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2021年3月11日 (木)

10年経った3.11

OER3001氏はその時をここで迎えました。正確に言えばこれはOER3001氏の向かいの方の席で、OER3001氏の席はこれほどの散乱はありませんでした。

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もともと整理が悪い方の席とは言え、積んであったものの殆どは落下していました。

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ここは東京都江東区青海2丁目の研究所。通勤の足はレインボーブリッジを渡るゆりかもめですが、当然ながら地震発生から停まり、海を渡っての帰宅は出来なくなりました。。

ただ良かったのは研究所の災害用備蓄食料と毛布の配給が得られたこと。好きなメニューを選ぶことは出来ませんが、とりあえずこの食料で夕食となりました。嬉しいことに段ボールに入ったまま、加温出来るものなので、温かい食事が出来ました。

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何度かの緊急地震速報と余震、近隣火災と津波警報に怯えつつも、とりあえず室内で翌朝まで過ごすことが出来たのは幸せでした。

翌3月12日は土曜日だったと記憶していますが、あらためて研究所内を見回せば、エアコンが落下した部屋でテレビが被災模様を伝えています。

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この後再び配給された災害用備蓄食料、今度はハンバーグとカレーライスにありつけました。ありがたいありがたい。

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腹ごしらえした後は帰宅に向けて、その手段を探ります。一応最寄り駅を確認しに行ったら案の定この通り。

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辺りは何事も無かったかの如く、朝陽を浴びた穏やかそうな情景ですが、流石に人が居ません。OER3001氏が一夜を過ごしたのは中央の建物でしたが、実は右側の日本科学未来館では一部の窓ガラスが割れ、7階天井から吊してあった展示物が1階まで落下するという事故が発生していたのです。

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朝になると、色々な情報が入ってきました。この画像の左奥では、善に津に工事中ビル屋上が燃え、黒煙が高く上がっていたのです。が、朝になって穏やかな状況になっています。

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朝になっても解除されない津波警報の中、やっと動き出した電車を乗り継ぎ、なんとか自宅最寄り駅までたどり着いたのですが・・・、小田急の改札口はまだ斯様な状況でした。

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日本中が恐怖と悲しみに見舞われた10年前のこの日のこと、そしてそこから今日まで、さらにこれから何十年も続く原発事故のことを忘れてはいけません。

はっきり言います。OER3001氏は原発は中止すべきだと。

「アンダーコントロール」などど宣った首相が居ましたね。何がアンダーコントロールですか! 廃棄物処理の方法も見つかっていないのに! です。

 

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コメント

効率が良い=コントロール出来ないほどのエネルギー、それが原子力なんですね。
風の時代とか、SGDSとかいう一方で、いまだに効率とか、経済とかに拘る政治屋(とその周辺)~福島にちらっと行ってアリバイ作ってましたね。

あの日は、(リタイヤ後でしたが)サラリーマン生活で初めて緊急事態の行動をリアルで行いました。携帯電話は通じませんでしたので、近くの公衆電話で家族の安否を確認して、4時間かけて徒歩で帰宅しました。途中、コンビニがトイレを開放してくれていたので本当に助かりました。廃炉にかかる経費は原発を稼働させた利益で賄う計画だ、と聞いてあきれ果てました。なんにも学習していない。

 あの日、私は阪急の正雀車庫にいました。19時前に新幹線の終日運休が発表され、翌日の昼前に帰宅。我が家はガスが止まって炊飯ができず(ガス釜なんで)、慌てて電気釜を買いに行きました。原発は最終処理が国内でできるようになれば、選択肢に入るかなと思います。

あの日は帰宅出来ず家族の安否確認取れたので協力会社の社長の誘いでコンビニで飲み物を買いこみ
社員のアパートで一晩お世話になり翌朝帰宅出来ました。
スリーマイルやチェルノブイリの事故をみているにもかかわらず全く学習能力のない馬鹿な政治家には
呆れるばかりです。

◆ Cedar さま
この度もまたコメントありがとうございます。政治家でなく政治“屋”がとんでもないことは否定できませんが、冷静に考えれば今は、全ての原点は東電の企業体質から始まっていると思っています。


◆ ぼっちぼち さま
政府や東電は言うに及びませんが、時が過ぎると計画停電や電車の間引きに耐えて来たことも忘れがちで、便利な生活に慣れきっていることも反省しなければなりません。


◆ モハメイドペーパー さま
正雀!? 良く帰って来られましたね。
要するに、人間はコントロールできないことをしてはいけないという教訓です。


◆ ぬか屋 さま
家族の安否確認も思うように取れませんでしたね。携帯で確認できたときの安心感、思い出しました。
泊めてくださるところがあって良かったですね。

震災から10年、世間的には何ら影響のない個人ですが、結構大きな変化があったことを思い起こしました。地震の直接の被害、原発事故、その後の身の回りの変容、自分自身としては人生に於いて、かなり密度の濃い年月であったと実感しています。先週、テレビでFukushima50を見ていて、ついこの10年を振り返ってしまいました。

きぬやまスカンクさま
“世間的には何ら影響のない”・・・!?
嘘仰ってはいけませんよ、支援金支給された立派な被災者では無かったでしたっけ?
その支援金の一部に、OER3001氏の納税も協力させて頂いていることをお忘れ無く(笑)。

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