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2025年4月22日 (火)

有楽町で逢いましょう

若い人は知らないだろうな、有楽町で逢いましょう」なんていう歌謡曲を。

あなたを待てば 雨が降る
 濡れて来ぬかと 気にかかる
 ああ ビルのほとりのティー・ルーム
 雨もいとしや 唄ってる
 甘いブルース
 あなたとわたしの合言葉
 「有楽町で逢いましょう」

何度も聴いた、フランク永井が唄って大ヒットしたこの曲が、1957(昭和32)年5月に開店した「有楽町そごう」正式名称は「そごう東京店」のキャンペーンとして、3月放送開始のテレビ番組、7月発売のレコードで流行ったものだと言うことまでは知りませんでした。

「有楽町そごう」前のホームから、山手(やまて)線内回りの103系が発車します。

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55年を経た今、「有楽町そごう」だった読売会館には「ビックカメラ有楽町店」が入り、発着する電車はE233系(京浜東北線)、E235系(山手(やまのて)線)と代わりました。

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こんな有楽町で、まともに“電車”を撮ったことは殆ど無く、この時は首都圏から蒸気機関車が消えるということでの記念列車撮影に行った日でした。だから京浜東北、山手の103系も“序で撮り”でした。

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上の画像のように並走を狙っていましたが叶わず、山手線の235系だけになってしまいました。

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辛うじて逢えたのは、新幹線と東海道線の並走。

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16両編成の新幹線と、15両編成の東海道線が、殆ど寄り添うように。

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なるほど、これが「有楽町で逢いましょう」なのかも知れません。

こころにしみる 雨の唄
 駅のホームも 濡れたろう
 ああ 小窓にけむるデパートよ
 きょうの映画(シネマ)は ロードショー
 かわすささやき
 あなたとわたしの合言葉
 「有楽町で逢いましょう」

 かなしい宵(よい)は 悲しよに
 燃えるやさしい 街あかり
 ああ 命をかけた恋の花
 咲いておくれよ いつまでも
 いついつまでも
 あなたとわたしの合言葉
 「有楽町で逢いましょう」

 

 

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コメント

同じ日に私は日劇をバックに「さよなら列車」を撮影していました。
https://bocchibochi.livedoor.blog/archives/cat_34928.html?p=2

◆ ぼっちぼち さま
はい、前にも拝見していました。是非今度は「今」を撮りに行ってみてください。

有楽町〜難しいんですよね。おすすめは我が地元、”夜霧の第二国道”歌いやすいです。
私が好きなのは”西銀座駅前”、OER3001様の有楽町そごう同様、この歌で丸ノ内線銀座は当初西銀座だったと言うことを初めて知りました。
歌詞も雰囲気が似ています。今日のシネマは〜、メトロを降りて〜、あの頃流行った横文字なのでしょうね。
メトロと言う言葉は最近復活しましたから、次はシネマですかね。ロードショーは…

この頃の有楽町駅は、ちょっと鼻にかかって間延びした感じの「ゆうらくちょうぉぉぉ」というアナウンスが有名でした。自動放送ではないから駅毎に個性がありました。

有楽町駅でのホーム撮りの最初は、103系が登場した頃でした。まだ黄色い101系と緑の103系並びを撮っています。バックに写っている交通会館の展望レストランがまだ骨組みでした。

◆ シグ鉄 さま
フランク永井の歌、お好きだったのですね、お詳しい。
「西銀座」と言う駅、はっきり記憶にありますよ。銀座線「銀座」駅と丸の内線「西銀座」駅を連絡する形で建設された日比谷線が開業した1964年に「西銀座」駅は改称されました。


◆ モハメイドペーパー さま
御年の功、それまで記憶されていらしたのですね。


◆ 八千代運転所 さま
「カナリヤ」と「ウグイス」の並びをですか、カラーフィルム高かったでしょう。

私はやや世代的に若いですが、母がフランク永井が好きで、「有楽町で逢いましょう」のほか、他の方が挙げておられる「夜霧の第二国道」、「西銀座駅前」など、レコードをかけていたので耳に入ってきました。他に「ABC~XYZ」という歌や「1万3千800円」という歌もなんとなく覚えています。
有楽町は20代の頃、一時丸ノ内に勤務していた時に、職場の同い歳の人と「そごう」の上にある中華料理店に行って、シューマイ4個のランチ定食を食べた思い出が残っています。あと都庁(現国際フォーラム)の地下食堂にも行きました。小学生なので蒸機のさよなら列車には行きませんでしたが、山手線103系のノンストップ列車が運転された時に有楽町で撮影したような気がします。

FUJICOLOR FILMで、まだオレンジマスクになる前のフィルムです。期限切れをもらったものです。巾着袋状?の下に現像所の宛先ラベルが付いていてこれを送ると現像と焼き付けをしてくれました。フィルムは、スライドの様な周りは、透明です。

西銀座駅は、営団地下鉄の乗車券を所有しています。

◆ 所長失格 さま
フランク永井という歌手、いつもラジオから流れていましたよ。
シューマイ4個の定食って、横浜の崎陽軒と違って大きな焼売では? 多分それは小洞天だったのではないでしょうか。

◆ 八千代運転所 さま
流石人生の先輩。懐かしい時代のご記憶をありがとうございます。
営団地下鉄の乗車券、地紋がSSSSSでしたね。

「有楽町」と言うとパスポートの申請、授受や回転展望レストランでの飲食等交通会館に
お世話に成った記憶が高いです。其れと銀座の模型屋さんに行くにも銀座口を利用
してました。

◆ ぬか屋 さま
まったく同様の思い出がありますが、それに加えて社会人になってからは、新橋方のガード下を徘徊したことも何度か(笑)。

OER3001 様
有楽町の店、思い出しました。仰る通り「小洞天」でした。ご存じでしたか。隣りにはそごうオリジナル?のいわゆるデパートの食堂もありました。あと東京会館内にある、やはり中華料理店で焼きそばをテイクアウトして食べたこともありました。ソースではない醤油ベースで、お店のおばさんが蓋を開けてお酢を掛けてから渡してくれました。
私は皆さんより年齢が下なので、フランク永井がラジオから流れていた記憶がありません。キャンディーズや中3トリオが自分より少し上の世代なもので。

◆ 所長失格 さま
会社員時代には良く出ていたので、「小洞天」でランチ摂ったことも何度かありましたよ。
懐かしいハナシが蘇りますね。

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