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2021年7月18日 (日)

左沢線のこと

左沢って難読のひとつですよね。鉄道が無かったら、読めなかったに違いありません。

今ではご縁もできて、新型コロナ感染症なんてまだ聞かなかった頃には、毎年のように5月に行っていたものです。ここ専用のキハ101が、朝方には4両編成もあるのです。

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日中は2両編成になってしまいますが、電車のように俊足で走っています。

20140510_1005_20

 

その左沢線、1972(昭和47)年に山形駅で撮った写真がありました。ノーシル・ノーヘッダー、ロングシートの客車、オハ41 252でした。

19720608_0005_13

下校時刻なのでしょう、女子高生がロングシートに並んでいる光景と共に「山形-左沢」のサボを撮っていて良かった。

19720608_0006_13

この客車の由来を知らなかったので調べたら・・・

ノーブルジョーカーのホームページ(客車) (noble-joker.com) に以下のように詳しく記載されていました。

オハ35系の広窓2等車オロ40の最後のグループ(オロ4098~102)は、外板に航空 機用のジュラルミンが試用されました。しかし、腐食がひどく昭和29年に台枠を 使用し準軽量構造の車体を新製したオロ42(1~5)に改造されました。台車はス ハ42と交換したTR40ですが、枕バネを優等車用の2連に、下揺れ枕を防震ゴム 付に交換したTR40Cに改造されています。オハ53(101~105)への格下げを経 て昭和41年にロングシート化されオハ41(251~255)となりました。

ということで、オロ40 99→オロ42 2(1954年)→オハ53 102→オハ41 252(1966年)、1975年に廃車とのことでした。この写真で背を向けていた女子高生、もう新型コロナワクチン接種済ませている頃でしょうね。

 

 

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コメント

オハ41252を撮影されたころ、「新型コロナ」は今とは全然別物だったのですがねえ。
この列車は1339レで、1往復だけ残っていた客車列車。
その年の3月末に牽引機がC11からDE10に替わりました。

c57173さま
確かに当時も「新型コロナ」ありましたが、それはトヨタの・・・。
そうでしたか、たった1往復の客車列車だったとは。ご教示ありがとうございます。

これは貴重な写真ですね、オハ41は、種車によって形態が全く異なり、元の車種を割り出すのに一苦労させられる有名な車輌でした。よくぞ撮っておかれたものと、感服しています。

 私が大学通学を始めた昭和39年頃、オロ42として中央線の普通列車に組込まれていました。オハ35も61の中ではビカイチの存在でしたが、普通列車で1等の需要がどれだけあったのか・・・。

◆ きぬやまスカンク さま
そんな、感服などと・・・。たまたま珍しそうなのが目に入ったので撮っていたようで、前後の客車は撮っていなかったですから。まさかその後に左沢線に乗る機会が訪れるとは、考えてもいませんでした。


◆ モハメイドペーパー さま
中央線に、でしたか。中央線の客車列車って、結構雑多な形式が使われていたのですね。牽引機はEF13が多かったような。冬期の暖房車が記憶に残っています。

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