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2024年4月28日 (日)

豪徳寺

小田急線は新宿から各駅停車で9駅目の豪徳寺駅。

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駅の名前は大谿山豪徳寺という寺院から。彦根藩主・井伊家の江戸における菩提寺で、井伊直弼ほか井伊家の墓所が。

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城山通りからの参道を進むと山門。

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山門をくぐれば仏殿が。

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その左には三重塔と、立派な建築物も多く見られる寺院です。

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その中、招福殿がこの寺のシンボル(失礼)かも知れません。

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鷹狩り帰りの井伊直孝が、寺の門前にいた猫に手招きされ立ち寄ることに。その後の雷雨を避けられた上、和尚との話も楽しめ、その幸運にいたく感動したことから、福を招いた猫を「招福猫児(まねきねこ)」としてお祀りするようになったとか。

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招福殿には、家内安全、商売繁盛、開運招福を願う多くの参詣者が訪れ、願が成就したお礼として、数多くの招福猫児が奉納されています。

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その豪徳寺、複々線の小田急線が行き交いますが・・・、

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ほぼ同じ場所で撮っていた50年前の写真。新宿行4両編成の1800形がホームを後にするところです。

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 半世紀を経て小田急線の姿は様変わりしましたが、井伊家菩提寺の豪徳寺も少しづつ変化していたようです。

 

 

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コメント

高校の同級生が豪徳寺いました。梅ヶ丘からは線路の北側に道路があり、線路との境には柵なんかなかったと記憶しています。下りの急行は世田谷代田からの下り勾配で加速して、豪徳寺に向かっての上り勾配もほとんど力行しないで登り切っていました。

招き猫で右手を挙げているのは金運、左手は人を招くそうで
両手を挙げると「お手上げ」と言うことで、忌み嫌う人も居る
様です。

ラストカットが懐かしいです。ガキ時分から菩提寺の下車駅でしたし、今も親しくしてる高校鉄友が赤堤に住んでましたし。
時代が下るにつれてホームが伸び、後追いで上屋が伸び、とうとう世田谷線の上まで来たところで複々線に、ってな感じでしたね。

◆ モハメイドペーパー さま
OER3001氏は小学生時代も電車通学だったので、沿線風景は良く覚えています。上り電車は豪徳寺ホーム停車時にはカントで傾いていました。最初の信号機は右側、下り線の右に高い位置で付けられていたことが記憶にあります。
左カーブから右カーブに移行する辺りの左、道路に沿って日本航空電子工業という社屋がありました。その会社がABFM以降の先頭に備えられた56芯ジャンパ栓のメーカーということを知ったのは高校時代だったかと。


◆ ぬか屋 さま
豪徳寺の招き猫は小判を持たず、右手だけを上げています。人を招いて「縁」をもたらしてくれますが、福そのものを与えてくれるわけではない。人との大切な「縁」を生かせるかどうかはその人次第。報恩感謝の気持ちがあれば、自然とその人のもとに福が訪れる、という教えからだそうです。


◆ Cedar さま
そうでしたか、流石に良くご存知ですね。ということは、かなり昔に豪徳寺界隈ですれ違っていたかも知れませんね。赤堤の後輩女子宅へ良く通っていたこともありましたし・・・。

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