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2020年12月30日 (水)

太宰ゆかりの地

三鷹市は“太宰治が生きたまち”だそうですが、“死んだまち”なのだそうです。

1948(昭和23)年6月13日に、愛人・山崎富栄北多摩郡三鷹町(現・三鷹市)の玉川上水で入水心中したそうですから。

と、そんなことはどうでも良いのですが、こんな案内板が立てられている跨線橋があります。

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折角なので登ってみます。 早速このような魅力的な視界が広がります。

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たしか、相当昔にもここに来ていたはず、と思って探索したら・・・、ありました。 国鉄に初めてのアルミ製車体の301系が登場したときの試乗会の帰りでした。 営団5000系と並んでいました。

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この光景、車両が全てステンレス車に変わっただけで、配線などの設備もほとんど変わっていないようです。 全てが10両編成になった今なのに、電車の停車位置が奥になっているわけは・・・、奥を延長しているのでしょうか?

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この跨線橋、斯様な格好ですが、残念なことに中央部には網がかけられていて撮影には不向きです。

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しかしこの日、ここから下を行く電車を捉えようとする若い女性が、本格的な一眼レフを構えていました。

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危ない危ない、太宰治が生きていたら・・・、彼女は声をかけられたかも知れませんよ。 太宰は結構な好色男子だったようですから。

 

 

 

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コメント

この跨線橋は一度だけ行ったことがあります。
学生時代に付き合っていたGFと一緒に~鉄だと言い出すきっかけがつかめぬままでしたので、なるべくお電車から目を逸らしていた記憶が・・・・(汗)。

Cedar さま
そうでしたか。 この跨線橋はいろんな人の人生の一場面を、何十年もの間ず~っと見ていたのですね。 太宰でなくても、この跨線橋を主人公にした物語を作ったら面白いかも知れませんね。

 昭和の時代は上り線側の階段を下りた所にトリオという模型店がありました。細身のレンズと、バリアングルのモニター付きのカメラなら、網のある部分も一番下の隙間から撮影が可能です。

モハメイドペーパー さま
トリオ商会ですよね、電車から見えましたが残念ながら一度も行っていませんでした。
えっ、あの隙間から撮るんですか!?

跨線橋のカメラ女子いいな〜オレの若い時にはこんな娘いなかったな。

チャッピー さま
いつも拙ブログご覧いただきありがとうございます。 カメラ女子、やっぱりいいですよね。

この女子かは不明ですが、以前TVの番組に出演(写って)いましたね。たしか、タレントが話しかけていましたね。
長津田でも、8500の追っかけ女子が出ていました。

八千代運転所 さま
へ~、女子がですか。 OER3001氏は女子には興味無くはないですがそれほどの興味は無いし・・・。

私も以前に、日立製作所水戸事業所の公開日に、保存されているEF200901の台車を熱心に見る、と言うよりも覗き込んでいるうら若き女性を見たことがあります。話し掛けてみたところ、工学系の学生さんで、将来は技術者を目指しているとのことでした。

きぬやまスカンク さま
鉄道に目を向けてくれる若い女性はいいですね。 私たちが若い頃には出会えませんでしたが、もしその頃に出会っていたら・・・、今とは随分と違う生活が出来たかも・・・。

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