハンダ付けされているのは、ルーバーの波板、ランボード、前照灯ケーシング、挽物のテールライトといったディテールを別とすれば、屋上モニターパーツだけです。
少々歪んでいた前照灯は、しっかりハンダ付けし直しました。
さて、どんな色を塗りましょうか、懐かしい濃淡グリーンの2色塗り、それともブルートレインの青? 天気と暇の時間を見計らって、ゆっくり楽しもうと思っています。
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