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2022年7月

2022年7月31日 (日)

箱根で遊ぶ

とは言っても、この新型コロナ感染症第7波最中の外出ではなく・・・

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自室の小さなレイアウトの話し。

模型製作も集中力が続きません。そんなときはこれに限ります。

 

2022年7月30日 (土)

VVVFインバータ装置の作り方

昔の「模型と工作」誌の記事のようなタイトルですが、最近は半導体の効果か、VVVFインバータ装置も斯様な小さな姿になりました。抵抗制御車の断流器のようです。

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もちろん斯様なパーツの市販品はありません。無い物は作る! これが自作の醍醐味とは言え、電動車両の全てに搭載されるので、必要数は車両数となってしまいます。

最大の課題はメッシュをどうするか? 先日のお買い物で得たハセガワのモデリングメッシュなる素材を使います。方眼紙上にマスキングテープで留め、方眼の眼を頼りに所定寸法にカットします。

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今回は7㎜幅にカットしました。

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これを再び方眼紙をガイドにし、所定寸法の箇所をステンレス定規で押さえ、カッターの刃を使ってグイッと折り曲げます。

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さらに、同様に2箇所目を折り曲げます。

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曲げ加工3回で、斯様なカタチが切り出せました。

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この作業を必要回行いますが、眼はチカチカし、なかなか集中を保つのに苦労します。

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本来はこの側面もメッシュなのですがペーパー片としてしまい、角材とペーパー片から作った「ハコ」に接着しました。

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サフェーサーをかけて、ハイ出来上がり。奥行きが薄い方はMPギア仕様の動力車のもの。中央のモーターを避ける必要がありますから。

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と、かなりやっかいなものでしたが、塗装してしまえば粗は然程目立たないかと。走らせてしまえば更にわかりませんから。

 

2022年7月29日 (金)

失敗写真でも歴史の記録

デジタルではなく、高価なリバーサルフィルムを購入して撮っていた時代。それなのに現像があがってみれば、露出失敗のとんでもない写真!

落胆したものですが、フィルムのデジタル化を進めたとき、悩みながらも一応廃棄せずに取っておいた一部を、画像ソフトで補正してみました。

1981(昭和56)年3月、京王永山-若葉台間の電車見橋から。2010系4連+2000系2連の、外観が揃った6連です。

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同じ時、電車見橋の東側に移動して撮っていた6739×8は、快速・岩本町行きです。

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まだステンレス車体の7000系も登場しておらず、グリーンの車両も6000系も大活躍だった時代。40年経った今では、電車見橋にも高いフェンスが設けられてしまい、撮影にも制約ができ、付近にはビルが建ち、景色が様変わりしてしまいました。

 

2022年7月28日 (木)

お買い物

友人との約束があった日、残念なことにご家族が体調不良とのことでキャンセルに。それならばと、雨降るなか買い物に出掛けました。

鉄道模型とは異なる売り場を探索し、試しに買って来たのはこの3点。右二つはいろいろと検討用に。

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左のは拡大すると□□□が並ぶメッシュであることが判るかと。これを床下器具の一部に利用することを計画しています。

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そしてもう一つは高価なもの。音が鳴るのを製作したら、止められなくなりました。いつ店頭から消えるかも知れない代物だけに、有るうちに確保しておこうかと。

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ということで、帰宅後はいろいろ頭が・・・。

 

2022年7月27日 (水)

1961年・千歳船橋-2

ロマンスカー「明星」の次のネガにあったのがこれ、例によって着色してみました。

車号は1605と確認できますので1605-1655のユニット。その後方にはパンタが確認できますから奇数ユニットとの4連だったようです。

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そして上り列車の行先が「経堂」、次駅で終点なのです。当時日中に、車庫があった経堂止まりの上り列車が何本かあった記憶があります。

前回の「明星」通過時刻に関するモハメイドペーパーさまからのコメントから、この経堂止まり各駅停車は11時半頃だったと推定されます。

 

2022年7月26日 (火)

1961年・千歳船橋

OER3001氏が撮った鉄道写真で4本目のフィルムにあった画像。小学5年生の時に手にしたボルタ判2眼レフカメラを持って、向かった先は千歳船橋駅のプラットホーム。たった7コマの撮影の中にあった1枚を着色、一部トリミングしてみました。

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祖師ヶ谷大蔵から一直線の線路を駆け上がり、下ってきたところが千歳船橋駅。このロマンスカーは「明星」だったのですね。当時の資料があれば、この時の時刻が判るのですが・・・。

 

 

2022年7月25日 (月)

夏・えのしま

いよいよ子どもたちも夏休みに突入。しかし新型コロナ第7波ということもあって、複雑な思いでしょうね。

小田急沿線で育ったOER3001氏にとって、夏になれば江ノ島に海水浴というのが定番でした。小田急江ノ島線も、夏期は相当賑わい、普段は走らないロマンスカーが「えのしま」として走ったものです。

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この時は3000形のSSEへの改造が始まったときで、8連のSEへの乗り納めという感じでした。開業以来の竜宮城を模した駅舎とともに、良き想い出です。

 

 

2022年7月24日 (日)

天賞堂製0-6-0タンク機関車

弊社に2台の天賞堂製0-6-0タンク機関車が揃ったことから、あらためて調べてみました。

先ずは「8号機」となった製品、前・後部とも端梁にステップが付いていて、動輪のバランスウエイトは「三日月」形。サイドタンクは水槽だと思われますが、前後2カ所に取水口の「丸い帽子」があります。

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対して「7号機」ですが、前・後部とも端梁にはステップは無く、バッファーが付いたカタチです。そして動輪のバランスウエイトは「扇形」形になっていて、サイドタンクの取水口「丸い帽子」は前部1箇所のみになっています。

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先日、銀座を訪れた際、天賞堂50周年を記念し出版した「Tenshodo Book」を入手することができました。歴代の天賞堂製品の写真集です。

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この中に、0-6-0タンク機関車も紹介されていました。

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それによれば、1955(昭和30)年に最初の製品が作られたようで、当時の売価は1,750円だったと言うことです。

弊社の「8号機」は1964(昭和39)年から1970(昭和45)年にかけて製造・販売されたバージョンと思われます。縦型モーターはMV-1とあり、2,200円(1964年)~3,000円(1970年)で売られたものと判明しました。

一方の「7号機」は、丸形モーターで1976(昭和51)年に5,800円で販売されて以降、1983(昭和58)年の8,800円まで続いたバージョンであることが判明しました。

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ということで、弊社に揃った2台のCタンク(0-6-0)、歴史ある製品だったことが判明し、大切なコレクションとなりました。

 

2022年7月23日 (土)

2台目の0-6-0入籍

大阪在住の友人T氏から頂いた天賞堂製0-6-0、床下機器の製作を中断し、一気に入籍となりました。

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前機と同様に前照灯を点灯化、ナンバーは前機「7」に続く「8」としました。

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後方にも「8」を入れましたが、「7」の4角プレートではなく丸形プレートです。

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緑角ナンバー7号機と赤丸ナンバー8号機を並べてみました。

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微妙に異なる外観ながら、まさに兄弟機が揃いました。

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それこそ息抜きはここまで。・・・と言いながら、最近は誘惑してくるお友達も少なくなく、この先どうなることやら。嬉しい限りです。

 

 

2022年7月22日 (金)

2台目の天賞堂0-6-0

大阪在住の友人T氏から届けられた宅配便。段ボールの片隅に、“オマケ”が添えられていました。何と天賞堂0-6-0でした。先にオークションで入手した0-6-0を再生していたので、我家としては2台目となります。

床下機器の製作も疲れたので、またちょっと息抜きに、早速弄り始めてしまいました。届いたのは先の再生機より後年の製品なのでしょうか、台枠にバッファーがありません。モーターは5極の縦型。

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モーター端子から前照灯用配線を取り出しました。

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ブラッシングの後、黒を吹いておいたボイラー裏に設けた基板に、ピンプラグで結線します。

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前照灯には在庫品の中から比較的大きな2012サイズのウォームホワイトを利用、念のためにクリアオレンジを流しておきました。ウレタン線をハンダ付けした後、周囲をエポキシで保護してからケース内に収めています。

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リード線はご覧の通り。後で塗装します。

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息抜きと言っても相手が小さいので疲れます。

前照灯へのレンズ入れやナンバー貼り付けは、また気が向いたときにやりましょう。

 

 

2022年7月21日 (木)

SIV装置

架線から得た直流1,500Vから、制御系やサービス系のための低圧電源を得るための装置、古くはMG・電動発電機に代わって登場しているもの。SIV(Static InVerter)は和製英語だそうで、海外ではStatic ConverterとかAPU (Auxiliary Power Unit)とよばれるようです。

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これも適度に簡略化し、角材とペーパー片からそれらしく自作しました。

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MPギア仕様のEN-22モーターとウエイトがある位置なので、奥行きは薄くしています。

さて、お次は?

 

2022年7月20日 (水)

フィルタリアクトル

VVVF制御の電動車に必要な装置ですが、これもパーツとして市販されているものは見当たりません。

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無い物は作る! これぞ自作模型の楽しさということで、角材とペーパー片の登場です。適度、いや大幅(?)に簡略化しつつ、一応それらしく。動力のEN-22モーターを避けるため奥行きは省略し、レリーフ状にせざるを得ません。

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チマチマと5セットも作らざるを得ません。ペーパー片に所々文字が見えるのは、現役時代の名刺を使ったから。43年間の会社人生が凝縮されているようで面白いです。

2022年7月19日 (火)

コンプレッサーユニット

最近の車両のコンプレッサーは、アフタークーラーを内包したり稼働音低減の目的からユニット化され、箱形状になっていて模型製作には都合良いものです。

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しかし一方で、そうしたパーツは製品化されておらず、自作を余儀なくされます。適度に簡略化し、角材とペーパー片からそれらしく作ってみました。

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これは3台製作するはめになりました。

 

 

2022年7月18日 (月)

お買い物

雨の日のお出掛けは青猫書房だけではありませんでした。

実は、土曜日にしか営業しない店に寄ってみて、こんなものを買ってしまいました。

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しかも何を考えたのか、帰宅して取り出したらこんなにも。

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さてさてどうしたものか?

最近どうした訳か、OER3001氏の回りにこんなことをさせる友がちょろちょろされているものですからつい、具体的な計画も無いのに。当分は、いや若しかして永遠に? 不良在庫となるでしょうね。

 

 

2022年7月17日 (日)

雨の日のお出掛け

新5000形の乗務員室って、乗客の視線にも配慮された設計で好ましいです。乗務員の鞄を置く場所が、乗客からの前方視線を遮らないように設けられています。

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結構な雨脚なのに、途中駅のホームにはカメラを構える「鉄」の姿が。一体何が?

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カメラのオートフォーカスが、フロントガラスに付く雨粒に焦点を合わせるので、思い切って40倍のズームにしてみました。

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しかし、ここでは雨粒にピントが合ってしまい(涙)、ホームに停車中のVSE50000形が撮れません。

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横に来たときにシャッタボタン押したものの、ピントは雨粒(涙)。ホームで待ち構えていた「鉄」は、これを待っていたのですね。この日はイベント列車として走行したようです。

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しかしOER3001のお出掛けはこちら。

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入口を入ると猫の置物が出迎えてくれます。

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赤羽にある、子ども書の専門店「青猫書房」でした。

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新聞で知って、店内ギャラリーで18日まで開催と言う「絵が語る八重山の戦争」原画展を見るためでした。

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あの大戦では、沖縄本島での戦いの悲惨さに接することが多いですが、3年ほど前に石垣島を訪れて、八重山の戦争もそれ以上に悲惨なものであったことを知り、この展示会には行かねばならぬと思った次第です。

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その場で立ち尽くしてしまうような原画の迫力でしたが、ロシアは今も戦争を仕掛けており、今もこうした犠牲者が生まれていることに胸が痛むばかりです。平和の尊さをかみしめるため、この書籍も買ってしまいました。

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展示されていた原画にもあったこれ、マラリアで亡くなった幼い弟の埋葬に向かう兄弟だそうです。

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石や土をかぶせたような粗末な墓。遺体を覆っていた土が流れて現れた幼児の腕を、痩せこけた野良犬が加えようとしていたとの記録も。

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広島の平和記念館を訪れた時と同じように、カラダが熱くなる時間でした。

 

 

2022年7月16日 (土)

あと僅か

昨年はこんなの撮りに歩いていました。

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撮っておいて良かった!

今はこの赤い1000形に出会えるチャンスは低い。沿線を歩いたのも良い想い出になりました。

 

 

2022年7月15日 (金)

チマチマ? コツコツ?

床下機器を作っています。とりあえず今回は制動関連機器です。

先ずはダイソーへ行って、「足の長い画鋲」というのを買って来ました。

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50本入りですが、とりあえず10本しか使いません。8×5のヒノキ材を9㎜長にカット、側面に1㎜厚の板紙から切り出したものを貼り付けたものを画鋲に刺してサフェーサー。

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これを上下反転して床下に付けるのです。これはブレーキ制御装置なるもので、床下に付けるとこんな感じになります。

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もう1種は直通予備ユニット。5φ丸棒を6.5㎜長でカット、端部をドリルレースで空気溜のように加工。これに5×2ヒノキ材を5.5㎜長にカットした片を接着。

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これら2種の器具は、電動車、制御車問わず全車両に備わるもの故、それぞれ10個製作です。簡単だけど面倒臭いです。

 

 

 

 

 

2022年7月14日 (木)

0番車両 保守・整備

先日、あざみ野で走らせた終盤、片台車が空転気味だったのが気になり、帰宅早々点検しました。

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この車両の動力は、縦型モーターDV-18を床下に取り付け、クラウンギア(矢印)による乗り越し駆動。

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その一方のクラウンギアを止めるイモネジが抜けていたのが原因。とりあえず手元にあった3㎜ビスで止めてみましたが、ビス頭が大きく他に干渉しないか心配です。

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因みにこの車両の床下には、カタチだけの床下機器は一切ありません。車両中央部にはスイッチ箱を兼ねたスピーカーボックスが備わり、天賞堂EL-1でサウンドを楽しめます。

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イモネジを調達するのもなかなか大変。ヨドバシカメラのネット通販でこれを選択しました。当面1本しか必要無いのですが、10本入り。やむを得ません。

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届いて気がつけば、これを締めるには6角レンチが必要なようですが、手元にそのサイズがありません。そこで再びヨドバシカメラのネット通販のお世話になりました。

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で、こうして締めて、漸く復旧! 

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ヨドバシカメラはありがたいです。お陰でまた、斯様な走りを楽しめそうです。

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ヨドバシカメラのネット通販は、ビスが198円(税込)、レンチが271円(税込)で共に送料無料。支払いは貯まっていたポイント利用で済ませるという、なんともありがたいものでした。

 

 

2022年7月13日 (水)

7月13日の入籍車両

永年この趣味をやって来て、ふとこの日に入籍していた車両を調べてみました。

この2編成が、5年前の2017(平成29)年7月13日の入籍と記録されていました。

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谷川製真鍮キットを組んだものですが、旧塗装は2451×4。キットでは開けられていた列車種別表示窓を塞ぎ、ジャンパー栓も含めて1960(昭和35)年の登場時の姿にしました。

新塗装は2497×4、全29編成が箱根湯本行き急行としての主力だった時代の姿で仕上げたものです。

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民鉄も20m車両の10両編成がバンバン走るようになった時代ですが、基本編成が4両と言う時代は懐かしく好きな時代でした。

 

 

2022年7月12日 (火)

711系

日付ネタで画像をアップする方が多いですが、一日遅れで711系を。

711系を初めて見たのは1969(昭和44)年3月、高校の卒業式を終えて20日間ほどの東北・北海道撮影旅行の時でした。札幌駅に進入するのをCanon demiで。函館本線の電化は1968年8月でしたから、まだ1年も経っていない時でした。

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1975(昭和50)年10月には、会社の上司たちと訪れた滝川で。この時は滝川機関区の蒸機が目的でしたから、序で撮りの一枚です。

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1980年代に入ると出張の機会も増え、帰路千歳空港に向かうときに札幌駅でちょっと撮るのが至福のひとときでした。

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1984(昭和59)年7月には、銭函-張碓間へ行って見ることができました。

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1986(昭和61)年6月の出張は何と、業務終了しての日曜日を過ごすことが出来たので、千歳空港と札幌市内を往復するときに気になっていた島松-北広島間を訪ねてみました。この頃から塗装が変わっています。

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1998(平成10)年9月には、出張で溜まったマイルを使って、1泊2日で北海道へ行きました。その内の1日は、日本海に沿って走る朝里-銭函間を訪ねています。夏季営業の臨時駅となっていた張碓駅はこの年から通年休止となり、2006年には正式に廃駅となってしまいます。

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地味な車両でしたが、厳しい北の地で黙々と活躍した、国鉄初の交流電車。今になると懐かしく思えます。

 

 

2022年7月11日 (月)

刺激を頂いた作品

運転会でお仲間がペーパー自作された車両を見ると、大いに刺激を頂けます。

今回は先ず東武のDRC。K田さまの作品で、全体の印象もバランス良く纏められています。

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屋根上配管なども要領良く綺麗に作られていました。縦型モーターとインサイドギア駆動を編成中2両に装備、軽快に走り回っていました。

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K田さんは続いて1700系特急車も。これにも惹き付けられてしまいました。

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運転室の中に目が止まりました。O谷さんの作品を初めて見ることが出来ました。

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方向幕、サボなどは全てパソコンで作られたとのことですが、プリント仕上げも見事です。

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183系「あずさ」の9両編成も、編成中2両に縦型モーター&インサイドギアという動力で、これまた軽快な走りを披露してくれました。

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さらにO谷さんは、キハ81も。独特な前頭部もペーパーだそうで、綺麗な塗装でお見事な作品でした。

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こういった作例に接すると、胸騒ぎが。

とは言っても、決して同じ形式を作ろうとは思いませんが。

 

2022年7月10日 (日)

流電走る

東京は小田急線沿線で生まれ育ったOER3001氏にとっては、何の思い入れも馴染みも無い車両ですが・・・。

私鉄との熾烈な競争を余儀なくされた国鉄が、阪神間の急行用として登場させた流電ことモハ52の一族。既にこのブログで紹介済ですが、OER3001氏が製作する切っ掛けとなったのは古い歌川模型の型紙でした。

末期の飯田線の姿は多くの友人が製作済。この流電に相応しいのはやっぱり登場時の塗装ということから、それを目指しましたが、スカートは模型的には運転に不利故不要。

そいで思い切って「タイプ」にすることとして、編成はサロハ66、サハ48を挟んだ戦前の4両とするも、中間車含めて全車張り上げ屋根とし、サッシは塗り分けると粗が目立つのでマルーンのままに。

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あくまでも資源の有効活用と、昭和の香りを漂わせた模型ということで完成させたもの。 それでも運転会で走らせれば、誰もが「流電」と言ってくれます。

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それでも運転会で走らせれば、誰もが「流電」と言ってくれます。 エンドウV-19縦型モーター、ウォーム1段減速インサイドギア駆動を2両のクモハ52に装備しているので、ここの勾配も全く苦にせず走ってくれました。

 

2022年7月 9日 (土)

大反省

お仲間と楽しい時間を過ごせましたが、走らせた車両の撮影画像を見て大反省です。

上田の電車、実車では手前のモハ5251は別所線、後方のモハ2321は丸子線で運用されていたため、この2両が連結しての運用はなかったはずですが、模型では2両連結のスムーズな走りを楽しみました。

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ところが・・・、収用線に並べた画像を見て!! エアー管の位置が合いません。これでは連結運転などできるはずはなく、片方を方向転換しなければなりません。ちゃんと理解して連結しなければいけませんね。

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さらに、モハ2321のパンタ脇に歩み板が無いのも気になります。

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不安になってRM LIBRARY 73の上田丸子電鉄(上)で調べたら、歩み板は無かったようで安心しました。

 

 

2022年7月 8日 (金)

シニアの運転会

平日午後に多摩川畔で開催される、シニアの運転会。今回は2題6両を抱えての参加でした。

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とりあえずその速報までとさせて頂き、整理後に改めて。

 

 

2022年7月 7日 (木)

大阪地下鉄10系引退

本日は七夕ですが、「大阪の顔」として御堂筋線で活躍して来た10系が、7月4日をもって営業運転を終了したとのニュースに接しました。

とは言っても、OER3001氏にとっては特に思い入れのある車両でも無く、出張で新幹線を降りて利用する程度でしたから、撮影などほとんどしていません。新大阪ホームで撮っていたこれを何とか見付けました。

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そもそもデジタルカメラの時代ではなかった当時、出張のバッグの中にポジフィルムを装填した一眼レフを忍ば大変なことでした大変なことでしたが、この時は望遠レンズも用意していたようです。

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辛うじて新幹線に乗り換える途中で撮っていたこの程度しか、見つかりませんでした。

 

2022年7月 6日 (水)

半世紀前の小田急

ちょっとした事情があって、昔の撮影場所を特定しなければならなくなりました。あれこれ調べていて、52年前に撮影した写真に行き着きました。

この写真を撮った記憶ははっきり残っていますが、撮影地点を正確に推測するのは大変です。重要な決め手が2点ありました。画面中央の信号機と線路の先が右カーブ上り勾配となっていること。

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信号機は今は無い、国鉄相模線との連絡線を示しています。従って画面左手は厚木ということになります。

この写真の前に撮っていたのが次の写真、近付いて来るNSEの後方にクレーン。

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クレーンは現海老名駅の基礎工事のものでしょうか。当時の海老名駅はもっと新宿方にありました。カメラを持って立っていたのは、ほとんど車も人も通らなかった、未舗装の厚木街道なのです。

それが今では、田圃は無くなりビナ・ウォークと称する一大商業施設、高層マンション、ロマンスカーミュージアムが出来た大規模な駅となっているのですから。

沿線を撮影していて良かったと自己満足です。

 

 

2022年7月 5日 (火)

東海道本線

auの電波障害は3日目に入りました。途中で連絡が入ったらどうしようと、不安を抱えながら、東海道本線51キロポストの先から乗車します。

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ここは藤沢。小田急から乗り換えましたが、こういうJKが湘南ギャルとでも言うのでしょうか?

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目的地に到着。少々時間的ゆとりがあるので後の電車を撮っておきます。

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この日の所要はこれでした。鉄道ジオラマの制御系修理。

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これでまた、明日から完全な状態でお客さまをお迎えできます。

 

2022年7月 4日 (月)

1年前は・・・

こんな状態だったのですね、昨年の7月4日、息抜きのつもりで手を出したこれ。

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それから2ヶ月後には一応完成させていました。

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2022年も既に半分を終えてしまいました。0番の運転会で刺激を得たのは良いですが、仕掛かりを仕上げることが先決です。

 

 

2022年7月 3日 (日)

0番走らせに

暑い暑い最中、暫し跨線橋に立ち、何本かの撮影をしました。

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それから向かった場所はここ、アートフォーラムあざみ野。OER3001氏にとっては少々嫌な思い出の場所なのですが・・・。

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この日はいつもの横濱模型鉄道俱楽部さまではなく、日本0番鉄道クラブ(JORC)さまの例会が開催され、ゲスト参加させて頂きました。

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古くからのお仲間、モハメイドペーパーさま製作中のEF65 1000、ぬか屋さま製作中の凸型電機と一緒に、OER3001氏の小田急1600形スタイルを並べて記念撮影。

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もちろんこの日も、快調に走らせて頂きました。

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ただ、お仲間各位にもくれぐれも動きながらの撮影は控えるようにとご指導賜り、あの日の二の舞とならないように側面からの流し撮りとしました。

JORCの皆さま、大変ありがとうございました。

 

2022年7月 2日 (土)

車内防犯

昨年の小田急、京王で発生した、走行する電車内で凶器を使っての殺傷事件は記憶に新しいものです。先月の東京メトロ車内でも、乗客トラブルが発生するなど、本当に迷惑な話です。

そんな中、京王8710の編成で、新たな防犯カメラ等が導入されたのを確認しました。2カ所の側扉上に防犯カメラが設けられました。

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それに加えて、防犯カメラ前の照明器具にこれまで見たことがなかった装置が。MOYAIというブランドが確認できます。

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調べてみるとこれは、株式会社MOYAIなるところが開発した、LTE/4G回線利⽤で遠隔地からリアルタイム映像の確認を可能にしたLED ⼀体型⾼機能ネットワークカメラのようです。

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既に東急も採用しているようですが、急速に広まってくれればと思います。

 

2022年7月 1日 (金)

新宿西口変貌

OER3001氏が新宿西口を見て来たのは1950年代後期以来。国鉄のバラックのような西口、板張りの京王線ホーム、広場から発着するバスから、1962(昭和37)年に今のハルクビルに小田急百貨店が開店。それからの変貌ぶりは、自身の成長とともに記憶に刻んで来たのですが・・・、さらに大きな変貌が発表されています。

既にいくつかの古いビルが解体され、これまで見られなかったビルが駅前から眺められるようになっています。左手の明治安田生命と小田急の屋上広告のビル。小田急の本社機能が入っていますが、来年このビルの持ち分を明治安田生命に売却して本社機能を移転するとのことです。

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「小田急百貨店全館完成」と、2600形NHE車2編成(当時は5連)と4000形1編成(3連)を特別塗装にして走らせたのは1967(昭和42)年秋だから55年前のこと。今秋からこれも解体開始とのことです。

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小田急明治安田生命ビルから本社機能を移転する先が、小田急第一生命ビル。ハイアットリージェンシー東京の一角です。

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明治安田生命と共有していたビルを売却し、第一生命との共有ビルに本社機能移転と、なんだか面白いですね。

 

 

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