小田急ワールドの運転会_5
小田急に20m車が導入されるのは戦後の国鉄63形電車の割り当てによる1800形に始まりますが、その後は17m車が基本。本格的に20m車となるのは1964(昭和39)年登場の2600形からです。
車体幅を2,900㎜に拡幅した4扉の大型車体は当時我が国最大サイズ。2400形HE車の思想を継承したことから“NHE”と呼ばれました。当初は各駅のホーム最大長が17m車6両編成対応の105mで、20m車5両編成までしか対応できなかったため、T(2750)を除く5連で登場。Tを増結6連化されるのは1967(昭和42)年からでした。
我がモデルは6連化後の姿、谷川の真鍮バラキットを組み立てたのですが、正面屋根Rの修正には相当苦労しています。
新宿駅の大改良工事完成(小田急全館完成)を記念しての特別塗装(お買い物電車)として製作。カントが付けられた曲線部を行く姿は格別です。
一方、この塗装時代には高架線を走る区間は無かったようですが、まあイイか。
古くからの友人・MKW氏がペーパー自作した編成とも共演。
近郊区間NHE全盛時代を思い出しつつ、豊かなひと時を楽しませて頂きました。
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再びお邪魔いたします。当日この「お買い物電車」も拝見して、インサイドギアの轟音を響かせて快走する姿を堪能ささせていただきました。カント付カーブのアウト側からのアングルがいい感じで、MK様の旧塗装との競演も素晴らしいです。MK様の作品はクーラーがないので昔の現役時代か、某誌の「かみなり」作例の編成でしょうか。私はこの「山吹色と群青色」の時代はかすかな記憶しかありません。NHE「お買い物電車」はカツミの完成品を中古で入手したものの手放してしまいました。1980年代になって「復活・お買い物電車」のような形で「フラワートレイン」がNHEで誕生しましたが、1983年だったかの「葉祥明」塗装が今でも好きです。著作権の関係か模型にならないのが残念です。
投稿: 所長失格 | 2024年8月22日 (木) 10時02分
2600形は試運転の頃から見ています。HE車の流れを汲むとはいえ、力行からオフにした時の衝撃が大きく、回生ブレーキが失効して空制への切り換えもあまりスムーズではない。雨が降ればすぐ空転が出るなど、かなり制御装置をケチったのが見え見えでした。座席も浅くて座り心地は悪かったし、当初は5両で貫通扉なしだから吹き抜けもひどく、広い車内は子供が2人並んでも余裕で走れました。
運転士経験者から聞いた話しですが、技能試験では絶対これに当たりたくないという、ブレーキの癖が悪い編成があったそうです。
投稿: モハメイドペーパー | 2024年8月22日 (木) 11時10分
◆ 所長失格 さま
いつもご覧頂きありがとうございます。NHEお買い物電車、インサイドギアの轟音で失礼致しました。製作当時は標準的な駆動方式でした。今更改造する気など毛頭ございませんのでご了承ください。
黄色と紺の編成を製作したMKW氏は、とれいん紙成模型塾の講師そのもの、高校1年からの友人です。
◆ モハメイドペーパー さま
NHEは初めて見た時から「大きいな!」と思っていました。車内の吊り輪が多くなり、ちょうど東京オリンピック開催年だったと言うこともあり、吊り輪のカラーを5色にしていた編成もあったことを思い出します。
雨天時の力行時に多発する空転は、サハを入れてから余計多くなっていましたね。いろいろ課題もあった車両のようですが、結果的に“小田急顔”を確立した車両でした。
投稿: OER3001 | 2024年8月22日 (木) 18時42分
後に続く4000形も5000形もこの顔だったので、トーシローの私は車体番号を見ないと違いが分かりませんでした。
投稿: ぼっちぼち | 2024年8月22日 (木) 20時00分
◆ ぼっちぼち さま
それはやむを得ないでしょうね。
しかし5000形は、正面の窓枠が変わりました。ガラス面の凹みが小さくなり、左右はほぼ外板と同面。ガラスも少し大きくなり顔つきが変わりました。
投稿: OER3001 | 2024年8月22日 (木) 22時29分