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2022年4月27日 (水)

HB車の想い出

叔母の逝去に絡んで取り上げてきたモハニ101形、1200形でしたが、折角ですからその仲間にも触れておきたいと思います。

1200形とともにHB車(H=hand・手動進段、B=Battery)の一員だった1400形のうち1406は引退後、教習車となって長く経堂の研修所に置かれていたのが懐かしいです。このツートーンカラーで本線を走って欲しかったです。

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デハ1400形の相棒はクハ1450形でしたが、1200形の2連と連結した3両編成も多くいました。

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小田急から引退したHB車は、地方中小私鉄に転じて活躍した車両も少なくありませんでしたが、暑い夏の午後、 燕から東関屋まで乗車した新潟交通のクハ47(元デハ1414)。

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小田急時代の扇風機や車内表示が残っていて嬉しかったことを記憶しています。

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未だ不自由を余儀なくされている右手、回復したらまたHB車も増備したくなりました。やりたいことがたくさんあるのに、出来ることが少ないというストレスは溜まるばかりです。

 

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コメント

クハ1450形は奇数車号がデハ1400形の奇数車号、偶数車号がデハ1200形と連結して、となりのデハとは車号末尾が揃っていました。扇風機の取付けと引替えに蛍光灯が6本減らされたのは、MG容量の制約ですね。
てな話、今の若い小田急ファンにはチンプンカンプンでしょう。

◆ モハメイドペーパー さま
懐かしい記憶をありがとうございます。
扇風機取付で蛍光灯が減らされたという記憶はありませんでした。そもそも蛍光灯は、ABFM車などの40Wではなく、短い20Wがかなり間隔をあけて取り付けられていましたね。減らされた蛍光灯の跡ってどうなっていたのでしょうか?

HB車は1両に蛍光灯が20本(10×2)でしたが、片側3本ずつ減らして扇風機が3台新設されました。扇風機1台が40W相当ということになりますね。蛍光灯の位置をずらした跡は気がつかなかったから、綺麗に処理されていたようです。

◆ モハメイドペーパー さま
なるほど、蛍光灯は「間引き」ではなく「再配置」だったのでしょうかね。
竣工図を確認したら、「昭36.9.25付 扇風機新設、室内灯変更認可」とありましたので「再配置」していたようです。

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