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2023年6月14日 (水)

「春の小川」歌碑

梅雨の合間の晴れ間を有効にと、この日は新宿都庁で開催中の写真展(関東大震災から100年、震災復興の記録)を見てから、紫陽花を求めて歩いてみることにしました。

結果は予想通り、小田急線の脇に紫陽花は見られません。花らしい花を見たのはここ(参宮橋4号踏切)だけでした。

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そのまま線路に沿った小径を進んでみましたが、参宮橋6号踏切までの間ではやっぱり線路際に紫陽花はありません。

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そこで視点を変えてみることにしました。上の画像に見える参宮橋5号踏切へ戻り線路脇を暫く進むと、この春の小川記念碑に出合います。

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一度、この記念碑を入れて撮ってみたかったのです。

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ここにはかつて清らかな小川(河骨川こうほねがわ)流れており、この地に住んでいた国文学者・高野辰之がしばしば散策していて、後に小学唱歌となる「春の小川」を作詞したということです。

現在、河骨川は暗渠となって、線路脇を流れています。

ということで、文学に触れた後はまた「鉄」に。代々木八幡駅を通過して来た5000形を撮ります。

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代々木八幡駅駅ホーム新宿方にある参宮橋6号踏切まで歩いたら、一応定番の画像も収めておかなければなりません。慌てて撮ったので高層ビル上部が切れてしまいました。

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この後は勢いで京王線・幡ヶ谷まで歩いてしまうという、良いウォーキングとなりました。

 

 

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コメント

学生時代に7年間通った駅が最寄りですが、歌碑の存在を知ったのはずっとあとです。こことか渋谷に水遊びができるような川が流れていたなんて、今の時代からは想像できませんね。

◆ モハメイドペーパー さま
歌碑の建立は1978(昭和53)年のことですから、学生時代にはありませんでしたよ。
梅ヶ丘が島式ホームだった頃は、確かここの小川はあったと思います。1964(昭和39)年の東京オリンピックに向けての高速道路建設などと共に、下水道工事が進められたので無くなったようです。

この撮影時間帯、多摩地区は晴天で、「麦酒呑み」日和でした。
麦酒なんか呑んでないで歩かなければいけませんね。

◆ ぬか屋 さま
はい、それは貴ブログで承知していました。
たまには文学に触れてみるのもよろしいかと。きっとビールの味も判別できるようになりますよ(笑)。

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