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2024年2月14日 (水)

帝都高速度交通営団 丸ノ内線車両

今回のタイトルはあえて当時の呼称です。

鉄道車両の車体色は濃色のブラウンやグリーン系が主流だった1953(昭和28)年に開業した地下鉄新線「丸ノ内線」、腰部に白帯を巻いた真っ赤な車体、しかも白帯にはサインカーブ状の曲線がステンレスせ装飾されたデザインの車両には、とても驚いたことを覚えています。

それは300形と言う車両でしたが、その後の400形を経て1957(昭和32)年以降に増備された500形の内、1992(平成4)年に廃車された652が、なぜか京王相模原線・京王堀之内駅隣接地にやって来ました。営団50周年記念事業として無償で寄贈されたとのことでした。

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多摩ニュータウンに丸ノ内線車両?という違和感もありましたが、OER3001氏にとっては比較的近所で保存されたと言うことで嬉しく思っていたものです。

その後いつだったか、この地から姿を消してしまいました。新しい保存地は、この地から近い場所に移設された四ツ谷見附橋(ここでは長池見附橋と改称)の近くとの噂もありました。

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しかし実態は、2000(平成12)年12月に八王子市立こども科学館(現・コニカミノルタ サイエンスドーム)に移動、静態保存されています。どうしたことか急に見に行きたくなり、晴れた日に八王子まで出掛けてみました。

JR八王子駅北口を出て歩行者専用の西放射線ユーロードを歩きます。歴史ありそうな染物店や茶道具、陶器店、饅頭店や飲食店などを横目に、国道20号(甲州街道)に出たら西へ。途中に甲州道中八日市宿跡なる碑がありました。

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しかしそこは、今はビュータワー八王子という高層ビルに。

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ほどなくして八幡町交差点で右へ、北に向かいます。すると八王子商工会議所、百年之碑なる立派な石碑が建っていました。

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その八王子商工会議所の向こう、赤い郵便ポストを左に曲がれば、赤い電車が目に入ります。ここまで時々寄り道しながら30分弱のウォーキングでした。もちろんバスもありますので脚に自信のない御方はバスでどうぞ。

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保存車は「コニカミノルタ サイエンスドーム」(右後方のビル)の先にありますので、前方にまわって撮りましたが、午後の方が正面に陽が回るようです。

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太陽光発電パネルの上屋の下に、フェンスで守られて保存されていました。行先表示が「流星号」と違和感大ですが、プラネタリウム併設の施設なので仕方ありません。

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駐車場側にホーム(?)が設けられ、土日祝日には車内が公開されています。

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早速車内に入ってみます。サーモンピンクだった車内色が日焼けでクリームになってしまっていますが、デコラではなく塗装部分はしっかりサーモンピンクが維持されています。

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運転台も荒らされた形跡も無く、ほぼ当時のママだったということが嬉しい限り。欲を言えば上を向いたデッドマン機構付きマスコンを、しっかり回してロックして欲しいけど、若しかしてロックできないタイプだったのかな?

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あの駅に進入時、発車後に一瞬天井灯が消えて暗くなった車内、代わって点灯した小糸製作所製の予備灯も。なんと懐かしいことか。

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冷房なんか無いのが当たり前の時代、天井の大型送風機にどれだけ恩恵を受けたことか。営団のSマークもしっかり残っていました。

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驚いたのは車内の広告。1992(平成4)年当時の広告がそのまま掲示されていると言うこと。百貨店やブライダル系の広告が多くあり、現存しない施設も少なくなく、当時マーケティング関連の職に就いていた身にとっては記憶が戻って来て楽しいひと時でした。

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たっぷり車内見学を終え、最後に道路向こうから側面を撮っておきました。

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そして振り返りながら妻面方向からも。

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地下鉄博物館収蔵の300形301を観察するのとはまた違う、素敵なひと時を楽しめました。

 

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コメント

丸ノ内線の車両はMGにフライホィールを付けていたので、通常のスピードでセクションを通過するときは室内灯が消えませんでした。徐行したりすると回転が落ちて段々暗くなり、場外停止を食らうと消えてしまうこともありました。
運転台は隅柱にある表示灯がノッチ進みに従って点減するのがおもしろかったし、ブレーキを緩めた時の音がそれまでの自動ブレーキと全然違うのを覚えています。

改めて見ると、300形に始まる丸の内線のデザインにはアメリカンな香りを感じます。ファンデリアや側屋根のルーバーなどもNY地下鉄と共通しています。あんな汚いNY地下鉄なんかと一緒にするな、と思う人も多そうですが300形はNYのR-17をお手本にしています。

綺麗に保存されていますね。保存当初は手をかけていますが、そのうち関心も薄れ放置され挙げく解体などといった例がたくさんあります。
マスコンのハンドルはデットマン機構の関係で、回すときに手を添えて押し込んでいるのでロックは出来ないのではと思います。
手を離せばこのように跳ね上がった状態です。

ポイントを渡るときに蛍光灯が消えて補助灯が点灯するのを覚えています。モハメイドペーパー様の解説によると、あれは銀座線だったのですね。でも保尊車輛がきれいに維持されているのはうれしいですね。八王子にあるのですね。覚えておきます。

1969年まで荻窪支線沿線に住んでいて、当時週に一度は習い事で新宿まで乗っていたので懐かしいです。非常灯について皆様書かれていますが、私も当時新宿まで乗っていた時に一瞬消えていた記憶があるのですが、勘違いでしょうか。たまに父の勤務先に行くのに銀座線を利用していたのでその記憶と混同しているのか、小学校に入る前のことでかなり怪しい記憶ではあります。
この保存車見に行きたいですね。晩年の姿なのか、方向幕両側にあった標識灯?がないのが地下鉄博物館の保存車と違う点みたいです。この施設ではたまに地元の模型サークルによる16番などの運転会も開催されているみたいで、そちらの方で気にはなっておりました。

◆ モハメイドペーパー さま
室内の予備灯、そうでしたっけ、銀座線と混同していたかも知れません。
運転台隅柱の表示灯、良く覚えていますよ。電制かけるとそのパイロットランプも点灯したと思います。


◆ Cedar さま
300形はNY地下鉄を参考にしたとのこと、何かで読んで知ってはいましたが、NYに行って実車見た時にはとても信じられませんでした。


◆ 八千代運転所 さま
まあこれはかなりしっかり維持されている方だと思いますが、何せ屋外ですから限界はあるでしょうね。
マスコンハンドルのこと、小田急も同じ機構ですが、ノッチOFFすれば引っ掛かりますけど違うのですかね?


◆ ぼっちぼち さま
室内灯消灯のこと、そうですね銀座線と同じと思ってしまっているかも知れません。
八王子ですよ、是非機会を創って行ってみてください。


◆ 所長失格 さま
あの予備灯、なかなか味のある形状だと思いますね。確かに銀座線と混同していたかも知れません。
八王子で保存されているのは500形なので、方向幕左右の標識灯は最初からありません。是非機会を創って見に行ってください。

ウエスチングハウスタイプのマスコンは跳ね上がっているのが定位で、押し下げるとデッドマン装置が解除されます。小田急のマスコンはオフ位置に引っかけがついていますが、ノッチが入った状態で手を離せば跳ね上がります。

◆ モハメイドペーパー さま
重ねてのコメントをありがとうございます。
OER3001氏は小田急のマスコンを所有していますので良くわかっています。

蛇足ながら現在の西武のワンマン車についているマスコンもこのタイプです。きちんと押し下げないで緩解すると鋭い音がして注意を促しているみたいです。

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