営団6000系との出会い
「103系1000番台登場の頃」に触れたら、乗り入れ先の営団6000系についても触れておかなくてはいけません。
1960年代後期は、次々に誕生する新型車両に心が躍っていたように思います。中でも帝都高速度交通営団が登場させた6000系のスタイルには驚かされたものです。世界初のサイリスタチョッパ制御というのも新鮮でした。
千代田線未開業の1968(昭和43)年に登場した第一次試作車3両(6001-6002-6003)は、東西線で各種試験が行われていました。その魅力的な姿を目の当たりに出来たのは翌年の夏、深川車庫でした。
それまで見たことが無かった左右非対称の正面デザイン。非常口が開けられた姿を見られるのは嬉しかったです。
既に多くの試験を実施していたことから、この時は側面のスカートが外された後だったのが残念。
この3両にはそれぞれ、三菱電機製チョッパ制御、超多段式抵抗制御、日立製作所製チョッパ制御装置が搭載され、比較検討されていました。この時代の営団で20m車体が走る路線は東西線だけだったので、東西線用5000系と並んでいました。
同じ時に、第二次試作車の6両編成(6011-6012-6013-6014-6015-6016、後年改造・改番)も見ていました。一次試作車での側面スカートを省略したことから、台枠下が低くなっていたのが印象的でした。
斬新なスタイルの6000系が千代田線に投入されたのは1971(昭和46)年3月のこと。それまでの千代田線車両は、東西線と同じ5000系の3両編成(後に5両編成化)でした。
その後、1972年の鉄道友の会・ローレル賞を受賞。綾瀬駅での授賞式後、綾瀬車庫まで乗車し、この写真を撮ることが出来ました。
今はインドネシアに渡って大活躍している仲間も多いようで、名車だったことは確かなようですね。
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