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こんなこと始めました。ペーパー車体を作る時、最近は先ず妻板から始めます。
しかもその妻板は、厚紙に所定サイズになるようにプリントした図面を貼って切り抜く。ケガキの省略です。それに10㎜幅程の板紙を巻くように貼ってみる。
ご覧のように10㎜幅程の板紙の裏には目盛りを入れてあるので、ペーパールーフ一体の展開幅が確実に決められます。内寸(内側)で162.5㎜となりましたので、“本番”では裏面に筋入れなども行うので163㎜にしようかな。
これまで所定図面から計算で求めた展開幅でも、実際に組み立ててみる段になって1㎜長かったとか短かったなどということもあったので、現物合わせがいちばん! と思ってからはこの方法です。特に断面がカーブした車体では、ケガキも手間なのでこの方法。CADを使えない爺の負け惜しみかな?
OER3001氏が撮って来た写真の中で、実は一番気に入っているのがこの一枚なのですよ。(勾配を上って来ますが)下って来る2600形などはどうでも良い添え物。後は解説の必要もありませんね。
「OERモケー見せっこ」とやらの楽しい時間を過ごすために、台風襲来の合間にここまで出掛けたのでした。それについてご興味ある方はこちらをご覧ください。
お開きの後は、ここに来たからには一応成城コルティ4階の庭園に上がります。台風もアッチに去って、東京スカイツリーが良く見えました。
代わって西方に向かいます。
これは1967年8月の記録。OER3001氏の原点(?)とも言える3000形SE車最前席からの眺望は、線路を跨ぐ富士見橋と不動橋を捉えています。
富士見橋を潜ると大きく右カーブ。この時は野川橋梁の架け替え工事中だったのです。
その工事が終わり、線路は再び直線となり北見駅に至ります。1969年2月に“お買い物電車”カラーの2600形を撮った写真では、迂回していた線路跡がはっきり判ります。
それが今では・・・、
野川流域に設けられた喜多見電車基地となり、地下に潜った線路が顔を出すのは不動橋(もはや橋ではありませんが)の先。成城コルティ4階の庭園から見えるのは喜多見駅付近以西となってしまいました。
あ~あ、時代は変わりましたね。冒頭の女子だって今は70代に。素敵なご老人になって居られたら嬉しいのですが。
新宿での所用を終え、夕刻の約束までの空き時間の有効活用。この日は東北沢に向かいました。
この区間が地上だった59年前の1966年、東北沢駅北側には都道420号線の踏切(代々木上原3号)。そこを通過して来たのは1300形3連の“新聞電車”でした。
地下化された今では、都道420号線は東北沢駅ホーム新宿方のほぼ上。その場所から地下線に駆け下りてくる列車を狙います。
ホーム小田原方に目をやれば、上りEXE-αが通過して行きます。
再び下り列車。5000形の急行唐木田行です。
各停は複々線中央寄りの緩行線、あまり面白みのない3000形でした。
やっぱり赤いロマンスカーGSE70000には華がありますね。
暫し飽きることが無い時間を楽しみ、約束の地に向かった次第でした。
インレタ文字の不足で車番入れてないのに、とりあえずお仲間のレイアウトをお借りして試運転して来ました。これまたオークションで落札してしまったカツミの「長距離特急型中型客車」と言うのを引かせて。
客車は奇麗な状態だったので、窓セルを入れて整備した程度ですが、5両編成は結構重い! ED100は力いっぱい頑張るもここの勾配では厳しい。
そこで代替機として同じED100転じたED61にバトンタッチしてみたものの・・・、やはり同じ結果。
当たり前ですよね、2両とも同じ機構で車体前面だけそれらしく改造したものなので。
それでもこの日のデビューでは、お仲間たちからこの改造が大絶賛。フリーのお遊びも楽しいものです。
気が乗っているうちに一気にと、サフェーサーを吹いてしまいました。吹いてみると気がかりな部分があったのでパテで修正、またサフェーサー。
天気の具合を見ながら先ずは日光モデルの「クリーム色1号」。勿論、昭和のフリーですから吹付は「百万人のハンドスプレー」です。
マスキングをして「青15号」を吹きました。吹込みやにじみも殆ど無く完了。下部のストライプが少々太くなってしまいましたが良しとします。
フロントのHゴムはハンブロールのエナメル塗料をカラス口で。ステンレス飾り帯はステンレステープから切り出しました。
この種のフリーにオカネを掛けるのは嫌なので、前照灯レンズは「速乾アクリア」を詰め込んで盛って表現。
光源は流石に電球ではなく、1608サイズのチップLED。銅箔テープを活用した自作基盤で配線しています。
機番は「ED65 501」とする予定ですが、手元のインレタ在庫では「E」が不足。調達できるまで竣功はお預けです。
昭和30年代だったと思いますが、「電関」と言うコトバが普通に使われていたと思います。鉄道模型で遊ぶというより「電関で遊ぶ」だったかと。そんな時代に少年向けに売られていたのがED100。カツミが実車をショーティーにしたEB58、ED58、EB10、ED10などと共に販売していました。
そのED100、これもどうしたことか、先月、遊び心からオークションに手を出し、比較的状態の良いのを落札してしまいました。2台目のED100です。
勿論このままで遊ぶわけはありません。早速分解し、上回りは塗装を落とし、ちょっと考えた挙句にヘッドライトも外してしまいました。1台目のED100はEF61擬きに仕上げましたが、2台目はどう転じるのでしょう?
裏側は手抜き。塗装も完全には剥離していません。
今更ながら感心しますが、この車体はブリキの一体プレス製品ですよ。妻面、側、屋根全てが1枚のブリキから絞りとプレスで作られています。ハンダ付けされているのは前述のヘッドライトケースの他は屋上モニターとランボードに加えて正面窓のHゴムパーツ。製造はエンドウですが、本格的大掛かりな製造設備を擁していたのですね。
外したヘッドライトの位置は、真鍮片で埋めてしまいました。
オデコの裏側はたっぷりハンダを流すのですが、ブリキなので熱伝導性が真鍮より低く手間がかかりました。
恐る恐る左右に穴を開けてと、ことばで言えば簡単ですが、ブリキだけに難くて大変でした。そこに真鍮パイプをハンダ付け。EF65風の顔にしてみました。
いくらエアコン使っているとは言え、暑い最中にハンダ付け。ここで一息です。この後どう仕上げましょうか?
夕刻には名古屋からの友人らと新橋での会食の約束があった7月10日、時間まで池袋で道草となりました。
先ずは電車が並ぶこのビルへ。
みちくさの最初は「ギャラリー路草」、この日から開催となった第32回 鉄研三田会写真展です。
15時過ぎ、OB氏がテーブルで談話しています。
順路に沿って一枚一枚、ゆっくり鑑賞することができました。
玉電の風景や八山橋の鉄橋を渡る京急を上方から狙うなど、印象的な作品でした。
あの方はタイでの作品。昔のではなく今年ですよ、行動力が凄いです。
小田急の車両や明治の機関車の模型製作を楽しむ方も、雪原で北斗星を撮っていらしたようです。
写真展を楽しんだ後の道草はこのビルのデッキへ。
ちょうど、引き上げ線からラビューが特急ホームに入線するところでした。
30000系の各停発車を撮って・・・。
左を見れば、JR埼京線が発車したところです。雨になりそうな怪しい空模様だったおかげで、強烈な逆光にならずに済みました。
曇天だったからこそ撮れるこのアングルも。
スマホの西武アプリのお陰で、これが来るのを待ちました。
そしてこの後の道草は、線路の反対側にある模型店へ。
ゆとりを持って新橋に移動したら、その後にあの凄いゲリラ豪雨。雨が止むまで会食と、結局持っていた折り畳み傘は開くことなく帰宅出来た次第でした。
7月4日、所沢駅に降り立ちました。
東口を出て・・・
向かったのは西武不動産が運営する“くすのきホール”。
Webでこんなことがあると知って、“EMot”オンラインチケットの事前購入(500円)。
OER3001氏が購入したのは初日500人の組。
1階の特設受付で硬券入場券が渡されました。
なんと、0008。
エレベーターに誘導されて8階に上がると、目の前に展開される実物1/2サイズのモックアップが目に入りますが、OER3001氏の目的はこれらを観察することでした。
モックアップの製作手順が紹介されています。どれもほぼ1年かけての製作だったようです。
E851からずらりと並ぶモックアップは壮大です。
OER3001氏の好み旧351系はじめ、全12両が並びます。
各車ともガラスは入れられておらず。運転室内部もかなり凝っての再現。
模型運転用のコントローラーにするには、このくらいのサイズが良さそうです。
今話題の東村山駅付近の高架化工事、完成後の姿がジオラマで展示されていました。
間もなく登場する山口線の新車両模型は、「Don't touch」と表示されていますがガラス等の覆いが無いので近づいて観察できます。
残念なのは折角展示されていた川越鉄道、武蔵野鉄道以来の車両竣工図や写真などが撮影禁止だったこと。興味深いものが多くあったのに(涙)。
設置されていたスタンプを押して、約1時間で会場を後にしました。
遂に、広いレイアウトでの試運転となりました。
3D設計者のIM氏も伊予鉄を完成させ、この日は2編成の共演となりました。OER3001氏の作は高架線上の3309編成、IM氏のは3310編成と、車番はダブらないように調整しています。
左がクハ3509の編成、右がIM氏の3510編成。
実物の伊予鉄路線に斯様な鉄橋はありませんが、絵になりますね。右がOER3001氏作品。
アップでも撮っておきました。
最後に2編成並べて。車体はIM氏設計・製作ですが、IYOTETSUロゴマークはOER3001氏の作。完成した2編成には微妙な違いがあって面白いものです。
そうだ、IM氏に方向幕差し上げなければ。
で、試運転の結果は、やはり3Dによる台車の集電性に課題が残るなど、微妙な修正が必要となりました。
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