追悼 生方良雄さん
生方良雄さんご逝去との報せを受けてしまいました。本日6月24日、告別式が執り行われます。
OER3001を名乗る小生が、生方良雄さんというお名前を知ったのはこの雑誌でした。1963年4月号、小学6年生で手にした1冊で、教科書以上に何度も何度も読んだ雑誌。痛まないように特別のカバーをかけて保存していました。
その中のこの記事を何度も熟読することで、小田急に興味が深まり、ますますファンになって行くことになった次第です。
高校時代から入会した鉄道友の会を通じて、憧れていた生方さんに接することが接することもでき、とても嬉しかったことが思い出されます。
1973年の海老名車両基地を見学したときには、ご子息を連れて来られた生方さんが、メンバー諸氏と和やかに懇談しているお姿を撮っていました。生方さんの視線は故吉村光夫氏です。左背中はモハメイドペーパーさま、右の背中はK.Aさんと、趣味のお仲間たちで楽しいひとときでした。
1981年7月の暑い日でした。小田急電鉄社内有志によって開催された1800形お別れ会では、これまでの1800形の想い出やご苦労をスピーチ頂きました。斯様な小田急社内行事にお声掛け頂いたのも、生方さんのご配慮だったと思います。
ロマンスカー3000形が引退となる1992年、唐木田車庫でのお別れ式でもSSE車にワインを捧げて居られました。
いつもカッコ良く中折れ帽をかぶり、穏やかな笑みで接してくださった生方さん。優しいながらも仕事に厳しそうな面も感じられた紳士でした。そして何よりも、小田急のこと、小田急電車のことを中心に、鉄道界の貴重な記録をまとめ、多くの著作を残してくださりました。
大学の大先輩としても、大切な方でした。永きにわたり大変お世話になり、多くのことをご教示くださりましたこと、感謝の念に堪えません。
1925(大正14)年のお生まれで享年96歳。 謹んでご冥福をお祈りします。
« 今日の一枚 No.122 | トップページ | 通い続ける撮影地 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- J.Wally Higginsさんの写真展(2025.03.09)
- 3.11という日(2025.03.11)
- 雛祭り(2025.03.03)
- 驚愕の“新宿”(2025.02.21)
- ロマンスカーホームのガラス窓(2025.02.19)
お名前は当然存じあげてました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
投稿: Cedar | 2021年6月24日 (木) 09時28分
私が生方さんの名前を知ったのは、鉄ピクの99~101号で連載された私鉄車両めぐりの小田急篇です。割と最近では原鉄の行事でもいろいろとアドバイスをいただいたりしました。これで大東急時代の実体験を聞ける人はいなくなりましたね。
投稿: モハメイドペーパー | 2021年6月24日 (木) 09時54分
◆ Cedar さま
自分より年長の方が、一人、ひとり、また一人と亡くなっていくのは致し方の無いことではありますが、寂しいものですね。
◆ モハメイドペーパー さま
鉄道ピクトリアル99~101号は後年に入手したものでした。“生き字引”のような存在を失って、昭和が完全に消え去ったということでしょうね。
投稿: OER3001 | 2021年6月24日 (木) 22時19分
近年体調が芳しくないと聞いておりましたが、残念です。
あの穏やかなお人柄とお話しのされ方、印象に残っております。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
投稿: Chitetsu | 2021年6月26日 (土) 06時51分
Chitetsu さま
コメントありがとうございます。
築いてくださった歴史を大切に、残る我らが積み重ねられることをしっかり続けていくことが供養になるものと思います。
投稿: OER3001 | 2021年6月26日 (土) 09時56分