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2023年12月

2023年12月29日 (金)

キャラクターラッピング車両

12月25日にアップした「もころん号」に寄せられたぬか屋さまからのコメント、お孫さんのお気に入りは「ドラえもん」とのこと。

そうでしょうね、「ドラえもん」は広く人気がありますから。小田急にも「ドラえもん」ラッピング編成があった時期がありました。向ケ丘遊園跡地で9月3日に開業する「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」に因み、「小田急 F-Train」として2011年8月3日から運行されました。

3093×10の前後両側面を捉えることを目標に、この日はまず朝の多摩線で新宿方・山側を。

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小田原方・海側は9月になってから東海大学前-秦野間の金目川付近で狙いました。

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新宿方・海側は伊勢原-鶴牧温泉間に移動して捉えていたようです。

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東西方向に路線がある小田急で、逆光となる山側は撮りづらいものです。小田原方・山側は玉川学園前-町田間のカーブ外側からなんとか。

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人気を博したこの編成も、東京都から「デザインがミュージアムの広告に当たり、許可申請をせず、絵などの面積が基準を超えており、条例に抵触する」との指摘を受けたことから9月30日で終了となってしまいました。

ファンなどから復活を望む声が寄せられ、キャラクターの絵柄を小さくしキャラクター数を増やすことで既定条件をクリアした上で、「F-Train II」として2012年7月20日から運行を再開されたが、その姿を収める熱意は薄れ、通勤時に出合ったこの画像だけでした。

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そもそも車体を広告媒体にするというのはこれから始まったのではと記憶しています。今は解体工事が進む小田急百貨店の全館完成をアピールするために、2600形5連(後に6連)2本、4000形3連1本が充当されました。

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向ケ丘遊園で開催される「フラワーショー」のアピールで登場することになる「フラワートレイン」、2666×6が1982年に登場します。この当時の多摩川橋梁では編成全体が楽に撮れたものです。

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翌1983年は「フラワーショー」が「葉祥明の世界」であることから2669×6の下半をピンクとし、葉祥明のイラストが描かれたステッカーが貼付されました。相模大野駅の光景は今とは大違い。

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1984年には8052×4と8257×6が特別塗装の「イベント電車」として登場、小田急の歴代車両のカラーを纏っていました。海老名での相鉄も懐かしい塗色です。

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広告規制に関する様々な条例があるようですが、同じようなデザインでもあちらはOK、こちらはNGなんてことが無いように統一してもらいたいですね。東京都の場合、都バス車体に見るラッピング広告などを見るとどうも納得がいかなくて・・・。

さて2023年も残すところ今日を入れて3日、今回を最後の投稿とさせて頂きます。ほぼ隔日で発信した拙ブログにお付き合い頂きましてありがとうございました。新年は1月1日からの発信を予定していますので、またお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

 

 

2023年12月27日 (水)

IMON渋谷店レイアウトジャック

大袈裟なタイトルで失礼します。

「オジちゃんの模型電車走っているの見た~い」と言う親族の要望から、IMON渋谷店のレンタルレイアウトを使わせて頂くことになりました。16番を走らせることができる線路は「平坦線」と「勾配線」どちらも複線が用意されていますが、この日に使わせて頂いたのは「勾配線」の複線。勾配線の外線には車庫線2線がありますが、その手前側線路へのカーブがきつく、連接の3000形SE車は出入りできなかったのが残念。

ご要望に応えるには“音が出る”派手な奴が良いと3000形SE車としましたが、併せて同時代に製造された2220形の4両固定編成で、1950年代後期の小田急線を楽しむこととしました。

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3000形SE車(三木キットベース)は2020年、2220形(ペーパー自作)は2012年の作品で、3000形SE車のモーターはCANON LN12両軸コアレスモーター(IMON)なのでした。2220形は同じくコアレスモーターでCANON LN15。

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両車とも勾配をものともせず快走します。

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同時代の車両が行き交う光景にうっとり。

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開場には段々と親族が集結。みんな「ジイジ」の趣味に驚いていたようです。

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この日は友人たかべー氏もアメ車蒸機が牽くホッパ列車を持って駆けつけてくださり、ドラフト音で子供たちを楽しませてくださりました。

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充分に楽しんだ後は地階に移動、ガザやウクライナで悲惨な戦争が続く折にも拘わらず、総勢16人で年の瀬大宴会(?)を楽しませて頂き、平和のありがたみと幸せに感謝、感謝の年の暮れでした。

 

2023年12月25日 (月)

もころん号

小田急の子育て応援プロジェクトとして登場したキャラクター「もころん」をラッピングした「もころん号」を撮って来ました。

小田急アプリで運行状況が確認できるのがありがたい。冬至のこの日は新宿-本厚木の各駅停車運用でした。

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それにしても陽が低い冬、5000形の流線形顔は反射があって撮りづらい。それでも小田原方の顔はまあまあ収められましたが、今後の課題はこの新宿方の正面。

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改めて走行している光景を撮りたいものです。

 

 

2023年12月23日 (土)

つや消しブラックを吹く

床下もなかなかパーツが多くて、それぞれ塗装しなければなりません。

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分解も大変ですが、再組立てもまた大変なのです。

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それでもつや消しブラックはラッカースプレーなので楽です。

2023年12月21日 (木)

円の切り抜き方

どうしても14φ程の円盤状のものを作らねばならなくなってしまいました。

少々厚めのペーパーを用意し、念のため紙厚を図ってみることにしました。この化粧箱に収められているのが紙厚を測定する道具。PEACOCK DIAL THICKNESS GAUGE 0.01mmと表示されています。

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斯様なカタチのもので、右手でメーター右側を持ちレバーを下げ、下部に測定すべき用紙を挟んでからレバーをあげる。そのときに表示された数値を読むというものです。半世紀以上前の古いものですが、当時現場で使っていたものです。

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手元に残っていた半端なアイボリー紙を、これで測定したら0.5mm厚。テンプレートで14φの円を描き、切り抜くことにします。

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「切り抜く」場合、カッターを引いて切るのが通常だと思います。

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しかし、小さな円だと引きづらい。そこで写真のように1か所にカッターを入れたら・・・、

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次は「その上方」0.8mm程度上にカッターを入れます。

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この作業を次々に繰り返して行きます。

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そうすると、レーザーカットしたように、周囲にギザギザが残りつつも、円形が切り抜くことができます。

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遅々とした作業で気が遠くなりそうですが、たかが10枚程度のパーツなので、根気と勝負です。

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何とか終わりました。

カッター使い方も、ちょっと考えるといろいろ方法があるようです。

 

2023年12月19日 (火)

続:品川へ

高輪の物流博物館を見学しただけで帰るのは実に勿体無い。最初はJR品川駅の通路を高輪口に向かう時、地下の泉岳寺から高架線に上がって来る京浜急行の光景に目が行きました。この光景もやがて過去帳入りになるのですから。

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今は解体されて再開発が進む元「ホテルパシフィック東京」側から駅を見ると、港南口の高層ビル群を背景に、京浜急行の電車が見えるではないですか!! JR品川駅などは建物が無く、階段・エスカレーターの上り口があるだけ。 駅前の国道1号と線路の間にあったビル群が全て取り壊されたお陰で、港南口ビル群まで見通せるようになっているのです。

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高輪ゲートウェイ方向に眼をやればご覧の通り。 OER3001氏にはここで京成の車両が見られるという事、未だにしっくり来ないのですが・・・。などと言っては京成ファンに失礼ですよね。

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歴史を記録しておくという意味からは、やっぱり電車は京浜急行ででなければ。因みにOER3001氏は「京浜急行」と書かせて頂きます。「京急」はどうもしっくりしません。小田急、京王帝都、東横、目蒲、池上の時代がカラダに合っているようで(笑)。 今は「京急〇〇」となっている蒲田、川崎、鶴見・・・久里浜など、1987(昭和62)年までは「京浜〇〇」でしたから。

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高輪はこのへんにして、八山橋へ向かいます。ここも改良工事たけなわで、写真撮影の名所もいつまでなのか? 先ずは山側から下り電車を。

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海側に転じて上り電車を。

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定番はやっぱり海側からの下り電車でしょう。しかし最初に来たのは北総鉄道の車両。

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やっぱりここは、赤い車体の京浜急行でなければ。

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それにしても1000系、もう「新」を付ける必要がなくなっていますが、随分とバリエーションが増えたものです。

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たった1編成しか無い、千葉ニュータウン鉄道の9800形に遭遇したのはラッキーということでしょうか。

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でもやっぱりここでは赤い電車ですよね。快特・京急久里浜行きの2100形を撮って切り上げました。

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架け替えが計画されている八山橋橋梁を行く京浜急行と、下の東海道線とのツーショットが叶わないか、暫くチャレンジしてみましたがそう上手くは行きません。

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何とか収められた都営車と東海道線とのツーショットで、この日は打ち切ることにしました。

 

2023年12月17日 (日)

品川へ

渋谷、新宿と大工事が行われている中、品川も負けてはいません。ちょっと来ない間に、なかなか凄いことになっていたのですね。

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その話題はまた別の機会にと言うことで、今回は高輪へ。とは言ってもこの新高輪プリンスホテルは関係ありません。ここを右に見つつ、左へ行きます。

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目的地はこの建物。さほど大きくはありませんが何か風格を感じます。

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「MUSEUM OF LOGISTICS」直訳すれば物流博物館。斯様な存在をつい最近まで知りませんでした。

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訪れた目的はこれ。SNSで開催を知り、思い立って出掛けることにした次第です。

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残念ながらその企画展は撮影禁止なので、入手した図録(500円)他から展示内容の一部を紹介しましょう。まず注視してしまったのがこの光景。1/30の模型が良くできていて素晴らしかったこと。貨車の積み荷まで作られていました。

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明治時代の構内配線図など、見ていて飽きませんでした。

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貨物輸送がコンテナになろうとする時代、あのチキ5000形に積むコンテナの素材は、鋼鉄、アルミ、木台で試作していたのです。

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汐留駅が閉鎖される前年の写真。今は駅舎が復元されていますが、この時はその影もカタチもありません。

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築地市場に門司からの鮮魚列車が直行していたことなど、どれも懐かしく見入ってしまいました。

代わって常設展示場は撮影OK。入るとすぐ、1/80の鉄道模型他で解説が。

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貨物ターミナルのジオラマが楽しい。鉄道はNゲージですが、コンテナを牽いたDLが前後していました。

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鉄道貨物ターミナルの横はトラックターミナルにはトラックが出入りしています。その奥はコンテナターミナル。コンテナ船の積み下ろしが見られます。その奥は空港。航空貨物の取り扱いが展開されています。

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この博物館、なんとシニアの入場料は100円。公益財団法人 利用運送振興会なる法人が営んでいたのです。企画展は1月21日までです。年末年始は休館が続きますが、都合を付けて見学されては如何でしょうか。

 

2023年12月15日 (金)

晴れたらこれ!

流石に12月。寒暖差が大きなこの時期、温かい陽射しの日は無駄に出来ません。

そんな日はこれに限ります。今回の対象は台車だけなので簡単、簡単。

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ただ、動力台車は塗装にあたっての分解/再組立ての手間を惜しみ、車輪と駆動装置を付けたまま徹底的にマスキングしてしのぎました。

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ぽかぽかな陽気のお陰、塗装後も台車枠が温まって乾燥時間が短縮されます。

しかりこれだけのために何が大変って、塗装場の養生が面倒臭いのなんのって。まあ仕方ないことです。

 

 

2023年12月13日 (水)

遂にVSE引退

12月10日、遂にこの日がやって来ました。2005(平成17)年に華々しくデビューした50000形VSEの最終走行日が。

まあ「最後」と言うと必ず大騒ぎになる線路際や駅。幸運(?)なことにOER3001氏は公開運転会がありその会場に。そこで模型のVSEを走行させて、実車の引退を静かに見送りました。

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収容線内で入れ替え開始です。

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模型では引退はありませんので「Special Thanks & Forever !」のステッカーは不要です。

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さあ、本線走行の準備が完了しました。

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まずは、いつもの踏切で待ち受けます。1/150のNゲージではありませんから、線路の繋ぎ目ではしっかり聴くことができます。連接車特有のタタン、タタン、タタン、タタン、タタン 、タタン 、タタン 、タタン 、タタン 、タタン 、タタンと、10車体ですから11回です。NSEやLSEは12回でしたね。

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もう、普通鉄道で連接車両の通過音を聞くことができなくなったって、本当に寂しく思います。曲線区間での乗り心地など、ボギー車に比較して断然優位だったのに・・・。

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白い車体、流れるようなフォルム。

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車体全長に渡る長~い側窓と窓下のバーミリオンストライプ。

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実車撮影では避けますが、走る模型撮影では架線柱も入れて流すのです。

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OER3001氏の模型の世界では、連接車両はSE、NSE、LSE、そしてこのVSEと、全て現役です。あっ、HiSEが抜けてた! 何とかしないといけませんね。

 

 

2023年12月11日 (月)

物語を感じる模型に遭遇

風邪の病み上がりOER3001氏、何とか横浜野毛での公開運転会準備日に間に合いました。サークルのメンバー共々ゴゴイチで現地着、2時間ほどで設営完了の後、明日の公開に向けて各自楽しみながら試運転。

 

そんな中、実に楽しい列車に遭遇し、心が温かくなった気がします。作者のAN氏のご許可を頂き、ここで紹介させて頂きます。EF58が牽く夜行列車、秋田行き「鳥海」だそうです。1970年代後半の列車だったでしょうか。

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心が温かくなった、それはこんな所から。スハフ42 2077の乗客の姿、それぞれに作者の思いが込められたような姿ではありませんか。

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オハ47 2210の車内も同様。いくら量産品の人形を使ったとは言え、それぞれに着色し自然な感じに仕上げているのはお見事としか言えません。

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グリーン車スロ62 2034の乗客の衣装は、普通車に比べて高価なものに見えるのですから不思議なもの。

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B寝台スハネ16 2175に目を移せば、検札中の乗客専務が。そしてその並びにはコートが掛けられているではありませんか。

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赤いコートの持ち主がどんなレディなのか、気がかりなのはOER3001氏だけではないはずです。

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ついつい、各寝台に目が行ってしまうのですから・・・(笑)。

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ん、A寝台オロネ10 2077は殆どカーテンが閉められていましたが1か所だけ、こちらに目を向ける女性が。何を思っているのか気になりますよね。

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デッキ部のソファの腰を下ろすお方、眠れないのでしょうか?

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とてもとても全車両を記録することはできませんでしたが、つぶさに観察すればそれぞれに物語があるようです。「運転会」ではなく「鑑賞会」に切り替える必要がありそうです。

ANさん、心温まるひと時をありがとうございました。

 

2023年12月 9日 (土)

シニアの運転会

多摩川畔の模型店2階で開催されるシニアの集まり、今回は残念ながら欠席。どんな車両が集まったのだろうか?

数日前から喉に違和感を抱えていたのが遂に発熱、37度台なのでここのところの寒暖差による風邪のようです。発熱前に定期通院でドクターに喉が痛いと訴えたものの、こまめにうがいをという程度。考えてみればここの所の医薬品供給不足も背景にあったのかな?

ということで、前回のシニアの集まりに持参した車両を。この日は「京王帝都」で臨みました。先ずは井の頭線に居たたった1両の荷物電車デニ101。

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京王線では1950(昭和25)年日立製の2600系。ペーパー自作です。

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後年は前照灯を2灯化し、2700系等との混結で活躍しましたが、OER3001氏にとっては前照灯1灯でサハ2650を挟んだ3両編成時代が好きです。

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まあ今更「好き」と言っても、当時は小田急に比べてなんと泥臭い電車だと思ってあまり興味は無かったのですが・・・。

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加齢とともに、小学生の頃に見た車両を製作したくなってしまうのですから可笑しなものです。

2023年12月 7日 (木)

VSEに遭遇

日常の買い物からの帰り道、高架橋に唐木田に向かうVSEの姿! なに! 今日も走らせてたの!? と、引退まで平日も含めて稼ぎまくっているようですね。

一瞬戸惑いながらも自宅に帰って直ぐ、ダイヤも知らないのにイチかバチかと唐木田に直行することとしました。

いつもの場所から駅を望むとご覧の通り。1番線に停車中のVSEを多くの人が眺めています。2番線では下校する大妻の女子たちもVSEに注目しています。

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どう頑張ってもこの場所からしかカメラを向けられないので、ここで頑張ることとしました。

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折り返し時間が判らないまま、寒くなってきた中で我慢します。その甲斐あって、VSEを追うように小田急から消えて行くのであろう8000形とのツーショットが得られたのはラッキーです。

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1時間近い折り返し時間だったようで15時49分だったか、だいぶ陽が落ちた頃に漸く発車。ミュージックホーン高らかに鳴らしていたので急遽動画に切り替え。下は動画からの切り取りです。

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後追いは静止画にしました。屋根上など全く汚れを感じない奇麗な姿。これで引退ですか!(涙)。

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あれれ、最後部展望席には女性スタッフ2枚が座り、両手を振っていたではありませんか。

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良~く見ると、女性スタッフの後には男性社員の姿も。

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ず~っとこうしながら行ったのでしょうか?

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少なくとも唐木田から小田急多摩センターまでは、高架線で線路脇にファンは居ないのに、です。

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SSEの引退時には考えられなかったような対応に、心が動かされた感じでした。

 

2023年12月 5日 (火)

VSE 再び惜別乗車

残る1編成もいよいよ引退が2週間後となったこの日、縁あってその貸切列車に乗車することとなりました。団体専用のVSEが、1号線に入線して来たのは11時20分過ぎのこと。

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新宿駅はグランドターミナルに向けて大工事が進行中で、様々な仮設機器などで少々息苦しく感じます。

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出発までの時間を利用して、今までやったこと無いことを試みます。車体中央のライン幅、バーミリオンは70ミリ。

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その下の黒いラインは7ミリでした。

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定刻に出発し、先ずは秦野へ。その後は折り返して新百合ヶ丘。一旦引き上げ線に入り、唐木田へと言う行程。

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3号車、8号車天井にある天窓。好天に恵まれ晩秋、いや初冬?の陽射しが注ぎます。

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指定された座席は9号車、50101でした。日本車両で作られたのは平成16年、2004年ですよ。20年にもならない短期間の活躍なのです。

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唐木田へ向かう途中、京王相模原線を行く9000系と並走しました。

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唐木田では一旦車庫線に収容された後、新宿へ向かって発車です。

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新宿では5号線到着、地下7番ホームから下車します。

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この線に特急車両が入線すること自体が滅多に無かったことなのです。工事中の暗いイメージが、VSE引退に似合うのでしょうか?

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4時間も車内で過ごせた今回の貸切乗車。写真は殆ど撮れませんでしたが、連接車の走行音を残そうと、連結部の動画撮影に興じていた次第。

何度も乗ったVSEですが、いよいよその終焉が目前に。やっぱり寂しいものです。

 

2023年12月 3日 (日)

いろいろ検討中

ここまで来ましたが、Oきいだけに手慣れた16番とはいろいろと勝手が違って・・・。

設計変更も生じましたが、とりあえず動力機構を組み込んで線路に載せてみました。非動力車との高さ合わせのために付随台車のチェックも。

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ベンチレーターは一旦外していますが、カツミ製PS101ベースにPT42に改造したパンタを仮置きしてみます。

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まだまだ先は遠いですが、こんな角度で見上げると16番とは違う迫力があります。

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旧作の1600形と並べても特に違和感は無いように思えます。

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とにかくOきいのはパーツも満足にありませんから、何をするにも自作しなければなりません。目下中間連結器を思案中。 疲れたら16番を弄ることにします。

 

 

 

2023年12月 1日 (金)

初代デユニ1000形入籍

2023年も遂に最後の月に入りましたが、郵便荷物電車1両が入籍となりました。

1927(昭和2)年11月、小田原急行鉄道モニ1形(1~4)として登場した4両の内、3、4の2両が1939(昭和14)年にモユニに改造され、1942(昭和17)年の改番でデユニ1000形(1001、1002)となった郵便荷物電車。

OER3001氏が小学生だった時の、1960(昭和35)年に旧デハ1501、クハ1551の車体活用で大型化されるまでのわずかな期間の記憶をようやく再現できました。

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模型はいつだったか、蒲田の模型ショウで手に入れていたモデルワークスのペーパーキットをベースにしています。

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模型製作の参考になる実車写真の殆どは、沿線事情から光線状態の良い海側(上2コマ)からのものなので、下の山側の写真は思うように見付けられません。

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当時の小田急線では、時折機関車代用で貨車を牽いたこともあるようです。

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実車写真で一番多く撮られているのが、このような小田原方からのアングルです。

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なかなかアップに堪えない部分もありますが、車番、OERと、郵便マークの一部はインレタが入手できなかったため手書きです。

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走らせてしまえば細かいところは判らないと、いつもの勢いで入籍とした次第。“わが社”で195両目の小田急車となりました。

 

 

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