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2021年7月19日 (月)

梅雨明けと共に

江ノ島は、子どもの頃から親しんだ海でした。

1950年代の夏と言えば、親に連れられ、それはそれは混んだ電車に乗って目指したものです。HB車と言われた1200形、1300形、1400形の3両、時々4両の準急・江ノ島行きの車内は騒然としていたことを思い出します。

正面に掲げる方向板も、夏期には特別意匠のものが掲げられていた記憶が残りますが、その意匠は2220形以降の行灯式の方向幕にも継承されました。

これは1970(昭和45)年5月作成のものなので、車体塗色が黄/青からケープアイボリー&ロイヤルブルー帯に変りつつある時代のものです。

Photo_20210718100001

 

夏期が過ぎれば通常の方向幕に。

Photo_20210718100401

 

各駅停車は△で区別していました。

Photo_20210718100402

 

これらのコレクションを、縁あって先月末から発売されている書籍に提供させて頂いたのを機会に、全て複写しておきました。縮小して模型に使用することを目的に・・・。

Photo_20210718101301

既にご覧頂いた方、購入された方も少なくないこと思いますが、未だの方には一度ご覧頂けましたら幸いです。

 

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コメント

 私が小田急で長距離通学していた昭和40年前後は、夏ダイヤ真っ盛りでした。休日はABFがほとんど江ノ島急行に駆り出され、新宿口の普通はHBばかり。満員の急行は窓全開で走っていました。準急の方向幕は〇でしたね。

モハメイドペーパー さま
想い出をありがとうございます。そうでしたね、準急の方向番は〇でした。

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