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2021年9月14日 (火)

総武線複々線化完成直前

9月12日掲載の“総武線複々線化工事の頃”(1971年)の翌年、1972(昭和47)年の記録がありました。東京~錦糸町間の開業によって、本格的に快速電車が走るようになる前日の記録です。

津田沼駅に、この日が最後の運行となる101系による木更津-中野の快速が千葉工科工業大学を横目に進入して来ます。

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全車非冷房が当たり前だった時代、101系の窓には全開の箇所も。

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101系快速が新装なった上りホームに停車。この光景はこの日が最後となりました。

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その後、快速線ホームに配給電車が。新設の幕張区への輪軸輸送なのでしょうか、先頭はクル29、021のようです。

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後部のクモル24、020と判読できます。

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この日の津田沼駅改札口、翌日の快速線開業に先立ち装飾されていました。

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駅前も複々線開通と祝賀ムード。OER3001氏はここから京成バスで大学へ向かいました。

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49年前の情景、今とは大違いでした。

 

 

 

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鉄道(国鉄・JR)」カテゴリの記事

コメント

千葉工科大学ではなくて、千葉工業大学だと思います。

 津田沼まで一気に複々線化、しかも東京直通というのはかなりのインパクトでした。中央線が中野~荻窪、荻窪~三鷹と小刻みで、その先が立ち消えになったのとはえらい違いです。

◆ moewe さま
流石のご指摘ありがとうございます。早速修整させて頂きました。


◆ モハメイドペーパー さま
津田沼まで通学していた大学生として、東京から快速に乗っての通学は僅か4ヶ月程度。しかも4年生で週1、2日の登校だったのであまり恩恵を受けなかったのが残念です。

総武快速開業当時の津田沼駅前はこんな状態でしたか。もう少し開発されていると思っていました。
もっとも、東寄りの現イトーヨーカドーあたりはまだ、広大な?空き地でしたよね。

八千代運転所 さま
大学に進学して津田沼に通い出した頃、今思い出すと相当な田舎、流石千葉県なんだなと思ったことを思い出します。それもつい、この前の感覚なのですから(笑)。

最後の駅前写真にはびっくりです。改札口が今と何も変わってないのに~

Cedar さま
食いついてくださると思っていました!
1年生の時にはここから路地を抜けて、新津田沼に向かっていたのですが、今では面影もありませんからね。

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