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2025年3月

2025年3月31日 (月)

新京成電鉄の記録-4

いよいよ本日(3月31日)をもって新京成電鉄株式会社の歴史は閉幕、明日からは京成電鉄松戸線として新たな歴史を創ることになります。

3.11にその最後の姿を記録するために訪問したOER3001氏、翌々日の3.13に再訪問となりました。今度は場所を、大学1年次に乗っていた区間から、新津田沼-前原間として、先ずは新津田沼駅先で復刻塗装になった8806編成を。

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8921編成は京葉ガスのラッピング、しっかりShin-kei-seiロゴが入れられています。

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N800形は何故か落ち着きます。

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Shin-kei-seiロゴが消去されていない8811編成。8800形の正面は、中央に2本の手摺がある編成と無い編成があるのですね。

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こちらの8802編成の正面には2本の手摺はありません。

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復刻塗装となった8813編成にも、その2本の手摺は無く、すっきりした姿を見せてくれました。

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2本手摺が付けられた8809編成が来ました。

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登場時のカラーリングになって活躍するN831編成、アウトカーブで狙ってみました。

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同じ場所で80041編成も。ズーミングでイメージが異なる撮影ができました。

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再びShin-kei-seiロゴの8811編成。

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前原駅に近い成田街道踏切のアングルが気に入って、この付近を行ったり来たりです。

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一旦その踏切を渡り、新津田沼方に行った所で80026編成を。

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再び元の場所に戻って、オリジナルカラーのN838編成を待ちました。

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そして最後は、新津田沼に戻ったところで京葉ガスのラッピング8928編成を。

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結局この日はおよそ2時間半、新津田沼-前原間での撮影となってしまいました。

 

ということで、本日を持ちまして「新京成」の名称は走り去ってしまいます。

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しかし、我が模型の世界では「新京成」は不滅です。

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いつまでも「新京成」で走り回ります。

 

 

 

2025年3月29日 (土)

新京成電鉄の記録-3

新京成電鉄は5か所の変電所を擁しています。松戸方から①上本郷、②五香、③二和、④高根の4か所と、ここ⑤前原です。

前原変電所は新津田沼駅を出た松戸行が、最初の右カーブを終えて左カーブに移ったところの右(東)側に位置します。東京電力の送電線から特別高圧60kVの電力を受電します。(画像右上)

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この変電所では、直流1,500Vに変圧・整流して電車線に供給する他、駅の電灯動力設備や信号機、踏切警報などの付帯電力用の交流6,600Vを供給しています。

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変電所から軌道上の電力柱への接続部分は、電気鉄道の生命線とも言えそうな場所なのですが、こんな所まで目を向ける鉄道ファンはどのくらい居るのでしょうか。

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ちょうど、オリジナル塗装になった8800系が通過して行きました。

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以上、新京成電鉄前原変電所前からのレポートでした。

 

 

2025年3月27日 (木)

新京成電鉄の記録-2

くぬぎ山の車両基地に行くため、くぬぎ山駅で下車。駅横の踏切ではShin-kei-seiロゴの入った8815編成が撮れました。

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新京成の魅力は、くねくねのカーブではないかと思います。OER3001氏が大学生の頃は小型車体の45形や126形などが、つり皮を網棚にカタンカタンとぶつけながら走っていたものです。

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くぬぎ山車両基地で並ぶジェントルピンク群も、やがて見られなくなるのでしょう。

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車両基地終端から北初富方向を向けば、京成成田空港線の高架線が右から迫ります。

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その北初富駅の周囲は未開発。

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思えば新京成電鉄の路線中で、最も変化した地区かも知れません。

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ちょうど復刻カラーの編成が到着しましたが、やがてここは現新京成線も、現北総線も、同じカラーの車両が行き交うことになります。

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そのままさらに新鎌ヶ谷まで歩いてみました。北総線の駅はシックなカラーリング。

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並ぶ新京成線はレッドとジェントルピンク。両線同じ会社になった暁には一体どうするのかな?

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ここでは東武野田線とも乗り換え可能。東武は「アーバンパークライン」と言っていますが、どうも理解しづらくて。

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この駅の上を北総線、新京成線が跨ぎますが、ツーショットは成りませんでした。

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新京成らしいカーブで撮ろうと、目指した場所は前原。

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前原から新津田沼にかけては魅力的(?)なSカーブが続きます。

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8900系はあのワンアームではなく、Yアームとでも言いたくなる形状だった独特なパンタは交換していたのですね。

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成田街道の踏切を横切るN831編成、このカラーも見納めですね。

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Shin-kei-seiロゴが残っている8811編成。

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8918も。

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登場時のオリジナルカラーに戻っているN838はくぬぎ山行。

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懐かしいカラーになった8808編成。

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だいぶ撮れたのですが、ちょっと途中でビールとワインで息抜きすぎ。後半は暗くなってしまいました。

 

 

2025年3月25日 (火)

新京成電鉄の記録-1

いよいよ、親会社・京成電鉄に吸収合併され、松戸線となる日までちょうど1週間となりました。それなりの思い出があった新京成電鉄の最後の記録を。

あの東日本大震災が発生してから14年目となる3月11日、OER3001氏は松戸でワンマン運転訓練中の常磐線各駅停車から下車。ちょうど復刻カラーのN831編成が出発して行きました。

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新京成線への連絡口にはジェントルピンク文字で案内が。この案内も「京成松戸線乗り換え改札口」に変わるのでしょう。

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セブン銀行の広告はどうなるのだろうか?

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社名、路線名変更となると、様々な箇所で表示変更が発生します。

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新京成ホームに降りて、京成津田沼行の80031編成を見送ります。

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すると直ぐ、80041編成の到着です。

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80041編成は京成津田沼行に。

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新京成電鉄が“親会社とは違うぞ!”と精魂込めたコーポレートカラーを随所に使った車内も、これから変わってしまうのでしょうか?

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側扉上部の案内も、ジェントルピンク。

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くぬぎ山の車輛検修場では、その表示は直ぐに剥がせるように準備されていました。

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庫内では8931編成が検修中でした。左側には塗装の乾燥に使う大型扇風機が見えますが、これもジェントルピンクに染まっていました。

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仮台車に興味深いものが使われているのですね。モハ45形あたりで使われていたブリルでしょうか。

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吸収合併で、このくぬぎ山車輛検修場も再編されることになるかも知れませんね。

 

 

 

2025年3月23日 (日)

京王新宿駅線路延伸?

東京都が進める新宿グランドターミナル構想の実現に向けて、西口では大規模な工事が進められています。この中で京王線新宿駅も、北側に移動することが発表されています。

これが現在の京王線新宿駅頭端(北端)部、左3番線、右2番線の降車ホームです。

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車止めの奥には、右方向に出場専用の「広場口」への階段が設けられています。

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車止め部分を1番線から3番線を見通しても、電車の姿を入れることは困難。車止めの前方は単なる壁。この向こうには、おそらく駐車場が展開されている筈です。

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この壁を取り払って線路を延伸して駅を移動、新たな改札口を設けるそうです。そうなると、この光景も変わることと思われます。

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時代を遡ればそもそも今の京王線新宿駅は、1945(昭和20)年の空襲で初台の変電所が被災したことから、それまで甲州街道で国鉄線を越えた新宿三丁目付近にあった京王新宿駅を、東横線新宿駅予定地だった現在の地に移設したもの。

果たして今度はどんな新宿駅に変わるのか、その完成は生きている間に見られるでしょうか?

 

2025年3月21日 (金)

近鉄特急愉し

今回は、いつもとはちょっと違う視点からの近鉄特急。

いいんです、こんな企てにご賛同頂ける方が一人でもいらっしゃれば。

最初は「しまかぜ」、京阪との乗り換え駅ができる近鉄丹波橋にも停車するのですね。「特急」とは言うけれど、昔の“ノンストップ”というイメージは完全に無くなってしまったようです。

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お次は京都。

奈良電気鉄道時代の最後、1963(昭和38)年9月に、東海道新幹線の建設に伴う高架化工事で完成したのが現在の駅だということを知っている世代は、間違いなく高齢者ですね。

以下の画像は3コマ連続でご覧ください。

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回送で発車した「伊勢志摩ライナー」と歩調を合わせて歩く女性。う~ん、絵になるな~なんて悦に入っているのはOER3001氏くらいか?

 

2025年3月19日 (水)

2軸市電快走!

寒暖差の大きい弥生の昼下がり、都内某所某氏宅で開催された運転会。今回は小田急2200形と富士急に転じて5700形となった計4両を持ち込んだものの、両車ともレイアウトとの相性がイマイチで、何か所かで脱線を繰り返すので早々撤収。

そこで、予備に持ち込んでいた2軸市電を走らせます。

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比較的奇麗な状態のカワイモデル製品を、2年ほど前にオークションで入手。当社ではデハ251としました。

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なかなか長距離の走行ができなかったので、このレイアウトには不似合いですが、良い足慣らしができました。最近ブームの台湾列車の横を駆け抜けます。

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最初はギクシャクしていた動きも、時間と共に馴染んで来たのか、車体を揺らせながら懸命に走る姿は可愛いものです。

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なかなか運転会で単車、単行ものを走らせる機会はありませんが、今回は個人宅のレイアウトということもあり、その機会に恵まれた次第。オーナーのSUさま、ご参加のみなさまにお礼申し上げます。

 

 

2025年3月17日 (月)

嵐電訪問

嵐山からは嵐電(京福電気鉄道嵐山本線&北野線)へ。嵐電嵐山駅でレトロ調の27号を見送ります。

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先ず向かった先は、難読の帷子ノ辻(かたびらのつじ)で北野線に乗換え、北野白梅町へ。

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全線乗車が目的の一つだったので、帷子ノ辻に戻ったところでオリジナル色の301号に遭遇。

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次の目標は西院車庫で、24年ぶりの新型車両「KYOTRAM」モボ1形を見ることでした。予想通りその姿はホームから確認することができました。

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3日後からの営業運転に備え、いろいろ準備している様子でした。

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在来車輛の車内でも、「KYOTRAM」が2月28日からデビューと大々的に宣伝。

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これを見届けて四条大宮まで乗車して、今回の嵐電訪問は終えました。次回は「KYOTRAM」に乗らなければなりませんね。

 

 

2025年3月15日 (土)

嵐山に

少々日が開いてしまいましたが・・・、能勢電走破の後は十三から京都線に。ちょうど来た特急9401に乗れば、カッコイイ女性運転士。

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水無瀬駅通過直後に新幹線と並走、あっという間に抜いて行かれました。何度も通っているこの区間で、こんなタイミングで新幹線並走を撮れたのは初めてです。

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最近の特急はOER3001氏が憧れていた十三から大宮まで無停車だった時代と違って、ちょこちょこ停車する。淡路、茨木市、高槻市、長岡天神、桂。かつら? ちょうど良いので桂で下車、嵐山線に乗ることにします。

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京都線特急で活躍していたあの6300系が、4両編成に短縮されて今も活躍していますから。相変わらず外国人観光客が多数乗車。この車内撮影もタイミングが重要です。

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下車客の姿が退いた時を待って嵐山駅の情景撮ったら、ホームの非常通報スイッチの表示が入ってしまいました(涙)。

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「あらしやま」副駅名は「嵯峨野」だったのですね。阪急他路線とは違うデザインの駅名標でした。

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駅舎の表示は「阪急嵐山駅」。カメラを構えて観光客が退くのを待っていたら、十人ほどの中国人グループがそれに気づいて移動してくれたことに嬉しく思いました。

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桂川に飛来していたこれ、カンボジアから指示されていた1羽だったのでしょうかね(笑)。

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この地のシンボル的存在の「渡月橋」、数年前の台風による洪水災害の復旧工事が今も進行中でした。

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この渡月橋を渡ると・・・、

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違う違う、上の「武蔵嵐山」ではなく下の「嵐電嵐山駅」です。ここまでの徒歩も、観光客の歩行速度に合わせないと歩けないということで、相当なゆとりが必要です。

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ちょうど、レトロ調に改装されたモボ21形27号が発車するところでした。

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この後は嵐山を後に、また嵐電を楽しむこととしました。

 

 

2025年3月13日 (木)

はっと気づく至らぬさ

降り立った駅の、大きくはない改札口脇に国旗! しかも「金玉金球」に黒い喪章が掛けられているではありませんか。

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東日本大震災の日、その犠牲者慰霊の証だったのです。

今月末で無くなるこの会社は、本社はじめ各駅に慰霊の国旗を掲揚していたという素晴らしい企業姿勢に、ふと気づかされたOER3001氏が恥ずかしい(涙)。

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「新京成電鉄」最後の姿を記録しておきたく訪れたのが、震災があった3月11日だったのです。

2014年(平成26年) から展開されたジェントルピンクのコーポレートカラーと「shin-kei-sei」ロゴタイプも、既に消去された車両が多くなっています。

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車号と共に社章が入ったプレートは、今後どうなるのでしょう?

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くぬぎ山車両基地では、そのジェントルピンクのラッピングを剥がす作業が進行中でした。

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駅名票も「京成松戸線」への交換準備が進められていました。

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車両基地でズラリと勢揃いしたジェントルピンク車両群。

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これを記録しておきたくて出掛けた次第。

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「京成線直通」という行先表示はどう変わるのでしょう?

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最後は新京成らしいと思っている京成津田沼と新津田沼間の単線急曲線区間を行く光景を収めて終了。

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新京成電鉄って、OER3001氏の学生時代には労働争議も活発でストも多い、あまり好感が持てる企業ではなかった記憶ですが、近年は好感の持てる企業に脱皮していたようです。そんな新京成電鉄株式会社を、日本大震災犠牲者慰霊の日に見届けてきた次第でした。

 

2025年3月11日 (火)

3.11という日

あれから14年ですか・・・。

あの日、OER3001氏は江東区青海の職場で被災。いや~凄い揺れでしたよ。職場のビルは頑丈で心配無用だったけど、館内は結構メチャメチャ。女子職員は泣くし固まるし、それ見てた方が怖くなります。

落ち着け、落ち着け、大丈夫などと言っていた本人だって不安なのなんのって。

交通手段が絶たれ“本土”に渡れないので職場泊まり。配られた備蓄非常食のありがたみを実感していたっけ。

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翌日になって何とか帰宅できたものの・・・、計画停電の影響で電車は運休と間引き運転。

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これだけの災害だったのだからやむを得ませんよね。

Lat21611311811東日本大震災 100枚の記録 写真特集:時事ドットコム

でも14年経った今、怖い思いをした原発をまた運転しようと、本気で考えている輩が居ると言うのにはどうしたものか。使用済み核燃料の処理だって未解決。核のゴミは増え続けるばかりですよ。

 

2025年3月 9日 (日)

J.Wally Higginsさんの写真展

今日しかない! と急遽出掛けてきました。

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山の手線田端駅を降り、左向こうのビルがその会場です。

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オフィスビルなので土曜日は閑散としています。エレベーターで目指すは17階。

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エレベーターの扉が開くとこの案内。

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一応受付で記帳すると、その向こうが会場。嬉しいことに撮影OKですって。

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カナリヤ色の山手(やまて)線と言われた101系や

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御徒町駅横にあった引き上げ線に休む“ハチマキ”が入った401系の姿も懐かしい。

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今月で無くなる「新京成電鉄」の古い記録も興味深いですが、

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OER3001氏の眼はやはりこちらに。

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何度も足を運んだ東北沢駅が懐かしい! 下り急行のHEを退避するABFM、上り線には1800形だぁ。

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この写真展はサンエー印刷とフォト・パブリッシングによるものだけに解説も結構いい加減でした。多摩センターでのABFの画像など1970.5.11撮影とあるが、小田急多摩線の多摩センター開業は1975.4.23。

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他にも荒っぽい解説があったものと思われますが、この時代の井の頭線3000系には興味津々。だって今、まさに模型製作進行中なのですから。あれっ、ワイパーがFRP部分と同色だ!

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先日、新宿歴史博物館で見た5000形の現役時代も。

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上野の懸垂電車(モノレール)と交差する都電動坂線だと。OER3001氏の本籍地近くを走っていたのですね。

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会場から見下ろす風景がまた良かったです。残念ながら「こまち」や「つばさ」と併結しない単独「はやぶさ」が。

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今にも雪が舞って来そうな寒空だったことで、屋外も逆光を気にせず楽しめた次第です。

 

2025年3月 7日 (金)

能勢電鉄全線乗車

川西能勢口まで行ったのなら、能勢電鉄にも乗って見なければ失礼かと思い、翌朝改めて訪問。日生中央行が発車を待っていました。

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前に訪れたのはこれを撮るためでした。

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当時は川西能勢口から妙見口行。日生線は未開業です。

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この駅から歩いて撮影した懐かしい思い出が蘇ります。

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そんな昔を思い出しながら、トンネルに入り・・・、

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撮影していた猪名川橋梁を渡ります。

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すると鼓滝、鶯の森と共に、喉かな良い駅名です。

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さらに、これらを楽しんだら次は「ただ」なんてね。

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ここを走る阪急から移籍した車両の日除けカーテンが何とも可愛らしいではありませんか。阪急時代はアルミの鎧ではなかったかな?

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そのまま日生中央まで乗り通しました。

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日生中央駅は、日本生命保険新星和不動産により開発された計画人口30,000人の「阪急日生ニュータウン」への足として開通した「日生線」の駅。開業は1978(昭和53)年12月のことでした。

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ここに充当されている車両は全て「ワンマン」、側扉の上には安全確認用のカメラが取り付けられていました。

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日生中央から戻ります。山下駅までは2.6キロ、高架と隧道区間で途中駅、踏切の無い高規格の全線複線を、最高速度80キロで快走します。

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乗車したのは7250-7280-7230-7200の4連。ワンマン仕様の運転台、興味深いものです。

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妙見線との接続駅は「山下」、一旦駅を出てみることにしました。

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高架構造の保守に心配な部分が見られます。コンクリートが剥がれ、鉄筋が見えている箇所が散見されます。高架下駐車場に止めた契約車輛等への落下被害は無かったのでしょうか?

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駅付近を一回りしてから再入場したら、現有最古参の1700系(元阪急2000系)を見ることができました。若しかして最後に残った編成かな? FS345台車を見られて嬉しかった。

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能勢電鉄は元々川西能勢口から妙見口までの12.2キロの路線でしたが、山下から妙見口は単線。運行される列車も半分の2両になって区間折り返しとなってしまっています。

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途中には隧道区間もあり、隧道と隧道に挟まれたような光風台駅は模型レイアウトのようでした。

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4駅目が終点の妙見口となります。どこか叡電のような雰囲気も感じる好ましい駅舎でした。

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2両編成の5100系の遮光カーテンは、先の4両編成とは異なる絵柄でした。

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旧来の左手主幹制御器、右手制動弁ながら、ワンマン運転仕様に改造された運転台もまた興味深いものです。

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全線にわたり高規格の電化路線で、山下から奥は性格の異なる2線、車両は4両と2両など、模型製作者にとっては実に楽しい、興味深い民鉄の1社であることを再確認できたひと時でした。

 

2025年3月 5日 (水)

地下鉄博物館へ

久しぶりに地下鉄博物館に行ってみました。このテーマ展示が目的の一つでした。

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西洋からの外国人まで入館されていたのには驚きました。平日ということもあり、今回はこのシミュレーターで運転トライ。

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車体も前後左右に動くため、運転(操作)しているOER3001氏にも、力行/制動、曲線区間での左右動が伝わって来ます。

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“遊び”はこの程度にして、今回は模型を中心に見ることに。中でも御茶ノ水の模型には見入ってしまいます。

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目線を下げると、なお実感が。

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展示模型のように、実際には丸ノ内線、中央快速線、中央総武緩行線の上下全ての列車が行く光景は、なかなか捉えられません。

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良~く見てみれば、模型では丸ノ内線線路が低すぎる(国鉄線が高すぎる)ような気がしますが、なにか特別の解説がなされていたのだろうか? 気になるとまた近日、訪問してみたくなります。

2025年3月 3日 (月)

雛祭り

寒の戻りと予想される今日、3月3日は雛祭りです。

OER3001氏の家庭には女児は誕生しなかったこともあり、雛祭りは子どもの幼稚園時代のイベントくらいで縁遠い存在でした。そこで今回は勝手な雛祭りということで、先日の関西からの帰路での出来事を。

小田原からGSE展望席(7号車14C)を予約していましたので、エスカレーターではなく新宿方向の階段を行けば斯様な光景。

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女性運転士も多くなりましたね。

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ふと、ベンチに座る若い女性ひとり。スマホに夢中のようです。

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10番ホームから各駅停車・新松田行が発車して行ってもスマホ操作に夢中。

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間もなくして、OER3001氏が乗るGSEが入線して来ました。

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やっとスマホ操作は終えたようですが、ずっと座っていました。

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OER3001氏は開扉した列車に乗車、14C席に落ち着きます。

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すると・・・、なんと! あの女性がOER3001氏の隣、14D席に。

こんなことがあるものかとドキドキしつつ、EXEとの離合を撮ったりして、胸の高まりを紛らわせます。女性はコンビニで買って来た総菜などの夕食を楽しんだ後、折角の展望席なのに目をつぶってしまったようでした。

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OER3001氏は新百合ヶ丘で降りましたが、14D席の女性は眠っていました。下車後に撮ったこの画像にしっかり写っています。因みに14A、14B席はカップルであとは殆ど空席の展望席でした。

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ということで、ちょっと早い雛祭りのご報告としましょうか。

 

2025年3月 1日 (土)

高田馬場で小田急を撮る

西武鉄道へ譲渡され、5月から国分寺線で運行される予定の8000系、西武全線でのPQ車輪試運転最後は西武新宿線。車両本位の撮影ではなく、西武新宿線であることがわかる場所選びに徹して、JRと並走する西武新宿から高田馬場の区間で撮ることとしました。

最初に浮かぶのは山の手線新大久保ホームからですが、埼京線の上下、山手線内回りに被られるリスクは大きすぎます。

先日の池袋での撮影後、ロケハンして決めた場所がここ、高田馬場駅南方でした。30分以上前にここに陣取ったら、結局最後は同業者数組が現れた次第。ビル影でどうにもならない場所ですが、山手線と並走してくれました。

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やったね! と気を良くして下りを待ちます。下りは半逆光ですがなんとかビル影も避けられるところで撮れました。

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結果的には新大久保ホームからでも撮れたようですが、まあ良しとしましょうか。よっぽどの異変でも起こらない限り、今後この区間を8000系が走ることは無さそうですから。

 

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