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2023年3月

2023年3月30日 (木)

機関車ひろば

鉄道ファンにとっての岳南鉄道は、吉原から岳南江尾までの9.2km、工場地帯を行く路線の電気鉄道という存在ではなかろうか。ED形の電機が多く活躍していたことも記憶に残るものです。

今は富士急行の子会社である岳南鉄道株式会社の鉄道部門を分離した、岳南電車株式会社となっています。因みに親会社である岳南鉄道は鉄道部門は持たず、不動産事業が主たる事業としているので紛らわしいです。

その岳南電車、岳南富士岡駅には「がくてつ機関車ひろば前」という副駅名が付けられています。

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元の引込線をそのまま活用、機関車を眺められるウッドデッキを設けて、2021(令和3)年8月にオープンしました。

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機関車の間から、岳南富士岡駅に停車した電車を見ることも可能です。入場無料と言うのが嬉しいです。

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展示された機関車は4両。もっとも古いのがこのED29 1。 1927(昭和2)年日本車輌製の元豊川鉄道デキ52形。この機関車だけパンタが下げられたままだったのが残念です。

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続いては1928(昭和3)年川崎造船製のED50 1。 元上田温泉電軌(現・上田電鉄)のデロ300形で、名古屋鉄道を経て入線した車両で、小田急のデキ1010形(ED1010)とは姉妹機だけに、OER3001氏としては気に入っている機関車です。

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3両目はED40 2。次のED40 3と共に松本電気鉄道(現・アルピコ交通)が日本車輛で製造した40t電機。1965(昭和40)年の製造だが、当時の松本電鉄にはED30 1が在籍、末尾をその続番ととしたことから1号機でありながら2となったもの。松本電鉄でのダム工事資材輸送用貨物列車牽引任務終了後の1971(昭和46)年に移籍、翌年から使用されていた車両。

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ED40 3は1966(昭和41)年の製造。上の2号機と同様の経緯で入線しています。後年、荷主であった日本製紙のコーポレートデザインになって活躍していました。

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このED40形はOER3001氏も好きな車両で、いつかは模型をなどと考えていたものです。1997年に訪問した際には、元小田急の廃車体を横に、検修庫前で佇んでいたものです。

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その時から変わらないのはこの富士山の姿だけ。

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まあ、しっかり保存されているだけでも良いと思いましょうか。

 

2023年3月28日 (火)

富士を撮る

何故か日の出より遥かに早い時間に目覚めてしまったこの日、終日天気に恵まれるとの予報もあり、迷わず東海道線を目指しました。

下車駅は吉原。岳南鉄道の元京王車に再会するのが目的でしたが、富士山が奇麗に見える最高の天気。これを無駄にするのは勿体無いと、電車より富士山を主にしてみたくなりました。

とりあえず一日乗車券を購入して終点の岳南江尾まで乗車。線路沿いを歩きながら富士山と絡めた撮影地を探しました。先ずは神谷-岳南江尾間ですが、満足に撮れる場所がありません。

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折り返しの吉原行を待つと、背後に新幹線。新幹線とのツーショットが叶うかと期待しましたが・・・、

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岳南電車が良いアングルに迫ってきた時、残念ながら新幹線は通過して行ってしまいました。

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もう少し神谷に戻りつつ撮影場所を探しましたが、どこも苦労するアングルです。手前のサクラが咲いてくれていれば良かったのですが・・・。

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須津-神谷間の須津川鉄橋まで歩いてみましたが、1両の電車だからこんな感じで。

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須津川沿いのサクラ開花にはまだ数日かかるようでした。

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折角なので2運用の片方も撮っておくことにしましたが、岳南鉄道の撮影は一旦終了。

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南に歩き、新幹線を撮ることにしました。

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もう少し画角を狭くしてみたり。

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画角を狭くするとシャッタータイミングが難しい。やっぱりシンカンセンは速いです。

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何度かチャレンジしてみますが、それでも満足な収穫は・・・。

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昼を過ぎると富士にも雲がかかりだしたので引き上げることにして、開けた場所で岳南車を。

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早々と引き上げることとしました。

 

2023年3月26日 (日)

鶴見線から南武線へ

扇町を出た鶴見行、浜川崎で下車しました。これが鶴見線の浜川崎駅プラットホーム。

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この駅に駅本屋は無く、「浜川崎駅」の表示があるだけの跨線橋を渡ります。

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南武支線と線路は繋がっておらず、南武線の駅は道路を挟んだ反対側。上には高架の貨物線がありますが、今は使われていないようです。

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駅に入るとこの南武支線専用の2両編成、205系1000番台が停車していました。

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カタチだけのような駅舎の裏にバラストを盛っただけの「第1種車止め」が。

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ここでも電車は、1両目の2/3程度しかホーム上屋にかからない停車。雨の時は前部に向かって車内を歩くことになるのでしょう。

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駅名標の背後は貨物線。2両編成の電車より、こちらが主の路線なのです。

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ホーム先端へ行くと、カメラを持った「鉄」数名。何が来るのかと思ったら・・・、

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やって来たのはEF210-5の単行。

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それを追うように発車した尻手行は、小田栄、

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川崎新町、

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八丁畷を経て、

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南武線との接続駅である尻手の場内信号は「場内注意、3番」を現示。

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かなり速度を落とし、ゆっくりと3番線に進入します。

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停車した先には支線のゼロキロポスト。

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駅ナンバー「JN02」の尻手は川崎市ですが、運賃区分上は横浜市内の駅として扱われているようです。

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ところでこの駅名標の左側に、カラスのキャラクターが描かれていますが・・・、

JR川崎エリアのオリジナルキャラクターで、ここ尻手はツテジロウと言うのだそうです。それを尻手知ってる人はどれほどいるのでしょう?

 

 

 

2023年3月24日 (金)

鶴見線終端を確認

先の海芝浦駅から、一旦鶴見駅まで引き返します。新芝浦駅までは右手に旭運河。運河を行く貨物船と交換(?)、こんな光景はなかなか見られるものではありません。

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鶴見から再び鶴見線の乗車を愉しみます。鶴見←→大川、鶴見←→ 海芝浦と乗ったので、この日3回目の鶴見発はメインの扇町行です。南武支線との接続駅である浜川崎の次は「昭和」。駅名に相応しい雰囲気のホームです。

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線路は昭和で、およそ右45度方向にカーブしてここへ。右手には貨物引き込み線が並びますが、この日貨車の姿は見られませんでした。

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バラストを盛っただけの車止めには雑草が生えていました。

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折り返しの4分を利用して一旦駅を出てみましたが、建設機材や安全鋼板で囲まれた光景だけで、コンビニもありません。

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そもそも貨物輸送で創業した鉄道ですが、このホームは何と模型的な光景でしょう。3両編成の電車は先頭部が辛うじて上屋に架かる辺りで停車します。

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このホーム上屋は、隣の昭和駅も同じタイプだったようです。扇町が1930(昭和5)年、昭和が1931(昭和6)年の開業。浅野総一郎率いる浅野財閥が設立した鶴見臨港鉄道の財力が相当なものだったということがうかがえます。

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扇町までの乗車を愉しんだところで、浜川崎へ戻ります。

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浜川崎は南武支線との接続駅でありながら、その南武線のホームが見えない駅。

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ホーム番号が「3」「4」なので、きっと「1」「2」は何処かに?

という不安な駅でした。

2023年3月22日 (水)

鶴見臨港鉄道を偲ぶ

2回にわたって取り上げた“初体験”ですが、今回はその鶴見線を開業させた鶴見臨港鉄道を偲んでみたいと思います。JR京浜東北線の鶴見駅は、東海道貨物線を挟んで島式ホーム1番線を横浜方面行、2番線を東京方面行が発着します。東海道・横須賀線を挟んだ西側の高架線から行き交うのが鶴見線。従ってここでは線路は繋がっていません。

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従って、鶴見線の駅名表示板は終端駅であることを示しており、駅ナンバリングも京浜東北線のJK 15 ではなくJI 01」。

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立派な緩衝装置の車止めを擁した対向式ホーム2面2線で、ホーム番号は京浜東北線に続く3、4番線。

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4番線ホームの壁面に、80周年までの足跡が掲示されていました。この鶴見駅は、1926(大正15)年に貨物鉄道として開業した鶴見臨海鉄道が、1930(昭和5)年の鶴見仮駅までの延伸と旅客輸送開始を経て、1934(昭和9)年に設けた駅だということです。

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従って、この味のある上屋も、開業当時からのものなのでしょうか。

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そう思って上屋を眺めると、鉄骨の形状などに独特の雰囲気があります。

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3番線のホームは上屋の先にも伸びており、4両分の有効長があります。

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ところで、上屋の先端辺りに不思議な階段があることをご存じでしょうか? 残念ながらホームから階段を撮っていませんでしたが、階段を下った踊り場からホームを見上げるとこんな光景。

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踊り場で階段は90度曲がり線路下に至りますが、そのカーブした壁面がなかなかの雰囲気です。

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線路下はこのような状況。

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一部に板張りの部分がありますが、ここはその昔さらに下る階段でもあったのでしょうか?

現状は単に3,4番線を行き来するだけの通路で、何の表示もありませんし、利用する人もまず居ません。鶴見臨港鉄道時代にはここが改札口に至る通路だったのか?などど考えると興味が尽きません。

ご存じの方、ご教示頂けたら嬉しいです。

 

 

 

2023年3月20日 (月)

初体験Ⅱ

初体験に“Ⅱ”ってあるのかどうか?でも、まさしくこれも初体験。今度は海芝浦に向かいます。

その前に前回でも触れた鶴見駅のポイント。機能的には“ダブルクロス”ながら良く見ると“シングルスリップ”と“ターンアウト”2基の組み合わせ。いわゆる“クロッシング”部分がありません。なるほど!! 模型にもマシンが節約できて良さそう?

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「海芝浦」行きは平日休日ともに、日中もほぼ1時間に1本程度運行運行されていますので、大川より“便利”。その気になればいつでも乗れるのに、今まで乗ったことはありませんでした。だから初体験なのです。

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大川に向かうときに撮り逃した東海道線をオーバークロスするトラス橋、今度はしっかり撮っておきました。

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浅野駅手前の分岐器を、今度は直進せず右方向に。

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この線路配置で思い出しました。富山地方鉄道の上市、宇奈月温泉に向かう線と、立山に向かう線が分岐する寺田駅。どこか似ているような気がして・・・。共通点は2方向分岐後、それぞれにホームがあることです。

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浅野を出るとすぐ、旭運河を目前にした新芝浦駅。新橋近くの芝浦とは全く異なる地ですが。

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その旭運河を左に見つつ進みます。

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ほぼ90度右に曲がり、約2分でこの光景。

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ホーム自体が海(京浜運河)に面していることは知られている事実ですが、こんな眺めだったとは。鶴見つばさ橋が目前で、その右には横浜ベイブリッジも見渡せます。

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そんな魅力的な場所ですが、駅から外に出ることはできません。改札を抜けるにはこの企業への入場許可が必要なのです。電車を降りた従業員たちはSUICAの後に社員証のIDカードを“ピッ”として入場して行きます。

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取り残されたOER3001氏は、この企業が設け解放されているわずかな庭園を散策してみました。因みに女性2人連れ、男性1人の客人が、庭園を散策していました。

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駅に戻り、TOSHIBA側から改札を見てみました。

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JRの改札を抜ければ海、そして左にホーム。

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折り返し3両編成の205系1100番台が停車中です。

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停車時間は19分間、周囲を見るには十分です。ホームから釣り糸を垂れることもできそうです。

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風も無く、花粉にもそれほど悩まされなかった天気に恵まれ、良い朝のひと時を堪能することができました。

 

 

2023年3月18日 (土)

初体験

意味深なタイトルですが、恥ずかしながら首都圏でありながら今まで未乗車だった区間の初乗車体験のオ・ハ・ナ・シ。

これに乗るためには、かなり早い時間に家を出なければなりません。何せ、工場への通勤者のためのダイヤなのですから。鶴見臨港鉄道が1932(昭和7)年に造った鶴見駅に、折り返しの205系1100番台の3両編成の入線です。

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鶴見発8:07の列車は通勤客ばかりで、OER3001氏も現役時代の通勤を思い出します。

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7時台と8時台に各2本、17時台に2本の他は18時台~20時台に各1本しか運転されないという、大川地域の工場に努める人々専用列車です。従ってこれに乗るためには“通勤者”にならなければならないのです。

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鶴見駅の配線が面白いですね。機能的にはダブルクロス”なのですが。

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高架の鶴見駅を出てすぐの場所に、廃駅のような遺構が見られますが、これは鶴見臨港鉄道が1930(昭和5)年に設けた(仮)鶴見駅なのでしょうか? 歴史をご存じの方、ご教示いただければ幸いです。

*後日、1942(昭和17)年に廃止となった本山(ほんざん)停留場だったことが判明しました。

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この日は風も無く、煙突から真っ直ぐに上る煙、工場地帯ですね。

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浅野駅では海芝浦に向かう線路が右に分岐しますが、こちらは真っ直ぐ進みます。

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浅野の次、安善を出ると、右に転線。

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そしてさらに右に転線。見えている武蔵白石駅は横目に右カーブです。

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ほぼ90度方向を変えると、日清製粉の建屋が正面に。

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そこが大川、終着駅です。

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下車した乗客たちは各々無言で改札を抜け、勤務先に歩いていきます。ホームの柵になっている古レールは、ご丁寧に切断部が丸く整形されていました。

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通勤客が職場に向かうとすぐ、折り返して鶴見行になりました。

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OER3001氏が“乗り鉄”している間にも、黙々と働いている人たちがいることを肌身で感じた朝のひと時でした。

 

2023年3月16日 (木)

さくらを撮る

タイトルの「さくらを撮る」って言えば、普通はブルートレインをイメージしますよね。

はい、OER3001氏も一応その「さくら」は何度か撮っています。これは函南駅の西側で待ち構えて撮りました。

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今回のさくらはこれ。サクラの花を絡めて、はるか遠くの5000形を。

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そのサクラ、小ぶりな花を付ける種でソメイヨシノではありません。オカメザクラかな?

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5000形はこの枝の間からズーミングして狙ったものでした。

因みに、下は3000形。

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アングルも良くありませんが、3000形では全く画になりません(涙)。

 

2023年3月14日 (火)

八高線経由で乗り鉄を愉しむ

拝島に引き返して、再び川越行E233-3000番台の乗客となりました。「八高線」とは八王子と高崎を結ぶことから名付けられた路線名のはずなのに、ここから乗る電車の行先は川越線「川越」と、高麗川から先は高崎へ向かわずに川越線に直通してしまいます。

55年前、高麗川を発車して右カーブしつつ勾配の築堤を行く2両編成のキハ35、八王子行を撮っていました。

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続いて来た有蓋車、無蓋車、車掌車の25両を牽くのはD51重連。なんと模型的に、ちょうど良い長さではありませんか。この頃の国鉄は労組との対立が激しかった時で、D51正面が動労スローガンで汚されていたのが悲しかったです。

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この場所の今を撮りたいと思っても、畑は開発されてしまい叶いません。高麗川駅前では何やら整備工事が進められていましたが、駅舎だけは55年前とあまり変わっていないようです。

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しかし八王子からここまでと川越線が電化され、E233-3000番台が行き交う光景に変化しています。

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跨線橋から高崎方向を向くと、ちょうど高崎からの列車、とは言ってもたった1両のキハ110-221が到着するところ。川越に向かう線路が右方向に延びています。半世紀前には画面右で、9600形やD51形蒸機が貨車の入れ替えをしていた筈です。今はその線路も撤去されています。

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単行キハ110-221は高麗川で折り返し、高崎行となりますが、その姿を捉えられたのは途中の児玉駅停車時間ででした。高崎-高麗川だけの運用だからなのかどうか、正面には行先が表示されていません。

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前述のように「八高線」は八王子と高崎を結ぶとは言え、正確には高崎市内の倉賀野駅までで、列車は倉賀野から高崎線に直通します。

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高崎ではちょうど、湘南新宿ライン特別快速小田原行のE233-3000番台が到着。グリーン券を奮発しました。

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で、終着小田原まで2階席でゆっくり。高崎-小田原の特別快速全線乗車など、一度経験するだけで良さそうです。

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小田原に着いてみたものの、乗り継ぎにちょうど良いロマンスカーは無く、やむを得ず“超快適シート😢”の3000形に。

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地元駅を降りるとなんと奇麗な月が!

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帰宅後に調べてみれば、この日は99.3%の満月で、前夜が「ワームムーン」だったということでした。

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さあ、今回の「乗り鉄」でちょっと火が点いてしまったようです。今度は何処に行きましょう。

 

 

2023年3月12日 (日)

五日市線を訪ねる

ぽかぽか陽気にに誘われて出掛けたJRでの小旅行、八王子駅での乗換え待ち時間を楽しんだ後はこれに乗ります。

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八高線・川越行のE231系3000番台、クハ231-3003。平成12年JR新津車両製作所、盛岡車セ青森派出平成31年改造と掲示されていましたが、「盛岡車セ青森派出 」なんて一般人にはわからないでしょうね。

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拝島で4両編成の八高線から6両編成のE233系に乗換えます。

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中央線のE233系が単線を行くというのも、何とも不釣り合いな気がします。秋川駅で上りと交換です。

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1925(大正14)年に五日市鉄道の駅として開業した武蔵五日市駅。1996(平成8)年に高架化され、さらに2016(平成28)年に多摩産木材を多用したリニューアル工事が完成。1面2線のプラットホームを擁します。

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アーチ状のホーム上屋は4両分ほどしか無いので、先頭車は青空の下での撮影が可能です。

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改札口横に置かれた立派な多摩産木材が、ここが秋川渓谷への玄関口であることを示しています。

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駅前にはバスロータリーも整備され、立派な駅になっていました。

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駅名表示もJR東の標準ではなく、多摩産木材による立派なもの。

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壁面には秋川渓谷が、秩父多摩甲斐国立公園であることを。

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観光地に向かう足は、西東京バスが担います。その西東京バスの車体を模した飲料自販機も。

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ざっと駅前の観察を終えて引き返すことにしました。多摩産木材が使われた構内は気持ちが良いです。

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プラットホームもエレベーター、ベンチなどに木の香りが。

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ここから再びE233系に乗って、単線を拝島に向かいました。

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それにしても駅をこんなに立派なものに改修しながら、みどりの窓口は2017(平成29)年に営業終了。さらに翌2018(平成30)年から業務委託化だと。なんか寂しいな。

 

2023年3月10日 (金)

陽気に誘われて

3月上旬だというのに、4月中旬のような温かさになったこの日。ちょっと“乗り鉄”したくなって、計画も無く行き当たりばったりで出掛けることにして橋本へ。ちょうど反対側に到着する横浜線のE233系を撮って、JRでの小旅行が始まりました。

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新型車両に更新された相模線を撮っておき、これの乗車は次回にします。

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八王子駅は結構楽しめますね。停車していたEF210は、なんとワントゥースリー、123号機ではありませんか。別にどうと言うことはありませんが、なんかラッキーな気分。

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検査明けの奇麗なタンカー・タキ43000形が居ました。日本オイルターミナル所有、宇都宮貨物ターミナル駅常備の243733。

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同じ日本オイルターミナル所有・タキ43000形でもこちらの243762はグリーンとグレーの塗り分けで南松本駅常備。

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同色のこちらは、日本石油輸送所有のタキ1000形597、根岸駅常備です。

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所有者、塗色、常備駅などを見ていると、興味がわいてきます。一度、編成全てを調査してみることも必要かもしれません。貨車の沼に嵌ったら大変です。

 

反対側に視線を変えれば、入って来た東京行はくたびれた感じの209系。この姿もそのうち、貴重な記録になってしますことでしょう。

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ハイブリッドの入れ替え用機関車HD300形も停車していました。

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乗換え待ち時間も退屈しない八王子駅でした。

 

2023年3月 8日 (水)

唐木田車庫で

この日のウォーキング、久しぶりに電車が見渡せるコースとしました。収容線15本の内、車両が入っていない線は4線のみという状況にワクワクします。

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横に回ってみるこの光景、手前から8000形、1000形2本、3000形、5000形と、イイですね。

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最初の画像内で左2線には6連の3000形が止まっていましたが、同じようでなんか違う! 手前は1月21日に大野で見たリニューアル車と同じ仕様ですね。大野では3266×6でしたが、これは3265×6です。小田原方3465の屋根上にあったケースが外されています。

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幕板部に車号が追加されました。

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ウォーキングは当然、車庫を一回りするので反対側からも。先の3000形6連は右側2線です。

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左に並ぶのは未だリニューアルされていない3269×6、右がリニューアルされた3265×6。前照灯がLEDとなり、丸いのが2つ並んでいます。また4連と組んでの10両編成に使用せず、6両編成単独運用となるため、連結器から電気連結器を外し、排障器も埋められています。

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それにしてもビームが邪魔ですね。

このリニューアルでは、小田原方先頭の3465に掲示されていた女性専用車表示が無くなりました。6両単独運用専用車ということから、女性専用車を設定する区間に充当されないということのようです。

電車を眺められるコースのウォーキング、収穫ありでした。

 

2023年3月 6日 (月)

故・Y.T氏撮影に寄せて

高校生になって入会した鉄道友の会では、鉄道趣味界の著名人多数に出合うことが出来、多くのことを学ばせて頂いたことは、OER3001氏の財産となりました。残念ながら既に故人となられた先輩方も多く、とても残念です。

その中で小田急沿線に住まわれていたY.T氏からは、2月14日掲載の「撮影地は何処か?」、2月16日掲載の「稲田登戸1948年」など、何枚かの写真を頂いていた次第です。

今回はその中からデハ1821の画像を。1933(昭和8)に製造された国鉄モハ42004を出自とし、事故後1952(昭和27)年12月に日車東京支店での改造を経て小田急に来たという車両。(参考文献:小田急電車形式集.2 2018 レイルロード)

登戸駅下りホームに停車している姿は、向ヶ丘遊園折り返し運用かと思われます。今とは違い急行停車ではなく、大幅に簡素な駅だったことを覚えています。

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OER3001氏の模型、同じようなアングルで撮ってみました。

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実車風景に合わせてモノクロにしましたが、もちろん本来はカラーです。

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上の写真を撮られた後、向ヶ丘遊園から新宿に上っていく様子を下りホームに転じて撮影されていたのですね。この場所は午後順光になります。クハ1871を新宿方に連結した2両編成。今の各駅停車は8、10両編成と、この当時からは想像できないことでした。土手手前は線路の近くまで民家があったのですね。世田谷通りの多摩水道橋も片側1車線の簡素なものです。

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やはり同じようなアングルで模型を撮ってみました。

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こちらも元のカラーを。

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運転会でも今では長編成モノが主流のようですが、こんな2両もたまには走らせたいと思います。公開運転会では古い車両は目立たず人気ありませんから、仲間内の運転会ですね。

 

 

2023年3月 4日 (土)

お茶の水を歩く

秋葉原に電子部品調達に出掛けた折、ポカポカ陽気に誘われてお茶の水まで歩くことにしました。

若い頃から何度も歩いた場所ながら、こんな角度で撮ったことはあっただろうか? いつの間にか高いビルが建ってしまいました。

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昌平橋から撮ってみてから、もしかして水鏡に映っていたのかなと後悔しても始まりません。

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確かここの街路樹は柳だったはずなのに・・・、すっかり変わってしまいました。

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聖橋で狙っていると、丸ノ内線が出て来ました。銀色の02系も少なくなったのでしょう。貴重な記録になってしますのも間近かと。

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02系の時は背後にJRの車両は写せませんでしたが、今度は赤い2000系とJRのE233系とが、ちょうどよい場所で収められました。

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黄色い総武線E231系が来てくれた時には、残念ながらオレンジ色も赤いのも居ませんでした。

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御茶ノ水駅の大規模な改良工事も、だいぶ進んでいました。線路上に建設中の駅ビルも、西側の一部は仮足場も撤去されていました。

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昌平橋上の橋梁を越えて秋葉原に向かう総武線。

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思えば101系から始まり103系、201系、209系と、通勤で毎日通ったこの場所。231系を見送って、中央線快速電車で新宿に向かいました。。

2023年3月 2日 (木)

バスを楽しんで

久しぶりにハイウェイバスを夫妻で楽しむことに。この日来たのはこのラッピングバス。

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出発は定刻でしたが、案の定首都高渋滞情報が。まあいつものことと思っていましたが、中央環状線への渋滞は異常? この先の乗り継ぎ予定も無く、マイカーでもないので、渋滞しても落ち着いて居られます。

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運転士は運行センターに連絡後レインボーブリッジ経由に変更。 中央・総武線を左に見た後、順調?に赤坂トンネルに入ります。

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おかげでこんな光景も楽しめました。

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定年後の2.5年あまりの通勤で通ったレインボーブリッジに向かいます。

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鉄道ダイヤと異なり、バスのダイヤには交通状況による余裕が含まれていたようで、数分遅れでの到着。ラッピングバスを見送りました。あまり写真は撮れませんでしたが、このバスの車内は床カーペット、カーテン、シートとシートカバー、案内放送の音声まで全てがキティちゃんでした。

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運賃箱はこんな感じ。

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最前部OER3001氏のシートからこっそり、スマホカメラで撮ったのがこれ。

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ここへ来た目的はこれ。目的の便が第1ターミナルに到着しようとしていることを確認。

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到着ロビーで待ち構えると、コロナ禍もあって会えていなかった長男が、4年ぶりに元気な姿を見せてくれました。

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夜の宴までの時間は各々自由時間とすることにして、OER3001氏夫妻はモノレールに。そう言えば京急羽田線が出来てからはモノレールにはご無沙汰していました。

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浜松町も一時期“日本一”を誇っていた高さの世界貿易センタービルも解体中。まもなく解体工事が完了し、4年後には新ビルが建つようです。

 

 

 

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