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2024年6月 1日 (土)

小田急多摩線開業50周年(1)

1974(昭和49)年6月1日、小田急多摩線が開業しました。

小田急多摩センターまで計画の内、この日開業したのは小田急永山まで。新百合ヶ丘からの下り一番列車に充当されたのは当時の最新型車両であった9000形、9404×6でした。

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新百合ヶ丘駅も今とは大きく違って閑散としていた中、上下ホームの上屋には数か所、開通祝賀の看板が掲示されていました。

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早速下り一番列車で小田急永山に向かうと、到着した1番ホームには、早朝にもかかわらず見物客と思われる人々が集まっていました。ホーム上屋から下がる表示は「新百合ヶ丘・向ヶ丘遊園・新宿 小田原・箱根湯本・片瀬江ノ島方面」と、小田急線全ての行先。

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2番ホームには発着案内など無く、ホームの先(小田急多摩センター方)で線路には車止めが設けられています。

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多摩線に3か所ある隧道の内、西端の永山隧道を抜けて来た下り列車が1番ホームに到着します。一応2番ホームにも出発信号機が設置されていますが、線路配線の状況から2番線への入線は1番線へ到着後、一旦上り線に出てから折り返して2番線に入線しなければなりません。

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この写真でお判りいただけるかと。1番ホームには1704×4が到着しています。右方は工事が進む京王永山駅で、京王相模原線の開業は4か月後の10月18日、京王多摩センターまでした。

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1番ホームで折り返した4022×3が、渡り線を通り新百合ヶ丘へ向かいます。小田急永山までの暫定開業だったこともあってか、車両の方向幕には「小田急永山」の用意も無く、「新百合ヶ丘ー永山」の運板が掲げられていました。

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新宿方4022には、前日の開業記念式典で使用されたヘッドマークが掲げられていました。

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50周年を迎えた小田急多摩線。何度かに分けて、その歴史に触れたく思っています。

 

 

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コメント

さすがに小田急フリークの面目躍如たる連載ですね。今後も期待しています。

砧の大学に通い始めた頃でしたね。開業すぐ、授業の合間を縫って乗りに行きました。1700にも、初めて乗りました。あれから50年経ったんですね。

私の初乗りは鉄道友の会の試乗会でした。駅の様子はほとんど記憶にありません。待避線を作れる用地を確保していた栗平(だったと思う)に対し、同乗していた小田急の職員が「私が在職中にはできないだろうな」と言っていたのははっきり覚えています。

◆ ぼっちぼち さま
ありがとうございます。ご期待に添えるよう努力しますね。


◆工房5丁目 さま
授業の合間を縫ってでしたか。そうそう50年ですよ。年取りますよね。


◆ モハメイドペーパー さま
鉄道友の会の試乗会って、何時だったのでしょう? 前年に就職したOER3001氏は、この年にやっと本社勤務になったばかりで、趣味活動が疎かになっていたもので・・・。待避線用地は栗平ですよ。

子供が結婚し、隣の百合丘に住んで居たので何度か通り抜けましたが
今と比べ隔世の感がありますね、

◆ ぬか屋 さま
使われた車両が4両編成→2両編成→4両編成→6両編成→8両編成→10両編成と、その変化を示していますね。

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