それは1979年7月16日、西ドイツはフランクフルトからニュルンベルグに向かう列車、日本流に言えば“特急”で、あの103形電機の牽引で最高時速は200km/hです。 ニュルンベルグに向かった理由は、なんとなく鉄道模型の香りがしそうな都市だったからでした。
1等車と2等車がある編成で、ユーレールパスを買っているので当然1等車
を利用します。 こちらはもっとも標準的なコンパートメント、1室の定員は6名で、予約している乗客名と乗車区間が各客室の入り口に掲示されています。
物珍しいOER3001氏は指定された座席に落ち着くことなどあり得るはずも無く、車内をウロチョロと見学します。
個室の1室は列車セクレタリーの部屋になっていて、何やらビジネスの手伝いをしてくださるようでしたが、インターネットが無かった時代だからあり得たサービスですね。
食堂車に行ってみました。 とりあえず、ビールと何かを注文した筈ですが、貴重なカラーポジフィルムではその写真は撮っていなかったのが、デジタル時代の今となっては残念です。
こちらは編成中1両の開放車。 その開放という意味が理解しづらいのですが、ほとんどの客室がコンパートメントとなっている国だからこその表現です。 車体幅は日本国鉄の標準である2,800㎜より100㎜ほど狭いのですが、ゆったりしたフルリクライニングの3列座席です。
斯様な列車でニュルンベルグに向かったのですが、なんと西ドイツを含むヨーロッパの客車って、編成組成に自由度が高いだけに、最後部はこんな感じで貫通扉の窓越しに過ぎ去る景色を眺められ、時速200km/hで迫力満点です。
飛び去っていく架線と架線柱に興味を持ちました。 重錘式の自動張力調整装置です。

どの辺りかさっぱり判りませんが、著しく芸術的なトンネルを飛び出しました。 向こう側の入り口の光が確認できるので、それほどの長さではないトンネルですが、左右にライオンのレリーフ、上部に“MDCCCLIV”と。

トンネルを抜けた先はこの小さな駅でしたが、残念ながら駅名は確認できません。

日本じゃ考えられないのですが、この列車のには開けることができる窓があったので、カメラを出して見ました。

12両、いや13両編成なのか? 遙か先頭にワインレッドとクリームの103形電機、その後にネイビーブルーとクリームの2等客車8両の後が、ワインレッドとクリームの食堂車と1等車となっています。
これに乗ったことで一気にDBが気に入ってしまったのです。
さてさて、この後はまた何れということで失礼いたします。
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