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2021年7月

2021年7月31日 (土)

ちょっと東武でも

あることから1978年に撮っていたこの画像を見て、東武を見に行きたくなりました。

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同じ位置で、現在の車両を撮りたかったのですが・・・、このホームには特急券を持った人しか入れなくなっているのですね、残念です。辛うじて各駅停車のホームから撮りましたが、これでは不満足です。

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仕方が無いのでそれならと、当時には無かった光景を収めてみました。スペーシアとスカイツリー、ギリギリ入りました。

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序でに、とうきょうスカイツリー駅からアサヒビール本社ビル背景にしたのも。

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都会では珍しくなった20メートル級2両編成の電車も。

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使用線区は異なりますが、どちらも復刻塗装でした。

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最後に最新鋭の70000系も。LEDの行先はシャッター速度1/100秒にしてようやく簾にならずに撮れるという代物でした。

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さてさて、OER3001氏が東武に嵌まっている訳にはいきません。ほどほどにして引き返しました。

 

 

 

2021年7月30日 (金)

マイペースで進めます

新型コロナウイルス感染者数、東京都の新規感染者数が3,000人越と聞いても驚かなくなりました。

酒類の販売自粛や営業時間短縮、外出自粛などを国民に強要し、ワクチン接種は遅い。そんな中でのお祭りイベントでは、緊急事態だと言ったところで効果など???です。 OER3001氏はとにかく自己防衛に徹します。だってこの国の総理大臣は「自助だ」と仰るのですから。

と言うことでシコシコ進めているのですが、未だにこんな状況。

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10両も同じような車体を作っていると、とにかく集中力が続きません。

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幸か不幸か、軒並みイベントも無くなり、納期も無いので、休み休みマイペースで取り組んで行くだけです。

 

 

2021年7月29日 (木)

想い出の光景:31

当シリーズ前回の神田駅で撮った101系と103系の山手線、永くお付き合い頂いている巨匠からのコメント、ご希望を受けての続編として、京浜東北線を。

山手線の101系の103系への置き換えを進める一方で、京浜東北線への103系投入が始まりました。

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しかし主力は依然として新性能電車ではない吊り掛け車でした。クハ79先頭の鶴見行きが目前に迫ったとき、山手の101系がやっと発車しました。

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こちらは東京へ向けて走り去る磯子行き。最後部もクハ79の8両編成。何故かクモハ73アタマの写真は、このフィルムにはありませんでした。

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先の東京オリンピックから3年後のこの頃、東京の空はまだ広かったです。

 

 

2021年7月28日 (水)

想い出の光景:30

まだ高校生だったこの日、当時のカレンダーを確かめると木曜日。学校帰りだと思っていたのですが、春休み期間ですね。模型制作記事をある出版社に届ける序でに、15:30前後に神田駅で撮っていました。

カメラは東京駅方向に向けています。

「山手」と掲示されたバックシーンはカナリヤ色の101系、それとすれ違いでこちらに向かって来るのはウグイス色の103系。山手線の車両が103系に置き換え進む時代、京浜東北線はぶどう色の73系の天下でした。

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今では画面左に上野東京ライン、東北・上越・北陸新幹線が行き交う2階建ての高架橋が構築されてしまい、すっかり空が見えなくなってしまいましたね。懐かしい光景です。

 

2021年7月27日 (火)

名鉄3400系

日常的に拝見せて頂いているchitetuさんのブログ「吊り掛け電車をもとめて」、7月22日には「冷房いもむし」3400系が取り上げられました。

それを見て懐かしくなり、早速勝手にコラボさせて頂きます。

これは1993(平成5)年11月、鉄道友の会40周年として貸切運転をしたことがありました。

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東京から駆けつけたのに、この日は生憎の天気。遂に雨が降り出してしまいました。

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その雨の中での貸し切り列車、老体とは言え大切に手入れを重ねてきただけに、豪快な走りを体験できたことは忘れられません。

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冷房化されるのはこの翌年のことでした。

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それにしてもこの3400系に付けられた「いもむし」というニックネーム、時代を感じますね。今の時代だっらた「いもむし」なんて付いたでしょうか?

 

 

2021年7月26日 (月)

勝手にコラボ

当ブログ「他車線ご案内」にある「ぬか屋の徒然日記」に、雪の花輪線の写真がありました。ちょっぴり涼を頂いたので勝手にコラボさせて頂くことと致しました。OER3001氏だってその昔、リュック背負って三脚とカメラバック持って、蒸機を追いかけたことがありました。

ここは、現在は無人駅となった安比高原駅で、この時は龍ヶ森駅の付近 。詳しい友人の案内で行ったので、詳細は覚えていませんが、8620形の3重連が目的でした。

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ここでの撮影を楽しんだ後、盛岡へ引き返し、さらに北へと向かいました。

連日の猛暑だけに、モノクロの世界で少しでも涼を取って頂ければ幸いです。

 

2021年7月25日 (日)

自転車ロードレース

不祥事続きながら遂に、TOKYO2020始まってしまいました。

開会式翌日のこの日も、いつものように線路端に向かいましたが、車両の運用を確認して戻ろうと思ったら・・・、このお陰で自転車ロードレースコース上の歩道橋が通行止め。 やむを得ず、野次馬となりました。

まあ目の前を通過する電車のサイドビューを撮るより遙かに楽なものです。地元と言うことが良く判るように、改装工事中のパルテノン多摩前で先頭集団の8人を捉えました。

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これだけ撮って帰ろうと思ったら、まだ歩道橋の通行止めは解除されません。仕方ないのでさらに10分ほど待つことになってしまいました。暫くして後方の集団が一気に駆け抜けて行きました。

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天を仰げば夏空にヘリコプター。

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やっと通行止め解除となった歩道橋から見下ろせば、多摩中央公園前の路上にはこの観戦者。因みにカメラを構えていたこちら側はぼちぼちでしたけどね。

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観戦者から感染者が生じないことを願うばかりです。

 

 

2021年7月24日 (土)

残念~!

世間では、度重なる不祥事が重なるTOKYO2020とかいうイベントの開会式があるというこの日、いつものようにいつもの場所に繰り出して撮影しました。

最初は先ず4557先頭の4057F、急行唐木田行きを。1/320秒のシャッターでも、LEDの種別・行先は簾状になってしまいました。

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この編成はOER3001氏が模型化した編成なのです。

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その後、残念なことが起きました。

1000形6両編成でリニューアルされていない1253Fが上り運用で来た時です。1/2500秒シャッターでサイドビュー、先ずはクハ1253をGet!

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2両目はデハ1203。

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3両目は床下機器配置も1203とほぼ同様のデハ1303。パンタ周りの配線、ヒューズボックスの数に違いがあります。

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4両目はパンタを載せていてもサハ1353。

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そして5両目・・・、とシャッタータイミングを取っていたところで右からサ~ッと邪魔が出現! あと2両を残して撃沈してしまいました(涙)。

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気を取り直して、急行で来た3000形10両固定の3084Fを撮って、この日は終了としました。

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それにしても、通い慣れた場所で日課のように撮影していても、いろいろとアクシデントは起こるものですね。

 

 

2021年7月23日 (金)

今日の一枚 No.126

暑い暑いこの日、OBとして高校の鉄道同好会夏期合宿に参加、クラブメンバーと撮影しています。初めてのリバーサルフィルム撮影だったと思います。

電化後間もない御殿場線、足柄付近でした。

他線から急遽集められた旧型国電が使われ、まだ塗色変更されずにぶどう色2号のままの2両のクモハ73に挟まれた2両のスカ色サハ78。その内の1両はトイレ付きに改造された450番台でした。

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田圃の間を流れる用水を入れて撮りたかったようです。

D52牽引の旧型客車やキハ51の頃と比べると、小田急3000形SSE車が乗り入れる様になったことは歓迎するとして、ゲタ電4連では随分サービスダウンしたものだと感じたものでしたが、それも懐かしいです。

 

2021年7月22日 (木)

失敗撮影

5月中旬から日課のようになったウォーキング&撮影や、小ドライブ&撮影ですが、見事にターゲットを収穫できるときばかりではありません。失敗は付きものです。

例えばこれ。サイドビュー撮影中にクロネコヤマトが! 途中で止めて道を譲らざるを得なくなって中断!

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こういうリスクを避けるため、この日の撮影場所は斯様なところへ。

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この公園の木の間から、本来は斯様な写真を撮りたいのですが。

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某私立小学校の送迎バスがターゲットの電車と一緒になってアウト! 先頭部床下にかかってしまいました。

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この程度なら避けられて問題無いのですが、残念です。

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それにしても真横を狙うのは場所探しに苦労するし、場所が良くてもタイミングに恵まれないことも。何ともリスクの高い撮影です。

 

2021年7月21日 (水)

小田急多摩線で撮る

暑い日が続いていますが、この日も一番暑い時間帯に、最近気に入った場所へ撮りに行って来ました。最初は3277F。

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このアングルでの撮影が目的では無いのですが、その次は1255Fでした。

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圧倒的に3000形の運用が多いので、これだけは頻繁に撮ることができます。3272Fでした。

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同じ3000形でも、こちらの3259F(2次車)はスカート形状が異なります。ワイドドアの1次車と同形状のスカートです。

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この日、最新の5000形も収めることができました。5054Fでした。

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同じアングルで撮っても、手持ちで都度構えるので微妙に異なるカメラアングル。加えて微妙に異なるシャッタータイミングとと、なかなか上手く行かないものです。

 

2021年7月20日 (火)

新撮影ポイント

高架線を行く列車の写真、どちらかと言えばあまり撮っていませんでした。住み慣れた地元でも同様ですが、この日は駐車場ビルに行ってみました。

最初は4階から。高架線の側壁が下回りを隠すので、複線の手前を行く列車はイマイチ面白くありません。一番奥の京王線なら辛うじて。

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同じ4階から。小田急はなかなか良く撮れますが、中途半端なアングルです。

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最上階の6階から、やっと小田急&京王を収められましたが・・・、京王がもう少し手前に来てくれていたら・・・。

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流石に厚いので、この辺で終わりにして冷房の効いた場所に逃げ込んだ次第でした。

 

 

2021年7月19日 (月)

梅雨明けと共に

江ノ島は、子どもの頃から親しんだ海でした。

1950年代の夏と言えば、親に連れられ、それはそれは混んだ電車に乗って目指したものです。HB車と言われた1200形、1300形、1400形の3両、時々4両の準急・江ノ島行きの車内は騒然としていたことを思い出します。

正面に掲げる方向板も、夏期には特別意匠のものが掲げられていた記憶が残りますが、その意匠は2220形以降の行灯式の方向幕にも継承されました。

これは1970(昭和45)年5月作成のものなので、車体塗色が黄/青からケープアイボリー&ロイヤルブルー帯に変りつつある時代のものです。

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夏期が過ぎれば通常の方向幕に。

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各駅停車は△で区別していました。

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これらのコレクションを、縁あって先月末から発売されている書籍に提供させて頂いたのを機会に、全て複写しておきました。縮小して模型に使用することを目的に・・・。

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既にご覧頂いた方、購入された方も少なくないこと思いますが、未だの方には一度ご覧頂けましたら幸いです。

 

2021年7月18日 (日)

左沢線のこと

左沢って難読のひとつですよね。鉄道が無かったら、読めなかったに違いありません。

今ではご縁もできて、新型コロナ感染症なんてまだ聞かなかった頃には、毎年のように5月に行っていたものです。ここ専用のキハ101が、朝方には4両編成もあるのです。

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日中は2両編成になってしまいますが、電車のように俊足で走っています。

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その左沢線、1972(昭和47)年に山形駅で撮った写真がありました。ノーシル・ノーヘッダー、ロングシートの客車、オハ41 252でした。

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下校時刻なのでしょう、女子高生がロングシートに並んでいる光景と共に「山形-左沢」のサボを撮っていて良かった。

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この客車の由来を知らなかったので調べたら・・・

ノーブルジョーカーのホームページ(客車) (noble-joker.com) に以下のように詳しく記載されていました。

オハ35系の広窓2等車オロ40の最後のグループ(オロ4098~102)は、外板に航空 機用のジュラルミンが試用されました。しかし、腐食がひどく昭和29年に台枠を 使用し準軽量構造の車体を新製したオロ42(1~5)に改造されました。台車はス ハ42と交換したTR40ですが、枕バネを優等車用の2連に、下揺れ枕を防震ゴム 付に交換したTR40Cに改造されています。オハ53(101~105)への格下げを経 て昭和41年にロングシート化されオハ41(251~255)となりました。

ということで、オロ40 99→オロ42 2(1954年)→オハ53 102→オハ41 252(1966年)、1975年に廃車とのことでした。この写真で背を向けていた女子高生、もう新型コロナワクチン接種済ませている頃でしょうね。

 

 

2021年7月17日 (土)

夏空~!

東京の梅雨明けが宣言されました。昨日7月16日、近所を歩いているとき、空がそれを証明しているようでした。

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宮崎駿さんのアニメで見たような、青々した空に白い雲。

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梅雨明け大歓迎ですが、序でにコロナ禍も明けて欲しいと思うのはOER3001氏だけではありませんね。

 

 

2021年7月16日 (金)

ゲリラ豪雨去って・・・

早朝の雨音で目覚めたこの日、午前中は雷ゴロゴロ。仕方なく室内で模型弄りをしていたら、窓の外が明るくなって、雲が切れた所から陽が射しているではないですか!

思い立ってクルマで向かうこととしました。

現地に着いたら早速これが! ず~っと狙っていた新5000形のサイドビューを撮ることができました。今回は先頭車だけの掲載にしておきますが、10両全てバッチリ撮れて“ヤッタ~!”です。

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これでいよいよ梅雨明けなのでしょうか、夏空になっていました。

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最近の目標の一つを達成した爽快感、一段落です。

 

 

2021年7月15日 (木)

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ホントに暫く放置していたのですが、不安定な梅雨空では撮影に出られないので、ほんのちょっとだけ進めてしまいました。

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屋根上にベンチレーター、ランボードとパンタを仮置き、様子を見ました。パンタ台は角材から作っています。

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手持ち在庫のパーツを生かそうとしていますが、パンタだけは安価なTOMIXパーツを新規調達しました。

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様子を見たので一安心。これでまた暫く放置です。

 

 

2021年7月14日 (水)

ゲリラ豪雨の前に

この日も期待して、いつもの場所に行ってみました。

ところが、天気予報通りに大気不安定な中、怪しい雲行きは益々怪しくなるばかり。そこで、本来のアングルを諦めて思い切り線路に近づいて。

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これを撮ってクルマに戻って直ぐ、大粒の落ちてきてから落ちて来ました。

それにしても、フィルムからデジタルに移行したお陰で、暗くなってもそこそこ撮れるのは良いことです。

 

 

2021年7月13日 (火)

想い出の光景:29

場所当てクイズです。ここ、ど~こだ?

下りホーム最後部から上り電車を。

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上りホーム最前部から下り電車を。

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もっと撮っておけば良かったと、後悔しても始まりませんね。

 

 

2021年7月12日 (月)

今日の一枚 No.125

当シリーズの125回目、伊豆急行クモハ125の勇姿とします。

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この時はまだ、Google Map などというものに出会っては無く、地図と睨めっこしつつ線路に沿って歩いて行ったものでした。迷いつつ、ファインダー覗きながらポジションを決めるという当たり前の行為が今、情報化社会の中に有ってマニュアル通りに撮りに行くというカタチに変わりつつあることが悲しいです。

 

 

2021年7月11日 (日)

梅雨空の合間に

意外にも日が差してきたので、いつものウォーキング&撮影コースでは無く、ちょっとクルマで出掛けてみました。

もしかしたら・・・、と期待しての小一時間の滞在でしたが、やっぱり期待していた車両は来ませんでした。仕方が無いので一応ごく普通のアングルで、最も撮る気が起こらない車両を。

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反対側から来るのも念のため。

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まあ、こうした何気ない当たり前の撮影が、いつか貴重な記録になることもあるかも知れませんしね。画像整理して気付けば3264Fと3265Fと続けて撮れましたが、それがどうした?と言う感じでしょうか。

 

 

2021年7月10日 (土)

赤いED・・

7月になって早10日、fbの“お友だち”間では日付の語呂合わせ投稿が盛んでした。折角なので10日経ったところで、OER3001氏だってそれなりに撮ってるよということで、ここでご紹介しようと思います。

先ずはED71(7月1日)から。これ、もっと真面目に撮っておきたかったな~。模型では鉄道模型社製品が記憶に残ります。

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ED72(7月2日)は残念ながら現役時代を撮っていないので、門司の九州鉄道記念館に保存されている1号機。出張を利用して見学しました。

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現役時代なら13号機を博多駅で撮っていました。これは確か山陽新幹線開業の前日の博多駅でした。

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次はED73(7月3日) 。20系の寝台特急“あさかぜ”最終日に記念乗車して博多駅に到着した時でした。

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次はED74(7月4日)ですが、1963年の福井 - 金沢間電化用本務機としてED70形の運用区間拡大とともに新たにD形機関車を増備することとなり製造された本形式、撮れる機会に恵まれませんでした。

ED75(7月5日)は結構撮っていましたが、ナンバーを白く塗られた75号機、福島交通の電車バックに撮っていました。

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次はED76(7月6日)ですが九州の1008号機、博多駅ですが、この時は駅員に声を掛けてホーム先へ降りて撮ることができました。

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一方、同じED76でも500番台は北海道での活躍。出張の帰路に札幌駅で撮れました。

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ED77(7月7日)は使用路線が限られていますが、運良く福島駅で捉えることができました。

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次はED78(7月8日)、奥羽本線で活躍した電機ですが、これは米沢駅での一枚。これも出張の時に撮っていました。

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この後はED79(7月9日)ということになりますが・・・。これも生憎撮れていませんでした。

ということで、ED71~78まで(除74)、辛うじて自らのカメラで収めることができました。

 

 

2021年7月 9日 (金)

一畑電鉄が心配

ここのところ続いている線状降水帯がもたらす豪雨災害、熱海の土石流に心が痛みます。

一方山陰地方も相当な被害が発生しているようで、首都圏には詳細な報道が届いていませんが、一畑電鉄も大変なようです。

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地方のローカル私鉄は、ただでさえ沿線人口減少などの影響で厳しい経営を余儀なくされているのに、さらに自然災害で痛めつけられては・・・。何とか復旧してくれることを祈るばかりです。

 

 

2021年7月 8日 (木)

駅撮り

この日、ウォーキング序でに散髪したもので、このところのコースとはちょっと違いました。

そこで、散髪終わったら駅から電車に。1往復して戻った所は乗車した駅の隣駅。ということでここで撮影。

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折しも最新の5000形が。

停車している間にキョロキョロと観察してから、ホームを後にした次第。ウォーキング途中で一駅間電車に乗るのも良いものです。

 

 

2021年7月 7日 (水)

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すみません、なんだかんだと言いつつも、先の常態になって気づいた隅柱のRを付けました。そうしたらウインドウシル、ヘッダーと雨樋貼ってやりたくなって、序でに扉下の靴摺もと、結局ここまで進めてしまいました。

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中途半端で放置するのも気がかりだったもので、つい。

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これでホントに、暫く放置することにします。

 

 

2021年7月 6日 (火)

2320タイプ-2

この先は暫く放り出しの公算大。浮気はここまでで本業に戻りましょう。などと言っておきながら・・・。

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白いままにしておくのも気になるので、プライマー塗ってオデコ成形してから、サフェーサー吹いて研いて。

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サフェーサー吹いて研いてを3回ほどやってしまいました。

この常態になって気がつくことが。隅柱のRが殆ど無いじゃありませんか。だから人様が設計されたキットは嫌いです。これをそのまま進めるか、それとも削ってRを付けるか、などと考えていたら面倒くさい。えい、ホントに暫く放置することにします。

 

 

2021年7月 5日 (月)

2320タイプ

OER3001氏にとって2320と聞けばこれなんですが・・・。

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(2009年5月17日 グランシップトレインフェスタ2009にて)

 

小田急では無く上田丸子電鉄にも居たのですね、2320が。

どうもいけません、また浮気の癖が出てしまいました。16番ペーパーキット、上田丸子電鉄モハ2320タイプでした。

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聞いたことの無いメーカー品、先日“いさみや”に伺った際に見付け、特に買いたいものは無かったのですが、お元気な社長に忖度してしまいました。

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パッケージを開けると炭のような臭い。なるほど、レーザーカッターで抜いた臭いなのですね。

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おでこは好きでは無い積層式です。角材も床板もレーザーでカットされています。

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ということで、ちょっと手を出してみたらこの通り。

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当社の仕様と異なりますが、一応ここまではメーカー設計に従って組んでみました。

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この先は暫く放り出しの公算大。この種のペーパーキットって、OER3001氏には扱いづらいのです。やっぱりペーパー自作がイイ! 浮気はここまでで本業に戻りましょう。

 

 

2021年7月 4日 (日)

東急スケッチ

我家から“いさみや”に向かうには3社3路線を利用することになります。最初に利用する1社1線にはさらに選択が可能で、この日はこれを撮りたくて京王利用としました。同時発車ダイヤだからこそできることですが、なかなか上手く行かないことの方が多いです。

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2社目はこれ。

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3社目には多種多様な車両が入り乱れますので、溝の口駅西端で暫し撮影タイム。

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目下の最新鋭2020系もだいぶ増えて、この編成はすっかり“ウェザリング”されています。

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そうか、大井町線の内、各駅停車の9000系はここで折り返し、急行の6000系は田園都市線直通でした。田園都市線からその6000系がやって来ました/。

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大井町線各駅停車の引き上げ線を挟んで、田園都市線の5000系と2020系が行き交う光景。頻繁にメトロや東武の車両も行き交う中で、東急の車両ばかりで良かった!

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ちょっとした東急スケッチでした。

 

2021年7月 3日 (土)

今日の一枚 No.124

山陽電鉄の3050系やマッハ模型の鉄道調色塗料を取り上げていたら、関西私鉄が懐かしくなりました。

新京阪鉄道のP-6形転じて京阪電気鉄道デイ100形、そして京阪神急行電鉄100形となった車両。全鋼製の1次車として101-110が日本車輌製造本店で、111-120が汽車製造東京支店で製造されたセミクロスシート車両。

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EXPO’70で訪れた1970年夏、雨降る中の高槻市駅で撮っていました。

この時代、折角行ったのならもっと撮っておけば良かったと思いますが、これでもカラーポジフィルムで撮っていたので1シャッターあたりいくらというコスト計算で、とてもとても何枚も撮れなかったのが残念です。

 

2021年7月 2日 (金)

久しぶりに

数人で運転を楽しんで来ました。会場はここですが、例の看板が無くなって閉店したか?という噂も流れていましたが・・・。

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しっかり営業しています。

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社長もこの通りお元気です。社長にお断りして店内撮影させて頂きました。

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その2階の運転場をお借りしての開催です。OER3001氏は昨年完成させた3000形SE車をメインとしました。

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自慢のミュージックホーンを高らかに、走り始めました。

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ジョイント部の通過音は、タタン、タタン、タタン、タタン、タタン、 タタン、タタン、 タタン、タタン。連接9台車ですから。

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次第に加速して行きます。

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奥の線路まで周回し、トラスブリッジを潜ります。

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トラスブリッジを潜ると難所の上り勾配にかかりますが、コアレスモーター2台で4台車駆動ですから問題ありません。

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そしてトラスブリッジを通過します。

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ここも軽快にタタン、タタン、タタン、タタン、タタン、 タタン、タタン、 タタン、タタン。

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目前を軽快に通過して行きます。

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その模様をカメラに収められるこてはし鉄道社長。

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ご熱心にカメラを向けられていました。

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この光景と、ミュージックホーンの音色に酔いながら・・・、20210701_0026_moment40

実は同時に、たかべーさんと共に、“アサヒ ザ・リッチ”でも酔っていたOER3001氏でした。 

(画像はアサヒビールホームページより)

新型コロナ感染再拡大が心配な時ですが、2回目のワクチン接種を終えて5日経過。個人的には相当安心して趣味活動再開ができそうです。

 

2021年7月 1日 (木)

模型用塗料について雑感

fb(フェイスブック)友だちのKYさんの投稿で知ったのですが、永年にわたり重宝しているマッハ模型の鉄道調色塗料の内で、在庫限り、生産休止品がかなり出現しているようです。

マッハ模型店鉄道調色塗料一覧

そもそも、良くここまでの品揃えをしたものと思っていましたが、どう考えても需要が少なそうな色まで揃えていたのだからやむを得ないでしょう。一応計画あるものの色は買い揃えてありますが・・・。

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半世紀前のことを思い出せば、そもそもラッカーの基本色を取り揃え、絵の具を混ぜるように自分で調合していたのが、鉄道調色塗料なる商品に出会ったのが1960年代半ばだったか、随分嬉しかったことを思い出します。

東京では銀座・天賞堂がラックで陳列していて、その中から目的の色を選択していましたが、1970年に初めて訪れた大阪堂島地下センター奥のマッハ模型店にはB4二つ折りの色見本もあって、早速入手したことを思い出します。

家捜しして見付けました。それがこれ! 宝物です。

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広げると、印刷では無くラッカーのカラーチップが貼付されています。この当時は国鉄色と関西の大手私鉄色しかありません。

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裏には使用法やラッカー成分などが丁寧に書かれています。

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これから何年後でしょうか、カラーチップの貼付は無くなり、リストだけ。この時点で80色とあり、首都圏の私鉄各社に秩父鉄道、長野電鉄、名鉄、伊豆急が加わっています。1缶100円だったのですね。

あっ、右下に調色カラーカード¥300の標記がありました。

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この時代も以下の説明書が添えられています。

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漫談家、お笑いタレントの綾小路きみまろじゃないですが、あれから40年! いや50年以上かな? 色数を増やしすぎたのでしょうね。結局当時から販売されていた色は、これからも残るような感じです。

今や鉄道調色塗料は日光モデルなどからも発売されていますが、必要な方は早めに購入されることをお勧めします。

 

 

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