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2023年10月

2023年10月30日 (月)

悲しい記録

クハ1658の振り子試験車両の見学を目的に、大野工場に出掛けたのは53年前のことでした。

その時工場建屋の横で、1968(昭和43)年川崎車両製の4015×3を多くの職員が取り囲んでいる光景に出合いました。

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この日の朝、踏切事故に遭ったということで、早々に修理に取り掛かっていたところです。側面の傷付けられた箇所は既にパテ状態。

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4065から取り外された側扉も無残です。この扉は交換されたのでしょうね。

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2両目の4115小田原方妻面は雨樋等が外され、鉄部の補修作業中。

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OERの切り抜き文字には痛々しい傷跡。

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側面の傷は、新宿方4015の文字にまで及んでいました。

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翌日の新聞で、この事故は無免許の21歳の製材工が、警報機の鳴っている踏切で起こしたものだと知りました。

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1970(昭和45)年10月31日午前8時35分ころ、神奈川県高座郡座間町入谷の警報機付き踏切。新宿発小田原行急行に座間町入谷、高進木材会社製材工岩井野二平(21)のトラックが側面衝突。約3メートル引きずられてコンクリート製信号柱にぶつかり大破。岩井野は全身打撲の重傷。ほぼ満員の約500名の乗客の内、2両目に乗っていた46歳会社員男性が頭に重傷、30歳と20歳の女性が手足に軽いけがとのこと。

とんでもない輩が起こした事故。この輩、今は74歳の筈。損害賠償も負って、いったいどんな人生送っているのかね。

現場は今の座間9号踏切ではなかろうか。この頃、新宿から4000形3両の急行があったのだろうか? 相模大野で分割した後の事なのか? 

事故後約1時間不通となり、9時20分頃に開通とありますが、今だったらそんなに早く運転再開できないのではないのかな。長閑な時代だったかも知れません。

 

2023年10月28日 (土)

JAPAN MOBILITY SHOW 2023

隔年で開催されてきた「東京モーターショー」から「Japan Mobility Show2023」と名称変更、自動車業界だけでなく、様々なモビリティ産業も一緒に多くのお客様に「未来の日本」をご体感いただく場としての開催だそうですが、縁あってプレスデーにご招待頂けました。

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ガソリン車からハイブリッド、そしてEVへとシフトしている自動車分野。

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トヨタも日産他各社ともコンセプトカーを並べています。

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そんな中、スバルは“空飛ぶクルマ”も。クルマに似せた外観ながら実態は“ドローン”のようです。

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出た、ホンダはジェットです。

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また、先のスバルのようなドローンをベースにしたような乗り物も展示していました。

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「空を飛ぶ」ということには多くの企業が取り組んでいることがわかりました。

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OER3001氏にとってはこちらです。やはり線路の上を走る乗り物ですよ。

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5月下旬に、鶴見線で試験走行する姿に出合ったFV-E991系です。

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その内のFV-E990-1だけ展示されています。動力を持たない制御車(クハ)だけが展示されています。

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この「クハ」に、水素タンクや燃料電池といった新時代の武器が搭載されているのですから。

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それでも37.3トンという自重です。試験走行時にはじっくり観察できなかった床下機器、ゆっくり観察・記録することができました。

今回のイベントでマスコミ各社から注目されたのがこれ、ツバメインダストリの登場型ロボット「アーカックス」でした。

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これが「乗り物」かとも思うのですが、300万ドルでの発売だとか。一体どんな活躍を見せてくれるのか楽しみです。

この“JAPAN MOBILITY SHOW 2023”は11月5日まで。ご興味ある方は是非、東京ビックサイトへお急ぎください。因みに東京ビックサイトへの移動には、新橋か豊洲からゆりかもめを利用するのが主流でしたが・・・、

今回は帰路にBRTを利用してみました。運賃が220円とゆりかもめより安く、新橋までの所要は20分弱と便利です。因みに車両はこのデザイン。

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連接バスもありますが、残念ながらこの日に利用したのは普通の車両でした。

 

2023年10月26日 (木)

近鉄三昧-1 京都線・橿原線

京阪の後は近鉄に。

そう言えば、立派になった京都駅の全景を撮っていなかったことを思い出し、構内を抜けて塩小路から撮っておきます。

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駅前の京都タワー、1964(昭和39)年末の開業と言うことですから、OER3001氏が中学の修学旅行で初めて見たのは開業翌年ということだったようです。社会人になって何度も京都に行っているのに、京都タワーを真面目に撮ったことはありませんでした。

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駅ビルやタワーはこのくらいにして、この日の目的は2日間有効の全線フリー乗車券(3,000円)で近鉄を乗り倒すこと。通勤客で混雑する京都から先ずは橿原神宮前に向かいます。

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橿原神宮行きは少ないものですね。やって来たのは1233系+8600系の6両編成でした。

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それにしてもこの連結部の転落防止装置は凄まじいですね。腹をぐさりとやられそうです。

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乗車するのは手前の8600系クハ8105、8時3分発の急行・橿原神宮前行きです。

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首都圏ではめっきり見る機会が減った、というより地元の小田急や京王では見ることができなくなってしまったマスコンとブレーキ弁。電車はこの方が遥かに楽しいですよね。

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京都駅を発車してから直ぐ、ここは十条駅手前ですが架線柱が凄いのに変わっているのに圧巻されます。

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近代化された電車線に対し、ローリーファンがなんとも。

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橿原神宮前まで車窓を楽しみつつ、終点で乗って来た列車を撮影します。1973年製なので、OER3001氏の入社と同年。と言うことはOER3001氏はとっくに定年退職しているのにこの車両はまだ現役とは凄い! 50歳なのですね。

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荘厳な佇まいの橿原神宮前駅舎はこの地に相応しい姿です。村野藤吾による設計だそうで第1回近畿の駅百選に選定された駅です。

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この日は、そのホームに可愛らしい幼児たちがお行儀良く整列していました。相当な人数ですが、小学生ではない幼稚園児が、先生の指示に従って大人しく。

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微笑ましい光景に感動しながら、この後の行程を愉しむことにしました。

 

 

2023年10月24日 (火)

Nostalgie Istanbul Orient Express に乗る

天気に恵まれた平日の昼下がり、あの“Nostalgie Istanbul Orient Express”に乗車しました。

乗車車両はコート・ダジュール型とされる1928年製のNo.4158、定員28名の客車。

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1988(昭和63)年、フジテレビの企画で「オリエント急行’88」として日本国内を走りました。その初日は上野からD51 489が牽引するというので撮影に向かいましたが案の定どこも凄い人・ひと・ヒトの中、辛うじてこんな写真を。

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尾久からの回送時にNo.4158を捉えていました。この時は日が差していたのに・・・(涙)。

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3か月かけて日本全国をクルーズトレインとして走行した後、翌年に帰還しています。車内にはルネ・ラリック(René Lalique、19世紀から20世紀のフランスのガラス工芸家、金細工師、宝飾デザイナー)によるアール・デコの装飾が施されていることから2004(平成16)年に再来日、箱根ラリック美術館の特別展示「ル・トラン」となっています。

乗車には飲み物とデザートがセットとなる「乗車券」を購入する必要があります。事前予約はできません。

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近年、日本の鉄道車両のデザインで活躍(?)する某氏の、車体にベタベタアルファベットを並べるのとは違って、気品ある標記は良いですね。

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車両中央部にはワゴン・リのエンブレムが堂々と。

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車両全景も何とか撮れる空間が良いです。

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ルネ・ラリックによるアール・デコの装飾が施された車内、M岡デザイナーとは違い見事なものです。

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この日、OER3001氏夫妻はこのテーブルに。

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「オリエント急行’88」の時には大宮まで追いかけ、ホーム停車中に客車を見学しました。

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車内のテーブルランプやテーブルセットに憧れたものでした。

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その車内を愉しんで驚いたのは、製造された時代にはまだプラスねじが無かった筈。使われているマイナスねじの方向が水平に保たれていたこと。

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アール・デコの装飾に加えて、車内のこんな所にまで神経を尖らせて製造された車両だったとは!

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見事な空間で、“到着時刻”までの40分間をゆったりと過ごすことができました。

 

 

 

2023年10月22日 (日)

第21回鉄道模型関東合同運転会 in 埼玉けんかつ

正式な表記はタイトルの通りですが、「関東合運」と呼んでいるイベントです。

OER3001氏の本年は、「小田急の昭和30年代と今」と勝手にテーマを定めての参加でした。とは言え最初は、友人が懐かしい天賞堂製の軽量客車編成を持って行くというので、その時代に発売されていたDF50で牽引させて頂きました。

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昭和30年代のと言えば先ずは1957(昭和32)年に華々しくデビューしたロマンスカー3000形SE車でしょう。

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今回もミュージックホーン高らかに、と言いたいところですが広い会場では控えめにしか聞こえないのが少々残念です。

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翌年1958(昭和33)年には4両固定編成でWN駆動としたカルダン車2220形が登場します。小田原方2両目に設けられたトイレが珍しく、小学校の帰りに乗り合わせると用も無いのにトイレに入ったものでした。

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踏切で電車を眺めることも多かった当時はまだ吊り掛け車が多く、カルダン車が来るとかん高いモーター音と軽快な通過音で判ったものです。

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1960(昭和35)年になるとハイエコノミカルカーと銘打って、2400形HE車が登場しました。2灯並列になったヘッドライトと両開き扉というのが新時代を感じさせました。

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踏切を通過するのを見ていた小学生のOER3001氏にも、クハとデハの車輪径が異なるのは判りました。遊んでいた根津山(現・世田谷区立羽根木公園)から遠くを行くHE車を眺めて、先頭車と中間車の車長が随分違うのだなと驚いたことを覚えています。

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「今」編は千代田線へ乗り入れる4000形10両編成。

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そして最新の5000形10両編成。

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ペーパー自作の車両を中心に準備日含めての3日間、存分に走らせることができました。

 

2023年10月20日 (金)

関西私鉄を愉しむ

9月下旬に埼玉の友人別宅で開催された“田舎運転会”。久しぶりの関西遠征から戻ったOER3001氏は、関西私鉄車両を持っての参加となりました。

テレビカーと称して活躍した京阪3000系は1976年のペーパー自作。京都方Tc3500の屋根上に取り付けられた2組のTVアンテナは、0.5φ真鍮線をハンダ付けして作りましたっけ。

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当時、京阪の終点は京阪三条。今は地下化、延長されて出町柳まで。京阪の資本が投入された叡山電鉄デオ810形を製作することになったのは、京阪から叡電に出向されていたK氏のご案内で、修学院車庫を見学させて頂いたご縁からでした。貴船・鞍馬の山をイメージしたと、コバルトブルーの帯色を纏った813+814号車を1998年にペーパー自作。

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久しぶりに走らせたのは、初めて真鍮バラキットというものを組んだ近鉄12000系(1982年製作)と12200系(1983年製作)。近年になってチッブLEDで前照灯点灯化しました。

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合わせてAH氏の遺品として頂いたカツミ製の30000系ビスタ、残念ながら連結器の違いから併結運転は叶いません。

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偶然にもWK氏は京都模型製の阪急6300系を持ち込まれました。当時は4両だった筈の模型でしたが、近年ヤフオクで中間車を増備。LEDで前照灯点灯化していました。

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この地に近い東武鉄道の吊り掛け車7800系(KJ氏)や真鍮キットを組んだ急行型気動車(WK氏)も加わり、ここのオーナーのアメリカ蒸機貨物列車も交え、優雅なひと時を楽しませて頂きました。

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この機会を設定していただいたオーナー様に、改めて感謝申し上げます。

 

2023年10月18日 (水)

京阪→JR→阪急

SANZEN-HIROBAから大阪へ。折角なので複々線区間の森小路でちょっとだけ撮影します。

OER3001氏にとって京阪3000系と言えば2扉クロスシートの特急車なのですが、今は中之島線開業のシンボルとして2008年(平成20年)に登場したこちらの車両。コンフォート・サルーン(COMFORT SALOON)の愛称を持つようです。

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旧3000系は2013(平成25)年に引退。以来特急を担っている8000系は、ダブルデッカー者とプレミアムカーを含む8両編成として活躍中だが、気付けば最初の編成が登場してから34年。そろそろ動きが出ても不思議じゃありませんね。

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通勤型車両として2012(平成24)年から登場の13000系は、いつの間にか京阪最大両数を誇るまで増備されていたとか。

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複々線区間での離合を撮って、一連の“京阪三昧”は終了としました。

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京橋で京阪と別れ・・・、

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向かいのJR京橋駅へ。

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環状線で大阪駅に来てみれば、何度も出張で止まった大阪第一ホテルのビル(大阪マルビル)が目に入りました。聞いてはいましたが取り壊し中。周辺に高いビルも無く、高層階から大阪駅や寝台特急の姿を眺めるのが楽しかったのですが。

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阪急梅田駅は、何度来てもこの光景は圧巻です。当たり前のことですが、手前のホーム(京都線)だけ次駅が「なかつ」ではなく「じゅうそう」表示なのが面白いような。

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どれも同じに見える車両ですが・・・、ありゃ? 左方の8400には“Memorial 8300”の表示が! 運転台側窓下にあのHマークが付けられているではありませんか。

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折角なので、神戸、宝塚、京都線同時発車後の後ろ姿を撮っておきました。

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OER3001氏は次の特急(左)で、と思っていたら、特急ではなく準特急なのですね。京王線から消えた準特急が阪急にあったとは、などと思いながら、京都河原町へ向かいます。

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3線同時発車ですから並走は何よりも楽しいものです。上品なふりして大人しく座っているわけには行きません。カメラを構えればちょうど梅田スカイビルが。

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その後は大人しく通勤時間帯の準特急に身を任せ、京都河原町を目指しました。

 

2023年10月16日 (月)

SANZEN-HIROBA

京阪三昧の最後は樟葉の「SANZEN-HIROBA」。樟葉駅改札を出て右手方向、「くずはモール南館」ヒカリノモール1階にありますが、OER3001氏は少々迷いつつ辿り着けました。

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その名の通り、名車3000系のTc3505が奇麗な姿で保存され、無料で見学することができるのはありがたい。

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3505が活躍していた姿、辛うじてありましたが何処で撮ったのでしたっけ?

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車内も見学可能。シート生地が懐かしく思います。

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“テレビカー”と名付けられていた京都方先頭の乗務員室仕切り上にテレビが設けられ、屋根上に2組90度方向を変えて搭載されたTVアンテナで、放送を受信して流していましたが、展示車両では3000系の当時を流していました。

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OER3001氏にとっての京阪3000系は、五条から三条まで鴨川に沿って行き交う光景が一番印象に残ります。

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SANZEN-HIROBAには京阪沿線のジオラマがありますが、そこには鴨川沿いを走る姿は再現されていません。現在は地下線になってしまいましたからね。

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増大する通勤客で、乗降時間の増大による列車遅延を防止しようと、各社が知恵を絞っていた時代、京阪が誕生させた5扉車5000系も、その前頭部分が保存展示されています。

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5扉中の2扉は、ラッシュが終わると閉め切って3扉車になり、天井から座席を降ろしていました。

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そんな5000系が登場した当時、見学に行って特急の3000系と並んだ姿を撮っていました。

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懐かしい時代を思い出したひと時でした。

 

 

 

2023年10月14日 (土)

京阪三昧-4

石山坂本線の後はここへ行きました。

左から木津川、宇治川、桂川の三川がこの先で合流し、淀川となります。ここに淀川三川合流域・さくらであい館なる施設が2017(平成29)年にオープン、展望台に上がって眺めることができます。見えている山は山崎辺りです。

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川上を望めば右の木津川橋梁を、京都方面行の8000系特急が通過して行きます。

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木津川を渡り、宇治川橋梁に向かいます。

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大阪方面に向かう特急は、淀駅を通過すると左カーブを経て宇治川橋梁を渡ります。

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さくらであい館から、宇治川に沿って数百メートルの踏切に向かいます。石清水八幡宮駅、確か以前来た時は八幡市駅でしたが、駅からはおよそ1.5キロ程でしょうか、暑い暑い中を歩きました。

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8000系が登場時の塗装だった1992(平成4)年3月に初めてここで撮りました。この時何処でカメラを構えたのか、今回は同アングルでは撮れませんでした。

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この時はまだ3000系も活躍していました。

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同じアングルで今撮ると車両は8000系に代り、背景には高速道路が出来てしまいました。

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7000系には新塗装もまあ似合うかな?

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されどこちらの2600系には・・・、グリーン濃淡のツートンカラーの方が似合っていたように思えて。

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中之島線開業のシンボルとして新造した2代目3000系、プレミアムカーを含む8連は存在感がありますね。

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とにかくこの日は暑かったので、日差しを遮る場所が無い河原では1時間も居られません。早々とさくらであい館に入り、宇治抹茶のソフトクリームで涼を取りましたが、京阪三昧はまだ続きます。

 

 

2023年10月12日 (木)

790000アクセス到達記念

当ブログも790000アクセスに到達したということで語呂合わせ。クハ79の写真を探してみました。

何れも1967(昭和42)年3月23日、神田駅で京浜東北線の撮影です。最初は鶴見行のクハ79350? 判読できません。

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ちょっとカラー化アプリケーションで遊んでみました。

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こちらは磯子行き。クハ79384と思われます。

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その磯子行きの後方(大宮方)はクハ79359のように読めますが

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こちらもカラー化で遊んでみました。

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この場所の今、背後は新幹線と上野東京ラインと2段積み高架線が建ち、ホームドアも設置されて斯様な光景。

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オレンジ色の中央線、カナリヤからうぐいす色に変わった山の手線が行き交う中、相変わらず京浜東北線にはぶどう色の旧型電車が走っていた時代から半世紀。さらに半世紀後にはどんな状況に変わっているのでしょうね。

 

2023年10月10日 (火)

京阪三昧-3

坂本比叡山口駅に到着しました。京王高尾線の「高尾山口」駅に似たような駅名ですが、「比叡山口」を名乗る駅は、比叡山西側を走る叡山電鉄には「八瀬比叡山口」という駅があるのです。

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比叡山と言えば延暦寺。その重厚さにも通じる坂本比叡山口の駅舎には味わいがあります。

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比叡山には駅前の道路を鳥居を望む方向へ。山頂へは10分ほど歩いたケーブル坂本駅からのケーブルカーを利用することになるようですが、OER3001氏はパスです。

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鉄道むすめ・石山ともかさんのご案内で再び石山坂本線に乗ることにします。

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坂本比叡山口ホーム先には、妙な形状のオブジェがありました。

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明治43年大阪天満橋-京都五条間開業時に使用された京阪本線のレールで作られたようです。

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その先に置かれている分岐器の予備資材に目が行きます。クロッシング部が一体となったものは、OER3001氏の地元では見られません。

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折り返しの613-614編成が勾配を上がって来ました。そのクロッシングに差し掛かろうとしています。

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613-614編成の車内は、先に乗車して来た701-702編成とは色合いが違います。内装も含めて改装された編成でした。

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びわ湖浜大津へ向かう途中で出会った派手なフロントの619-620編成、「比叡山・びわ湖<山と水と光の廻廊>統一デザイン車両」だったようですが、その外観をしっかり収めることは叶わずでした。

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使用車両も600系と700系に統一され、すっかり本線車両同様の塗装になってしまった石山坂本線ですが、直流1,500Vで15m車体の2両編成が行き交う姿にすっかり惚れてしまいました。

 

2023年10月 8日 (日)

京阪三昧-2

びわ湖浜大津から、先ずは石山坂本線の起点駅・石山寺に向かうことにしました。暫くは左手に琵琶湖が望めますが、徐々に湖岸から離れ、郊外電車如きの線路を走ります。

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石山寺までは6.7㎞。3面2線のホームを擁する石山寺は、琵琶湖から流れる瀬田川の畔に位置します。

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鉄道むすめ・石山ともかさんがご挨拶。

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「石山寺」は駅から徒歩10分程のようですが、OER3001氏は行ったことがありません。

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47年前に訪れた時の写真がありましたが、基本的に大きく変化していないようです。

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琵琶湖から流れる瀬田川は曲がりくねって下り、宇治川と名を変えて京阪本線・淀-石清水八幡宮間を下り、その先で左方の木津川、右方の桂川とともに淀川となって大阪湾に至ります。その瀬田川に沿って走って来たのは702-701の編成でした。

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今度はこの折り返しに乗って、終点の坂本比叡山口に向かいます。

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同じ場所で47年前にも撮っていました。車両は特急色の274-273でした。ホームへの手摺は交換されているようです。

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乗車した702-701編成の車内、“昭和”を思い出します。

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戻って来たびわ湖浜大津では、到着した京津線の800系が折り返しの入れ替え中でした。

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びわ湖浜大津を出ると三井寺までの400m程は道路との併用軌道。その後は“郊外電車”のような線路を軽快に走ります。

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石山寺に向かうときに利用した602-601編成と交換したので、終点が近いことを感じます。

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坂本比叡山口駅が視界に入りました。

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この駅がまた面白い。その話はまた次回ということで。

 

 

 

2023年10月 6日 (金)

京阪三昧-1

川西能勢口で開催された「ペーパーモデラー座談会」に参加した翌日は、京阪三昧の一日としました。

京阪三条から京津線というこんな時代を思い出しつつ・・・

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三条京阪から京都市営地下鉄東西線に。御陵から分かれて京阪京津線に直通する4両編成の800系に乗ります。地上に出て大谷から先の山岳地帯では、急曲線の線路に散水していました。

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上栄を出ると、地下鉄を走って来た4両編成の車両が併用軌道へ。これにはいつ乗っても惚れてしまいます。

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交差点では電車用の信号に従って、びわ湖浜大津駅に進入して行きますが、この京津線の架線電圧が直流1,500Vだということに驚きます。道路を走行する鉄道(軌道)で直流1,500Vの路線って、他にあったでしょうか?

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20年前から活躍している800系、この当時の車体色は独特なもので、終着駅の名称も浜大津駅でした。。

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2018年にびわ湖浜大津駅となり、橋上駅舎の島式1面2線のホームからは20分毎の京津線4両編成と、10分毎の石山坂本線上下各2両編成が発着している状況です。

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従って撮影に待ちくたびれることは無く、気を抜くと反対側から列車が顔を出すというような状況です。実はこの60型電車「びわこ号」登場当初の塗装に復刻した編成(603-604)の出現も予期せぬことでした。

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琵琶湖観光の玄関口、びわ湖浜大津駅からは観光船乗り場も直ぐ。観光客ではないOER3001氏はちょっと琵琶湖を確認しただけで、石山坂本線乗車に向かいました。

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その模様はまた次回ということで。

 

2023年10月 4日 (水)

磯子まつり公開運転

横浜市磯子区で開催される磯子まつりは今年で47回目だそうで、9月24日(日)に開催されました。

OER3001氏らのサークルは、磯子地区センターからの要請を受けて、公開運転を実施しました。開場は地区センター隣のケアセンター内。

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“いそごふれあいフェスティバル”と装飾された入り口。

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その横で、鉄道模型展示場への入場整理券が配布されています。見学者は15分ごとに入れ替えをすることとし、各解40枚(人)の整理券を配布します。

Photo_20230926105201                                          写真:コンテツさま撮影

毎回、入場整理券を受けた方々が展示室前に並んでいます。20230924_0001_16

1回あたりの見学者40名は、ゆとりある状況で見学できます。

レイアウト左側に設置した4か所の車両収容線に内外各6列車を用意し、計12列車を15分間で順番に走らせるというダイヤです。見学者は右手前から入場し、奥を回って左から退場という導線。

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いつもの運転会とは異なり、開催者からの「地区の子供たちに喜ばれる車輌」との要望から

1.平成~令和に走行した車両
2.根岸線または横浜駅を定期的に走行した車両、もしくは、子供向け書籍に載るような特急車
3.20m車換算10輌まで
などの制約がありました。
そこで、サークル会員諸氏が所有する車両から先ずは根岸でよく目にするタンカー列車が。

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京浜東北線は当然ですが、生憎用意していた209系を撮り損ないました。横浜線から乗り入れてくるE233系でご勘弁を。

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横浜線車両ではその前の時代に活躍していた205系も。

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横浜と言えば東海道線。今はE231系やE233系に代りましたが、その前には211系が大活躍でした。

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さらにその前は、オレンジとグリーンの113系でしたね。

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特急「踊り子」で活躍していた185系は、リバイバル塗装編成も登場しました。

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N’EXこと成田エクスプレスのE259系は、そのカラーリングから目立ちます。

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横浜では早朝と深夜にしか姿を見ることはできませんが、サンライズ出雲・瀬戸の285系も外せません。モジュールにはしっかり横浜市電が展示されています。

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神奈川県や横浜市には縁がありませんでしたが、寝台特急カシオペアの存在は大きかったと思います。

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この地では京急を外すことはできません。これが走り出すと小さな子供たちから「けーきゅう、けーきゅう!」と歓声が上がるのが流石地元ですね。

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OER3001氏には、前述の条件に合致する車両はコレくらいしかありませんでした。折しもこの当日9月24日をもって50002編成が引退となるVSE。公開運転における存在感は偉大なものでした。

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カーブを来る姿は連接車にはたまりませんね。

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相武台前辺りの桜並木を疾走する雄姿も、もう見ることはできなくなってしまいました。

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という訳で、40人/回×15回で、合計600人の来場者に楽しんで頂いた公開運転、なんとか無事故で終えることができました。

 

 

2023年10月 2日 (月)

München

10月になりましたが、ドイツ・バイエルン州の州都ミュンヘンでは世界最大規模の祭りである Oktoberfest(オクトーバーフェスト)で盛り上がっていることでしょう。

ミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキーという有名なフレーズ。いずれも北緯43度付近にある、ビール産業で有名な都市です。2018年、ミルウォーキーに路面電車が開業したことで、いずれも路面電車がある都市になりました。

1992(平成4)年、札幌に出張した折、仕事前に素早く朝食を済ませ、路面電車を撮り出掛けました。

何と、上半クリーム/下半ブルーという他車とは違う320号が停車していました。幕板部分に「札幌ミュンヘン姉妹都市・区制20周年記念」と書かれています。下半ブルーの部分にはドイツ語で「Münchner Straßenbahn」とも。

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もっと良く観察しておくべきでした。

この12年前、ミュンヘンを訪ねる機会に恵まれ、町並みにフィットする上半クリーム/下半ブルーの路面電車に出合っていました。

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こういう企画って楽しいですね。あのベタベタ車体にアルファベットを並べるデザイナーなんかに頼まず、こういうセンスでデザインしてもらいたいものです。

 

 

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