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2023年2月18日 (土)

経堂車庫

代々木上原から登戸までが複々線となった小田急ですが、経堂という地に小田急の重要な車両基地があったことを知らない世代も増えて来たようです。複々線化工事の進捗に伴って、1994年3月27日をもってその機能を喜多見に移管した経堂車庫。

この日、この地で生まれ、ずっと見て来た経堂の風景記録のため、上下ロマンスカーの展望席を確保して臨みました。先ずは新宿発、7000形LSEの展望席から。

経堂車庫が見えて来た時にちょうど“走る喫茶室”のアテンダントがオーダーを取りに。

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嫌な予感が見事的中。手が! お陰でこちらの手元も動いてしまいブレた写真になってしまいました(涙)。

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気を取り直して乗った上りは10000形HiSE。今度は何とか邪魔されずに全景を収めることが叶いました。

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車庫線の横を通過するのは、車庫に休む車両を眺められるのが楽しいのに、喜多見じゃ線路から直角方向に離れた場所で地下。全く見ることが出来ずつまらなくなりました。

経堂車庫には朝晩、たくさんのロマンスカーが休んでいた頃が懐かしいですね。

 

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コメント

ブレはしたもののアテンダントを狙って撮ったと思えば問題無いでしょう。

 その昔、私鉄の車庫は駅構内の延長という程度の規模だったので、ホームから入換え作業もよく見えました。経堂は車庫の外れにホクトモデルがあって、これは豪徳寺からの方が近かったですね。

1・2枚目のお写真、ちょうどウチの菩提寺と墓のあたり通過中ですね。ガキ時分墓掃除してるとOERの通過音が聞こえてきて、ロマンスカーが来ると連接車独特のジョイント音でそれとわかりましたね。補助警笛はすでに鳴らしたり鳴らさなかったりだったような・・

アテンダントの手が、車庫のNSE(かな?)をつまもうとしているような・・・。美女に見とれて手元が狂ったのかな?。

◆ ぬか屋 さま
普段はアテンダントに興味あるのに、この時は全く腹立たしくて・・・。


◆ モハメイドペーパー さま
経堂工場の時代は、ジャッキアップされたSE車とか、仮台車に乗った車両など、興味深く観察していました。
ホクトモデル、ありましたね。店は奥でも品物はいっぱいとか謳っていたような。


◆ Cedar さま
菩提寺、もしかして幼稚園を併設していた? であればはっきり記憶にありますよ。その幼稚園に通えていたなら、もっと鉄病になったことと思います(笑)。
ミュージックホーン鳴らしてこそ「ロマンスカー」の風格がありましたね。連接音、VSEの引退で聞けなくなります(涙)。


◆ 八千代運転所 さま
手の先は7000形LSEですね。
残念ながらこの時の眼は車庫のロマンスカーにあって、アテンダントは大いなる邪魔者でした。

この写真はアテンダント時代の貴重な記録だと思います。今やロマンスカーにアテンダントは乗っていないのですから・・・
経堂車庫、電車から見たかすかな記憶があります。ホクトモデルは閉店前に1度行った記憶があり、当時のTMS広告のコピーは「この店は意外な所にあって意外に揃う!」でした。在庫についてはつい先日閉店した立川のキョーサンみたいなものでしょうか。豪徳寺から迷路みたいな路地を行った記憶があります。久しぶりに昔のTMSを引っ張り出してみましたが、当時広告が出ている模型店の9割ほどが過去帳入りしています。

◆ 所長失格 さま
アテンダントの映り込み、なるほどそういう見方もできますね。ありがとうございます。
昔のTMSを、でしたか。そう言えば当時は雑誌広告を頼りに模型店訪ねたものですね。その模型店もいわゆる個人商店。悲しいですが時代と共に、9割が消失するのもわかりますね。

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