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2020年12月12日 (土)

想い出の光景:10

新原町田、1976(昭和51)年4月10日までの小田急線の駅名です。

1908(明治41)年、横浜鉄道開業時に設置された原町田駅が、国鉄横浜線に引き継がれていたことから 、1927(昭和2)年開業の小田急は「」を加えた駅名にしたようです。

小田急が町田駅に改称して4年後、国鉄は駅位置を小田急側に移転、1980(昭和55)年4月1日から町田駅に改称しました。

写真は1968(昭和43)年9月の新原町田駅跨線橋からの相模大野方向。 下りホーム1番線には当時たった1両の通勤冷房車クハ2478が、2番線に到着したロマンスカー「あしがら」を待避しています。

19680904_0013_15

町田市の発展と共に、新町田駅も駅上に百貨店ビルを構える姿に大改良工事が進みます。下の写真は最終日の「新原町田」方向幕の4000形。 改良工事中の一時期、上下の副本線(1,4番)は閉鎖されていたのですね。 分岐器の先がありません。 出発信号機も3現示だったようです。

19760410_0009_30

翌4月11日から、駅名も方向幕も「町田」に変わりました。 そしてこの年の9月23日、小田急百貨店町田店が開店することになります。 駅周辺には祝賀のアドバルーンが上がっていました。 なんとかビルの上から撮れないかとレストラン街の店舗に入り、やって来たNSEを収めることができました。

19760923_0003n_15

一日平均乗降客数約29万人と、小田急第2位を誇る町田駅、今では駅周辺の商業施設ビルも多く建ち、眺めも随分変わりました。

 

 

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コメント

1枚目と3枚目の写真に写っている結婚式場の千寿閣は、建物こそ変わりましたが、今もなおあり続けているというのは、大したものなのですね。1976年とは、私が町田に引っ越す少し前。本当に駅の周りは様変わりしました。

 学生時代、町田に下宿している同級生が何人かいたので、時々下車していました。大きな商業施設は長崎屋と静岡屋、書店の久美堂くらい。今のヨドバシカメラのあたりは境川沿いの湿地帯でした。

町田には、その昔?カツミ模型町田店が有った頃通っていました。帰りはロマンスカーで帰ってきました。
カツミが撤退してからは行ってませんね。

町田もほんとに変わりましたね~先日学生時代の友人と、「柿岡屋」という老舗の馬肉やでプチ忘年会だったのですが、その時も昔の駅名が原町田だったんだ、田舎っぽい駅名だよね~みたいな昔噺が・・・あと、境川沿いにあった怪しい一角の話とか・・・

◆ ぼっちぼち さま
新原町田から原町田へ抜ける小道、乗り換え客が小走りで急ぐ様は名物でしたよ。そこそこの距離があって大変だったと思います。


◆ モハメイドペーパー さま
商業施設、そうでしたね。 そして湿地帯、小田急の車窓からも確認できたものです。


◆ 八千代運転所 さま
カツミ、東急百貨店があった時ですね。 町田で最初のデパートは大丸、2番目が小田急、3番目が東急でしたが、今残るのは小田急だけです。


◆ Cedar さま
桜肉は「柿島屋」じゃないでしょうか? 根強い人気があって、常連客などは開店とともに入店してビールでやっていましたね。 勿論OER3001氏も結構行っていますよ。

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