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2025年9月

2025年9月29日 (月)

「ひかり」で西へ

新幹線と言えば東海道新幹線しか無かった時代から、岡山までの山陽新幹線が開業したのは1972(昭和47)年。その時のキャンペーンが「ひかりは西へ」でしたが、OER3001氏は「ひかり」で西へ。

OER3001氏の場合、多くは小田急で小田原を目指します。この日、酒匂川橋梁上から富士山が確認できました。

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が、残念ながらちょっとしたミスで確保できた指定席は海側のA席。いつもの山側E席なら富士山、名鉄を楽しめるのですが、A席では名古屋到着直前の近鉄が最初の喜び。

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ここで「のぞみ」通過を待っていても、名鉄は反対側なので見られません(涙)。

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その代わり米原では、保存されているこれら歴代の新幹線試験車両を見ることができます。残念ながら写真は電柱の合間から。

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この日の目的地は川西能勢口。京都から地下鉄経由で阪急に向かえば、なんだか凄い車両が停車しているではありませんか。

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観光用の特別車両「京とれいん雅洛」 と言うのだそうです。

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つい見惚れて、外観、車内を急いで撮っておきます。

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号車によって車内は何種類かあるようで、外国人観光客も多いです。

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折角なので発車を撮って見送り。予約や料金不要だったと知ったのは後の祭り。

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OER3001氏はその後に発車するこちらを予約していたのですから、仕方ありません。

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今度は山側。山崎のサントリーを拝みます。

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梅田に着いてみれば、キャラクターラッピング編成は人気があるのですね。

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お仲間の発信情報で知っていた、ずらり並んだ電車が眺められるカレーショップに初めて入りました。

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その後に漸く、宝塚線急行の最前席に座り目的地に向かいます。

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さてさて目的だったこの集まり。ペーパーモデラーとの情報交換なので、今回はこれを持っての参加となりました。

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1981年に竣功させた小田急ロマンスカー3100形NSEの模型。

一番奥に見えるのが高校入学前の春休み1965年に試作した第1号から、接着剤もセメダインCくらいしか無かった時代に、何度かペーパーの展開方法や組み立ての試作を重ねた苦節16年の道のりを、一挙に並べてのご紹介でした。

 

2025年9月27日 (土)

<LHV>

列車停止位置目標(停目)と言われる標識、ここ小田急多摩センター駅上りホームには、上屋柱から<LHV>という標識があります。(逆光可下で標識を撮るために露出を上げています。)

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LはLSE7000形の意味。

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HはHiSE10000形の意味。

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そしてVはVSE50000形を意味します。

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どれも引退している車型なのに、駅に取り付けられた停目はまだ健在と言うのはちょっと嬉しくなります。GSE70000形も停目は、これに準じていると思われますが<G>は登場しないのですね。

 

2025年9月25日 (木)

京王線下高井戸駅現況

“玉電”見に行っただけでは済ませません。京王線との接続駅である下高井戸駅は今、高架化工事の真っ只中にあって、永年見慣れて来たその姿を変えようとしているのですから。

上りホーム新宿方から眺めた下りホーム。

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その先端(八王子方)は世田谷線降車場&連絡通路に面した狭いホーム。以前の京王線ホームはもっと左で終わっていたのが、編成の長大化に合わせて延伸されたものです。

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久しぶりに上りホームの外を歩いてみました。線路に沿った部分は立ち退いています。

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階上改札に向かう階段の外にはツタが絡まっています。近いうちに取り壊すことになるので手入れしないでいるのでしょう。

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ホーム新宿方にある踏切は「明大前4号」です。

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その明大前4号踏切から見た全景。大きくカーブした線路(R300、1/80の16番ゲージならR3.75と“大きい”のにな)のため、下り線(停車中)は65km/h、上り線には60km/hの速度制限が掛けられています。

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速度制限60km/hの上り線を、5000系特急が通過して行きます。

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高校通学で馴染んだ下高井戸でしたが、気付けばホーム八王子方の「下高井戸1号」踏切は頻繁に利用していても、こちら側の「明大前4号」踏切まで足を運んだ回数は何と少なかったことか。機会あるごとに変化を捉えておこうと思います。

2025年9月23日 (火)

スイス風フリー快走!

都内某所のオトモダチ宅で開催された運転会。今回は「所によっては強烈な雷雨も」との予報から、手荷物をなるべく小さくしての参加となりました。

この日も運転士は、選抜された女性運転士。

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同じく選抜された女性客室乗務員が、先頭座席に陣取るOER3001氏にWelcomedrinkのサービス。

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1号室の乗客は先頭座先を除き全員が素敵な女性です。

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参加メンバーの視線を集めて、広~い1LDKいっぱいに展開するレイアウトを快走します。

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ここはMärklin線との並走区間。

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客室内のフィギュアも、室内灯のお陰で良く確認できます。

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この日メンバー各氏が持ち寄った列車はヨーロッパものが多かった中、たった1両でも煌々と。

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それならと、序でに持って行ったペーパー自作フリー客車も牽かせてみましたが、ここの勾配線では2両牽引が限界でした。

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客車は4両持って行ったのですが、勾配で苦労するので2両減車。パワトラ1台駆動ではやむを得ません。

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2両の客車を従えて、スイス風フリーは快走してくれました。

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ということで、この後は場所を変えての反省会。このフリー電車はBEMOかなにかからの改造かと聞かれ、皆さま「ペーパー自作」だったとは思わなかったとのことしめしめ。嬉しい限りです。

沖縄料理とオリオンビール、泡盛で盛り上がった反省会、なんと次々回の課題まで頂いてしまいました。

 

 

2025年9月21日 (日)

世田谷線、開通100周年

モハメイドペーパーさまのブログにコメントしたら、氏から「しっかり確認してください。」とのお達し。早速確認して来ました。

因みに氏のタイトル「開100周年」ではなく「開通100周年」、一部の編成を除く全編成の正面に、斯様なステッカーが掲示されています。もっとも「開業」も「開通」も1925年、1月18日に三軒茶屋駅~世田谷駅間、5月1日に世田谷駅~下高井戸駅間が開業したということで、現在の三軒茶屋駅~下高井戸駅の全線開業をもって「開通」としたのでしょう。

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最初は下高井戸から。早速発車したのはレリーフイエローの306編成。

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その後に入れ替わるように到着するのが302編成、モーニングブルーと言うらしい。

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次の運用が309編成。このカラーリングはバーントオレンジだそうだ。

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予定より早い時間に現れたのがチェリーレッドの305編成、何と試運転でした。

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試運転列車の後直ぐに登場したのが301編成、ペコちゃんと言われた200形を模した玉電色ラッピング。

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その301編成が松原駅で並んだのがブルーイッシュラベンダー307編成。

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307編成の戻り(三軒茶屋行)を松原駅南方で捉えてから山下まで歩きます。

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先に出合っていたモーニングブルーの302編成が戻って来ました。ということは、この日の日中運用は301、302、306、307、309の5本で、招き猫308編成他はお休み中だったようです。

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一通り撮ったところでここからはお遊び(?)の撮影。最初は勝手に「世田谷線には女子高生」というイメージを描いているOER3001氏はこんなアングルで。

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次はこの先の踏切から、思い出あるアングルでの撮影。玉電色の301編成がやって来たのはラッキーでした。

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思い出あるアングルとしたのは、過去にリバーサルフィルムでこれを撮っていたからでした。

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車両は置き換えられても、踏切、電車線、架線柱など、周囲の雰囲気は四半世紀を経ても変わっていないのが嬉しいです。

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世田谷線と言うよりOER3001氏には「玉電」ですね。

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と言うことで、この日は下高井戸から山下(豪徳寺)までの小散歩。模型でもまた玉電やりたくなっちゃいます。

 

 

2025年9月19日 (金)

またまたED100

世の中3連休という前、斯様なものが到着してしまいした。

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つい“デキごころ”というやつで手を出してしまったオークション。受け取ったら開梱が楽しみ。

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パンタがプレス製じゃなかったので手を出したのですが、結構奇麗ではありませんか。

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さ~てと、これも手を入れるぞ~! 他にいろいろあるので直ぐには手を付けませんが、今度は何に変身させるか。

最近フリーに嵌ってしまって。

 

2025年9月17日 (水)

たまにはカワイイのでも

またまたちょっと、こんなの弄り出してしまいました。

半世紀前に手に入れたMade in ITALY Rivorossiの小さなトラムを。

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グリーン一色のプラスチック製、窓周りをライトグリーンに塗ってオリジナリティを出していたのですが。

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デッキと客室の仕切りをニス塗り風にしてみて、さらに気になっていた窓にガラス(エンビ板)を入れてみました。

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実はこの模型、架線集電で車輪は左右同極なので、他の車両と一緒には走らせられません。玩具ぽいビューゲルには摩耗防止のために細い銅線を巻いてあり、ホイルベース23㎜のウォームギア駆動で良く走ります。

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序でに前照灯の点灯化をとも思ったのですが・・・、いやいやそこまで嵌るのは止めておき、久しぶりにエンドレスをセットして遊ぶこととしましょう

こんなの弄ることになったのは・・・、オトモダチの影響かな?

 

 

2025年9月15日 (月)

京王のクヤ

クヤむことが無いようにと撮影に挑んだ小田急クヤ31“TECHNO-INSPECTOR”でしたが、「クヤ」はお隣の京王にも居ました。

京王での形式はクヤ900形、車号は911となっていて、“Dynamic Analytical eXpress”の略で「DAX」と名付けられています。通常は、2両の新宿方デヤ901形と八王子方デヤ902形の間に無蓋車サヤ912形と共に挟まれた4連で運行されるので、先頭に立つクヤの姿は見ることができないのが残念です。

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このクヤ900は両運転台なのですが、新宿方の顔はデハ901の妻面でなかなか見られません。

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八王子方(検測用パンタ付き)の顔は、無蓋車サハ912のお陰で辛うじて見ることができます。

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台車形式はTS-1035、小田急クヤ31のTS-1028とは瓜二つ。両者とも東急車輛製の円筒積層ゴム式軸箱支持のボルスタレス台車に測定枠を付けているのだから当然でしょう。

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屋根上も押さえておきましたが・・・、小田急クヤは既に模型製作していますが、京王クヤまでは・・・。

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そう言えば、中間に挟まれたサヤ912という代物、模型では一番作りやすい題材だと確信しますが、未だ製作した方に出合っていません。

 

2025年9月13日 (土)

クヤむこと無いように_2日目

2日目となる9月7日(日)、時間的に完全逆光を余儀なくされるので、最初は小田急永山で隧道から顔を出すところを狙うこととしました。

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ホームの時計が9時15分を示す横には、「1番ホームを電車が通過します」と表示されています。

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逆光下でもホーム上屋のお陰で、後部の8000形までしっかり見られる画像になりました。

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唐木田からの返しははるひ野。小田急永山と似たような構図ですが、こちらは順光。でも肝心の検測車クヤ31は後方になります。

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クヤはどうしても後追いになります。

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はるひ野では下りホーム先端に2人、若い「鉄」が居ただけで、だれにも邪魔されること無く、この日の撮影は終えることができました。

 

 

2025年9月11日 (木)

クヤむこと無いように

昨年秋に、線路、架線状態の検測機能を備えた5000形(5063×10)が入線したことから、現行クヤ31による検測もやがて見られなくなるかも知れません。

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友人からクヤ走行との情報を頂き、撮っておけば良かったなどとクヤむことが無いようにと、台風による雨も止んで晴れたこともあってこの近くに出掛けました。

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畑は私有地なので立ち入りません。雲の流れで晴れたり曇ったり・・・、暫く練習します。

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本番はこれ。クヤ31を4両編成の8000形(8065×4)が推進。95Km/h位かと思われる速度で軽やかに走り去ります。

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残念なことにこの日は検測用パンタは下ろしたまま、残念~ん(涙)。

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折り返しは秦野駅先端のカーブで狙いました。

結局この日は他に誰にも遭遇することなく、一人で撮れたのが最高でした。

 

 

2025年9月 9日 (火)

故・宮崎正雄氏からのプレゼント走る

多摩川畔の模型店2階、シニアの運転会では宮崎さんの追悼走行とさせて頂きました。ペーパー自作の10系客車ショーティーの先頭に立って。

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このフリーEDは、以下の経緯で入線したものでした。

8年前のこととなりますがシニアの運転会で、くたびれた車体に破損したパンタという姿のカツミ製フリーのED-100を宮崎氏から寄贈されました。

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暫く放置していましたが、1年半ほど経た翌年秋から作業開始、最初は塗装剥がしです。

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どう見てもEF60やEF61のフェイスなのに、単に丸い前照灯では気に入りません。そこで前照灯を交換することとし、真鍮板と真鍮パイプで、あの台形の前照灯ケースを制作することとしたのでした。

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前方を整えた後に、後方の角に切り込みを入れ、ヤットコで適当に“エイッ”と曲げます。

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裏からハンダを流し、ヤスリで成形。こんなパーツが仕上がりました。

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これをブリキ製一体絞り加工の車体にハンダ付け。

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気が乗っているうちにと、好天が続く季節、一気に塗装でした。

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キッチンテープから切り出した飾り帯を貼り、Hゴムを書き入れ。手元に残っていたインレタ文字でナンバー「ED61 7」と入れて竣功。

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この後、宮崎氏にお見せして改造再生ご報告をさせて頂きました。良き思い出をありがとうございました。

 

 

2025年9月 7日 (日)

遂に_1,000,000アクセス到達!

2013年1月1日から始めたこのブログ、12年と8カ月あまりを経た9月5日の午前中、遂に総アクセス数1,000,000に到達しました。約11,960枚の画像を含む3,834MBの情報量となった「OER3001氏の優雅な生活」、多くの方々にご訪問頂くことができたおかげです。

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2003年10月、会社の勤続表彰で頂いた祝金と特別休暇を活用し、“フルムーングリーンパス”で定期運行だった“カシオペア”1号車4番個室(カシオペアスイート)で向かった北海道の最終日は、「世界三大夜景」のひとつに上げられている函館「100万ドルの夜景」を楽しみました。

100万に因む鉄道車両って、選出が難しいです。東京都交通局の10-000形は10両編成なので、10本並べば100万です(笑)。

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勝手気ままに発信して来た拙ブログですが、これまでご覧頂いた皆さまに改めて感謝申し上げます。
これからも好きなままに発信して行くつもりですが、引き続きご覧頂けましたら嬉しく思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

2025年9月 5日 (金)

箱根ゴールデンコースのひみつ

小田急が小田原から先、箱根湯本までの線路を3線化(箱根登山鉄道1,435㎜軌間、小田急1,067㎜軌間)して、新宿から箱根湯本まで直通運転を行うようになったのは1950(昭和25)年8月のこと。今年で75年を迎えました。

その10年後、1960(昭和35)年9月には登山電車、ケーブルカー、ロープウェイ、観光船、バスによって箱根周遊ルート「箱根ゴールデンコース」が開通してからは65年。

それを期にロマンスカーミュージアムでは、企画展示「箱根ゴールデンコースのひみつ」が9月15日まで開催されています。

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前記の各種のりものについて、特徴や見どころが紹介されていますが、OER3001氏にはどうしても登山電車に目が向きます。我が国の粘着式鉄道における再急勾配80‰を、1/80の模型でわかりやすく紹介しています。

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登山電車の再急曲線であるR30(半径30メートル)も、1/80のアレグラ模型で。

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う~ん、我が家の登山線レイアウトの最急曲線は、もっときついR280㎜なのでした。

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いくらR30がきついとは言っても、模型レイアウトではスケールよりきつくしないとスペースに収まり切れませんね。

2025年9月 3日 (水)

「おとめ」復活!

「おとめ」、3100形NSE車全盛の頃に走っていた特急列車の名称です。

小田急OBの某氏が大切に保管されていた所蔵品を頂いたのは2018年3月2日のことでした。

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いろいろと整理していて、ロマンスカーミュージアムに寄贈させて頂きました。やはり展示車両に掲げて頂けたら生き生きしてきます。

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となりの3000形SE車は「乙女」。

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暫くは「おとめ」「乙女」並んでいるようです。

 

 

2025年9月 1日 (月)

ロマンスカーミュージアム近況

大御所モハメイドペーパーさまが未だに訪問されていないロマンスカーミュージアムに、中京地区在住のシグ鉄さまがお越しになられたとは嬉しい限りです。

歴代のロマンスカー5車種の実車が保存展示されているので、それに眼が行くのは当然のこととして、エントランスから最初に広がるヒストリーシアターでは、お気付きになられなかったようなので、所要序でに現況を確認して来ました。

海老名駅からのペデストリアンデッキを進み、2階入り口からエスカレーターを降りると展開されます。開業時のモハ二101形に取り付けられていたハンドブレーキハンドル他に3題のガラスケースが並びます。

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その最初は小田急創業者、利光鶴丸と開業時の資料。

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その左が“中興の祖”ともいえる安藤楢六と戦後の歩み。

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最初のケース内に展示の開業時の車両モハニ101形は、OER3001氏のペーパー自作です。

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開業時に用意された近郊用のモハ1形は実車が保存展示されていますが、新宿~小田原間直通に用いられた長距離用モハニ101形は他に展示模型が無く、貸し出している次第。

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左のケース内は、大東急から分離後の1948年から1957年の3000形SE車登場までの特急車両。1600形はOER3001氏所蔵品ですが、初めて喫茶カウンターを設けて登場した1910形はOER3001氏のペーパー自作。

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1951年登場の1700形(展示は3次車)。

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1955年、カルダン車で登場の2300形と、黄色と青で塗り分けられた当時の特急色3形式」は、いずれもペーパー自作模型でした。

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まさか好きで作って来た模型作品が、こうしてミュージアム見学順路の最初のゾーンに展示されることになるとは、思ってもいないことでした。

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モハ1形の目前で。

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この展示は、一応今年度末までの契約となっていますが・・・、

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OER3001氏も来月にはいよいよ「後期高齢者」の仲間入り。“万一”のことが起きてもこれらの模型の行先には不安は無さそうです。

 

 

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