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2023年11月

2023年11月29日 (水)

小田急酒匂川橋梁へ

この日、日中が暖かくなるというので、使用期限が迫る株主乗車券の有効活用に出掛けました。

白い富士山が奇麗に見えていたので新松田駅で降り、酒匂川橋梁で撮ることにしました。ただ残念なことに、小田原方ガーター橋部分は補修中のブルーシートで覆われています、これは避けて撮りたいですよね。

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そう言えば52年前の同月にここに来た時は富士山は雲に隠れ、寒い日でしたから、それより良しとしましょう。

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橋梁は架け替えられてはいませんが、今は保線用の歩行路と柵が設けられてしまいました。

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とにかく奇麗な空だったのと、左側のブルーシートを入れずに撮るということで選んだアングルはこうなりました。

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青いロマンスカー60000形MSEも、奇麗に6両収められました。

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西武鉄道に譲渡されることになっている8000形も、その元気な姿を記録しておきます。この頃になると富士山に少し雲が。

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で、驚いたのは20人くらいの年配ご一行様が、OER3001氏の周辺に寄って来ます。なんだなんだ? 

どうも電車を撮るようだ。観察しているとこのご一行様、鉄道風景写真家・伊藤宏美さんが講師となり、富士山と鉄道を撮影するというクラブツーリズムのバスツアー参加者だったのです。

へ~、そんな商品が売れる時代なのですね。それこそ半世紀にわたってここで撮影していますが、こんなご一行と出会ったのは初めて。第一この土手に“撮り鉄”がこんなに集まったことがあったでしょうか! 皆さん一丁前のカメラを持っていましたよ。

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その一団を画面に入れないようにして、OER3001氏は自分の時間を楽しみます。8000形は6+4の10連で活躍していたのだという記録を。

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30000形EXE-αどうしの交換も何とか収められました。

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が、やっぱり赤いロマンスカーは待つべきでしょ。だいぶ富士山が霞み始めましたが、なんとか7両全体を収められました。

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これでここでの目的は達成したので、今度は富士山を入れず河原へ下りてみます。水がなんと澄んでいたことか。

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どうせ富士山は霞んできたのだからと、こんなアングルも試みます。

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それでも一応、ロマンスカー通過時刻になると再び富士山を入れても。

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これをもってここでの撮影を終えましたが、クラブツーリズムご一行様はまだ30分くらい留まり、その後は御殿場線は山北へ向かうようでした。

OER3001氏は渋沢駅で富士山バックに挑戦しましたが、残念ながら雲の中。

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まあ充実したひと時を過ごすことができたので良しとしましょう。

 

2023年11月27日 (月)

西武国分寺線

大手私鉄が大手私鉄から中古車両を導入するとのニュースが流れています。しかも戦後の箱根山戦争と言われた戦いを繰り広げた一方が、その相手であった“敵”からと言うのですから、当時を知る世代には信じがたいものです。

小田急8000形を譲り受けて使う予定の線区が国分寺線。ぬか屋の徒然日記で取り上げられていたので思い立ち、天気が良く暖かいうちにと急遽出掛けてみました。JR中央線と並ぶ国分寺駅から乗ります。

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乗車する車両は後期形9次車にあたる2049編成。

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縦型マスコンとこのブレーキ弁を見ると何故か安心します。

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最初はまず、一駅乗って恋ヶ窪のホームから。この区間は複線になっていて交換します。

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もう一駅行って、何方かの最寄り駅で降り、ホームから一枚。

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ここは国分寺行きが対面のホームに入るかと思っていたら、それは朝方と夜間だけだったようです。

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小川まで乗ったのは2+4の6連。前パンていうのはなぜかカッコイイですよね。

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次の列車を待つ間、いきなり来た拝島線はドラえもんです。

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ドアが開いている間に覗いた車内、これは楽しいですね。

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側扉もなかなかのものですよ。

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小平に向かって発車して行ったのを見送ります。

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代わって国分寺行きが拝島線を横切って入線です。

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小川で並んだ国分寺線は、前パンの2+4編成と6両固定編成。なぜかラッキーな気分でした。

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折り返して複線の恋ヶ窪で、去っていく国分寺行きと向かって来る東村山行きを撮ります。

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線路に沿った道を鷹の台方向に歩きます。この時期の低い陽射しが側面に注ぎ、露出調整が難しいです。

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戸倉通りに開けた場所があったので、初冬の澄み切った青空が奇麗だったこともあり、国分寺線らしい風景を収めてみました。

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その踏切近くでの東村山行き。絞りで悩んだ1枚です。

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結局恋ヶ窪駅に引き返し、気になっていた跨線橋に上がってみましたが、目前のビームが何とも邪魔。

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ここは駅を向いて撮るしかなさそうです。

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長閑で模型的な路線だと思う国分寺線。ここにこれが走るようになるのですよ。

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どんな塗装になって活躍するのか楽しみです。

 

 

2023年11月25日 (土)

クヤを撮る

友人から検測車両クヤ31が走るとの情報を得て、この日地元で出動しました。

クヤは小田原・藤沢・唐木田方に連結されるので、下りがクヤ先頭。唐木田駅手前で待ち構えます。9時42分、8065×4に連結した9953列車がやって来ました。

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既に速度を落としているので、ズームを引いても撮影可能です。朝の陽で側面が陰になるのは仕方ありませんので、絞りを+1/3にしてみました。

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9953列車は唐木田車庫で一休み。ちょうどこのアングルでは隠れてしまいましたが、屋根上のサーチライトは点灯したままでした。

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9954列車となって折り返しは10時59分発。小田急多摩センターに向かう後方も撮っておきました。後追いでも側面に陽が当たっていて良かったです。

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天気に恵まれての撮影、この日は思いがけずこんなシーンも収めることができました。先日のKMさんの「VV写真展 」ではありませんが、「W5000」です。

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撮影に出たら、見慣れた光景、見慣れた車両でも、撮るか撮らないかではなく、常に撮れる体制で臨む姿勢が大切なようです。

 

 

2023年11月23日 (木)

南新宿の思い出

前回の「南新宿で」に頂いた、この地に思い出のある方々からのコメントに嬉しく思い、それならと調子に乗って記録を辿ってみました。

最初は1968(昭和43)年5月の夕方近く。現在解体中の小田急百貨店ビルを背後に「あしがら」が新宿1号踏切に差し掛かります。NSEはまだ冷房強化工事施行前で、屋根上がすっきりしていた時代です。

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この時はNSE(3100形)よりNHE(2600形)のこの色を狙っていたと思います。

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NHEは各停に投入されることが主だったので、待てば出会える。何気なく撮った南新宿での1コマから、当時の状況が蘇るようです。

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新宿1号踏切には踏切保安掛が常駐、迫り来る列車に振っている旗が確認できますが、これも古の思い出。

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続いて1969(昭和44)年の記録。地下ホームから出て来たのは3両編成の4000形ですよ。大都会のターミナルに3両編成が発着していたなんて。左側の貨物ホームには1300形が停車中です。

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この年の積雪は2月ではなく3月だったのですね。吊り掛け式駆動のABF車も優等列車で活躍していたのです。1600形×4を先頭にした8両編成が、小田急本社ビルと山野ホールの間を新宿に向かいます。

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後は1900形でした。大きくカーブしたホームは前後を踏切に挟まれ、大型6両編成(2600形)は上下列車とも先頭車両はドア締め切りでした。

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時を経て1973(昭和48)年7月、長編成化のための新宿駅改良工事たけなわ。地下ホームは閉鎖され、地上3線で全ての列車折り返しを行っていたときでした。地下線アプローチを長くとるため、路盤の掘り下げが行われています。

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同時に新・南新宿駅設置工事が進みますが、7月時点ではまだホームの基礎工事。

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2か月後の9月になってホームのコンクリート板が置かれ始めました。

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それから3カ月で完成するとは、早いものですよね。12月21日に新駅移転となりますが、その5日に前南新宿駅下りホームから撮った写真。こちらに向かって来る列車の位置に、新駅が確認できます。

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この日は日没後でしたが、フィルムをトライXにして奮闘していました。小田急本社ビル向かいの南新宿駅舎。当時は代々木八幡や代々木上原、東北沢などと似た、昭和の高度成長期に造られた鉄筋コンクリート製でした。改札口と出札窓口外の自動券売機があった時代だったのですね。

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駅舎左の壁面に、移転のお知らせが掲示されていました。

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小田急本社ビル前の新宿2号踏切から、その構内を記録しておきました。右が下りホームです。

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踏切を渡って下りホーム方から上りホームを。右手前には踏切保安掛が常駐していたのです。

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最後に上りホーム先端から参宮橋方向を。

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こうしてみると、ついこの前のことと思っていても、半世紀前と言う時代はいろいろな意味で今とは格段の差があるものだと、再認識させられてしまいます。

 

最後に新・南新宿駅での思い出を。1999(平成11)年7月16日、この日で引退となる3100形NSEの最終列車を撮りに行きました。

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振り返って後追いを1枚。下りホーム最後部の危ない所で撮っていた輩が居たのですね。黄色い線どころか白線まで超えて。

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オマケは今の南新宿駅を。10両編成対応のホーム幅は狭いものの、全体に上屋が設けられた姿になっているのです。

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上りホームから下り列車を撮ると、背後は山野ホールのガラス張り外壁が。

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駅舎は線路下に慎ましくです。

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南新宿、つい調子に乗ってしまいましたが悪しからず。

 

2023年11月21日 (火)

南新宿で

この日、踏切の向こう側で開催された友人のバイオリンリサイタルに出掛けたのですが・・・

ココに行くならちょっと早めに着いて、雨天でなければ当然撮影でしょ。いきなり遮断機が下りたので構えていたらGSEが。

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折角なので跨線橋に上がり、新宿方向を。ちょうどこの場所は旧南新宿駅のホームがあった場所です。

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ほぼ同じ場所で撮った50年前の写真がありました。現在の南新宿駅に移転する直前の撮影だったと思います。新宿を発車したSSEの姿が奥に見えますが、このために警戒現示の場内信号で低速で新宿駅場内に差し掛かるNSEの左側には貨物ホームがありました。

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跨線橋を渡って小田原方をみれば、旧小田急本社ビル。現南新宿駅はその向こうになってしまいました。

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54年前に、ほぼ同じアングルで撮った写真がありました。当時は小田急本社ビル屋上に、列車と交信するための無線アンテナがあったのです。

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跨線橋を降りて新宿2号踏切からお決まりの構図で、先ずは急行・唐木田行の3000形を。

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踏切で遭遇したGSEの折り返しを狙います。

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そのすぐ後に発車する快速急行・小田原行は5000形でした。

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ここまで撮って、ちょうど開場時刻に近づきましたので移動です。実に充実した午後のひと時でした。

 

 

2023年11月19日 (日)

上毛電気鉄道日帰りツアー

慶応ではなく京王OB会の日帰りバスツアー「京王の譲渡車を訪ねる」の5回目は、上毛電気鉄道を訪問するものでした。

今回もお誘い頂き、参加させて頂きました。もちろんバスも京王。なんとこの車両は前回のアルピコ交通訪問時と同じで、ドライバーも同じ方という巡り合わせです。

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八王子を7:50に出発、圏央道、関越道、北関東道を経て大胡駅に到着したのは予定通りの10:30。11時近くになって、貸切列車のデハ101が出庫です。

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ニス塗りの室内には昭和3年、神戸川崎車輛製造のプレート。

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中づり広告も「磨」「グリコ」など、レトロ感満載です。

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貸切列車は11:02に大胡発車、中央前橋は右側の線路に11:22到着です。

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8分停車で11:30に発車、西桐生を目指します。西桐生には12:27着。この西桐生駅舎は大胡駅舎などと共に、国の有形文化財となっています。ここでお弁当とお茶が配られますが、停車中のデハ101車内は飲食禁止。

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配られたお弁当がまた素晴らしいもので、前橋名店の椿家本店と上毛電気鉄道のコラボ弁当。名付けて「車庫弁」とは洒落ています。

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ご飯の上に左側は千切りキャベツとソースヒレカツ、右側は錦糸卵に焼肉。オリジナリティあふれる美味たるものでした。

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風は強かったものの天気が良かったので、OER3001氏はホームの花壇淵に腰かけて頂きました。

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お弁当を食べ終えると、貸切列車は12:55に西桐生を発車、大胡に向かいます。

このデハ101、マスコンハンドルはブレーキハンドルと共に抜き差し型なのでした。後方となるマスコンにはハンドルがありません。

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進行方向の運転台となる時だけ、こうしてマスコンハンドルがセットされます。自動加速ではない手動加速のマスコン。その操作を動画収録しておきました。

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因みに運転台上部に取り付けられた機器、セレン整流器と昭和24年三菱電機製造のコンプの開閉器、凄いですね。

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たっぷり吊り掛け駆動の音を楽しみながらの1往復を終えて、大胡車庫で撮影と車庫内見学。

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上毛電気鉄道社員の心温まる対応に感激した後、14:30に大胡車庫を出発。往路と同じ道を帰り、なんと計画より1時間ほど早い16:30に八王子に戻って来ました。

この企画を準備された京王OB会の皆さまに、心より感謝申し上げます。

 

 

 

2023年11月17日 (金)

WVSE写真展

WVSEっていったい何かと思われるでしょう。2編成が製造され、いよいよ引退間近となった50000形VSEが活躍していた記録。しかも本線上を行き交う2編成を同時に撮るという、もの凄いことにチャレンジして来られたKMさんの写真展にお邪魔しました。

「えびなめぐみ町フェスティバル」最終日の11月5日、海老名市文化会館の1室で開催された「VV写真展」でした。エレベーターホールからの廊下に、その一部が展示されています。

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つい、見とれてしまうような写真が入り口を飾ります。

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中には行って見ればいきなりこれらが!

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ちょうど会場内にいらしたKMさんの許可を頂き、写真を撮らせて頂きました。これは渋沢-新松田間でしょうね。

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こちらは? ダイヤを調べていても、当日の運行状況次第でバッチリと行かないことの方が多いと。

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そんなご苦労話は、実は過日のデハ1801保存会主催バスツアーの車内で聞きました。かけた交通費も相当なものです。

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展示されていたのは約300枚の。その1枚1枚に、想像を絶する苦労が重ねられていたのです。

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ダイヤ上で出会う場所が判っていても、思い通りに行かないことの方が多かったとのお話もありました。

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それなのに、展示されていた写真はどれも素晴らしいもの。

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連写が容易にできるデジタルカメラの時代だからこそ叶うものかも知れませんが、そうはいっても同じ場所に何度も出掛けてこそ、ようやく叶うものなのです。

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会場にあったこちらのパネルだけでも64枚ですよ!

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2編成のVSEが大活躍していた“日常”を、気が遠くなるほどの時間と費用を投じて追い続けた熱意に感動しました。

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そんなことを話してくださったKMさんが、「あと10分くらいでVSEが通りますよ」と会場で教えてくださりました。文化会館3階からでも眺められるのですが、急いで厚木街道の陸橋へ向かいます。

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厚木街道の反対車線側に廻ることは叶わなかったものの、海老名構内に進入しようとするVSEの雄姿を捉えることができました。

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多くの苦労話と共に、この日のVSE通過情報を教えてくださったKMさん、ありがとうございました。

 

 

2023年11月15日 (水)

80アクセス到達記念

昨日14日、拙ブログは80万アクセスに到達しました。ご覧頂いている方々に感謝申し上げます。ということで今回は「80」を。

OER3001氏の生まれは“湘南電車”運用開始と同年なので、80系電車を取り上げなければなりません。しかし80系が東京駅を発着していた時代にはカメラを持って出掛けることなどできませんでした。辛うじてあった写真が1967(昭和42)年撮影のネガカラーでした。おそらく定期運用ではなかったのでしょうね。

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国鉄(日本国有鉄道)で「80」を名乗る車両としては、常磐線の寝台特急「ゆうづる」を牽引していたEF80形電気機関車をあげなければなりません。平(現いわき)まで牽引して来たC62からバトンタッチした直後の姿。朝陽がどうしようもない方向から射していて何とも撮りづらかったものです。

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何故か「80」は常磐線に集中していたのでしょうか。気動車特急「はつかり」の80系。平駅の歩道橋から上野行の後をハーフサイズカメラで撮っていました。

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先頭のキハ81は、独特の風貌でしたね。

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80系気動車ではその後の増備両数からこちらのキハ82を連想する人が多い筈です。この当時は北海道で大活躍していました。

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代わって国鉄ではなく東京急行の80形を。80形の入籍も“湘南電車”運用開始と同年なので親しみを覚えます。

玉電の渋谷-二子玉川園間と砧線が廃止された後も、三軒茶屋-下高井戸間は世田谷線として残り、80形他の車両が2両編成で活躍していました。

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なぜかこの当時は世田谷線を度々撮影していますが、残念ながらクリームとグリーンの2色塗装時代を撮っていなかったのが悔やまれます。この当時81はまだ正面窓上のマーカーライトは撤去されていませんでした。

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80形はやはり、オデコに前照灯を載せたスタイルが好きです。こちらの86はマーカーライトが撤去されていたのですね。

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ということで、OER3001氏がペーパー自作した1/80の模型は、それより前の時代の姿で1970(昭和45)年の製作ですから御年53歳。

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前照灯が窓下に移設され2灯化された姿にも趣はありますが・・・。

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それでも吊り掛け式駆動のモーター音を轟かせて走っていた頃が懐かしいです。

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ということで「80」に因んだ企画を閉じようと思います。

 

 

2023年11月13日 (月)

ワクワクドキドキ

まっ黄きになった3両の内、とりあえずこちらにマスキングして、2色目のグリーンを吹きました。マスキングを剥がす時は毎度のことながら“ワクワクドキドキ”です。

フロントは平滑面なので特に問題なく成功! 20231027_0001_16

恐る恐る手摺部分のマスキングを剥がします。手摺もしっかり塗り分けられていたようです。

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それを確認してから手摺下に潜らせていたマスキングを剥がします。

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扉の類は金属プレスではなく木製なので凹凸。面倒でしたが3分割して行ったマスキングの甲斐があったようです。吹込みなく成功!!

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先ずはほっと一息です。

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短くて小さな1両でも、結構面倒な作業が続きますが、大物の合間の息抜きには好題材かと。

 

 

2023年11月11日 (土)

東武博物館へ

何度目かの東武博物館。この日は夕刻の約束に出掛ける前に、どうせ都心に出るなら交通費を無駄にせずということから遠い寄り道となった次第。

東京メトロのワンデーチケットを活用し、押上から東向島へ向かいます。いきなりスペーシアが。

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高架線下の博物館、入り口を撮影したのは初めてかも知れません。」

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デハ1形(5号)はこの日も奇麗な姿で堂々と。

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平日の昼間と言うことで来観客は少なく、自由に見て回れるので車内をゆっくり楽しみます。

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生憎、屋外に展示されている5700系5701号とED101形101電機は、修繕作業中とかで館内からしか見られなかったので、一通り館内見学後は無料で楽しめる屋外へ。

DRCの前照灯部分、保護のために覆われたアクリル板が曇ってしまい悲しい限り。眼を擦りたい気分になります。

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日光軌道線200形(203)は奇麗な姿を見せてくれています。

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普通はここまででしょうが、国道6号線を越えた高架下に保存展示されているべヤーピーコック社から購入の6号機を見に。

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折角なので、保存機と現役車両のツーショットを試みることに。

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高架下の蒸機は黒いので目立ちません。さらに、高架上に電車が来た時に国道を通過するクルマに被られないか心配しながら、なんとか「りょうもう」を収められました。

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通勤車を捉えましたが、東武の電車で良かった! 実は乗り入れてくる東急やメトロの車両も多く、それではこのツーショットの意味が無くなってしまいますから。

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ということで、博物館の内外を楽しんでから、約束の場所に移動しました。

 

2023年11月 9日 (木)

まっ黄き

気温は高くとも高い青空が広がる日が続く季節。模型製作者にとってはこの季節を最大限に活用しないわけには行きません。

ということで、先ずはイエローをせっせと吹きました。実はもう2両あったのですが、そちらはある事情があって急遽延期。とりあえずこのOきいの2両と小さいの1両。

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Oきいのはラッカーの減りも半端じゃありません。

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それに比べて縮尺も全長も小さいのは何と楽なことか。

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とは言え、ここまでハンドスプレーをシコシコやると、マスクをしていても鼻の中まで真黄色に。相当疲れますよ。なんとビールが旨いことか。

 

2023年11月 7日 (火)

保存車両と再会!

前夜から降り続く雨の早朝、海老名からの貸切バスに身を任せて向かった先は・・・、

デハ1801保存会のお力によって実現した、群馬県赤城山麓での小田急1800形デハ1801とクハ1851の保存地。今般クハ1851の旧塗装時代塗装復元を期に開催となった見学会でした。

折角なので高校時代からの趣味友であるMK氏と共に、16番のペーパー自作模型と並べることを企てました。この施設オーナーのご協力でテーブルをお借りし、実車の前に並べさせて頂きました。

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右方から時代順に、①車体更新間もない時代、②黄+青塗装化時代、③前照灯2等化時代、④新塗装時代、⑤秩父鉄道譲渡時代と並べて。折しも雨は上がり、青空と白い雲が歓迎してくれているようでした。

次はデハ1801車内、運転室背後に移して。

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ここは100頭近い乳牛を育てる傾斜地牧場の一角。冬は空っ風で相当寒い場所だと伺いましたが、傾斜の向こうに広がる町並みと榛名山が奇麗に見えて、素晴らしい光景でした。

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前夜が雨だったことを証する水溜りに、青い空と白い雲、そして2両の1800形が映っていたのがラッキー。

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今回の行事を企ててくださったデハ1800形保存会の皆さま、牧場主に感謝申し上げます。素晴らしい時間をありがとうございました。

 

2023年11月 5日 (日)

近鉄三昧-4 南大阪線と名阪特急

さくらライナー降車後、改めて櫛形6面5線という大阪阿部野橋駅を眺めてみます。ホームの幅は東京に比較すれば狭いものの、ターミナルステーションとしての風格が。因みに大阪阿部野橋駅の乗降客数はおよそ14万人、小田急新宿駅の35万人とは大違いなのです。

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そこから一つ隣の駅に移動し、乗って来た藤井寺行き各停、じゃなかった関西では「普通」を見送ります。

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大阪阿部野橋駅から1㎞のキロポストが、下りホームの10mほど先に立てられていているのですが、駅間キロは1キロとなっているのが不思議な感じもします。1936(昭和11)年の大阪阿部野橋駅移転や1980年代に行われた立体化が関係しているのでしょう。

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ということで、ここからなら近鉄が誇る超高層ビル“あべのハルカス ”を背後にした撮影ができないかと試みました。

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しかし一眼カメラでは無理。ホーム終端の黄色い線の内側(壁側)に身を入れ、保護柵からコンデジの小さなレンズを差し出しての撮影でなんとか。

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南大阪線はこの辺にして、今度は大阪線・奈良線の複々線区間に移動、今里に行ってみます。いきなり近鉄ではなくこれ、窓に“アレ”の装飾を付けたのが来ました。

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暫くここで。1220系と言うらしいですがこの1231は本年夏に、内装更新や前部の転落防止幌(と言うには少々?ですが)設置が行われたようで、前照灯や標識灯もLEDになっています。

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特急車も来ましたが、もうOER3001氏にはこれが何系なのか、さっぱり解らなくなってしまいました(涙)。

と書いたら、モハメイドペーパーさまが「鉄道強要講座(近鉄特急車の見分け方)」を。それによればこれは22000系だとのことです。

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大阪線と奈良線の列車が並走し、この先の布施で分かれます。

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OER3001氏が初めて近鉄を訪れた1970(昭和45)年の当時の布施は、小田急の東北沢が大きくなったようなイメージでしたっけ。

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ほのぼのとしたラッピングの奈良線・大和西大寺行きと大阪線・高安行きが並走して来ました。ラッピングは「ならしかトレイン」と言うのだそうです。

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こうした光景に、今では阪神車の“アレ”も加わるのですから賑やかです。

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この後の予定もあるので場所を鶴橋に移しました。知らない人はいない“ひのとり”80000系が、渡り線を渡って3号線に。

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漸く阪神車と近鉄車を収めることもできました。1号線(最左)の阪神車は奈良良きなのですね。何かしっくり来ませんが。

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大阪難波から来た特急は賢島行き、ここで2号線に転線です。

モハメイドペーパーさまのご教示によれば、後ろ2両は22000系、続く2両は22600系と判別できる。先頭の4両は12400系で間違いないと思うとのことです。モハメイドペーパーさまありがとうございます。

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暫く鶴橋での撮影をした後は、始発駅の大阪難波に向かいます。やはりこれに乗るには始発駅からでしょ。

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折角なのでデラックスシートの一人掛け席を確保。名古屋までの乗車を楽しみました。

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名古屋についてみたら、密着連結器の形状に目が止まりました。通常は引き込んだ状態で、緊急時に乗務員室内のコック操作により連結器が押し出されるという仕組みだそうですが、四角柱状の先端が???

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なんで何かにかじられたような形状になっているのか、ご存知の方ご教示ください。

ということで、3,000円で入手した2日間有効の全線フリー乗車券の活用は、残念ながら1日で終えました。

 

2023年11月 3日 (金)

近鉄三昧-3 さくらライナー

吉野駅は1928昭和3)年、吉野鉄道によって開業してから大阪電気軌道、関西急行鉄道、近畿日本鉄道と経営が変わり現在に至ります。櫛形3面4線のホーム(有効長4両)を持ち、社殿風の駅舎は開業当初からの建物だそうで、2021年からは無人駅となっています。

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ホーム上屋は、クロード・モネが描いたサン・ラザール駅のような味のある鉄骨構造。

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その2番線に、さくらライナーの愛称を持つ26000系が入線して来ます。

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1990年に登場しグッドデザイン賞を受賞した車両で、当初車体塗装は「日本的美しさの表現」をテーマとしてクリスタルホワイトを基調に、窓周りを「雲海に煙る吉野山」のイメージを表現したうすずみ色車体裾部にもえぎ色濃淡5色のグラデーションラインが引かれ、沿線の環境に溶け込むイメージとされていたものです。

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吉野から、さくらライナーで大阪阿部野橋を目指します。

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26000系は2011年にリニューアル工事を受け、車体裾部のグラデーションは吉野の桜をイメージしたピンク色に変更、前面も窓周り・前照灯周辺を黒く塗装、スカート形状も変更されましたが、そのピンクも時を経て消えかかっています。

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3号車のモ26200形は「MADE IN YOSHINO」をテーマとしたデザインでデラックスカーに改造されています。

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OER3001氏は大阪方先頭の1号車、モ26400形に乗ります。

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リニューアルされて残念なのは、座席から前方展望が出来なくなってしまったこと。運転室背後はフリーの展望スペースとなってしまいました。

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吉野を発車すると、緑の中を吉野神宮へ向かいます。運転士の運行票に次停車駅が掲げられています。

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吉野神宮を発車して吉野川橋梁を渡ります。次の停車駅は大和上市と掲げられています。

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この展望スペースにはず~っと、精神的ハンディキャップをお持ちの男性が陣取られていたので、OER3001氏は時々しかここを楽しめませんでした。大和川橋梁を渡れば終着も近い。

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終着の大阪阿部野橋は、一時は日本一の高さを誇っていた超高層ビル“あべのハルカス ”に直結、櫛形6面5線のホームを持つ地上駅、その左端5番線に到着です。

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色褪せたさくらライナーが5番線に到着。左側が5番ホーム、右側が6番ホームで、5番ホームが降車ホーム、6番ホームが乗車ホームと使い分けられています。

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2番ホーム先端に移動し、到着後回送となって去って行く26000系を見送りました。

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登場から33年、リニューアルから12年の26000系。小田急なら引退していても不思議じゃない年齢の車両。この先何年活躍してくれるのだろうか?

 

2023年11月 1日 (水)

近鉄三昧-2 吉野線

11月になりましたが9月のことを。橿原神宮前からは1,067mm軌間に乗ります。大阪阿部野橋からここまでは南大阪線、ここから先は吉野線と呼ぶようで、吉野行き急行6203他4連の到着です。

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吉野線はローカル線の加算運賃が適用される全線単線。急行とは言え吉野線内は各駅に停車、首都圏ではほぼ見られなくなったマスコンとブレーキ弁のツーハンドルは良いですね。

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運転台背後に座席のある車両は実に良い。

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吉野口で上り列車と交換です。ローカル線と言いながら何と立派な架線設備だろうか、流石近畿日本鉄道だ。

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福神(ふくがみ)という何とも恵まれた地名では、大阪阿部野橋行きの特急と交換です。16400系なのか16600系なのか、OER3001氏には識別できません。

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段々、山奥に来たような光景となり、トンネルに入ります。

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大阿太でも列車交換、6301他の4連でした。この6200系は1974(昭和49)年登場という、小田急ならとっくに引退している古参ながら、4連5本と3連5本の合計35両が活躍中。

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大阿太を出てしばらくすると右手には吉野川が迫ります。下市口の次、越部駅ホームからはその吉野川を眺められます。

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次の無駄、いや六田駅で乗務員交代。女性運転士に代わりました。

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六田には留置能力29両の六田車庫があります。正面から迫る6400系(クハ6528+モハ6432)の到着を待って発車です。

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トンネル迫るローカル区間を、ツーハンドルを操る女性運転士はカッコイイ。

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二つ目のトンネルの先に見えた駅は大和上市。

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そして吉野川を渡ります。

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吉野川を渡れば吉野神宮駅、終着吉野駅までは直ぐでした。

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山深い地を思わせる吉野へは初めての訪問となりました。

 

 

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